第3話
十人の男のそばを歩いたら十人全員が振り返って二度見するような美貌でオリバーを虜にし俺をも悩殺しかけたその女性は、名前をレミーナといった。
彼女は俺達を見つけると少しはにかんで見せ(これがとても可愛らしいんだが)、自分の席を立ってまっすぐこちらに歩いてきた。俺達のテーブルの前まで来ると若い林檎の実のように瑞々しく清涼な笑顔を惜しみなく振りまいてくれる。おいオリバー、表情が勝手に変わってしまうのは解らんでもないが、お前今すごく変な顔してるぞ。
というやり取りもコンマ数秒間の出来事、レミーナは俺に向かって微笑んでくれ、
「こんにちは、フレック」
間髪入れずに今度はオリバーが、
「初めまして、オレ、フレックの友達のオリバーです! ちなみに、お二人はどんな関係で?」
同僚だ。
すると「お前に聞いてない!」を意味するであろうアイコンタクトが飛んできた。彼女とお近づきになろうと謀っているところなのに邪魔するなという事だろうか。知らんわそんなもん。
という訳でもっと邪魔させてもらおう。万が一こいつがレミーナと上手くいってしまったら癪なんでな。
当の彼女は綺麗な笑顔でオリバーに会釈してそのまま口を開きかけたが、ここは俺が割って入ることにしておく。すまん、レミーナ。多分あいつはお前とのファーストコンタクトが成立するだけで調子に乗るんだ。
俺はレミーナを自分の隣の席に導きながら、
「同期に入った人でな。レミーナ=アップルヤードさんという」
するとオリバーはこちらにブーイングの顔を向ける暇もなく、
「あの、オレ、フレックの家の近所に住んでるんで!」
そんな情報を開示して彼女に何をさせようというんだ。今度は二人きりで会いましょうとでも言おうものなら俺から渾身のロケットパンチがお前に飛んでいくから覚悟するといい。
しかし当のレミーナはそんな下心には気づいていないかのように(気付いていながら受け流しているのかも知れないが)、
「ありがとう、レミーナよ。よろしく」
セオリーに則った自己紹介をしてくれた。繰り返すようだが、彼女は人柄もいいのだ。オリバーが惹かれるのも解らなくはない……と一瞬思いかけてしまったが、こいつのレミーナに対する好意は面食いなミーハー的精神から生まれたものだろうから、俺は速やかにオリバーの肩を持つことを中止した。
「それにしても、ただお茶を飲みに来たにしてはたくさんのお皿があるわね。なに、二人で宴会?」
横のレミーナがちょっぴりおどけて言ってみたのは俺に対する振りだ。しかし俺が返答の一文節目も発音し切らないうちに、
「就職いわ……」
「就職祝いです! 少し遅くなりましたけど」
このようにオリバーが遮った。この小男のこういう図々しいというか、自己顕示欲の絶えない性格は、やはり商人特有の職業病の一種なのだろうか? いや、嫌いとかではない。素朴な疑問としてだ。
フェルミの課題に新しく追加できそうなテーマへ思考を飛躍させていると、
「じゃあ、二人が構わなければだけど、私もご一緒していいかな? ほら、フレックやオリバー君と同じように私もついこの前就職したでしょ」
レミーナが、クラスの中で後々人気者になる女子が最初に友達を作る時みたいな笑顔でそう頼んできた。そりゃ断るわけがない。オリバーなんて「是非とも来てください! なんならオレの店に来てください!」ぐらいの気持ちだろう。ほら、実際感情が昂りすぎて喋ることも忘れてしまっているようだ。
「だがお前、いきなりそんなことを決めて大丈夫なのか? この後の予定とか」
「ううん。今日は暇だったし、せっかく会えたしさ」
「そうか。それなら俺達はもちろん歓迎するさ。二次会にでも行こうか」
「二人ともありがとう! ちょっと遅めの就職祝い、レミーナ=アップルヤードも参加させてもらいます」
それからレミーナを入れた俺達三人は近くの会食屋に行き、飲めや歌えやして親睦を深めた。言っておくが羽目を外していたのはオリバーだけだから、そこんとこ勘違いしないように。
2013/11/20 加筆しました。