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3話

「これはロキアか。少し摘んでいっても問題ないかな。」


しばらく前にブラゼド山を登り始めていた俺は、アリバイ作り兼休憩として野草の採取を行っていた。今しがた入手した野草を丁寧に鞄の中へとしまう。これはロキアと言って、解熱作用のある成分を含み、薬を入手できない人間にとって貴重な民間療法となっていた。凄まじく苦い薬湯にして何回も飲まなければいけないのが難点だが。


「んー、ロキアにフェニス、ベールが少々か。これだけあれば色々できるかな?」


口からでまかせとはいえ、野草の採取もまるっきり嘘というわけではない。経験者としての父の話を聞きつつ、後で詳しく見てみるとしよう。


ブラゼド山は、山頂の湖からの気のおかげか、危険なモンスターが全くと言っていいほど寄り付かない。

起伏が緩やかで土も均されており、子供の体力でもしっかりと休憩を取れば問題なく登頂できる。山を怒らせないように気をつけながら、俺達子供もこの山の恩恵を享受していた。


(スイさん…か)


山頂への道を進みながら、俺はずっと彼女のことを考えていた。ここ何日も悩み続けていたことだ。


(どう考えても普通の人じゃないけど、モンスター…て感じでもなかったよな。あの路地だって俺はすぐに覗いたし、走ったような足音だってしなかったし。ん?というか、あの人全く足音がしてなかったような…。)


考えれば考えるほど分からなくなる。が、“常人ではない”ということだけは一貫していた。


(もしかして魔術師?可能性としてはそれが一番高いけど…。)


隠蔽と転移の魔法を使用した結果であったなら、納得のいくことではある。


ただ、


(隠蔽はともかく、転移は難易度の高い魔法だから、詠唱無しでの発動は難しいはずだし…。なんで僕だけその隠蔽が見えたのかってことも気になるし。そもそも隠蔽をしていた理由は?無詠唱転移が行えたとして、そんな超上級の魔術師がこんな田舎で一体何を?)


本物の魔術師に会えるかもしれない、という期待もないではないのだが、あまりにも不可解な点が多すぎて素直に喜べない。


悶々とスッキリしない気持ちを抱えつつも、山頂はどんどんと近づいてくる。一旦思考を打ち切って歩くことに専念した俺は、お昼を迎える頃には山頂へと到着していた。


村の名前の由来ともなっている湖・・・レント湖は、それほど大きな規模ではない。だが、澄んだ綺麗な水をタップリと蓄えており、山を下って俺達の生活を支える基盤の一つともなっている。また、この湖が発する気は、湖を作り上げた精霊の加護のおかげだと言われている。口頭での伝承であるので真実は不明だが。


俺が今まで昇ってきた長い坂道は、目の前で終わりを迎えている。そういえば湖のどこに住んでいるかは聞いていなかったな、と今更ながらに思った俺は、


瞬間、


「―――」


視覚以外の感覚が、その仕事を放棄してしまった。


腕を振るたびに星屑のような水滴がキラキラと散り、湖に落ちて美しい波紋を作る。長い銀色の髪は彼女の動きに合わせてスラリと流れ、さながら天の川の輝きを思わせた。口元に浮かべるかすかな笑みは、きっと何人もの男を魅了してやまないだろう。


湖の上をゆっくりと滑るように、夜空を体現したようなその女性…スイさんは、舞を舞っていた。


時に静かに、時に力強く、時に跳ねるように、彼女は舞い続けていた。


そのあまりにも幻想的すぎる光景に息が止まった俺は、呆けたように立ち尽くしてしまった。彼女の一挙手一投足を見逃すまいと、体が訴えているようだった。


天女。


俺の貧相な語彙では、その程度の表現が限界だった。


しばしの棒立ち状態は、結局、彼女がこちらを見てニヤリと笑うまで続いたのだった。


◆◆◆◆◆


「はっはっは! あぁ踊った踊った。坊主があんまりにも熱い視線も向けるもんじゃから、ついつい熱が入ってしまったわい。」


踊ることをやめて、湖の上を歩きながらこちらに来たスイさんは、開口一番そう言った。


「…僕をからかうために踊ってたんですか?」


心なしか憮然とした声になった。実際言われた通りだったのだから、なおのことばつが悪い。


「ふふ、そう拗ねたような顔をするでない。わしも普段はあのような“さあびす”はせぬのじゃぞ?舞が見たいからと、対価を払ってまで頼み込み輩もおるのじゃからな。」


「それは…。」


まぁ、分からないでもないけど。


「というか、男なら『下着が見えないかな!』くらいの下心を持っとらんといかん! 露骨に覗こうとしていれば、そのときは顔に蹴りをくれてやるがな。なに、記憶を飛ばすための角度は心得ておる。」


「やっぱりからかってたんですね…。」


カラカラとあのときと同じように笑ったスイさんに、俺は渋面をさらに濃くした。世の中にはどうにも敵わない相手というものがいるものだが、どうやら目の前にいるのはその中の一人らしい。


「…スイさんって旦那を尻に敷くタイプですよね。」


「違うな、叩いて走らせるタイプじゃ。いい鳴き声を上げる男なら、一生こき使ってやらんでもない。」


「…さいで。」


ドSだ…俺は肝に銘じた。


右へ左へ、完全に掌の上で転がされている。これ以上からかわれる前にさっさと話題を変えよう。


「えっと…前に言われた通り、今日はこちらの方に伺ったんですが。僕が・・・」


「待った。」


さっそく本題に入ろうとした俺は、突然のスイさんの制止によって発言を止められた。


「…何ですか?」


さっきまでのやり取りを思い出して若干身構える。残念ながら、俺はいじられることに快感を覚える性質ではない。


明らかに硬直している俺をニヤニヤと見下ろしながら、スイさんは口を開き、


「喋り難かろう。おんしの“本来の”口調で話せ。敬語も不要じゃ。」


そう、特大の爆弾を投下していった。




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