勇者の誕生
「それで、カイト。君は一年後に迫った『天職授与』に何を希望するか決めたのか?」
ある日、俺がいつも通りに王宮に遊びにくると開口一番にリュウはそんなことを言ってきた。
「リュウ、そんなこと言ってどうするんだよ?俺は農民の息子だぞ?だったら農民を希望するに決まってるじゃねえか」
「ふーん、そーなのか。あんなに小さい頃は『勇者になってやる』とか息巻いていたのに」
とか奴はそんなことを言いやがった。一体なにが目的なんだか。
「理想と現実は違うんだよ、リュウ。そのくらいお前なら分かってるだろ?」
「まぁ、僕の権力で勇者になるようにしてもいいけど?本当のところはどうなの?まだ、なりたいって気持ちは残ってるんじゃないかい?」
その奴の言葉に少し反応した俺がいた。
「…なりたくない訳じゃないな」
「ハッキリしないな。全く、二年前に虎とかを倒した時は勇者になってやるとかまた言ってたしそれに、勇者になれるだけの技量もあるのに」
「だからって家を無視出来るわけないだろ」
「お前の親父なら分かってくれるさ。それに勇者の方が収入あるし」
「だからってなぁ!」
我慢の限界で俺がついに怒ろうとしたとき奴は手を前に出し「まぁまぁ待て待て」とでも言うかのような顔をした。
「君は僕と同じ剣術を学び、魔法も多少は知ってる。これだけでも任命されてすぐの一般の勇者より即戦力になれるうえに、二年前に人攫いを撃退してる。能力も実績も十分…いや、十二分にある。寧ろ引き抜かれない方がおかしいだろう」
「というか、その実績は報道規制がかけられたはずだが?」
リュウが言う実績とは、俺とリュウが二人で解決した…というか討伐した二年前の人攫い事件のことを指している。あの事件は実は、犯人は全員指名手配されている者ばかりでそれなりに腕がたつ奴らのようだった…らしい。さらに、その上人質は、かなり上級の貴族の子供たちらしいため、下手な手は打てない。そんなこんなで難航していたのもあった。
そして、そんな難事件を俺らのような子供二人に解決されたという現実は、報道するとかなりヤバイので(あと今まで返り討ちにあった大人たちが面白くないので)俺たちがやったことどころか子供二人が解決したということも報道されず、ただ単に解決されたことと指名手配犯が逮捕されたことのみ報道された。
「あのねぇ、カイト。流石に報道規制はかけても事件の当事者と『教会』には真実は行き渡ってるよ」
当事者は上級貴族なので、恐らく人に言いふらす事はないだろう。
因みに『教会』とは、この世界の国連たる世界平和維持機構、WPKのことを示す非公式な別称である。『教会』は一生の仕事である天職の管理をしているところでもあるし、世界の法律を定めているところである。因みに『天職授与』は王から民に与えられる形だが、実際はこの式の一年前に、皆が希望する天職のアンケートを送る(第五希望まで可)のだが、そのアンケートは『教会』に送られ、各個人の親の天職、各個人の能力(年に何度か行われる学力テストと体力テストの結果)を吟味して、希望する天職の中から天職を振り分ける。
取り分け希望率が高いのが勇者である。給料は良いし、老後も勇者を引退しても勇者の教育としての仕事に就くこともできて将来も安泰である。しかし、花形職業の勇者は募集人数が60名、加え体力テストでの相当な結果を残さねば選考対象に選ばれることすらない。選ばれたとしても、そのあとにある面接でかなりの人数が落とされ、例年勇者は30〜40程度任命されるという状態である。
「つまり、俺の名前は既にバレてるってことか?」
「そうそう。その上で僕が少し口添えすれば簡単に勇者になれるというわけさ」
「だからって、親父が許すとは…」
「君のお父さんとはもう話がついてるよ」
「…え?」
正直今の一言は予想外だった。既にその話を済ませているとは…
「ほら、君のお父さんと僕のお父さんは友達だし、この前訪問したときについでにね。君のお父さんは君が望む職を選べって言ってたよ」
おいコラ、人の一生に関わることをついでにで済ますなよ。親父の言葉は凄くありがたいが。
「はてさて、これで君は晴れて勇者になれるわけさ」
「待て待て、勝手に話を進めんなよ。俺は勇者になる気はねえよ」
と俺が言った瞬間奴は少し浮かない顔をして言った。
「そうか…。それなら仕方が無い。残念だよ」
「お?ようやく分かったか。良かったぜ」
俺はホッとした。こいつとて話せばわかる奴なのた。
「仕方ない。僕もしたくはなかったが、勇者にするから覚悟決めろよ」
「は?」
今こいつなんて宣いやがった?俺の耳には人の人生を左右することを平然と言ったように聞こえたが?
「リュウ、俺の人生だぞ?おまえのじゃなく…」
「おいカイト、お母さんの仇を討つんだろ?」
「っ!」
「忘れたわけじゃないだろうし、どころか今も鮮明に覚えてるんだろ?」
リュウが言っているのは、七年前、俺が七歳の時、看護師の天職だった俺の母親は五ヶ月に一回の『闇の領域』前線勇者の治療看護に行った。その時は俺もついて行った。その時にゴブリンがかなりの大群で攻め寄せて前線はほぼ崩壊したが、勇者たちの尽力により、多大な犠牲を出しながらもゴブリンの侵入を阻止することができた。その際に俺の母親は俺を庇って死んだ。
「その時にお前は言ったよな。奴らを全員殺してやるって。そして…」
そのあとにリュウが言おうとした言葉、俺の決意の言葉を俺が継いだ。俺の決意を深く、もう一度俺の心に刻み込むように…
「いつか俺がその道から逸れそうになった時には俺を殴ってでも道に戻してくれ…」
そんな俺の心を読んだのだろうか、リュウは言った。
「それで?勇者になるのか、ならないのか?」
「なるさ。危なかった、忘れてはいなかったが逃げるところだった…」
「そうか。じゃあ僕の方からも必要なら手を回すよ。まぁ、二年前の実績を考慮すれば、満場一致で決定するだろうけどね」
リュウは人の悪い笑みを浮かべて言った。