強くなるための理由
「あ痛っ!」
「ふぉふぉ…まだまだじゃのう、海斗よ。精進せよ」
勇者大会の三週間前、俺、如月海斗は師匠の特訓を受けていた。
師匠は、俺とリュウの剣の師匠で、見た目は長いヒゲを蓄え穏やかな顔をしている好々爺だ。城の兵士とかメイドたちからは秋爺と呼ばれて親しまれる存在だ。
だが、この師匠は剣術の特訓になると、この見た目を裏切るような厳しさを出して特訓に当たる。そこに一切の妥協はなく、慈悲もない。ノルマが達成できるまで続けられるのだ。
そして、現在の俺のノルマは座禅を組んで心を無心にすること、だった。
そこで、無心になれずに竹刀で肩をバシーンとやられたのがさっきだ。
「ふむ…ほどほどに集中力も切れてきたようだしの。少し休憩にしようか」
「え!?まじ!?やった!」
集中力が切れてきたところに滅多に甘くはならない師匠から差し出された提案に俺は喜んで乗っかった。
こういう優しさは受け取っておかないと後悔する、というのは嫌という程身に染みていた。
「とはいえ、今後の特訓のためにも必要だから質問しておくかの。…さて、海斗よ」
「ん?どうしたんだ、師匠?」
「お主は、なんのために力を求めるのじゃ?」
「力を求める…理由?」
「そうじゃ。強くなりたいからという理由では通らぬぞ。なんのために強くなるのか?その答えを儂は聞きたいのじゃからな」
そして、師匠は俺の目を覗き込む。その目は俺の心まで見透かすような目だったが、どこか優しさを感じされる目でもあった。
「…そうだな、真剣に考えたことは無かったな…」
「ふむ、そうか。しかし、それこそがお主と龍牙の違いなのじゃよ」
「俺とリュウの違い?」
そこで師匠は力強く頷く。
「そう、例えば、龍牙の奴じゃが彼奴はこの国の王子じゃ。彼奴めはこの国の人々を凡ゆるものから守れるように強くなりたい、と言っておったの」
「・・・」
「故にこそ、彼奴はどんな厳しい訓練にも全力で取り組み、あの若さで歴戦の戦士をもあっと言わせるほどの実力を身につけたのじゃ」
「・・・」
「無論、お主とて歴戦の戦士をあっと言わせるほどの実力があるといえばあるのじゃが、龍牙とは実力が離れておろう」
「そう…だな」
師匠の言葉に素直に頷く。正直、認めたくはないがあいつには叶わないと思うことがしばしばあるのだ。
「とはいえ、それはお主が弱いという理由にはならぬ。ただ、強くなりたいという明確な理由がないだけ、なのじゃよ」
「強くなりたいという…理由…」
「そうじゃ」
そこで俺は胸に手を当てて考えてみる。なんのために強くなりたいのか?
そこで、俺の脳裏には一人の少女の顔が浮かんできた。
いつも笑っていて明るくて美しい、少女。
その笑顔を守りたい、なんの前触れもなくそんな思いが心を満たした。
「…師匠」
「なんじゃ?」
師匠の声には慈愛の響きがあった。それに俺は後押しされて言葉を紡ぐ。
「俺さ、守りたい女の子がいるんだ」
「そうか」
「でもさ、師匠。その女の子を守りたいから強くなりたいってのは、ちょっと不純かな?」
「ふぉふぉふぉ。不純か、とな?」
「あぁ。だって如何にも下心ありますよ、みたいな感じにならないか?」
「そうかの?儂にはこの上なく素晴らしい理由じゃと思うぞ」
「そうかな?」
「然り。お主がその娘を思う気持ち…すなわち愛はこの世で最も尊いものじゃと儂は思う」
「師匠…」
「それに…儂は愛する者も救えなかった。そんな後悔をお主にはして欲しくないのぉ」
師匠の目は慈愛の色で満ちているようだが奥の方に僅かに、悲しみと後悔の色が垣間見えた。
「それじゃ、師匠。さっきの質問の回答だ」
「ふむ、なんじゃね?」
「大切な人を守りたい。これで、どうだ?」
そして、その日から俺は以前よりも真剣に全力で厳しい訓練に耐えてきた。
ひとえに大切な人を守るため。それだけのために。
血を吐いたこともあった。喉に食事が通らないときもあった。何度も挫けそうになった。だけど、その度に俺は目標を見据えて頑張ってきた。
「だからよぉ、天音には手を出させねぇぜ?」
俺は心の中の鬼を呼び覚ましてでも大切な人を守る。
「古龍ごときが、邪魔すんじゃねえ!」
そして、俺は古龍に喧嘩を売った。




