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5話

「なんとまぁ、転生とはの。」


俺の完全敗北の後。やっと穏やかになったお茶会で、俺はスイの望み通り、自分が経験したこと…転生の流れについて説明していた。


「俺も『そうなんじゃないか?』ってレベルだけどな。」


話の区切りに、おかわりをした紅茶を喉に通す。鼻を抜けるようにして、透き通るような爽やかな香りが流れていった。きっと紅茶嫌いの人間も、これを飲めば考えを改めるに違いない。そう思わせるだけの風味が、そこには存在した。


気が付けば、先程は感じられなかった動物の気配がする。風を受けてその身を揺らす木々の音もだ。聞こえなかったのではなく、聞くことができなかったのだろう。解けた緊張の証拠が、耳からも入ってきたのだった。


湖畔のテーブルで美女と紅茶を傾ける。考えてみれば、なかなかに絶好のシチュエーションだ。


頷きながら話を聞いていたスイは、俺の説明が一段落した頃合いを見計らって自分も話し始める。


「いやいや、不思議な香りも才能も、転生した結果であるというのならば納得できる。所謂『神に愛された』というやつじゃな。きっとおんしは、どこかの何かに見守られておるのじゃろうて。望むと望まざるとには関わらず…じゃがの。」


どこかスッキリとした顔で、スイはそう言った。彼女の中では、その部分について深く考えるつもりは無いようだ。


「神に愛された…ねぇ。そんな大層な人間じゃないと思うけどな、俺は。」


「おんしの評価を決めるのはおんしではないからの。評価とは常に相対的なものじゃ。他の人間には無い何かが、おんしの中に見出されたのかもしれぬな。」


「…駄目だ、全然分からない。」


「ならばそれでよい。おんしの思うままに生きれば、自然と付いてくるものなんじゃろう。」


考えて分からぬことなら考えるな。最後に、スイはそう締めくくった。奇しくも、それは俺がこの世界で生きることを決意した、あの時と同じ考えだった。


人間万事塞翁が馬とはよく言ったものだ。


それきりスイは満足したように目を瞑り、俺は静かに紅茶を傾け続けた。しばし、この場に合わせたように涼しい時間が訪れる。それは嫌な沈黙ではなく、紅茶の風味を高めるお供としては申し分なかった。


◆◆◆◆◆


「時に、じゃが。」


あれからどのくらいの時間が経っただろうか。そろそろこれからのことを考えようかと思っていた俺は、スイのその声に意識を前に向けた。


「何だ?」


「おんしは、わしと“契約”をするつもりはないかな?」


「契約?」


また聞きなれない単語が出てきた、と眉を寄せる。スイは「そういう反応になるじゃろうの。」と、少し苦笑しながら説明を始めた。


「“契約”とは、精霊と他の生物との間で行われる、一種の雇用契約じゃな。わし達精霊は魔力を糧にして生きておるわけじゃが、その魔力を自然界からではなく契約主本人から受け取る。その代わりに、契約主の役に立つように動く。まぁ、簡単に言えばそういうことじゃ。」


「精霊が、俺達の役に立つように動く?」


正直、俄かには信じられない話だった。そんな便利屋のような精霊がいただろうか?


「おんしの疑問はよく分かる。実際、契約などというものを結ぶ精霊は全くと言っていいほどおらん。無駄に気高い連中ばかりじゃしの。他者に施しを受けながらの生など、生きているに値しないのじゃろう。仮に契約を結んだ所で、結局束縛が増えるだけじゃしな。それに、存在を維持するだけでも並の魔術師の魔力では足りぬ。そもそも条件に合う人間が少な過ぎるんじゃ。まぁ、その点おんしは合格じゃな。」


「それは分かったけど…そもそも何でそんなことを言い出したんだ?滅多に結ばれないものじゃないのか?出会って間もない俺に…何故?」


当然のごとく出る疑問を、スイは面白そうに聞いていた。きっと、彼女はこの状況全てを楽しんでいるのだろう。


「なに、深い意味はない。わしの目的は、人の営みを観察すること。それは大も小も変わらぬ。人の一生と言うものを傍で見てみたいと思っておったのじゃが、さすがに条件に合う人間がおらんでな。おんしのように、童の時点でそれが可能な者は極めて稀じゃからの。それに…」


「それに?」


クククっと喉を鳴らしたスイは、俺の瞳を覗きこむようにして囁いた。


「おんしは実に興味深い。きっとおんしの傍におれば、しばらく退屈することは無いじゃろうて。それが一番の理由じゃな。いや、違いない。」


「…それは『弄る相手』としてか?」


「『弄る相手』としても・・・の。まぁ、今すぐどうこうと言うつもりは無い。答えを出すのに時間が必要なら、おんしの気が向いたときにでも参れ。」


それきりスイは黙った。決して急かすことなく、じっとこちらの返答を待っている。ここで椅子を蹴って帰ることがあっても、彼女はきっと怒らないだろう。


「質問…いいか?」


「うむ。」


「契約の打ち切りは、双方の同意が必要なのか?」


「いや、打ち切りは一方的に行える。わしからも、勿論おんしからも、の。逆に、契約はお互いの同意が必要じゃ。」


「魔力の受け取りって具体的には?」


「契約の際に、双方の間に繋がりを作る。それでもって受け渡しは行われるの。まぁ、他にも急速充填の方法があるにはるが…」


そこでスイは言葉を切り、俺の体を上から下までと眺めてムフフと笑った。


「おんしには、まだ無理かの。」


「…? どういう意味だ?」


「よいよい、おんしが魔術を学んでいけば、自ずと分かる事よ。他に質問は?」


「じゃあ…具体的には何をしてくれるんだ? 役に立つって言っても色々あるだろう。」


「特に制限は無いよ。わしに実現可能で、対価の魔力をしっかりといただけるのなら、よほどのことが無い限りは叶えよう。」


「ふむ…。」


聞けば聞くほど、こちら側に有利な契約内容だ。精霊が結びたがらないと言うのも分かる。


「何度も言うが、無理をして答えを出すでないぞ。その場限りの考えは、後で後悔をすることになるかもしれんからの。」


「…分かってるよ。」


宙に視線を彷徨わせて考えを纏めていく。ゆらゆらと揺れていた天秤は、少しずつ片側へと傾き始めていた。悩む時間に比例するように、ゆっくりと。


「…それじゃあ、最後に一つだけ。」


「なんじゃ?」


「まぁ分かっておるがの。」と、言外に主張している瞳を見つめ返し。


「相棒だ。」


「は?」


きょとんとした顔をさせることに成功した俺は、少しだけ心の中で喝采を上げたのだった。


「契約主とか、対価を貰えればとか、そういう利用し利用されの関係は嫌だ。俺がお前と結ぶ契約は”主従”じゃなく“相棒”だ。それでもいいか?」


実際のところ、相棒がどうのこうのと言っても、契約内容に違いは無い。だから、これは無意味な質問だ。


目を丸くしていたスイは、次第にその目を細めていき、そして、


「ククッ…ハハッ、アハハッ! アハハハハハハッ!」


何かが爆発したように笑い出した。


腹を抱えるという表現がよく似合う、まごうこと無き大爆笑だった。


「ククッ、いや、ハハッ、なんと、そのような事を聞くか! どうにも変な所を気にする奴じゃ!」


「うるさいな。で、良いのか悪いのか、どっちなんだよ?」


「ふふふ、本当に相棒で良いのか? おんしが望むのなら恋人でも構わぬぞ?」


「この身長差じゃ気後れするだけだね。後10年したら考えるよ。」


「そうかそうか、フフッ。なるほどの。」


まだ腹が痛いのだろう。目元に浮かべた涙を拭い、スイは向き直った。


「その質問が出るということは、意思は固まったと見て良いのか?」


「あぁ。俺にとっても願っても無い話だ。」


「それは重畳。では早速契約…じゃなかったの。“相棒”の誓いでも始めようか。」


◆◆◆◆◆


「おんしの魔力には蓋がしてあるが、わしらの間にできる繋がりは別の部分じゃ。それは心配ない。だが、魔力の扱い方も知らぬ人間と繋がりを持った前例は知らんでな。何が起こるか分からん。」


テーブルを消した後、俺はスイと向かい合わせに立たされた。足元には光る魔方陣が現れており、回転しながら契約に必要な魔力を集めていく。魔力は、この湖から流れ出る気で補うそうだ。


ただ、聞き捨てならないことを聞いた。


「ちょ、そんなことさっき言わなかっただろ! 何で今更!?」


初めての魔力に触れるというドキドキが、命の危険に晒されるというドキドキに早変わりだ。これは詐欺というものではないだろうか?


「あるかもしれぬ、という程度じゃよ。仮におんしの魔力が暴走しても、しっかりとわしが押さえ込んでやろう。身の安全は保障してやる。ほれ、それよりも集中せい。」


割と真剣な俺の懸念を笑い飛ばし、スイは人差し指を前に出した。それを俺の額へと突き付ける。


「わしが詠唱を終えたとき、それに答えるようにして、おんしの言葉で契約を結べ。言い方は何でも良い。おんしの仕事はそれだけじゃ。後は全てこちらで終わらせよう。覚悟はよいかの?」


「何か騙されたような気もするけど…いいや、腹はくくった。頼む。」


「よい返事じゃ。漢はそうでなくてはいかんな。では…行くぞ。」


静かに呟くと同時、足元を走っていた魔法陣の輝きが激しさを増し、強烈な突風が周囲を吹き荒れ始める。豪と唸りを上げる只中にあってしかし、スイは平静そのものだった。眠るように瞼を落とし、開いた口から誓いの言葉を紡ぐ。


「我が魂の名において、ここに契約の儀を執り行う。汝が名はカイル。御霊を結び、その輝きを我が身に宿らせ給え。」


「うわ…!」


ドクンと、体の中で何かが蠢いた。何故今まで気が付かなかったのか不思議なほど、それは圧倒的的な存在感を放っている。間違いない。


それが、魔力と言う名の俺の一部だった。


蓋を押し上げるようなことはせず、静かにその大いなる存在を主張している。痛みや苦しみは感じず至って穏やかで、体中から強張った筋肉を解す様な心地よい感覚がした。


これが…俺の力か。


チラリと、スイがこちらを見た。俺の言葉を待っているのだろう。俺が魔法の世界へと足を踏み入れるための、第一歩を。


ブルリ、と、体が震えた。


「あぁ…。」


言葉にしてみれば簡単なはずなのに、声がうまく出せない。それは、嫌でもあの時の光景を思い出させた。


違う。これは別れの言葉じゃない、出会いの言葉だ。あの時のように、悲しみを背負わせることしかできなかった、そんな言葉ではないのだ。前向きに、もっと前向きに。誓っただろう?悩むなら未来の事だと。


なら、声に力を込めて言ってみろ。お前にできる精一杯の言葉で、この儀式を終わらせてやれよ。


カイル。


「お互いがお互いの、最高の相棒になろう。…それが誓いだ。」


瞬間。


閃光が、視界を閉ざした。


溢れ出る光の中で、俺は誰かに抱きしめられていた。少しだけ、彼女と同じ匂いがした。


それは、遠くなっていく意識が見せた幻だったのか。


分からない。


でも、不思議と安らかな気持ちになっていた。


この温もりの中で俺は確かに、誰かに感謝の言葉を捧げていたのだ。


それはきっと。


◆◆◆◆◆


「どれ、おんしの息子の確認でもさせてもらうとしようかの。」


「何当たり前のように体洗う最中に入ってきてるんだ! 出てけ!」


「つれないことを言うな。なんなら一緒に浴びてやってもよいぞ?しかし…小さいのぅ。」


「当たり前だろ! 俺が幾つだと思ってるんだ! って、そうじゃない! 契約主の言うことには従うんじゃなかったのかよ!?」


「わしらは“相棒”じゃろう?だったら、この程度のすきんしっぷはありありじゃ。」


「いいから出ろおおおおおおおおお!!!」


「カイルー! うるさいわよー!」


そんなオチが待っていなければ、もう少し格好良く終われたんだけどね。


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