1-9・霊は関係ないから!
『これからは絶対信じるから』
アスカの言葉にあたしは急にほっとして力が抜けた。
「アスカぁ~!」
あたしは思わずアスカに抱きつき、アスカもあたしの背中に手を回して、あたし達は数分間一緒に泣いた。JKの美しき友情ここに復活セリ、という訳だ。
「ごめんね、ごめんね、ヒミ……」
「いいよ、もういいよ!」
そんなやり取りを繰り返しているうちに段々と昂ぶった気持ちが鎮まってくると、何だか不思議な気分になった。長い付き合いだけど、アスカが泣くのを見たのは実はたったの二度目。一度目はミズキの事故の時。あの時もアスカは、『ミズキは絶対大丈夫だって信じてる』と言って泣いた。そして、今も。幼稚園の頃から、自分の事では嫌な事でも痛い事でも絶対泣かなかったアスカだけど、友達の為には泣き顔を見せるんだね。
「あたしは本当に、ヒミにまともな子になって欲しいと思ったんだよ。でも、まともじゃなかったのはあたしの方だった。友達があんなに必死になって言ってるのに、それを信じないなんて」
涙を拭いながらアスカは言う。こんな日が来るなんて思ってもいなかったのでちょっと感動。
「いいよそんなの。まともな神経してたら信じられる話じゃない事くらい、ホントはあたしだって解ってたんだから。アスカに信じてもらえてあたしは本当に嬉しいんだよ。ミズキも取りあえず無事みたいだし、ホントに良かった!」
アスカはまじまじとあたしの顔を見て、
「あんたって子は……」
と言いかけたけど、気が変わったらしくふいっと顔をそらした。
「なに?」
「何でもない……」
「いま、あたしを褒めようと思ったね?」
「何でもないって! あんたすぐ図に乗るから!」
「素直に言いなよ~、『ヒミって超絶美少女な上に性格もこんなに良かったんだね』とか言おうとしたでしょ?」
「言うかっ!」
アスカは即答し、そのあまりの早さにあたしたちは思わず顔を見合わせて笑った。こうしてあたしとアスカのわだかまりは完全にほぐれた。
「さて、じゃあミナトを連れてこないとね?」
アスカが言った。
「う、うん、そだね、アスカが話してくれたらミナトも信じるかも……」
さっきのやり取りを思い出すと気が重かったけど、あたしはもう一度スマホをとってミナトにかけてみた。
「怒りだしたらあたし代わるから」
とアスカが言ってくれた……が、スマホから聞こえてきたのは予想したような不機嫌なミナトの声ではなく、
『この電話は、お客様のご希望によりおつなぎ出来ません』
ヤツめ、着拒してやがる! なんて性格が悪いんだ!!
「あ~あ。まぁしようがないね。じゃああたしのスマホから……」
そう言ってアスカはカバンを探ったが、すぐに、アスカにしては珍しく焦った声で、ああ~っ! と叫んだ。
「ど、どしたの」
「ああ~、ない……兄貴の車に忘れてきたんだ、多分」
なんて事だ! いつも失敗しないアスカがこんな時に限ってそんなドジをするとは!
「どうしよう?」
うう~ん、とあたし達は頭を抱えた。一応、家電からもかけてみたけど、そっちも着拒だ、くそぅ。コンビニに行けば公衆電話はあるが、公衆電話からでは不審がって出ない可能性が高い。それに、今、月光鏡のあるこの部屋を離れたくないし、持って出る訳にもいかない。
「よしっ、こうなったらリョータとマコちゃんを呼ぼう!」
そう言ったのはアスカだった。
「えっ?」
「ミナトより説得しやすいだろうから、予行演習も兼ねて。あいつらも信じてくれたら、ミナトも信じない訳にもいかないだろうし」
なるほど。それは名案に思われた。あたしは二人を、「今すぐ来い」と呼びつけた。ヤツらはミナトよりずっと単純なので、アスカも今ここにいて、重大な用件がある、と言ったら、さして疑いもせずに、ややぶつくさ言いながらも十分程で来てくれた。アスカがお兄ちゃんに約束した一時間はもうすぐだ。が、アスカのスマホはここにないので、お兄ちゃんはアスカを急かす事が出来ない。お付き合いをお断りして以来、お兄ちゃんはたまに顔を合わせてもこっちを見ようともしない位だから、上がって来る事はないだろう。この点は好都合だなと思った。
「はぁ? おまえにまでヒミの厨二病が感染った訳? つか厨二病ってマジで感染るんだ!」
話を聞いたリョータのアスカへの第一声にあたしは蹴りを入れたくなったが、ここで怒らせてはいかんとじっと我慢した。アスカの方はあたしよりずっと冷静で、こういう反応も予想していたらしく、淡々と話を続ける。
「あたしとあんたが逆の立場だったら、多分あたしも似たような事を言ったろうと思う。だけど、確かにあたしは聞いたの。この鏡を通してミズキと話したの。半信半疑でもいいから、ミナトを説得するのに力を貸してちょうだい。ミズキを助ける為に」
「んな事言われてもなぁ……既にミナトを怒らせてるんだろ? アイツ一度怒ったらしつこいからなぁ。俺まで感染ったと思われるのも何だかなぁ……」
……この男、まっったく信じる気がないらしい。
「この、普段は無表情無感動なアスカが、あたしの手を握って、『これからは絶対信じるから』って言って泣いたんだよ?! あんたもちっとは信じてみようって気になりなさいよ!」
「ちょ、恥ずいからあんたは黙っててよ」
アスカはちょっと顔を赤くした。おや可愛い、と思い、あたしは黙る。
「ねぇ、あたしが現実的な人間で、ヒミとは違うタイプだっていうこと、よっく知ってるでしょ? ヒミの口車にうまく乗せられたりする訳ないって」
「あ、ああ、まぁな……」
言い方はやや引っかかるが、リョータは一応頷いた。
「あたしはね、この目で見たものは、どんな荒唐無稽なものでも信じるよ。そりゃあ、過去の自分の間違いを認めるには勇気いるけどね? ヒミの言う事信じなくて妄想と決めつけてた……でも、あたしは聞いたし、見た。だから、謝った」
「う……うぅ……。まぁ、ヒミじゃなくおまえが言うんなら、まぁなぁ……」
リョータは少し揺れ始めた。根が単純なヤツだからね。アスカは手応えを感じたらしく、更に自信ありげな口調で付け加えた。
「霊だって、あたしはこの目で見たから信じてる訳だからね?」
…………ちょーっと待ったぁ! アスカ、それ言ったら説得力が台無しだぁ!! 案の定、リョータは急にむっとした顔になって、
「俺は霊は絶対信じないぞ! いたら怖いからな!」
と言い放った。それ、今関係ないからぁ!