決着
ギ・ガーは海斗に止めを刺そうとゆっくりと悠然に歩いて行った。だが、海斗に近付くにつれ、野生の勘とでも言うべき嫌な予感が大きくなった。そこでようやくギ・ガーは自分の意識があることに気付いた。『バースト』による暴走が解けたのだ。だが、相手は倒れて全く動かない。自分は安全のはず…そう心に言いつけ、自分を奮い立たせた。いや、何かおかしい。自分を奮い立たせた…だと?まるでそれは儂が奴を恐れているかのようではないか?
その言葉を裏付けるかのように海斗がピクリと動いた時にギ・ガーは思わず身構えていた。
「う…くぅ……!」
骨折どころか内臓に重大なダメージすら与えるはずの怪我だったのに、彼は立ち上がろうとしていた。呻き声を上げながらそれでも自身の誓いを思い出して、それを果たそうとして。
「馬鹿な、儂が与えたダメージはかなり深刻なもののはずだぞ」
「ぐ…確かに、お前の…ゲホッ…ダメージはかなりヤバイさ…ぅぐ…だけどな…ゲホッゴホッ…そんくらいじゃあ俺は、死ねないんだよ!」
血を吐きながら、咳き込みながら腹を抑えながら彼は喋った。それはまさに己の命に変えても民を守る勇者としての立派な姿だった。
「だが、その怪我でなにも出来るわけがない。おとなしく死んでもらうぞ、カイト」
ギ・ガーが剣を抜き、走る!
だが、その剣が海斗に当たるより先にギ・ガーの体が宙を舞った。ギ・ガーは何が起こったか分からなかったが、混乱は一瞬だった。次の瞬間には空中で相手を見据えていた。その相手は手をギ・ガーのところへ向けなにかを呟いた。
すると、その掌から炎の龍が現れてこちらに向かって突進してきた。
「サモン・ザ・ウォータードラゴン!」
だが、ギ・ガーは焦ることなく水の龍を生み出し炎の龍にぶつける。水の蒸発具合と炎の消火具合はほぼ同じ。残ったとしても攻撃としての脅威はない。
地面に着地し同時に海斗の方向へと目を向けたがしかし、水の蒸気が視界を覆い尽くす。一瞬にして目の前は真白な世界に覆われた。
巨大な質量を持つ龍を模した水が蒸発するのだ。晴れるのにかなりの時間がかかることは予想に難くなかった。
しかし、だからと言って攻撃が止むだなんて考えるほどギ・ガーは甘くはなく、その程度の甘ったれた輩には無法地帯の弱肉強食世界たる『闇の領域』、彼等『闇の領域』に住む者は魔界と呼んでいるが、では生き残れないしこの世に存在も残せない。
だから、彼は目ではなく耳に集中する。視界は封じられた。だが、闇の中を動く相手とは何回も戦っている彼としては視界を封じられたからと言ってはいそうですかとやられるような者ではない。
タッ、と耳を澄まさねば聞こえぬような小音が彼の一時の方向から聞こえた。すぐにそちらへ目を向ける。
はたして、そちらの方向から海斗は飛び出してきた。目視さえできれば、彼はどんな攻撃ですら対応できるという自負があった。魔界で何度も光速で動く相手と戦い何度も倒してきたのだから。
海斗が予想通りに一時の方向から走ってきたのが見えた。魔法を使っているのだろう通常の人の何倍の速さで走ってきたが、光速とまでは行かない。勝機は我にあり、その油断が命取りだった。
自分に迫る海斗、剣を左下に向けていることから容易に斜めに切り上げることが予想できた。更に自分から近付き相手との衝突の時間を短くし相手の計算を狂わそうと考えた。
そして、ギ・ガーが足を踏み出し剣を真っ直ぐに投げた。かなり高速で動いている海斗には避けることは不可能。できて弾くくらいである。しかし、弾いたら攻撃ができない。そのような状況を作り上げた。海斗が最初にやったように。だが、その剣は彼に届く前に何かに弾かれる。剣ではなく見えない何かに。
「ぬ…ぅうっ!?」
ギ・ガーはそのまま切り掛かってきた彼を間一髪躱す。だが、彼が通り過ぎたあとギ・ガーの体に幾多の傷が刻まれた。
「ぐ…、なん…だと…!?」
「…躱したか。一筋縄で行かないな」
数歩先で彼が止まったのを見てギ・ガーは観察を始めた。
注目したのは彼の足元。埃がたっていた。まるで、彼を中心とした台風がそこにあるかのように。
「…そうか。貴様、風を纏ったか…」
『風の鎧』、自身の周りを風で覆うことにより生半可な攻撃は弾き、しかも発動範囲に触れた敵はかまいたちを浴びる。ギ・ガーは比較的外側を触れたため、傷は浅かったが、術者に近づく程その傷は深く、斬れ味は鋭くなる。
さらに、
「先ほど、骨を何本か折った筈だが妙に動けているわけも納得した」
何も『風の鎧』は相手を近づけず、攻撃を弾くためのものだけではない。術者の動きを補助することもできるのだ。術者の動きに合わせてその体を後押しする為の追い風が吹き、高速での移動や攻撃ができるのだ。
「チッ、見抜かれたか。流石にバレるな」
「儂とて伊達に魔法が使えるわけでも、マギを倒してきたわけでもない」
「だけど、防ぐ方法は…ないッ!」
「そうだがな、儂は近づいただけで全身がズタズタになる化け物とも戦ったこともある!お前に直接触れん限りそう痛手を負わんような軟弱な術になど負けはせん」
そう言って、ギ・ガーは小刀を取り出した。
「喰らえッ、薔薇の剣 二の型 虎狩り!」
「我が怒りを知れ、永久に続く怨嗟を断ち切る刃よ!汝が力を以って、奴を斬れ!」
その瞬間、小刀の刃は伸び、海斗の剣よりも長くなった。
「なっ!?」
小刀だったものと剣がぶつかりあい、海斗の方が弾かれた。
「どうなってんだよ、なんで、伸びた」
「この小刀は、我が思いを受け止めそれに応じて刃の長さを変えることのできる特殊な刀だ。もう、万が一にも貴様に勝ち目はない」
「そうか、『俺』には勝ち目がないな。だから、『バースト!』」
「なっ…なんだと!?」
一般的に、『バースト』は、ただ一度の使用でさえ術者の体力をかなり奪う。それでもなお、ここまで二人が動けているのは二人とも魔法によって自分の動きを補助しているからだ。そのくらい余裕はない。だから、『バースト』を二回も短時間で使用するのはギ・ガーですら無理だった。
「…くぅ……ッ!頭が痛ェ…!」
だから、彼がバーストをしたのはただのやけくそと思った。実際に彼は意識を保ったままだったが、ギ・ガーには嫌な予感がした。
「ぐぅ…オォォォォォォォォ!」
雄叫びをあげる様は当に野獣。だが、瞳の奥には知性の光…意識を保っていた。
「ぐらぅお!」
足元から土の槍が飛び出した。それをギ・ガーは跳んで躱す。だが、着地した途端背中から嫌な気配を感じ、前に転がる。
背中の薄皮を一枚切られたと感じる間もなく地面が割れた。発生源は真後ろにいる海斗だ。だが、その海斗は苦しんでいるように見えた。
「…ッ!…ゥウ…ウウウ…!」
「もうやめておけ、カイトよ」
見兼ねて思わず声をかけてしまった。戦場だというのに相手に情けをかけるのか、と自分を責めたい気持ちになった。
「ま…ダダ…俺は…終わッチャいなイ…!」
「確かにバーストを使って尚意識を保てている貴様は十分にすごいが、ダメだ、全くもってダメだ」
「何が…ダメダト…言うんだ?」
「二回目のバースト、貴様はまだ使えんだろう。儂も使えん。早くそれを解除しろ。さもなくば、儂に勝ってもその後すぐに死ぬだけだぞ!」
「…!!…こンナ所じゃ死ネナイ。まだ、俺にはやることが残ってるんだ」
解除して息を整える海斗。それをギ・ガーは襲いもせず見ていた。
「…かかってこないのか?」
「フン、貴様が弱ってるところを嬲り殺したって儂は満足せん。他の雑魚ならまだしも貴様には全力で勝たねばならん。…たとえ負けと勝ちが同等の確率だったとしてもだ」
「後悔してもしらねーぞ…あの世で」
「できれば、そうさせて欲しいものだ。まぁ、ここで勝っても負けても儂は後悔はしないだろうがな」
「…そうか。…待たせたな」
無駄話をしている間に海斗の準備は終わった。
それから二人は構える。最初の時と同じように。ただ、今回は両方とも守りに重きを置いたそれではなく、単純に相手より先に相手に攻撃を与えるというものだった。
どちらからともなく飛び出し、再び互いの剣を合わせた。
だが、もちろん海斗は最初の力の差を忘れてる訳はない。
「ロックランス!」
その言葉とともに天井から土の槍が落ちてきた。ギ・ガーに向かって。
それをギ・ガーは後退することで避ける。
「…薔薇の剣 一の型 鷹狩り!」
鷹狩りは、鷹が獲物を狩る時に凄まじい速度で襲いかかるのをそのまま剣技にしたようなものだ。たった一歩の踏み込みで何メートルもの距離を移動し、その移動した所にあるものはすべて二つに切られる。
「ムンッ!」
だが、ギ・ガーはその早業を見切り防御を成功させる。
だが、その程度で手を休める程の余裕はないし、甘くもない。
海斗は風の魔法を使ってギ・ガーの背後に移動し
「…続けて 五の型 鬼狩り」
と、構えると
「甘いわ、儂を欺くつもりなら音は消さんかっ!」
と言ってギ・ガーは振り向きざまの一閃を海斗に叩き込んだ
「…な…に…!?」
つもりだったが、その一閃は空を斬った。ただ、そこにあるのは大きい魔法陣。
魔法陣とは、いつも魔法を行使する。普段は見えないのは、それが極めて小さい形であるからだ。しかし、とても大きな術を使う時に発生するものである。実態はなく影のような陽炎のようなそれは触れることはできないが、なにか大きな術を使ったということだけは確定的に分かる。
例えば、瞬間移動のような魔法も本人には見えないが、魔法陣が形成される。
瞬間、ギ・ガーの背後に再び気配が発生した。この時のギ・ガーは今まで己の戦いすべてを見返しても経験のないことをした。あえて体のバランスを崩した。
「斬ッ!」
バランスを崩し、崩れ落ちる砂のように地面に倒れこむ途中に背中を少し、左下から右上に斬られた。しかし、なんとか、躱したという彼の思いを嘲笑うかのように背中に刃が突き刺さった。まるで、剣を振り下ろしてきたかのように…ではない。まさに剣を振り下ろしたのだ。
「なッ…単発ではなく連撃だったのか…!?」
薔薇の剣 五の型 鬼狩り
その一太刀目は袈裟斬り、相手の得物を弾き、無防備にするための一撃。続くニ太刀目で相手を斬りつける。
そして、その傷は致命傷と言わないまでもこの後の戦いに支障をきたすようなものだった。ここは戦場、ちょっとした傷でさえも影響を及ぼす。重傷ならば決定的な致命傷。この時点で勝敗を決したも同然。そこまで考えが至った時に彼は負けを認めかけた。ズキッと体を蝕む痛み。恐らく誓いが命を奪おうとしてるのだろう。
「これで…俺の…勝ち…だな」
負けたギ・ガーと同じくらい満身創痍の海斗が勝ち名乗りをあげた。