第一話 顕現 そして
『やはり早めに勇者への忠告をしたほうがいいでしょうから、私の管轄である南の大陸のどこかでの顕現がいいと思われます』
『<魔術大国>シェランの首都には風の聖域はないからー、ちょっと離れたところにある草原になるかなー?』
『依代は用意できたぜリーダー!!外見はそのままに、スペックはニンゲン並みに!!いやー、リーダーの力を抑えるだけの依代作りにゃあ、苦労したぜぇ!!』
「…………で、今に至るわけだが」
<魔術大国>シェランの領内ギリギリに存在する、風下草原。
外界魔力が高いため強力な魔物が出る事で、冒険者達や一部の研究者達の中で有名である草原。
360°見渡す限り全て原っぱである場所に、一人の青年が立っている。
黒い髪、高めの身長、凛々しい顔つき。
派手ではないが仕立てのよい服を着て、たった一人危険地帯にいる彼。
きりっとして街の中で立っていれば、さぞかし女性に騒がれているであろう、神々しささえ覚える容姿を持つ彼は、しかし今現在、妙にへたれた雰囲気で佇んでいる。
「俺のために言ってくれたのだと言うことは分かっているのだが………」
どうして俺の部下は皆、人の話を聞かないのだろうか、と嘆息する彼。
風の大神、<東の万風>エウロスの擬似身体、依代である。
「とにかく、勇者への忠告だ。………その後は、ありがたく休暇を取らせてもらうとしようか」
そう言って、歩き出す青年。
武器も防具も持たず、一見無防備に見える彼の周囲に、風が一筋、纏わり付いていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「全く面倒な」
なんの感慨も無さそうな声でそういって、腕を振るう青年。
その腕の先にいた、頭部が大きな、緑色の巨大なトカゲが、何の前触れもなく上下二つに分かれる。
Bランクに分類される魔物、<ステップリザード(亜種)>、しかも風下草原の外界魔力によって強化されている個体を、簡単に絶命させているこの状況。
世の冒険者達が見たら卒倒物である。
しかも、青年の周囲には同じ魔物の死体がいくつか転がっている。
どうやら、<ステップリザード(亜種)>の一家の縄張りに入り込んでしまったようである。
普通ならば、一匹に対して冒険者一パーティーで挑むほどの魔物を、青年一人でリザード6匹を倒してしまっている。
明らかに異常な戦闘力である。
自分が殺したトカゲ達を俯瞰して、青年が口を開く。
「………これで何度目だ?いい加減鬱陶しくなってくるぞ」
彼の苛立ちを示すように、風が、ゴウッ、と吹き、<ステップリザード(亜種)>の死体を吹き飛ばす。
「いくらなんでもエンカウント率が高くないか?」
首を傾げたまま歩き出す青年。
エウロスが顕現してから、3時間ほど経っていた。
風下草原のほぼ真ん中から、彼が目指す<魔術大国>シェランの首都まで、徒歩で約5日ほど。
初めにそれに気付き、彼が愕然としてから、3時間。
この間に、彼は先ほどのような戦闘とも呼べない圧倒的な蹂躙を、7度ほど繰り返していた。
彼のせいで、風下草原の生物存在数がガンガン低下している。
そもそも、人間の姿で顕現しているのに、風を使いまくっていていいのだろうかという疑問があるのだが、それは置いておいて。
どうも、エンカウント率が高すぎる。
何なのだろうか。まさか、ボレアスがこの依代になにか細工したのではないだろうな。<幸運>Eとか。
そんなことを考えながら歩き出すエウロス。
速度が異常である。
一歩踏み出すごとに軽く10メートルは進んでいる。
これは、彼の足がおかしいほど長いのではなく、一つの、風の魔術である。
<魔術大国>シェランの魔術師達が見たら、口を揃えて言うだろう。
個人でアーティファクト以上の効果を出すとか、バカなのか、と。
歩いている格好で、馬など相手にもならないほどの速度を出しているエウロス。
エンカウント率の高さは、この速度にも関係している。
自分の縄張りに、得体の知れないものすごく速いモノが入ってきた。
縄張り意識が高いかつ知能が低い魔物は、これを排除しようとエウロスの進行方向に移動し、待ち構える。
そして、エンカウント。蹂躙開始。というわけだ。
閑話休題。
これが本物の競歩だぜヒャッハー、とばかりに爆走(爆歩?)し、蹂躙してきたエウロス。
現在の場所は風下草原の端の端、もうすぐ草原を抜ける、というくらいの地点である。
無駄に広い原っぱを抜け、もうすぐ森に入る、というところで、身体に異常を感じる。
腹が締め付けられるような、妙な感覚。
依代に入る前には感じたことのない、初めての感覚。
「………なんだ?また問題か?」
欠陥だらけかこの依代。休暇が終わったらボレアスシメる。
などと思いつつ、自身に<鑑定>をかけるエウロス。
出てきた結果は、
体の状態:空腹
「………まじか」
言って、うんざりしたような顔をする彼。
すっかり忘れていたようだが、人間は、食事をしないと腹が減る。最悪。餓死する。
「そこまでのクオリティーは必要ないぞ、ボレアス………」
脳裏によぎるのは、いい笑顔でサムズアップする白髪の美丈夫。
休暇が終わったら、絶対ボレアスシメる。
そんな決意を固め、食料探しを決行するエウロスだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「走れ!!絶対止まるなよ!!喰われんぞ!!」
わたしの後ろで殿を務めているクレアが、走りながら叫ぶ。
分かってるわようるさいわね!!といつも通り返したいところだったが、そんな余裕もない。
息も絶え絶えに、ただひたすら走り続ける。
わたしの前を走るのは、<レンジャー>のラキと、<神官>のリエ。
二人とも、わき目も振らずに走っている。
っていうか、なんでリエは回復役の<神官>なのに、あんなに余裕そうに走れているのだろう。緊張はしているが、疲労はしていないように見える。
<魔術師>であるわたしは、もうへとへとである。
走っているだけで死にそうだ。
………最も、止まったら本当に死ぬのだが。
「もおおおおぉ!!クレアが巣ごと殲滅しようとかいうから!!」
「仕方ねえだろ!!ボス級がいるとは思わないし!!お前も賛成してたろ!!?」
走りながら怒鳴りあうラキとクレア。
そのスタミナが羨ましい。わたしにちょっとよこしなさい。
「……ッ<大地の縛り手>!!」
走りながら、詠唱短縮して魔術を放つ。
地面から土で出来た手が飛び出し、先頭の<フォレストウルフ>を縛り付ける。
「おおっ!!よくやったポポー!!地味に時間稼ぎだぞ!!」
地味って言うな!!そう言おうとするが、やはり声は出せない。
疲労が、溜まり過ぎている。
生きて帰れたら、ランニングして体力をつけよう、と、心から思う。
そう。生きて帰れたら、だ。
先ほどかけた<大地の縛り手>が破られる。
先頭の一匹が止まって、後続の何匹かとぶつかったみたいだけど、やっぱり大した時間稼ぎにはなっていない。
後ろから追ってくるのは、森の狩人<フォレストウルフ>が10匹ほど。それに、巣の中にいた、ボス級の個体、<フォレストウルフ・リーダー>。
草原のウルフ種よりは遅いとはいえ、着実に距離を詰められている。
「みんな!!右のほう!!岩の隙間があるよ!!」
リエが叫ぶ。
みると、隙間というよりは通り道といった方がいいくらいの幅の道が、岩と岩の間に出来ている。
あれなら、一匹ずつで相手にできる。
申し合わせたように、全員が岩と岩の間に滑り込もうとする。
前の二人が入り終え、わたしが入ろうとしたとき、
「ッ!!こ、の!!犬コロが!!」
後ろにいたクレアが叫んだ。
振り向くと、愛用のハンマーを<フォレストウルフ>に叩き込んでいるクレアと、
彼女の肩甲骨辺りにはしる、四本の爪痕。
「「「ッ!!」」」
そこからは一瞬の行動だった。
ラキが戻ってきてクレアを引きずり込み。
リエがクレアに<回復>をかけ。
わたしが道の入り口に<大地の遮り>をかけ、<フォレストウルフ>が入ってこないようにした。
「痛っつ~!」
「ばかなのあんた!!なに攻撃くらってんの!?」
「しょうがねぇだろ!!あいつら速いんだもん!!」
「ちょっ、喧嘩しないで~」
言い合うラキとクレア。
止めようとおろおろするリエ。
いつもの光景である。ここに、わたしが加わったりもするけど。
「ス、スト、ストップ。…ハァ…ハァ……と、とにかく、たい、たいせいを、と、ととのえ、……けほけほ!うぅ………」
「「「いや、体力無さ過ぎでしょ」」」
わたしも止めようとして、3人に突っ込まれる。
あぁ、息が、息がくるしいよぅ。
「………この者に天の加護を。<回復>」
リエがかけてくれた<回復>で、大分楽になる。
「………さぁ!!反撃よみんな!!」
「いやいや、無理あり過ぎだろ」
「必死に誤魔化そうとしてるね」
「が、頑張ってポポーちゃん!!」
雄雄しく指揮を執ろうとして、あっけなく撃墜。
………何を頑張れって言うのかな、リエは?
「まぁいい。とにかく、このまま一匹づつ相手してけば、何とかなんぞ!!」
「奇跡だね!あたしもう死ぬかと思ってたのに!!」
「神の思し召しです!!」
チャンスが出来て、士気が上がるわたし達。
現金なものだと思うが、それでいいのだ。
だって、冒険者だもん!!!
「よし、おれはこっちの方の前衛。ラキは、反対側に来た奴を相手に。後はいつも通りだ!生きて帰るぞお前ら!!」
「「「了解!!」」」
リーダーであるクレアの号令。
いつもは乱暴だけど、こういうところでは頼りになる彼女を前にして、戦闘態勢。
「じゃあ、<大地の遮り>、解くよ!」
いって、魔力を送るのを止めようとした、その時。
右側の岩が、吹き飛んだ。
「「「「…………へ?」」」」
四人で同じ反応をしてしまう。
そして、右側と同じように吹き飛ぶ左側の岩。
目の前にいるのは、左の前足を振りぬいた状態で悠然と佇む、巨大な<フォレストウルフ>。
<フォレストウルフ・リーダー>である。
周りを見渡せば、いつの間にかわたし達を囲むようにして円を描いている<フォレストウルフ>達。
―――――ウォォオオオオンンン!!!
勝ち誇ったかのように吼える、<フォレストウルフ・リーダー>。
ドシン、ドシン、と、わざとゆっくり近づいてくるその姿に、わたし達は魅入られたように立っていた。
運がよかったと思った。
策がうまくいったと思った。
何とかなると思った。
生きて、帰れると思った。
それも無理なようだ。
右前足をゆっくりと上げる<フォレストウルフ・リーダー>。
死ぬときは、目を瞑らない。
せめて、自分を殺した相手を、よく見れるように。
そんな覚悟をして、しっかりと前を見据える。
やがて、時が来る。
<フォレストウルフ・リーダー>が、足を、ふりおろし、
そのまま、横に吹き飛んだ。
「「「「………え……?」」」」
本日二度目の、四人揃っての反応。
その硬直を解いたのは、男性の、声だった。
「そこの娘四人に、問う」
いっせいに、声が聞こえた方を見る。
森の奥から、人影が見えてくる。
背の高い青年。
凛々しい顔つき。
ゆがめられた眉。
派手ではなく、しかし仕立ての良い、センスを感じさせる服。
神々しいほど、整った容姿。
わたし達を囲んでいる<フォレストウルフ>達を見渡し、深刻そうな顔をして。
彼が、口を開いた。
「このウルフ種は、食べられる生物か?」
感想、アドバイス等お待ちしております。