二人の進展
「って、感じだったから疲れたんだよ…」
「へぇ…それは、大変でしたね、如月さん」
おっといけない。ついつい愚痴っぽくなってしまったようだ。
ここは『教会』のカフェ。先ほど一週間にも渡った十二師族会議を終えた俺は、偶然優香さんと会い、ここに来て会議の話をした。
ちなみに、話しても良いのかという疑問にはこう答えよう。防衛策とかは、絶対に王や『教会』の方にも明かすため、それが早くなっただけの話だ。
「とにかく、今回の会議で決まったのは三つかな」
俺はその愚痴っぽい言い方を止める目的でそう言って一回区切る。
「最初に、俺の扱い。ギ・ガーのことは抜きとしても、街一つを名うてが一人いたとはいえ、二人の勇者で守り切ったことは十分な働きとして如月家の権利回復は承認された」
「それは、おめでとうございます」
対面では優香さんがニコニコとしている。見てると心が洗われるようだ。
「ありがとう。…それで、次に『闇の領域』からの侵略を信じるとしての猶予期間については、俺を信じて事件後からの三ヶ月ほどということになった」
「確か、事件があったのが四月の十四日で、今日は五月七日…ですから…」
「あと、約二ヶ月半かな」
そう言って互いに顔を見合わせ頷いた。
「そして、最後の三つ目—今回は一週間ほとんどこれに費やされたんだけどね…—は、防衛策だよ」
「防衛策…ですか?」
優香さんがキョトンとして聞き返してくる。…可愛いとつい目を奪われ思わず話を忘れてしまいそうになる。危ない危ない。
「そうそう、防衛策。…えーと、まずは勇者の強化、及び騎士との連携をとるようにするとか、勇者や騎士のやる気を持続させるために様々な特典をつけてみるとかいろいろあるよ。中には、これまでは年一回にしかなかった勇者大会が二週間に一回行なわれ、さらに騎士と勇者が互いに腕を競わせる目的の新しい大会も開く予定らしいよ」
「この三ヶ月、忙しくなりそうですね…」
優香さんがしみじみつぶやいたのに対して俺は頷いた。だが、これは遊びじゃない。すべては、生存するために行うことなのだ。
しかし、それとこれとは別の問題が発生していた…。
「実はね…優香さん」
若干歯切れ悪く呼びかけると少し優香さんは微笑みながらこちらを向いた。ただし、目は笑っていない。そして、鬼神は顕現してなかったが、気配はうっすらと、本当にうっすらと感じた。…めっちゃ怖い。
「会議終わったら、クエスト行くって話だったけど明日、破凪に試合を申し込まれ…いや、違うな。叩きつけられて、拒否権はないから明日は行けないんだけど明後日でいいかな?」
「破凪…?誰ですかそれは?」
にっこりと笑いながら(ただし目は全く笑っていない)優香さんは聞いてきた。ちなみに、若干だけども。若干だけども、鬼神がボヤッと浮かび上がってきた…ような錯覚を覚えた。
「えっと…睦月家の長男でさ。ほら、俺の家序列下だから逆らえないんだよ…」
というと、少しだけ怒りが収まった気がした。
「それなら仕方ありませんね」
不承不承といった感じで優香さんは頷く。ただし目は笑っていなかったが。
まぁ、何はともあれ解決…
「じゃあ、その代わりに如月さんにお願いを一つしましょう」
…していなかった。
その瞬間、俺の心は完全に凍ってしまったかのように動揺を全くしていなかった。
もはや、諦めの境地といってもいいかもしれない。
相手は身分を隠しているとはいえ王女。逆らえばどんなことになるか全く想像できない。
「なんなりと」
かくして、俺は諦めを抱き、降参とばかりに両手を挙げた。
「では、私からお願いです」
まるで、地獄の審判を待つかのごとく神妙な顔をしていると、なぜか優香さんは恥ずかしいというような顔をした。…なんでだろうか?そこまで大変なことをやらせる気か!?
「私を…姫川とか、青崎とかではなく、優香って呼んでもらえますか?」
「え?」
予想を遥かに超えていたので思わず聞き返してしまった。
いや、逆か。予想を遥かに下回っている。
だが、待て、冷静に考えるんだ。女の子の下の名前を呼ぶ…?しかも呼び捨てのようだ。さんざん胸の内で下の名前呼んでるくせにだって?
確かに、俺は下の名前を心の中だけで呼んではいるが実際に声を出して呼ぶのとは訳が違う。喩えるなら…そう、イメージトレーニングと実践の差だ。
「ゆ…」
優香、と言おうとした時にチラッと優香さん…いや、優香を見た。すっげー、見つめられてた。…なんか怖い
「優香…」
だが、そんなこと迷ってなんかいられない。逡巡したのは僅か一秒すらもかからなかった。…下手すると俺の命に関わる気がしたから。
そして、俺に下の名前を呼ばれた優香は俯いて顔を赤らめていた。…俺の心にぐっと来た。おっと、危ない。手が出るとこだった。
ガタン、と音を立てて優香は席を立ち、そして去っていった…ってあれ?なんで?
…そして、机の上にのっている紅茶を見て思った。
これは俺のおごりになるのかな、と。




