第4話
この街に不審者がいる。
という噂が、最近巷で囁かれているらしい。
ほとんどゴシップ系の話に興味がない俺はたった今教えてもらったばかりなのだが、情報提供者のレミーナ氏が供述するところによるとこの噂、すでに一週間は独り歩きしているものだそうだ。
まあ正直、不審者くらいでそんな大袈裟な、というのが俺の感想である。なのだが、なんでもこの不審者、色々とただ者ではないオーラを放っているらしい。深緑のマントを身に纏い、身長2メートルを超える大男で、フードに隠れたその相貌を窺い知ることは不可能。おまけに大きな鎌を背負っていて、不審に思って追いかけると曲がり角の先で必ず姿を消すんだと。信じられるかそんな話。
にしても、そんな危ない奴が街角に紛れてるって疑いが公式にあるんだったらマスメディアに散々取り上げられてそうなもんだがな。新聞を毎日チェックしている俺の耳(目か)に入ってこないとはどういう事だ。
「一般市民からの要請を受けて役所も捜査に乗り出してるらしいんだけど、捜査員の前には決して姿を見せないのよ」
証拠を掴めていないから公表は出来ないというわけか。
「そういうこと」
右手の書類をファイルに挟みながらレミーナは小さく肩をすくめた。案外、そういう奴もここに納税手続きをしに来てたりしてな。
すると、バリバリ仕事が出来そうな同僚は整理したファイルをまとめて、
「その時はあなたに対応をお願いしたいな」
天使的笑みを俺に振りまいてくれてから、ファイルを持ってデスクの方へ歩いて行った。
謎の大男ねえ。マントを着用している奴なんてごまんといるし、身長が2メートル前後ある人は確かに珍しいが、別にありえないわけではないし、農業に従事する人なら鎌くらい背負ってる可能性もある。曲がり角で姿を消しただって? どうせ素人の尾行なんて当てにならないもんだ。役所の捜査の方も、担当職員が存外いい加減にやってたんだろ。
要するに俺には信じられん。
ほとんど客のいない館内をなんとなく眺めながら、そんなことを思った。ちなみに少しいる客は俺の担当とは別のカウンターに用があるらしく、十数分前に来た兄ちゃんが帰って以降俺の目の前には閑古鳥が鳴き続けている。もうこれ休館していいんじゃないかなという考えが現在進行形で俺のニート的側面から湧き出しているのだが、マニュアルによると客が来なくても門戸を広く開けておくのがルールなんだそうだ。誰もいないカウンターの番をしてなきゃならん新人職員の身にもなってくれ。ああ、だから俺とレミーナはこれを任されたのか。謎が解けたぜ。
俺は振り返り、デスクでパソコンと対話している同期の職員のことをなんとなく眺める。なんとなくだからな。
こりゃ今は交代できそうにないな。
ああ眠い。
仕事終わったらメシ屋にでもいこう。