第6話
あれから俺は一方的に協力内容の概要を聞かされ、ほとほとうんざりしつつ、やっと帰ってくれるのかと思ったら「できたら今すぐにでも同行してほしい」とかいう旨のことを強めな口調で懇願されて絶句し、今日はもう眠いとか家を空けることになりそうなら色々準備がいるとか適当な理由を並べ立てて何とか追い返した。彼らも大変なのだろうが、一般人にだってスケジュールがあることを考慮に入れてほしいもんだ、本当に。いきなり押しかけた挙げ句付いてこいだなんて、無理に決まっているだろう。
その日はもうシャワーを浴びて寝た。
翌日。起床きっかり5秒後にけたたましく鳴り出した携帯の目覚ましを切り、洗面所へ直行。朝食の仕込み、といっても食パンにマーガリンを塗ってレンジに投入し、焼き時間を45秒に設定してフタを閉めるだけだが、それを完了した俺は玄関で新聞を回収し、一面にざっと目を通しながらキッチンへ帰還。折り畳み直した新聞を食卓に置いて食器棚から白い平皿とカップを取り出し、カップを食卓に置いたところでレンジがチンと鳴ったので、そのまま二歩進みレンジのフタを開けて焼けたパンを皿に乗せ、それから冷蔵庫に向かうところで皿を食卓に置き、冷蔵庫からミルクを取り出して食卓についた。カップにミルクを注いだら、朝食の準備は完了だ。
「頂きます」
聞く相手もいないのだが、儀式となった定型句を発音して、いつもの通りパンを手に取った。
代わり映えしない朝だ。
職場に入ると、恰幅のいい太って禿げたハイデン部長が朝のあいさつと共に、自分のデスクへ向かおうとする俺の進路を妨げた。新人の教育にはわりかし熱心だしいい人なんだけどな。年齢と食生活のせいだろうか、前述の特徴に加えて赤ら顔で鼻と頬がテカテカしている。酒や油脂の過剰摂取は良くないですよ、とも面と向かっては言いづらい。
部長は出た腹を上下に振りながら、
「やあやあ、おはようエイムズ君。いや、聞いたよ。良かったじゃないか! いやあ、めでたいめでたい」
俺の背中に手を回しデスクへ導くのと同時に、元々下がっている目尻をさらに降下させて、勢いを緩めずそんな事をまくし立てた。聞いただと? まさか……心当たりがあるし、嫌な予感がする。苛々したから忘れようと努めていた話が蘇る。
「はあ。あの、何をお聞きになられたんですか」
考えてみればニュークポッドから直々に異動を命じられたのなら、ここの上司にも話をつけてあって当然だ。わが国は正式には首都を持たないという扱いになっているが、かの地はこの国にとっちゃ首都みたいなもので、あそこは国家機関の密集地である。そう。あれは異動の前通達だった。政府上層部からの転勤命令だったのだ。
「何って君もすでに話を聞いているだろう。一ヶ月でここまで大きくなるなんて、君は私の自慢の部下だよ。ああ、そうだ、来週の月曜からはニュークポッド市役所に出勤してくれ、とのことだ。君に何かを教えるのも今日と明日で最後になってしまうが、あと少しの間よろしく頼むよ。いやあ、あっぱれ、あっぱれ」
「どうも……」
ちょっと待て、今週末でこの職場を引き払えだと?
俺は自分のデスクを見た。一ヶ月と一週間ほど前に自分で整えた机上。思い出の品などが名残惜しいわけではない。そもそも一ヶ月と少しの時間ではそのようなものを貯める時間としても足りない。
どうにも煮えきらぬのは、展開が余りにも速すぎて付いていくのが困難を極めるからであり、こんな事態に遭遇すれば恐らく誰もが不満を持たずにはいられないだろう。一体御上は何をしようとしているのだろうか? 少なくとも彼らの駒として俺が利用されているのは明白だ。それが明確な悪意をもって成されたことなのかそうでないのかはまだ分からん。
分からないことはまあいい、来週行ってみれば少しは思惑も掴めよう。それに向こうの方が給料は潤うだろうしな。