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ひみこい。  作者: 青峰輝楽
1・異世界からの声
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1-4・月光鏡の声

 あたしはマンションの傍のコンビニで、ペペロンチーノとサラダとコーラを買って帰った。3LDKの白いマンション。あたしが小学生の頃から住んでいる。それまでは小さなアパートに暮らしていたのをうっすら覚えている。

 一人での夕食は慣れっこだ。リビングのテレビをつけ、パスタの容器のラップを剥がそうとしていた時だった。ふと、何とも言えない気配を感じた。

(あれっ、これって、もしかして……)

 窓を開けて入れ替えたばかりの部屋の空気が、突然もやんと重く生ぬるく湿っぽいものになった。テレビのバラエティのタレントの爆笑が、急に、まるで単調なただの音のように聞こえだした。たん、たん、ぱしゃん……タレントの軽妙なトークが、少し締め付けの緩いタンバリンを叩くようなおかしな音に変わってゆく。透明な陽炎のようなものがゆらんと部屋を漂い抜けてゆく。あたしはパスタを放り出してママの寝室へ駆け込んだ。月光鏡! 一年半ぶりに『その日』が来たんだ。異世界のパパと、月光鏡を通じて会える日が。ああ、ママがいない時に来るなんて! 今まで一度もママはその時を外したことなんてなかったのに!

 月光鏡は、真っ暗なママの部屋のきちんと整頓されたデスクの上で、ぽうっと淡い光を放ちだしていた。息苦しいほどの湿っぽさが、この部屋に入ると益々強く感じられる。パパだ、パパと話が出来る。ママには申し訳ないけど、ママの分まで話をしよう! 通信はいつも数分かそこらで終わってしまうんだけども。

「パパ! パパ!」

 あたしは鏡の持ち手を掴んで覗き込んで叫んだ。もしも誰かに見られたら、高校生にもなってと可笑しく思われただろう。でも構うものか、ここにはあたししかいないし、貴重な時間を一秒も無駄には出来ない。

「パパ……?」

 だけど。この日は、何かが違った。いつもなら、毎日ママが柔らかい布で磨いている月光鏡は、このタイミングで強く光り出してパパの姿を映してくれるのに、今日はただ、ぼうっと仄暗い光を放っているだけで、それ以上の変化はなかなか起きなかった。

「パパ、パパ、どうしたの? ママは今、いないんだよ。パパ?」

 もしかして、あたしの知らない呪文か何かをママが唱えないと駄目なんだろうか? それともそもそも、月光鏡の持ち主はママだから、ママがいないと使えないのだろうか?


 そんな事を考えていた時だった。不意にさざ波のような音が伝わってきた。最初は静かに、やがて徐々に大きく……遠い所から近づいてくるような音。それと共に、人の話し声や走る音、叫び声なんかが聞こえてきた。ぐらりと足元が揺れるような感触。

(これって……もしかして!)

 異世界へ繋がろうとしているの?! ママがいないのに、あたし一人じゃあどうしたらいいかわからない!

「怖い! パパ、パパ、どうしたの!」

 あたしは半泣きになって叫んだ。


『……大変な事が……!!』

『……が……ぎょされた!』

『……からの客人は……』

『……さがせ……捕らえろ!』


 ざわめきが……すごく切羽詰まった声が、途切れ途切れに聞こえる。色々な人が何か叫んでる。なんなの。パパは、パパはどうして何も言ってくれないの!

「パパ!!」

 本当に怖い。たった一人きりで、知らない世界に引きずり込まれそうな恐怖は、ラノベどころかそんじょそこらのホラーより遙かに怖い。パパが返事をしてくれたならそうでもなかったのかも知れないけど、あの世界と繋がっているのにパパの声が聞こえない、という異常事態が何よりもあたしを怯えさせた。


 だけど。その時。聞き覚えのある声が聞こえた。

 パパじゃない。月光鏡からはっきりと聞こえたのに、パパじゃなくて、その声は……


『ヒミ!!! たすけて!!!』


 そんな事があるだろうか? いや、あり得ない……あたしは驚きのあまりすぐに声が出なかった。がくがく震えているうちに、段々とざわめきが小さくなってゆく。繋がりが切れようとしているのだ。とりあえず、いきなり異世界に引きずり込まれる事にはならなさそうだ。でも、でも、あの声は……


『ヒミ! お願い、聞こえているなら返事して! たすけて!!』


 悲鳴。切羽詰まった親友の……。


「ミズキ?!」


 事故で意識不明の親友ミズキ。今も病院でベッドに横たわり、声も出せない筈のミズキの声が、どうして月光鏡から聞こえてくるの?!


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