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6話

あれから幾つの季節が巡っただろうか。


「やっと分かった。あんたはね、スイッチの切り替えが出来てないだけなのよ。」


公園のベンチに腰掛けた彼女は、こちらを見てそう言った。


「一つの顔しか持ってない人間なんてほとんどいないわ。あたしだってそう。皆色んな顔を使い分けてる。」


人気の少ない公園は紅葉の色に赤く染まり、冷たい木枯らしが二人の間を吹き抜けていく。舞い上がった落ち葉は、すぐに力を無くした様に地面に落ちた。


「でもあんたは違う。大人しいあんたと、あんたの中にいるあんた。それが混ざってごちゃごちゃになって、そんなどっちつかずの状態になってる。普通の人は自然と切り替えられてるそれが、あんたにはできてないの。」


風に靡いてサラサラと流れる黒い髪は、一瞬だけ視界から彼女の表情を隠した。


「ほら、そんな悲しそうな顔しないの。」


表情など微塵も浮かんでいないはずだがしかし、彼女は苦笑するようにそう言う。そのままベンチから立ち上がり、お尻に付いた砂を大雑把に払った。


「やってできないことはあっても、やらずにできることは無いわ。千里の道も一歩から。塵も積もれば山となるってね。まぁ、とりあえず…」


夕焼けを背景として、彼女は手を差し出してきた。赤は彼女によく似合うと、自分の中の自分は思った。


「駅前の大判焼き屋さん、また行こうか?」


それは二度と戻ることの無い、ある秋の日だった。


◆◆◆◆◆


「どうした? 集中が乱れておるぞ。」


そのスイの一言で、俺は深く沈んだ意識の中から引き上げられた。体の中を巡る魔力が、俺の僅かな動揺に合わせるようにして震えていた。


「悪い、何でもない。」


頭を振るようにして雑念を散らせる。瞑想を再開したときには、既に先程と変わらない自分がいた。


「ならばよいがの。心せよ。慣れは必ずしも良い結果ばかりを生むわけではない。それは“慢心”という卵を生み、やがて“驕り”という名の化け物となって牙を剥く。魔術における修行の中での死とは、大抵は心の弱さが招いた結果じゃ。決して初心を忘れるな。己の未熟さを痛感しろ。その思考の果てにこそ、次の段階への扉は待っておる。」


耳に痛い言葉を残したスイは、そのまま後ろへと下がった。目を開けてはいないが、今やその存在は手に取るように分かる。


「……」


仕方の無いことだが、全くもって反論のしようが無かった。余裕ができたとはいえ、頭の隅で余計なことを考えられるほど安全な行為を行っているわけでもない。スイの言葉を何度も反芻し、戒めとして刻み付けた。


あの衝撃的な出会いから4年。12歳となった俺は、自室で魔法の修行をしていた。


スイとの契約の後、俺が一番初めに彼女に頼んだことは――あの風呂場での話はノーカウントとして――『魔法の師』となってもらうことだった。万が一に魔力を暴走させてしまったときのストッパーも含めて、彼女ほどの適任はいなかったからだ。


なんせ、いつでもどこでもすぐさま呼べて、経験豊富で優秀な師である。どんな状況で暴走が起きたとしても、彼女なら安全に押さえることが出来るだろう。器の未熟なこの歳で魔法を学べるのは、間違いなく彼女のおかげだった。


最初の3年は念の為レント湖で修行を行っていたが、理由を作るにしてもそう頻繁では怪しまれる。力を利用しようとする輩を村に近づけないためにも、まだ俺の力を口外するわけにはいかなかった。


そのため、思うように成果が挙げられなかったのだが、今年に入って「もう暴走させる可能性は少なかろう」というスイのお墨付きをいただき、晴れて自宅での修行が可能となったわけだ。


さて、そんな肝心の修行内容といえば。


「……」


4年の間、ずっとこの瞑想だけだ。自分の中の魔力を把握し、動かし、そして少しずつ広げていく。言葉にすればそれだけの、基礎中の基礎である。蓋(正確には魔口蓋という。体外に魔力が漏れ出すことを防ぐ栓のようなものだ。便宜的に蓋という場合が多い)すら、まだ一度も開けていない。スイがそれを許さないからだ。


「おんしが持っておるのは、巨大な諸刃の剣じゃ。その一薙ぎは千の敵を払うが、おんしを含めた千の味方をも払うやもしれぬ。じゃからこそ、念には念を入れねばならん。所詮魔術など、魔力の流れと構成力、それさえあれば事足りる。逆に言えば、それが出来ておらねばどんな修行も無意味じゃ。一日でも早く魔術が使いたいと思うのなら、さっさとその魔力を制御出来るようになれ。」


瞑想以外の修行がしたいと直談判したときに返ってきた答えがこれだ。不満はあるが、言っていることはスイの方が正しいのだろう。4年をかけてやっと自由に動かせるようになった魔力を見ても、それは間違っていなかった。


いつの日か自由に魔術を使うことを夢見て、今日も俺は黙々と瞑想に耽る。


◆◆◆◆◆


「だからさ! やっぱ男なら冒険者だよ!」


ぶおんと釣竿を振り回し、テッドは力説するように叫んだ。


今日はいつものメンバーで川へと釣りに来ている。空は水色の絵の具を溢したような快晴で、見渡す限り雲ひとつ無い。絶好のフィッシング日和だった。


約一名、さっそく痺れを切らしていたが。


俺は自分の垂らした釣り糸の先を眺めながら、テッドの糸がこちらに飛んで来ない事を祈っていた。


「魔物との血沸き肉踊る死闘…未知の遺跡に存在するお宝の探索…こんなロマン溢れる職業が他にあるか!? いや無い! 俺は声を大にして言いたい! 少年よ、大志を抱け!」


「大志はいいからとりあえず座れよ…。水から針上げてちゃ、釣れる物も釣れないだろ。冒険者には忍耐も必要なんじゃないのか? ほら。」


竿から伝わってきた振動を見極め、しっかりと喰い付いた事を確信して引き上げる。糸の先には、銀色に輝く魚の姿があった。


「話なら座りながらだって出来る。桶の中身を見て悲しそうな顔をするなら、まず釣る努力をしような。」


「むぅ…お前、昔より容赦無くなったな。」


「そうか? そうかもしれないな。きっとお前のおかげだ。」


ドスンと、音を鳴らしながらテッドは腰を落とした。フラフラと揺れる釣り糸を目で追いかけて、ふっと溜息を漏らす。


「落ち着きが無いとはよく言われるんだが…どうにも直らん。冒険者のこととなると特にな。」


どこか項垂れるようにして、そう呟いた。流石に悪癖であることは彼も自覚しているようだ。


「直す部分が分かっていないよりはマシさ。頑張れよ。で、話は変わるが。父さんから一本は取れそうなのか?」


落ち込み気味のテッドのために話題を切り替えようと、俺はそう振ってみた。、


「取ってみせるさ! たとえどれだけ時間がかかってもな。」


キュっと眉を結んで、テッドは虚空を睨み付けた。今彼の眼前には、木剣を構えた父の姿が映っているのだろう。


テッドが冒険者になりたいと言い出したのは、今から2年ほど前のことだった。俺が読み聞かせたとある冒険者の冒険譚に心打たれたらしく、家に帰って両親にその旨を告げたのだそうだ。


当然両親は大反対。家族会議は家族喧嘩へと発展し、結局落とし所として決められたのが「元冒険者のケイトに剣術で勝つこと」だったらしい。それなら途中で音を上げるだろうと、両親は考えたのだろう。


しかし、予想に反してテッドは父に挑み続けている。明確に打ち立てられた目標が、彼の中の何かに火を付けたのかもしれなかった。


俺の見る限り、父がテッドに冷や汗を搔かせられる回数は増えている気がする。彼の夢が叶う日は、実はそう遠くない未来なのかもしれない。


「テッドくんならきっと出来るよ。いつかテッドくんの名前が村まで聞こえて来たらいいね。」


俺を挟むようにして、シェリーはテッドをそう励ました。彼女も、テッドの努力を近くで見守っている人間の一人だからだろう。その声には、真摯な想いが詰まっていた。


「おう、任せとけ! それどころか、テッドの故郷レント村っつったら、王都の人間全員が振り向くようにまでなってやるさ!」


胸を逸らしてテッドは宣言する。それは大言壮語ではあっても、決して疑ってはいないのだろう。少しだけ、羨ましく感じたかもしれない。


「そういえば、シェリーはどうなんだ?やっぱりこの村で過ごすのか?」


ふと気になったので聞いてみた。考えてみれば、シェリーとミラから将来の話を聞いたことは無かった気がする。


シェリーは「んー…」と、少し視線を彷徨わせているようだったが、やがてポツリポツリと話し始めた。


「私は…誰かを癒す仕事に就きたい、かな? 医師とか、薬師とか。勿論、魔力があれば治癒術師になりたいな。」


それは、半分だけ意外な台詞だった。何故なら、その言葉の意味を考えるなら


「じゃあ…シェリーも王都に行きたいのか?」


そうなるからだ。医学の勉強をしようと思えば、この近くなら王都に行くのが一番に決まっている。職業自体は彼女にピッタリだと思うものの、この村を出るという選択肢は予想外だった。


それにシェリーは、苦笑いをするように首を振る。


「ううん。私はテッドくんほどはハッキリとしてなくて、ぼんやりとそう考えてるだけ。せっかくカイルくんに文字も教えてもらったしね。もし機会があれば、そうしたいなって。」


優柔不断だよね。シェリーは、そう自嘲気味に溢した。


「…まだ12歳なんだ、それが普通だよ。テッドがはっちゃけ過ぎてるだけ。」


「なにをう! ならミラはどうだ?案外俺よりはっちゃけてるのかもしれないぞ。おいミラ…ミラ?」


何度呼んでも返事が無いことを訝しく思ったテッドは、俺の背中越しにミラを覗き見た。


ミラは、じっと釣り糸を凝視したまま微動だにしていない。まるでそういう形の置物であるかのように、静かにそこに座っている。


ただ、耳を澄ますと「ぷひゅー、ぷひゅー」という間抜けな息の音が聞こえてきた。


「…あいつ、目を開けたまま寝てるぞ。」


器用に釣竿を握ったまま、ミラは夢の世界へと旅立っていた。


「…いつも思うけどさ。ミラってあの目、絶対眠たいだけだよな。」


感嘆とも呆れともつかないコメントを残した俺達の前で、彼女は前屈みに倒れていく。


「て、ミラちゃん引いてる引いてる! ていうか、引かれてるよー!」


「ぷひゅー…むお?」


まぁ、そんな感じで。


川に落ちそうになったミラをシェリーが助け、シェリーを俺が助け、俺をテッドが助けて、最終的には全員川に落ちたりしたけど。


そんな日常の一コマがどれほど貴重なものであるのかは、前世を経験した俺には言うに及ばない話で。


願わくば、今しばらくはこの平和な時が続くことを。


次回と次々回は幼馴染二人にスポットを当てる予定です。


12/3追記


ここまでの文章で、一部表現を変更いたしました。大筋は変わっていないので、読まなくても問題はありません。

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