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第2話

 机を埋め尽くす皿とグラス。オリバーの両手は常にいずれかのそれを持っていて、その口は糖類を摂取することに重点のすべてを置いて絶えず稼働していた。まるで大所帯の宴会の中に一人は必ずいる、特に目立った食べっぷりをしてみんなの注目を集めようとするヤツのようだ。今は大勢で宴会をしているわけじゃないので代わりに知らない人達の視線が痛い。もうちょっとゆっくりじっくりと食べてもいいんじゃないか? 二人なんだしさ、細々と周りの注目を集めない程度にやろうぜ。

 俺のそんな隠蔽体質的心の声を聞いて曲がりなりにも配慮しようとしたのか、いや、そんなことはあるはずないが、オリバーはチョコパフェのスプーンを口から離して俺にこんなことを言った。

「そういやお前、税務署の方はどうだ?」

 どうだと言われると俺は返答を考えなければならんな。なにせお役所仕事だ。簡単な書類の作成とか受付とか、ごくごく普遍的でホワイトカラーな職務ばかりだぜ。

 ちなみに前述の通り、この度の就職祝いパーティは普通より一ヶ月ほど遅く開催されている。つまり内定はとっくに貰って、簡単な仕事くらいは既にマスターしている時期だということだ。

「仕事の内容じゃなくて……いや、それも勿論大事だが、オレはフレックがその仕事に抱いている感想について尋ねたんだが」

「どうだろう。退屈といえば退屈かな」

「なにか、これっていう不満でもあるのか?」

「それは無いが」

「ふーん」

 ま、お役所仕事だしそんなもんだよな、と付け加えて、オリバーはホットチョコレートを口に運んだ。

 実際、強いチームプレーで快刀乱麻に事件を解決へと導く少人数のしがない探偵事務所などとはかけ離れているし、炎天下で汗水垂らしてあっちからこっちへと木材を担ぎ歩くフレッシュでエネルギッシュな大工ライフ(どちらも俺の勝手な想像ですまん)とも似ても似つかない。何年も手入れされていないと思われる埃を被った空調の下で、いい加減買い換えればいいのにと思わざるを得ない旧世代パソコンのキーボードを叩く毎日である。だがまあしかし、俺自身それを分かった上でこの道を選んだわけだし、別に今になって仕事が嫌になったなんて事はないさ。給料良いしな。

「俗物だな」

 俺もそう思わんでもない。だが自虐ばかりしていたら、いつまでたっても良いことなんて訪れないだろ? だから俺はそのへんについてはあまり考えないことにしている。幸福が金で買えるとは言わんが、金は幸福への近道になりえるんじゃないかな。割と間違っていないと思うんだがどうだろうか。異論は認める。

「いや、いいと思うぜ。そういう考え方も」

 そりゃ良かった。

 文面だけじゃ解りようもないだろうから念のため断っておくと、別に重い雰囲気になってるわけではないからな。今この瞬間にもオリバーは商人的笑みを浮かべてデザートを食ったりしている。俺も右に同じだ、デザートを食っているところに関してはな。

「ただしオレの頭じゃそれは出来ない。だからオレは細々とした家業に幸せを見出すことにした。どうだ? オレの考え」

「いい生き方だと思う」

 自分で建てた小石の城を褒めて褒めてと兄弟に見せる子供のようにオリバーがそう訊ねてきたので、真面目に答えてやる。

 話が人生論みたいな仰々しいことに飛躍してきたな、反論されて俺の砂の城のごとき持論が崩されたらどうしていいかわからないのでそろそろオリバーに道具屋の方はどうだと話を振ろうかと考えていると、

「にしてもお前、入ってすぐに受付任されたのか?」

 まあそうだが、それがどうした?

「すげえな。信用されてる」

 そうなのか? 受付ぐらいと言ってはなんだが、どこの企業の新人でもやらされるものではなかろうか。それとも、税務署では受付を任されたら信用された証であるとかいう伝統があったりするのか。

「伝統は知らないけど、金を管理する場所の受付だぜ? 一ヶ月の経験もない新人にやってもらおうと普通思うか? 人手不足ならまだしも」

 人手は潤ってるだろうな。地方の署ということもあって待遇が良いとは言えないが、給料の面ではけっこう魅力的だし。

「だろ? てことはお前、よっぽど信用されてるんだよ」

 待てオリバー。俺を持ち上げようとしてくれているところに水を差すようで悪いが、まだ一ヶ月も仕事をしていないうちに、どうやって俺が上の方々の信用を勝ち取ったというのだ。現実的に考えて無理があるぞそれは。

「じゃあお前の同期の中で、そんな重要な仕事を任されたヤツが何人いるよ?」

 それは……俺ともう一人だけだが。

 いやいやそんな、まぐれだろう。

「まぐれなんかじゃないと思うぜ。昔から頭いいもんなあ、お前。羨ましいぜ」

 あんまり褒めるな。自分が調子に乗りそうで嫌だ。

「んでお前、職場にいい女はいたか? いたならオレに紹介してくれよな」

 始まった。ことあるごとに女の話をするのはこいつの悪い癖だ。この癖が災いして風俗中毒の情けない奴になる前に友人として矯正してやるべきじゃないだろうかと近頃真剣に悩み始めている。そういうことだから、

「いいや、別に」

 と、匂わせないように当たり障りのないことを言っておいた。

 するとあからさまに残念がった顔で、

「残念だ」

 と一言。それでいい。心配しなくても、人脈の広いお前なら誰かの網に引っかかるさ。

「引っかかるとは失礼な! オレだって真剣なお付き合いが出来るんだぜ。むしろそうしたいと強く望むね。ほら、あんな色白金髪ショートの美人さんと……ああっ、最高だぜ!」

 丁度妄想を膨らませるに値する女性がオリバーの視界に入ったようだ。俺は目の前の女性人気を下げることに関しては達人級の特性を持つ男の妄想の種にされた可哀想な女をこの目で確認しようと上体を後ろへひねった。そして少しだけ驚き、かなりの量の二酸化炭素を含んだ溜息を吐いた。

 なんだってあいつとここで会うんだ。

 いや、嫌いとかではないし、むしろ好感を持たずにはいられないほどに良い人柄の女性だ。だからこそ駄目なのだ。オリバーのいるところで会うのは。

 オリバーの言う通り、その横顔は非の打ち所がない美人だ。今は座っているが、「彼女が歩いたら誰もが立ち止まる」と言われても納得していい。それほどに何というか、麗しいのだ。

 二人分の視線を集めて流石に気配を察したんだろう、彼女は俺たちの――多分俺の――方を向いてニコリと微笑んだ。

 クラリときたね。


はい、第2話になります。

もう僕の枯れきった頭じゃタイトル思いつかないんで、これからも「第~話」でいいですかね(

何はともあれ、これからもよろしくお願いします!

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