ギブ・アンド・テイク 5
「確かにまぎれもない事実です。すみません、覚えてなくて」
申し訳なさそうな顔で軽く頭を下げる。彼女はいいのよ別に、と返そうとするが
「で、頼みごとって何ですか?」
間髪入れずに質問をする少年。その瞳は心なしか輝いているように見える。
不意をつかれ、言葉に詰まる彼女だが一度咳払いし
「ある女の子を助けてほしいの」
「……。一般人の僕なんかじゃそんな危なそうな仕事できないですよ。リベカさんが超能力でも授けてくれるなら別ですけど」
「ふふっ……大丈夫よ、助けるって言っても別に”囚われの身のお姫様を悪の組織から救う”みたいな感じではないから」
あながち間違いでもないけれど、と前置きし
「その女の子が危険な場所にいるから、そこから遠ざけて来てほしいのよ」
「遠ざけるだけでいいんですか?」
「そうよ、悪の組織と戦闘するわけじゃないから安心して」
笑みの声で語る彼女。
それを聞き少年は少し考える素振りをみせる、何か引っかかる点があるのだ。少し経ちおもむろに口を開く。
「その女の子を助けるっていう頼み事って、リベカさんがさっき言ってた”世界を存続させるための”活動と関係あるんですか?」
「あら、なかなか鋭いわね。でも関係しているというよりはそのものね――――。世界を救う一工程よ」
彼女の返答を聞き、穣は胸が高鳴るのを感じる、そしていつのまにか口元は微笑を浮かべていた。
だが何故、鼓動が早まるのか、笑みをつくっているのか自分では理解できない。それを不可解だとは思ってもその意味を追求しようとまでは考えない。
対面にいるリベカは先ほど語った自分の言葉に付け加えるように
「いつもこのくらいのことなら私一人でやるんだけれどね。今回のものは、あなたがやら…………私ではだめなの。私以外がやらないと」
そう言い組んでいた両の手の平をほどく。
「で、どうかしら?頼まれてくれる?」
首を傾げ、確認の問いをする仮面の彼女。問われた少年は姿勢を正し一息。そして胸を躍らせている自分を感じ、しかしその意味が解らないまま
「はい、ぜひやらせてください」
「…………頼んだ身としてはおかしいけれど、そんな即答しちゃっていいの?」
「全然いいですよ、命の恩人の頼みごとなんですから」
確信に満ちたその目を見る彼女。そしてその返答に返すように一度うなずき、軽い身のこなしで席から立ち上がる。
少年は座ったまま、驚いた表情で
「もう帰るんですか?」
「何言ってるの、今から行くのよ。女の子を助けに」
○ ○ ○
のどかな田園風景。右も左も田んぼ、山、林ばかり。先ほどまでいた中心街からは数キロメートルしか離れていない場所だが辺りの景色はかなり違っている。
そこに一本の細い道が敷かれている。車一台がやっと通れるくらいの幅しかないこの道に、二つの影がある。
堂々と仮面で顔を覆い、艶やかな黒髪を躍らせ、歩き方のお手本のような姿勢で先導しているのはリベカだ。
後ろに続くのは、彼女を信じてついて来た穣。少年は目の前で優雅になびく髪を眺め、
……後ろから見たら百パーセント美人にしか見えないんだけどな~
どうにかして顔見たいけど、後ろから仮面引きはがそうとしたら、そのまま背負い投げとかされそうだよな。しかもあの力の強さだと背骨とか簡単にへし折れるよ
少年が心の中で独り言をつぶやいていると、急に前方のリベカがこちらへ
「なんか今、危ないこと考えてなかった?」
「! いえ何にも考えてないですよ」
「……そう。ならいいわ」
穣は驚きの表情を出しながら、小声で
「サイコメトラーかいっ!」
「なんか言ったかしら?」
「いえいえ、何も」
そう言い少年は左右を、この田舎風景を眺め、そして感じる。
用水路には透き通った水が輝き流れ、近くにはつくしが顔を出している。聞こえるのは風が木々をなびかせる音、水の流れる音、そして自分たちの足音だ。
ここも同じ町の中なのだが民家の数は片手で足りるぐらいの数しか見受けられず、公共施設に関しては皆無だ。
簡単に言ってしまえば、ひと気の無い場所。
少年は首を掻きながら苦笑。
……もしかしたら騙されてるかもしれんな
このまま連れ去られて臓器を取られるだけ取られて山奥に捨てられるか、それともボロ小屋で監禁されるか、勝手なネガティブ思考を広げる。
だか本当にそうなるかもしれないと考えているわけでは無い。ただの一人遊びのようなものだ。
そんなことをしていると二人の進行方向、この道の先に田舎風景にミスマッチな大きな建物が並んでいるのが見えてくる。
無機質な白色をした建物群。年月が経っているのかその白色はくすんでおり、外壁がはがれているところもある。
その建物群を、そして先導する眼前のリベカを視界に入れつつ苦笑いを継続させる穣。
だんだんと建物へ近づいているのに対し、少しの不安を覚え
「もしかして……先の建物に向かってるんですか?」
彼女はこちらを窺うように、肯定の返事をする。
「あんな所に女の子なんているんですか?ていうかあそこ立ち入り禁止ですよ!」
「大丈夫よ、大丈夫。行けば解るから。ほら百聞は一見にしかずっていうでしょ?」
彼女の軽い返答を受け、少年は不安の色を濃くする。
……ほんとに大丈夫かな?
と心の中でぼやき、一度、大きく伸びをし深呼吸する。新鮮な空気を取り込み頭をクリアにする。
すると今まで気にならなかった事、正確には考えようとしなかった事がポツンと露になる。そして一人、自問する。
自分はなぜリベカをこんなに信用しているのか、という事だ。
命の恩人とは言え、昨日出会ったばかりの人だ。しかも仮面を常時着用してる変人。話すことは現実感の薄い、情報もろくに無い話。普通なら疑っているはずなのになぜ信じてしまっているのか?
高校入学を前に浮かれてて、なんでも信じてしまうバカな頭になってしまったのか?
リベカが美人そうだから顔見たさ一心で信じているのか?
思考の中、幾つかの理由を浮かべるがどれもしっくりくるものではない。そして、ふと煮詰まった脳内に昨日のリベカと殺人犯の男との戦闘のことがよぎる。
穣の苦笑いが純粋な笑顔、無くしていた物を見つけ出した時のような、そんな笑みに包まれる。
……今まで求めてたんだよな。普通じゃないもの、イレギュラーを
学生の男子、特に中学生あたりにはよくあるものだ。自分に異能の力がないかとか、いきなり学校でゾンビが大量発生したり、家の風呂に入ってたらいきなり美少女が現れたりとか……
あるはずの無いもの、くだらないと切り捨てられるもの、大人になれば忘れていくそうした空想。
穣も少し前まではそういうものを本気で思い願っていたが、だんだんと諦めていた。
いくら考え願っても起きやしない、マンガやアニメの中だけなんだと。達成不可能な夢を見るほど哀しいものはないとそう思ったからだ。
穣は――リベカの言う事を全て信じている訳ではない。今も不安から来る疑念が彼女に対して向けられている。
だが、もう一度自問する。
なぜ、自分は彼女のことを信用しすぎているのか?
今度は答えがすんなりと出てくる。
――――リベカという未知の存在。彼女についていけば自分の願っていた”世界”があるのではないか、とそう思っているからだ。