1-7・妄想じゃないんだってば!
きっかり15分後にアスカは来てくれた。一時間後にお兄ちゃんがマンションの下まで迎えに来る事になったらしい。アスカのお兄ちゃんとは、一年前に告られてお断りした経緯があるので非常に気まずい。お兄ちゃん本人のことは別に嫌いな訳ではないけれど恋愛感情もない。アスカの親とは過去に色々あったので、敢えて面倒な関係になるのはごめんだという気持ちが強かった。この事はアスカも承知しているが、あたしがアスカに話してしまった事をお兄ちゃんはどうやら逆恨みしているらしい。妹の親友にふられた事を妹に知られたくなかったんだろうけど、あたしはアスカに隠し事なんて嫌だしね。
まぁそれはともかく、アスカがリビングに入ってきてソファにかけたので、どうぞどうぞとあたしは冷たいジュースを勧めた。普段はこういうサービスはしないんだけど、今は不機嫌そうなアスカの気分を少しでもよくしておかないとね?
「よっぽどの事……なんだろうね? どこに寄ってきたのか、帰ったら親にしつこく追及されるんだから。あんたのとこだとは言わないって、兄貴と話はついてるけど」
アスカの親は、あたしとアスカが親しいのが気に入らないのだ。しかし、今はその話は置いておこう。
「うん、ありがとうねアスカ。実はさ……」
あたしは月光鏡を目の前のテーブルに置いたまま、ミナトとのやり取りを説明した。月光鏡からミズキの声が……というところから入るより、話を聞きやすいだろうと考えたんだ。ミナトが激怒して電話を切ったところまで聞き終えると、アスカは深い溜息をついて、
「また? あんたもほんっと、懲りないね。いい加減にしなよ」
と言った。こう言われる事は予想していたけど、取りあえず状況を理解して貰えたので、後は何とか話を信じて貰わなければならない。あたしは月光鏡を持ち上げて見せて、
「嘘だと思うのも無理はないと思うけれども、でも、本当にこれを通してミズキの声が聞こえたの。あたしがそんな嘘ついてミナトを怒らせて何の得があると思う? あたしだってほんっとうに、ミズキが心配なんだよ! ねえ信じて、お願い!」
と言って頭を深々と下げた。これにはアスカも少し驚いたようだった。何しろあたしは人に頭を下げる事が大嫌いだとよく知っているからだ。しばしの沈黙に、あたしは期待を込めて、(信じる力、信じる力)と念じてみた。
……だけども。アスカはもう一度、深い溜息をついた。
「ヒミ。あたしはあんたがミズキの事をものすごく心配しているのも、ミナトを怒らせようと思って言ったんじゃないって事も、ちゃんと解ってるよ。だけどさ。あたしたち、もう高2なんだよ? いい加減、そういうのから卒業しないと。いつか言おうと思ってたんだけど」
……前半は嬉しいけども、後半は……。アスカはお説教モードに入ってきた。いつもはクールで口数も多くないアスカだが、年にいっぺんくらい、このモードに入る。入ると長い。
「あんたは確かに自分で言うだけ見た目可愛いし、威張ってて性格悪いけど本当は強がってるだけ、ちょい人間不信入った怖がりなだけ。陰口言ったり卑怯な事したりはしないし、裏切ったりも絶対しない筋の通った子だと思ってる。だからさ、そろそろそういう世界に逃げ込むのはおしまいにして、前を向かなきゃ駄目だよ。そりゃあ、子どもの頃は、あんたはお父さんがいなくて寂しくて、そういう事も必要だったのかも知れない。でも、もう高2だよ。現実を受け止めないと。そういう世界は、あんたの願望が作り上げた夢なんだって。そうしないといつか、ミナトだけじゃなく、色んな人に呆れられて相手にされなくなっちゃうよ?」
アスカの目は真剣だ。ガチであたしを心配して、妄想を消そうとしてくれている。性格悪いとか聞こえたのは多分気のせいだろう。あたしを心配して……でも、消されちゃあ困るんだって! 妄想じゃないんだってば!
「あたしの気持ちがそこまで解ってくれるんなら、何であたしの話を信じてくれないのよ?! あたしだけじゃない、あたしのママだってそう言ってるんだから!」
「あんたのママは、ちっちゃい頃のあんたに夢をくれたんだよ」
「今だって言ってるし!」
「あんたを傷つけたくないだけなんだよ。ね、きっと内心はあんたのママだって、困った事になった、って思ってるよ。おばさんの為にも、勇気を出して現実を見つめよう」
「だから、ちーがーうーっっ!!!」
あたしは叫びながら、もどかしさの余り、テーブルをばんばんと叩いた。
「ちょっとは、『もしかしたら本当なのかも』って目線で物事を考えられないワケ? 中学の頃、あたしがうっかり教室でパパの話をしちゃった時、何人かいた子たち、あたしの話聞いてくれて、約束通り黙っててもくれたじゃん!!」
「そりゃ、モノホンの中2だったからでしょ」
「いや中2でもおかしいなと思うレベルでしょ」
「ホラ自分で解ってんじゃん」
…………くぅっ。唇をぎゅっと噛んだあたしをアスカは半ば同情の混じった目で見つめながら、
「あれは実は、あたしらが後からあの子たちに、『あれはヒミのとっておきの持ちネタだ』ってフォローしてやったからなんだけど。あの子ら、ほっとしたみたいな顔で、『なんだ~よかった~、一応解ったフリしたけど、マジだったらどうリアクションすればいいんだろって思ったよ~』『いや日向さんがあんなコト、マジで言う訳ないって思ったし』なんて言ってたんだよ。『一回きりのネタだから引っ張んないでやって』って、あたし頼んだんだから」
と、言った。初めて聞く話だ。
「えっ……」
と、あたしは思わず絶句する。あの後、(アスカやミナトたち以外に秘密を洩らしちゃダメだ)と自分に言い聞かせてあの子たちにそれ以上パパの話をしなかったけども、内心、こんなすごいコトを知ったのに何故もっと話を聞きたがらないんだろう、とも不思議にも思っていた。まさか、ネタだと思われていたとは……。
「解ったでしょ? あんたの言ってる事は、大人に向かって『サンタクロースは南極に住んでる、信じて』って言うようなもんなんだよ」
「いやサンタの住所は確かフィンランド……」
「どっちでもいいっ!!」
アスカもさっきのあたしと同じ勢いでテーブルをばんと叩き、
「あんただってホントは自分で気付いてる筈。なのにあんたが、これ以上妄想引きずってミナトを傷つけるつもりなら、友達やめるっ!」
とまで言いだした。どうしよう?!