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第7話

  ……という訳だ、オリバー。

「それホントか! おめでとう、我が友よ!」

「ああ……まあどうも」

 ハイデン部長より下された奇妙な夢を現実にする通達から二日後、いよいよ俺の脳波が混乱の兆しを示し始めた土曜日のことである。


 別に税務署は完全週休二日制でないのはもちろん週休二日制ですらなく、ただの週休制であり、要するに通常なら担当者が組んだ甚だしくややこしい勤務予定表の指示に沿って、週に一日しか与えられない休日を希望に掲げ蟻のように働く。しかし今週の俺の状況は少々特殊であり、その件に伴って土曜日と日曜日が休暇に替わったため、せっかくなのでこうして友人の顔を見に来ているのである。ああ、そうそう、ここはオリバーの切り盛りする雑貨屋「ベイリーズ」だ。木目調の店内を本物のランプの暖かく柔らかい光が照らしている。梁や柱も、何の木かは分からないが必要な長さだけ切り出してきてそのまま使ったような素材の良さを感じさせる造りで、まあ個人的にはそこそこ好感が持てる雰囲気を演出している。開業したのは両親だそうだからオリバーというより彼らの趣味なのだろうが、なかなかいい線行ってると思うぜ。実際、さっきまでお客もたくさん来ていたしな。

 さっきまでというのは俺が来るにあたってオリバーがなんと店を一時的に閉めると言い出したからであって、さすがに商業的な面で心配だし罪悪感も残るので「マズいんじゃねえの」と問うてみたが、ここ連日の盛況による十中八九揺るぐことのない黒字見込みがあるため、今のところは余裕をもった行動に出ても問題ないんだそうだ。余裕をもった行動うんぬんではなく信用問題に関わるのでは、という心配は、オリバーの人柄次第ということにしておこう。

 彼はレジカウンターの木製丸椅子と、出所は店の奥であろう座部が臙脂色の金属パイプ丸椅子をそれぞれ店内まで運んできてくれていた。同じく出してくれた炭酸ジュースを口に運びつつ、主に店内の商品を眺める。 20パーセント程度の割合でオリバーとも目を合わせながら。

「じゃあ来週からは毎日電車ってことだよな」

「そうなるな。隣の市とはいえ、市役所までとなると自転車で毎朝通うには結構遠いだろうから」

「お疲れさまっす」

「純粋に昇進なのかどうかも分かったもんじゃないしな。不安が拭えない」

 いろいろと。真摯にそう思う。

「オレと入れ替わりたいか?」

「それはそれで」

「ご遠慮願う?」

「ああ。俺向きの仕事ではないだろ」

「やってみたら案外楽しいもんだぜ。やる前から決めつけるのは良くない」

「しかし時間は残酷だぞ」

 残念ながら好奇心に任せてそう何度も新しいことに挑戦していられるほど人生は長くない。

「お前はもうちょっと夢を見ろって。一度しかない人生だぜ? そりゃあもう楽しんだ者勝ちだとは思わんのか」

「いーんだよ、公務員もそれなりに嫌いじゃないから」

「ならいいけどよ。静かなオフィスでキーボード叩いてるのが楽しいのか? いや、素朴な疑問としてだ」

 別にこいつは嫌味が言いたいわけではない。俺もそのことは暗黙的に承知している。

「というよりも、仕事終わりのご褒美がいいんだよな」

 自分の時間を楽しんだり、同僚に誘われて食事に行ったりとかさ。

「レミーナちゃんとも遊んだりしてるのか?」

 先日の親睦会を兼ねた就職祝いのとき、早くもこの男はレミーナと充分な友好関係を築き上げていた。何がレミーナちゃんだ、この軟派男。と、直感的な部分では認めたくない気持ちも生まれてくるものの、確かにオリバーの人脈構築能力には目を見張るものがある。

「食事には何度か行った」

「え、二人で?」

「そんなこともあったな」

「ちょっと待て、お前、税務署で働きはじめて二ヶ月も経ってないよな」

「一ヶ月と少しだな。まあ明後日から転勤するわけだが」

 そうだ、彼女にも挨拶ぐらいしておきたいな。後で連絡しよう。

「レミーナちゃんから誘ってきたのか?」

「ああ」

「負けた」

「何を勘違いしているのか大体予想がつくが、俺と彼女は友人同士だからな」

「なんで! 向こうから! 誘われるんだぁ! その意味が分からんかお前はぁ!」

 うらやましいなあこのぉ、と語尾を伸ばしながら熱心にわけのわからない妄言を訴えはじめた。椅子から立ち上がるほど訴えたいらしい。そんなこと俺に言ってもしょうがないのにな。

「意味とか勝手に見定められたら向こうも迷惑だろ」

「そうだと心のどこかで分かっていても勘違いしてしまうのが年頃の男子ってものではないのか! いやむしろ勘違いしてしまえよ、もう応援するよオレ」

 だんだんとオリバーの発言が悪魔のささやきにしか聞こえなくなってきた。

「今からでも狙う気はないのか?」

「彼女は商品じゃない」

「オレがかっさらうって言ったら?」

「無理だろうよ」

「もしもの話だ、オレじゃなくてもいい」

「阻止するかもな」

「ほら、お前だって気があるんだろ?」

「ねえ。ねえよ。そういう話は阿呆らしいからやめよう」

 レミーナの話を抜きにしても、今の自分の生活に恋愛をするような余裕はない。目下の問題もあることだし。

「まあな。フレックの考えも正論だよなあ。解らないわけじゃないけど」

 オリバーは壁沿いの棚に掛けられている民族的なネックレスの木飾りをいじりながら、

「遊びが欲しくなったらオレを頼ってくれよ」

 軽そうな笑顔を俺に向けた。


 それから話したのは他愛もないことだ。最近できたオムライス屋の話とか、馬鹿らしい大男の噂の話とか、今後のベイリーズの方向性についてとか。持つべきものは友人だな。それも、ある程度長い付き合いのさ。

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