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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第三章 空回る僕ら
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計画第三段階

 今日の五、六時間目も文化祭準備。

 今日は準備を始める前に先生が進行具合を聞いてきた。


「楠、文化祭の準備はどうなってる?」


「順調です」


「そうか。何か必要なものがあれば俺が用意するからな。試食なんかも大歓迎だからいつでも持って来いよ」


「はい」


「よしよし。じゃあみんな、文化祭まで十日を切ったが、ここからが正念場だ。俺達のクラスの文化祭、絶対に成功させよう!」


 そう締めくくり、先生が教室を出て行った。

 先生が出て行き代わりに楠さんが教壇に立つ。


「今日もまた裁縫班と内装班の二つに分かれてもらおうと思うけど、内装はもうほとんど終わりそうだから裁縫班の人数を増やしたほうがいいかな? 有野さんはどう思う?」


「んー、今別に忙しいわけじゃないしどっちでもいいわ。でもまあ増やすなら増やすでいいんじゃねえの」


「そっか。じゃあ裁縫班を少し増やそう。えーっと、あと飾り付けで残っているのは入り口に立てる門みたいな看板くらいかな。時間もあるし、結構凝ったデザインにしようか。たくさんデコレーションしたりしてね。さて……。話すことはこれくらいかな。じゃあ、各自準備に取り掛かろう。ほら、立って立って。まずは机を全部後ろに下げて」


 楠さんの指示に従いクラスのみんなが立ち上がり机と椅子を教室の後ろに追いやり始めた。

 今日も文化祭の準備が始まった。


 

 僕と三田さんは昨日に引き続きパーテーションの飾り作り。

 丸めていた紙を床に広げ二人でその上に乗った。


「あ、雛ちゃんと小嶋君に名前書いてもらうの忘れてた」


 書いてもらわなければ完成させることが出来ない。

 急いでいる訳ではないけれど、終わらせられるものは早めに終わらせておいた方がいいだろう。


「……さっき書いてもらえばよかったね……」


「そうだね。今から行ってこよう。作業始める前に書いてもらった方がいいよね」


「……そうだね。でも、有野さん電話を掛けるって……。それから行ったらちょうどいいんじゃぁ……」


「あ、そうだった。でもいつ来るんだろう……」


 いつかかってくるかとか、そんな不安をすぐに解消してくれるのが雛ちゃんだ。

 僕のポケットが震える。


「え、あ、電話だ。もうかかってきた」


 よかった。すぐに飾りが完成するね。


『もしもし。今からこい』


「うん。あ、その時に――あ」


 電話はすぐに切れてしまい名前を書いてもらうことが伝えられなかった。


「今から来てって言われた。三田さんも行く?」


「えっ、私は、いいよ……」


 何故か怯えた表情を作る三田さん。


「どうしたの?」


「……昼休み、怒らせちゃったから……」


「え、あれは、僕が怒らせちゃったんだよ?」


「……その、私は遠慮しておくから、佐藤君一人で行ってきていいよ……」


「う、うん」


 なんだか勘違いしている。悲しい勘違いだから何とかして誤解を解かなければ。

 仲良くしなくちゃ。

 僕は紙とペンと妙な使命感を持って家庭科室へ向かった。




 そしてそこで見たものは。


「小嶋はやればできるなぁ」


 固定された長机の上に裁縫道具を置いてちくちくと縫っていた小嶋君。

 その姿を、机を挟んだ向こう側に座り楽しそうに眺めている雛ちゃんだの姿だった。

 昨日も楽しそうだったけれど今日はなんだか雰囲気が全く違う。


「縫うとこ間違えずにちゃんと縫えてるじゃねえかぁ」


「ま、まぁ……」


 楽しそうで甘えたような猫なで声で小嶋君を褒めていた。褒めることは何一つおかしくは無いけれど、昨日のように楽しく罵っていた姿を思い出すとなんだか今の雛ちゃんに不思議な違和感を覚える。


「あーでも糸の色がちょーっと違うな。次は間違えるなよ」


 小嶋君の縫ったところを持ち上げニコニコと笑顔でそう言った。

 小嶋君はそんな雛ちゃんに対して、


「な、何だお前。気持ち悪いな」


 なんだか若干引いていた。


「なぁっ?! てめ……そ、そうかぁ。気を付けるわ」


 表情筋をぴくぴくさせながらも笑顔は崩さない雛ちゃん。

 それを見て小嶋君が困惑の表情で言った。


「お前マジでなんか悪い物でも食ったんじゃねえの? 元気ねえじゃん」


 優しいなぁ。僕なんか今の雛ちゃんを見て元気がないかどうかなんて分からなかったよ。むしろ機嫌がいいのかと思ったよ。


「なんか気を遣ってもらって悪いなぁ」


 小嶋君の優しさが通じたのか雛ちゃんがより一層笑顔になって感謝する。が、


「有野気持ち悪っ!」


 小嶋君! 喧嘩になっちゃうよ!


「……っぐがぁ! て、てめぇ……! ………………ふ、ふふふ……。ふふふふふ………………ふぅー。…………。……いやぁ、そうかぁ? 私達はー、いつもこんな感じじゃねえかー。貴様と私はぁ、仲良しだよなぁー? なぁクズ?」


 機嫌が良いのか悪いのかさっぱり分からない。少なくともその中間ではないとは思う。失礼な話だけれど、一番しっくりくる言葉は情緒不安定だった。


「頼むから、その気持ち悪い態度やめてくれよ。何なんだよお前は」


 小嶋君が泣きそうだ。雛ちゃんに止めてあげてと言えばいいのかな。でも悪い事をしている訳ではないし。


「いつも通りだろー?」


 にこにこしている雛ちゃん。素敵な笑顔だけれども、いつもの笑顔ではない。


「わぁ、小嶋、お前波縫いすげえうまいなぁ」


「そ、そうっすか」


 困っている小嶋君。


「いやぁ私はぁ、知ってたぜ。お前はやればできるってな」


「……お前、ネジ落としたんじゃねえの? ポンコツになってんぞ」


「あぁ? うる……。……いやぁ、そうかもしれねえなぁ」


 いつもの雛ちゃんなら怒っているけれど、今はまだ笑顔だ。すごい、すごいよ!


「有野、お前、春はもうとっくに終わってるぞ……? 春の陽気のせいにはできねえぞ?」


「私たちの春はー、これからだろー」


「……それは、そうかもしれねえけどよ」


 みんなに春が来ればいいね。

 ところで春はまだ来ていないかもしれないけれど僕はもう家庭科室に来たのだけれども、そろそろ気づいてほしいな。


「小嶋。お前マジで裁縫の才能あるわ。もうそれで食っていくしかねえな」


「お前がお世辞とかなんか不安になるわ。マジやめろウザい」


「ウザい?! てめぇこら調子にのって…………。お世辞じゃねえよー。本心から言ってるんだっての」


「……マジでお前ニセモンだろ。本物の有野はどこだよ」


「私は本物だけど。何言ってんだよ小嶋ぁ。こいつ」


 と言って小嶋君に柔らかくデコピンをした雛ちゃん。

 全く痛くないようだけれども、小嶋君の顔がものすごい勢いで歪んだ。


「きっっっっも! 気持ちわりぃ! なんだこいつ?!」


 これに対して雛ちゃんの顔もものすごい勢いで歪んでしまった! 女の子の表情に対して歪んでしまったと表現してしまうことにとても罪悪感を感じるけれど、そう表現せざるを得ないほど怒りに満ちた表情をしていた!


「あぁ?! さっきからてめえネジ落としたとか気持ち悪いとか、お前、ころっ……ころ………ころ………ころ………………す」


「言葉飲み込もうとしたんならそのまま飲み込めよ! さっきまでの我慢が台無しじゃねえか!」


 雛ちゃんは今危ないことを言っていたけれどそれを感じさせない素晴らしい色で両手を広げていた。


「私はなーんにも言ってねえぜ!」


「言ったわ! 割とはっきり口に出してたわ!」


 ツッコミもばっちりだった。

 僕が目の当たりにした雛ちゃんと小嶋君の仲の良い姿。

 当然、良い事なのだろうけれど、昨日の喧嘩するほど仲がいい状態のときには感じなかった息苦しさを感じてしまう僕がいる。

 何故だろう、意味が分からない、どうすればいいのだろうか、などと分からないふりをして逃げようかとも思ったけれど、残念なことに僕はこの息苦しさの原因に気づいてしまっている。

 簡単に言うなればこれはもう嫉妬以外に言いようがない。

 僕は友達が離れていくのが怖いんだ。

 そこからくる嫉妬が僕の首をゆっくりと絞めているんだ。

 首を絞めているというよりも、嫉妬と言う感情が心を占めている。

 見にくい感情で心の中が一杯になってしまっているんだ。

 なんとわがままな人間なのか。

 こんな考えだからずっと一人だったのかな?

 誰かが離れて行って寂しい思いをしたくないから僕はずっと一人だったのかな?

 ……それは違うか。

 これではまるで僕が意図的に友達を作らなかったみたいじゃないか。

 そんなことは絶対にない。

 だってそれなら意図的に友達を作ることもできたはずだから。僕にはそれをすることが出来なかったから。

 別に僕は一人を選んでいたわけではないんだから。

 やっとできた友達だから、離したくない。

 友達に僕以外の友達が増えれば当然時間は減る。

 どうやら、それが嫌らしい。

 ……だからと言って僕に何ができるというわけでもないのだけれど。

 ひとまず僕は仲のいい二人の邪魔をすることにした。


「その、雛ちゃん、僕来たんだけど……」


 二人が仲良く話しているのにも構わず僕は話しかけた。

 雛ちゃんがやっと僕に気づき嬉しそうな顔を作った後、


「ん、おお、優大! じゃなくて……。ああ……優大か。何しに来たんだよ」


 すぐにうんざりしたような疲れた表情に作り替えた。


「えっ、呼ばれたから来たんだけど……」


 呼ばれたよね? 僕の勘違い?


「ああ、もういいわ」


 顔を窓の外へ向けて僕に向けてしっしと手を払った。


「えっ」


 さみしいなんて話ではない。寂しくて死にそうだ。先ほどの小嶋君に対する態度とは正反対。暖かくない態度。僕を寄せ付けない壁を感じる。

 僕は一体何のためにここへ来たのだろう。

 よく分からないけれど、もういいというのであれば、まあ、いいや。


「……あのー、それじゃあ僕、どうすれば……」


「帰ればいいじゃねえか」


 ……。

 もう、帰ってもいいらしい。用事はないようだ。

 帰ろうかと思ったけれど、手に持っている紙の存在を思い出した。


「そ、そうそう。雛ちゃん、あのね、この紙に、名前を書いてほしいんだ」


 僕は机の上にポスターを広げた。


「なんの紙?」


 雛ちゃんと小嶋君が覗き込んでくる。


「えっと、パーテーションに張り付ける紙でクラスのみんなに名前を書いて行ってもらっているんだけど、あと小嶋君と雛ちゃんだけなんだ」


「これ急ぎ?」


 雛ちゃんがポスターを指さしながら僕の方を見てきた。


「え? 急いでいる訳ではないけど、二人に書いてもらわないと終わらないから」


「ならまた今度にしてくれ」


 もう用事は済んだのだと言いたげに覗き込んでいた顔を窓の方に向けた。


「え、今忙しいの?」


「ああ忙しい。忙しくて優大に構ってる暇ねえんだ。悪いな」


「ううん。忙しいのにお邪魔した僕が悪い、んだよね」


 そうは言ってみたものの、僕は呼ばれた側だったっけ。僕が悪いのかな?


「名前の件はまた今度な」


 頬杖をついた状態で僕に視線を合わせないまま、またしっしと手を払った。早く帰った方がいいらしい。


「うん……」


 だとすると、今日も完成させることが出来ない。別に今日仕上げなければならないものでもないので問題は全くないのだけれども。

 でも、このポスターの事よりも雛ちゃんのことが気になる。なんだか僕に対して刺々しいというか、冷たいというか。少なくともいつもと違うという事は確かだ。忙しいからだと思いたいけれど、五時間目始まってすぐには忙しくないと言っていたし何よりこの場にいるみんなが忙しそうではない。

 だとすると、僕は何か怒らせてしまったのかもしれない。でも、何だろう。昼休みの事かな……。とても怒っていたし、ちゃんと謝れていないし、理由も分かっていないし……。

 こんな状態で謝ってもまた怒らせてしまうだけだ。

 ならどうすればいいのだろうかとポスターを握ったまま突っ立っていると、小嶋君が心配そうに雛ちゃんに聞いていた。


「有野、お前どうしたんだ? 佐藤と喧嘩したのか?」


 きっと、喧嘩したんだ。聞きにくい事を聞いてくれてありがとう小嶋君。


「してねえけど」


 驚きの答えだ。僕と雛ちゃんは喧嘩していないらしい。ならば何故僕は突き放されるのだろう。


「なんか冷てぇじゃねえか」


 それも聞いてくれた小嶋君。ありがとう。本当にありがとう。


「別にそんなこともねえだろ」


 雛ちゃんとしては特に意識していなかったことなのかもしれない。


「ならなんだよ。何か悩み事でもあるんだろ。いつものお前じゃねえじゃん。おかしいよお前」


「おかしくねえよ。それにおかしかろうがどうだろうがどうでもいいだろう。お前に関係ねえよ」


「関係ある」


 小嶋君の真剣な声に視線をひきつけられた雛ちゃん。


「んでだよ」


 頬杖をついたまま小嶋君に問う。

 小嶋君は言った。

 小嶋君が、言った。


「いつものお前の方が、なんつーか、楽しいっていうか、可愛いっていうか……。元気なのがお前らしいていうか、飾らない有野が良いっていうか……。まあ、なんだ。お前が元気なかったら、俺、嫌だから……」


「……は?」


 ととと、とんでもない状況な気がする……!

 恥ずかしかったのか、最後は怒ったかのような口調で言った。


「……とにかく! 俺の調子が狂うんだよ!」


「……」


 い、今の場面って日常ではあまり見られない場面ではないのかな?! それとも僕の日常が薄っぺらいだけ?!

 どっちにしろ、なんだか、聞いてるだけなのに僕すごく恥ずかしいよ!

 きゃー! と顔を覆いたいけれど、我慢しよう……!

 雛ちゃんはどう思ったのか、無言で小嶋君を見ていた。その眼は驚いたような色をしているようにも見える。

 そして、とても長く感じられた数秒の沈黙の後。


「お前何言ってんだ? マジキモい」


 すーぱーくーる。クールビューティーだった。


「えええええ……。今ここ感動の場面じゃねえのー……?」


「いやキモい」


「お前の方がキモかったわ! なんだよ心配してやってんのに!」


「いらねえよクズからの心配なんて」


「こ、この野郎……!」


 小嶋君が怒ってしまう! と、思ったけれど、予想に反して小嶋君は顔をほころばせていた。


「なんか、なんつーか、これが普通だよな」


 とても安らかな声だった。


「何言ってんだお前変な奴だな」


 雛ちゃんはいつも通りの調子に戻っている。


「この関係が俺達二人の普通で、睨みあうこの距離が一番心地いいよな」


「何お前キモい」


「別にいいよキモくて」


 そう言って小嶋君が止めていた縫い物を再開した。


「……あー? ……えーっと…………?」


 言い返してこない小嶋君に、雛ちゃんはなんと言えばいいか分からない表情を向けながら、机についていた左手で頬を撫でていた。

 僕はと言えば、なんだかここにいることが恥ずかしいようなつらいようなよく分からない感情を抱いてしまい、二人に名前を書いてもらうことなくこっそり家庭科室を後にしたのだった。

 なんと言うか……すごいや。僕には真似できない事だったね。


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