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1話

自分が所謂“異世界”に転生したと分かったのは、物心がついてからすぐのことだった。


よくある純正ファンタジーのような世界で、優しい両親の下、俺はすくすくと育っていった。赤ん坊の頃は何も知らず、ごく普通の子供として育っていたはずだ。しかし、体が成長するにつれて、急速に前世の“俺”が蘇ってきたのだ。


交通事故から彼女を庇い、その代わりとして死んだ、俺の。


悩んだ。これは一体何なのか。


最初は頭が狂ったのかと思った。いきなり知らない世界の人間の記憶が現れたのだから。空っぽの知識が急速に充填されていくような、新旧の記憶がごちゃまぜになるような。そんな形容し難い感覚は、二度と味わいたくない不快なものであった。


悩んで悩んで、悩み倒した。その間は、両親や友達を心配させてしまっていたに違いない。


でも、答えの出ない問いなら考えるだけ無駄…と、最終的には吹っ切れた。どちらにしても、今の俺にとっては“こちら”が現実なのだ。ならば、せめて“彼女”に顔向けできないような情けない人生は送らないと、そう決めた。


悩むなら前向きに悩め。


彼女の口癖だった。


そして、俺の好きな言葉の一つだった。


俺がこれから悩んでいくのは過去のことじゃない、未来のことだ。


初志貫徹。


精一杯生きよう、この人生を。


俺の…カイルとしての、この人生を。


◆◆◆◆◆


パラリ…。


静かな空間に、頁をめくる音だけが聞こえた。


穏やかな陽の光が降り注ぐある春の日。大雑把な体内時計によれば、おそらく午後二時といったところ。


8歳になる俺は、いつものように村長さんの家で魔法関連の学術書を読みふけっていた。子供の手には余る大きな本を不器用に抱えて、真剣に文字を追っていく。


少し離れた書斎では現在、村長さんが仕事をしているはずだ。初めて訪れた頃は「読めない所があったら言ってごらん。分かる範囲で教えてあげるよ。」と親切に言ってくれていたが、今では完全に一人で読めるようになった為、本を貸し与えてくれた後は自分の仕事をするようになっていた。


冒険者として多少の読み書きを覚えていた父に文字を教えてもらった俺は、暇つぶしがてらこうして村長さんの家にお邪魔するようになっていた。村長さんは趣味で商人から書籍を買い集めているらしく、家に多彩なジャンルの本を備えていた。学者でもないのに何故?と思わないでもないが、本人曰く「本に囲まれているのが好き」なんだそうだ。実際、買ったはいいものの、チンプンカンプンだった本も少なくないとか。


俺が今読んでいるのは、精霊に関する学術書である。魔力が意思を持った存在と言われている精霊は、確認できる前例が少なく、内容も憶測の域を出ない情報が殆どであった。学術書としては落第かもしれないが、ファンタジーの世界を知らない俺にとっては貴重な資料であることに変わりはない。


前の世界でも本を読むことが好きな俺ではあったが、こちらの世界に来てからは目新しい物ばかりで決して飽きることがなかった。特に魔法に関しての情報は、魔法の存在しなかった世界から来た俺にとって、より一層憧れを抱くものだった。まだ本物の魔法というものを見たことはないが、きっと想像を遥かに超えるような魔法が存在するのだろうと今からワクワクしている。


この世界において魔術師は貴重な存在であり、所謂“貴族”と呼ばれている人達も、そのほとんどが魔術師の家系なんだとか。魔力の有無は遺伝による所が確実だが、前触れもなく高い魔力の子供が生まれることも多く、一般人でも成人である15を迎える時に魔力の検査をするのが通例となっている。これは、行使する魔力が暴走した場合にしっかりと耐えられるようになってからでなければ危険なので、どのみちこれくらいの歳にならないと修行ができない…という理由からだ。ちなみに、正式に魔術を学んでいる人間でも、訓練の段階で毎年7%が命を落としている。絶対数の少なさもあるが、魔術師がどれだけ危険な職業か分かるだろう。魔力はあっても扱いきれず、夢半ばで去っていく者も多い。魔術師はそれだけで将来の出世が約束されており、この世界における最高の才能であるといっても過言ではなかったが、決して簡単になれるものでもなかった。


「ふぅ…」


読み終わった学術書を閉じて一息吐いた。あえてゆっくりと読んでいたので、この一冊を読み終わるのにも数日がかかっている。速く読むこともできないではないが、内容を吟味せずに詰め込むだけの読み方は嫌いだった。


村長さんにお礼を言って今日はお暇しよう。そう考えて席を立った俺は、


ダバンッ!!


「うわっ!」


突然大きな音を立てて開いた扉に驚き、慌てて振り返った。


「おー! やっぱりここにいやがったか! おいカイル! そんなに本ばっかり読んでると頭にキノコがはえちまうぞ! カイル茸だ! バターでいためて食うぞ!」


明るい日差しを背景としてそこには、機関銃のように大きな声をあげる子供がいた。高い背、ツンツンとした赤毛の短い髪に、悪戯っぽい茶色い瞳。身体は全身日焼けしていて、幼いながらもしっかりと引き締まっている。一目で活発な様子が分かる…そんな子供だった。


そして、俺のよく知る人間の一人でもある。幼馴染、悪友、俺達の関係を表すとすれば、そんな言葉が適切だろうか。


「…テッド、村長さんは仕事中なんだよ?静かにしないと怒られちゃうよ。後、僕の頭はそんなにキノコの苗床として最適かな?確かに黒いけどさ…。」


同い年の子供テッドは、そんな僕の注意を聞いて一瞬「うっ…」と村長さんの雷を警戒したが、奥の書斎から村長さんが出てこないことを確認すると、ほっと息を吐いた。


「雷が落ちるのが分かってるなら気をつければいいのに…。で、どうしたの?なんだか凄い勢いで入ってきたけど。」


「そ、そうだよ!おいキノカイル!」


「お願いだからその呼び方はやめてよ…。」


「ならやめた! 今からみんなで遊ぶんだ。おまえも来いよ!」


「みんなって…いつもの面子?」


「おう! もう広場に集まってるんだ。かくれんぼってのをやろうぜ!」


「あー…。」


そういえば前に一緒にやったっけ、と記憶を掘り返しているうちに、俺はグイグイと家の外に引っ張り出されていた。彼は、放っておくとこうやって本の虫になる俺をよく連れ出してくれる。


いや、別に人付き合いが嫌だってわけじゃなくて…なんかこう…ほら。身体は子供だけど精神的には20過ぎてるわけで…ちょっと混ざり辛いものが…。


誰に聞かせているのか分からない言い訳を脳内で垂れ流す内にも、俺はテッドに引っ張られていく。こうなったときの彼には何を言っても無駄だと、幼馴染としての経験が語っていた。


「やっぱり数が多いほうが楽しいしな! ほら走れ! そら走れ!」


「すいません村長さん…お礼はまた後日。」


元気一杯のテッドに引き摺られるようにして、俺は村長さんの家を後にした。


◆◆◆◆◆


俺達が広場と呼ぶ場合、それは村の中央に位置する空間ことを指す。広い場所で井戸が設置されており、時には文字通りの井戸端会議をする主婦の姿も見ることができる。当然石畳などという大層な物はなく、そこには剥き出しの土が広がっていた。


「連れてきたぞー! やっぱり村長さんのとこで本読んでやがった!」


そう言ってテッドが駆け込んだ広場の真ん中には、今二つの人影があった。


「ごめんごめん、遊ぶって聞いてなかったからさ。シェリー、ミラ、待たせちゃったかな?」


「ううん、いつもいきなりでごめんね。止めとする前にテッドくんが行っちゃうから…。」


「…テッドは馬鹿だから。」


女の子は待たせるべからず。前世の記憶に従って謝った俺に対して、二人はそう答えた。実によく性格の表れた返答だ。


申し訳なさそうに謝ったのは、幼馴染の一人である女の子、シェリー。栗色の髪を肩まで伸ばしており、クリっとした緑色の大きな目が印象的な女の子だ。大人しそうな見た目通り、荒っぽいことが苦手で優しい性格をしている。テッドとは180度違う性格だが、振り回されながらもなんのかんのと上手く付き合えている。女の子としては平均的な身長で、子供らしい丸みを帯びた体には、さすがにまだ女性らしさは現れていない。


ぼそっとテッドに対して毒を吐いたのが、この村での幼馴染の最後の一人、ミラだ。薄い紫の髪は背中の中ほどまで垂れており、灰色の瞳をいつも眠たそうに細めている。実際に眠いわけではなく、本人曰く「…元から」だそうである。どことなく昔の俺を彷彿とさせるが、いじめられている…ということはないはずだ。完璧に無表情というわけではないし、この村の穏やかな気質もあるのかもしれない。無口に見えて、ときどきグサリと胸に刺さるようなキツイ台詞を言うのが特徴だ。背は四人の中で一番低く、性格と相まってきまぐれでのんびりとした猫を思わせる女の子だった。


この村で俺と年の近い人間は、この3人だけだった。年齢はテッドが一つ上で、僕とシェリー、ミラが同じ8歳である。ここから上に行くともう成人だし、下は赤ん坊しかいない。人口の少ない村では珍しくないことだ。


故に、俺達がこうしてつるむようになったのは、必然と言える。


「よっし! 準備はいいな。ルールはこの前やった通りだ。鬼が30セク数える間にそれ以外の人間は隠れる。隠れた後で場所を変えるのは禁止。範囲は村の西側半分だけだ!」


年長者としてリーダーに回ることが多いテッドがそう言うと「了解」「はい」「…ん」と、俺を含めた三者三様の返事が返る。軽くストレッチはしたし、いつでも準備はOKだ。


「んじゃあ行くぞ…さいしょはぐー!」


「「「「じゃんけん…ポン!」」」」


ぱー、ぱー、ぱー、ぐー。


・・・鬼でした。


◆◆◆◆◆


この村はレント村といい、農業以外には主要な産業も無い小さな村だ。強いて特徴を挙げるなら、村近くに存在するブラゼド山の頂上。そこにある湖“レント湖”から流れてくる清涼な気のおかげで、珍しい植物が多いことか。それを求めて度々商人がやって来るが、それ以外には旅人と、レント湖の気を浴びて療養したいという病人ぐらいしか訪れない。


田舎、一言で言えばそうなる。なんせ大抵の村人が、


「うちの村の良い所? 空気が美味い! 後食べ物も美味い! え、観光名所? うーん…レント湖くらいかなぁ。」


てなもんである。


まぁ要するに何が言いたいのかというと、見慣れない人間が村にいればすぐに話題になるということだ。


「…誰だ、あの人?」


数え終わってから隠れたメンバーの捜索を始めた俺だったが、少しもしないうちにそれを中断することになった。


原因は簡単である。


見慣れない服装をした女性が、屋根の上に座ってのんびりとしていたからだ。


見た目は二十代半ばくらいだろうか。透き通るように綺麗な銀色の髪を屋根の上にまで広げ、すっきりと整った鼻梁を持った、驚くような美人である。着物の生地を少なくして動きやすくしたような変わった服を着ており、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるそのモデルのような素晴らしい体型が、零れ落ちんばかりに服の中に閉じ込められていた。頭からは狐の獣耳、腰からは尻尾が生えていて、一見すると獣人の女性のようだった。


そして何よりも…瞳が黒い。ミラのように灰色の瞳の人間は多くいるが、綺麗に黒く染まった人間を見たのは、こちらの世界では初めてかもしれない。俺も、村の外からやって来た初対面の人間には必ず、この黒目黒髪を注目されるから、相当に少数派であることは間違いないだろう。


結果的に屋根の上にいる女性を見上げる形になっていたので…正直凄く目に毒だった。女性に恥ずかしがっているような素振りがないのが、またなんとも。


はっきり言って、色んな意味でめちゃくちゃ目立っていたのだが、眺めている村人はおろか、噂話すら聞いていなかった。珍しいこともあるものだ。


頭に疑問符を浮かべたまま突っ立っていた俺は、耳をピコピコと動かしながら首を巡らせていたその女性と、


「あ」「お?」


バッチリ、目が合ってしまった。


「「………」」


気まずい沈黙が流れる。


まずい、とりあえず挨拶を…と慌てて声をかけようとした俺は、


「とうっ!」


「え、うわぁっ!」


いきなり目の前に下りてきた女性に驚いて、思わず仰け反ってしまった。


「おぉ、すまんすまん。驚かせてしまったかの。」


屋根の上からの大跳躍を見せたその女性は、そう言ってカラカラと笑った。人見知りをするようなことはなく、誰に対してもこうである…というのが、言外に伝わってくる。不思議な印象の女性だったが、思っていたよりも気さくな人のようだ。老人のような喋り方は気になるが。


で、


「しかし、ふむ…。」


「えっと…。」


元屋根の上の謎の女性(顔を近づけているので胸が凄く近い…)はそう言って、それきり黙り込んでしまった。俺のことを上から下まで隅々と見たかと思えば、鼻を鳴らして匂いを嗅いでいる。


え、匂い? 臭い? 臭いの? 確かに少し走ったけど、まだ汗をかくような疲れ方はしてないはず…だよね?


すぐに腕の匂いを嗅ぎたい衝動に駆られるが、本当に臭かったらショックを受けそうで怖い。内心男としての尊厳を危ぶみつつも、この空気に絶えかねた俺は、自分から挨拶をすることにした。とにかく糸口を掴まなくては。


引き気味だった体勢を元に戻して、しっかりと女性の目を見る。…胸も視界に入るが不可抗力だ。


「あの…こん…にちは?僕はカイル、この村に住んでいます。あなたは観光客の方…でしょうか?」


…自分で言っておいてそれはないだろうと思ったが、一応の確認だ。


俺の挨拶を受けた件の女性は、ひとしきりふんふん頷いた後、突然ニンマリと、嬉しくて仕方が無いというように笑った。


「これはこれは、なるほどのぅ…。このような所に鉱脈があるものかと驚いたが、その中でもとびきりの原石がいたらしい。」


「よしっ!」と一声気合を入れるようにして、その女性は背筋をピンと伸ばした。


「いや失礼した。相手に名乗られて名乗り返さんのは礼儀に反するな。わしの名前はスイ。今はこの近くに住んでおる。」


「この近くに…ですか?」


おかしいな…。この近くにレント以外の村があるなんて知らないけど。


頭の疑問符をさらに増やしてしまった俺に、スイさんは楽しそうに言った。


「まぁ無理もないかの。わしもこうやって人と話すのは久しぶりじゃ。それも、おんしのような坊主とはの。…さて。」


満足した…とばかりにくるっと踵を返した彼女は、背中越しに俺に話しかける。


「おんしがわしのことを知りたいと思えば、山の上の湖に一人で来るがよい。そのときは歓迎してやろう。」


こちらの返答を聞くつもりは無いのだろう。言うや否や、路地の中へと入って行ってしまった。


「え、あの、ちょっと!」


慌てて後を追いかけるが、


「あ、あれ…?」


薄暗い路地。そこには、彼女の影も形も残っていなかった。


「…疲れてるのかな、俺。」


額を押さえてそう呟いた俺は、今がかくれんぼの最中であったことを思い出し、なかなか探しに来なかったことに腹を立てたテッド達にひたすら謝ることになるのだった。


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