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序章

子供の頃から、感情表現の下手な男だと言われていた。


自分としては、感情はあるし、表情も作っている…と思うのだが、他人にはそうは思えなかったらしい。


何があっても笑わない、泣かない、怒らない。手はかからないが、相手をするのもつまらない。まるでロボットを相手にしているような…とは、こっそりと聞いた先生の弁だ。


常に集団の中から浮き、自然と他人に距離を置かれるようになっていった。


そして、それはいじめの始まりを意味していた。


出る杭は打たれる。


物を隠され、罵声を浴びせられ、出会いがしらに殴られる毎日。先生の下を訪れた回数は、間違いなく全校でトップだっただろう。


それでも、自分はひたすらに無表情だった。


どうすればいいのか分からなかったのだ。


優しい両親を心配させたくなくて、家ではなるべく普通に(自分の感覚で、だが)振舞っていたが、それ以外に頼れる他人というものがいなかった。引き攣った笑顔で接してくる担任教師は論外だった。


鏡の前で毎日のように笑顔の練習をした。顔面が痙攣しているだけにしか見えなかった。


怖かった。そして、そんな感情さえも上手く表に出せない自分を、心の底から恨んだ。


鬱屈とした日々が続いた。


そんな時だった、彼女に出会ったのは。


放課後。いつものように靴を隠され、上履きで下校をしようとしていた自分に、彼女は話しかけてきたのだ。


「このヘタレ!」


いや、より正確に言えば殴り飛ばされた。


素晴らしい踏み込みと共に繰り出された右ストレートは、正確に自分の顎を捉えていた。


正直、もの凄く痛かった。


枯葉のように回転しながら飛んだ当時の自分は、人間ってこんな風に吹き飛ぶこともあるんだ・・・と、とても的外れなことを考えていたけれど。


「なんでやられっぱなしなんだ! 怒れ、怒鳴れ、殴り返せ! それでもタマ付いてんのか!」


女の子とは思えない下品な言葉で自分を罵ってきたその娘は、胸倉を掴み上げるようにして叫んだ。


「いいか!あたしはあんたみたいなヘタレが大嫌いだ!ピーマンとニンジンの次くらいに嫌いだ!だから叩き直してやることにした!決めた!異論は認めない!」


…今思い出してもそうだが、相当無茶苦茶なことを言ってるな。思い出話がこの場面に飛ぶたびに、彼女は「若気の至りよ、忘れなさい。」と言っていた。珍しく照れたような表情をする彼女が可愛かったので、たまにこの話題を振っていたのは内緒だ。


彼女がどうしてそんなことを言い出したのかは、結局分からなかったが。


自分にとってのターニングポイントは、間違いなくここだった。


上にのしかかり、口を引っ張って無理矢理笑みの形に変えさせた彼女は、満面の笑顔でこう言ったのだ。


「とりあえず、あんた友達いなさそうだからね。あたしが友達になったげる。友達一号ね!」


そのときの夕日に照らされた彼女の顔を、自分は一生忘れることはないだろうと思った。


◆◆◆◆◆


彼女の声が聞こえる。


あのときのような明るい声でなはない。泣き叫ぶような必死な声だ。


視界は、夕日よりも濃い赤に染まっている。


身体の感覚が薄く、ふわふわと浮いているような気分だった。


頬に感じる冷たい道路の感触だけが、多少の現実感を与えていた。


中身がごっそりと抜け落ちていくような錯覚を覚えながら、俺は彼女の瞳をぼんやりと見上げた。


…あぁ、無事だった。


それが、偽らざる俺の気持ちだった。


それを確認するだけの時間はくれたのだから、神様も最後まで無慈悲というわけではなかったらしい。我ながら前向きな考えだ。


きっと、彼女が聞けば怒るだろうが。


思えば、彼女が俺に与えてくれた万分の一も、俺は彼女に返せなかった気がする。


一番の心残りは、やはりそれだった。


―――――――


そろそろ近いらしい。


視界が霞んできた。


未練は山ほどあるが、せめてこれだけは言っておかなければ。


俺が掠れた声を出すと、彼女は慌てて口元に耳を近づけた。これだけ近ければ、大きな声を出さなくても聞こえるだろう。力が入らなかったから助かった。


「あ…。」


言葉にならない声が口から漏れる。


「あ…あ…。」


残された全力でもって、喉から声を絞り出す。


「あ…あ…い…。」


それは少しずつ形を成し、そして。


「ありがとう」


言葉となった。


それが、俺の“この人生”での最期だった。


◆◆◆◆◆


「ハッ、ハッ!」


ケイトは、遅れた帰りを心配しているであろう妻を安心させるために、さらに足を速めた。


始まりは、村のはずれの山中にゴブリンが出没したという報告を受けたことだった。

ゴブリンは知能の低い種族で、力も弱い。一体だけならば、素人でも十分に対処できるモンスターだ。

しかし、これが巣を作るとなると厄介な事になる。繁殖を繰り返し、どんどんとその数を増やしていくからだ。

そのため、ゴブリンは発見次第早期に駆除するのがセオリーとなっている。


元冒険者であったケイトはこういった荒事に関しての経験が豊富なので、しばしば村のために剣を取ることがあった。

今回も偵察・・・可能ならば駆除を行うのが彼の仕事だった。

村の裏手に存在する山を登り、その中腹に差し掛かったあたりでゴブリンを発見した。

目視できる限りでは三体。大きさは並で、武器も持っていない。

ゴブリン達は巣を作り始めたばかりのようで、せっせと土や石を運んでいた。


「いけるな…」


しばらく偵察を続けた後、ケイトはそう判断した。若気の至りは既に卒業している彼ではあったが、今回は問題ないと確信した。


結果として彼の予想は正しく、突然の奇襲に慌てたゴブリン達は、あっという間にその身を切り裂かれていた。


「人里近くに巣を作るのは、人を襲おうとしている証拠だ。悪く思うなよ。」


命を奪うことに慣れているが、決して気持ちのいいものではない。静かに黙祷をした後、念の為周囲を探索。最後に巣を壊してから、その場を後にした。


(やれやれ…シンディのご機嫌を取るのが大変だな。)


どんどんと沈んでいく太陽を眺めながら、ケイトは嘆息した。

普段はおっとりとしていて優しいが、変なところで頑固な妻のことを思い出してげんなりとしていた彼は、


「ッ!?」


突然その足を止めて耳を澄ませた。


(泣き声…?)


冒険者時代から自慢の一つだった彼の耳は、確かに赤子の鳴き声を聞いていた。


「おかしいな…まだ村からは遠いはずなんだが。」


首をかしげながら、声のした方を向く。道を外れたそこは、深い雑木林となっていた。


(やっぱり聞こえる…。)


自分の聞いたものがただの勘違いではないことを確かめたケイトは――シンディのご機嫌を少しだけ心配しつつ――意を決して雑木林に踏み込んでいった。


どんどんと大きくなる声を頼りに足場の悪い道なき道を進んでいた彼は、突然ぽっかりとした空間に行き当たった。そこだけ木々がほとんど生えておらず、ちょっとした広場となっていた。


「この近くにこんな場所があったかな…ん?」


思わず漏れた独り言に答えるようにして、また一泣き。それは広場の中心、一本だけ生えた木の根元に存在した。


「これは…。」


彼の視界の中で声をあげていたのは、人間の赤子だった。丁寧に布に包まれており、誰かがここに置いて行ったのは確かだった。


「捨て子…か?」


周囲を見渡してみるが、人影は全く無い。人の話し声はおろか、獣の足音さえ聞こえなかった。

太陽はもう完全に沈もうとしている。土地勘のある場所とはいえ、これ以上長居をするのは危険だった。


「…よしっ!」


逡巡は一瞬だった。


木の根元から赤子を抱き上げる。突然動かされたことに驚いたのか、赤子は彼の手の中でもぞもぞと動いた。


「お前の親がどういう理由でここに置いて行ったのかは分からないが、とにかくここは危険だ。とりあえず家に来い。」


そう言って、彼はもと来た道を引き返し始めた。

この赤子の親は戻ってこないだろう。でなければ、こんな森の中に子供を置き去りにはすまい。仮に違ったとしても、近くにあるのはレント村だけだ。本気で子供を捜しているのなら、必ず訪ねてくる。彼はそう判断した。


きっと、これは子宝に恵まれなかった自分たちへの、神様からの贈り物だと。


驚く妻の顔を想像しながら、彼は密かにそう思ったのだった。


拙い文章でしたが、楽しんでいただけたでしょうか?感想等があればお待ちしております。

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