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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第三章 空回る僕ら
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九月二十八日

 そんなこんなでどんどん文化祭の準備が進められていく。

 九月二十三日金曜日の秋分の日越え、『あぁ……夏が終わってしまったのだなぁ……』などと感慨にふける余裕もなく、僕らは文化祭の準備に明け暮れた。

 土曜日には楠さんが希望者を募り和菓子作りの教室を開いたり、日曜日には生徒会の呼び出しでベストブラザー・シスターコンテストの軽い説明会があったりで予想以上に忙しい日々を過ごしていた。

 裁縫班も内装班もやる気に満ち溢れているらしく、休日だというのにみんな自主的に学校に出て準備を進めているようだった。

 一昨日の月曜日の朝、学校へ来てみたら屋台のような骨組みが完成しており、それを見て驚きと申し訳なさと寂しさを覚えたのは記憶に新しい。僕も作りたかったな。

 そして、文化祭まで残り十日となった水曜日。学校全体は浮かれていた。浮かれきっていた。

 廊下に張り付けられた手書きのポスター。廊下に出されて歩くスペースを占領している大きな看板や手作りの飾り。音楽室から聞こえてくる完成度の高いバンド演奏。ビラやチケットを売りまわる上級生たち。

 そして――これは気のせいかもしれないけれど、なんだか最近妙に仲睦まじい男女二人組を目にする機会が増えたような……。

 文化祭間近の非日常な空気にあてられたせいか、はたまた当日一人で回るという寂しい行動を避けるためなのか分からないけれど、カップルが増えているおかげで浮かれた学校の雰囲気が更に浮かれた状態になっているように感じる。

 もちろんいい事なのだろうけれど、その一方で恋に敗れた人や恋に関わりたくない人は見るからに沈んだ表情をしているので空気の落差が激しい地域がところどころに生じている。

 身近なところで言えば、僕の周り。

 僕と楠さんたち。

 当然のごとく僕は誰からも相手にされていないけれど、楠さんや雛ちゃんは毎日バンバン告白されているようで忙しい文化祭準備の合間にそれを断るという事をしているようだ。

 楠さんや雛ちゃんと友達になれて僕は少しだけ自信のようなものが付いていたけれど、この数日でやはり僕らは光と影ですむ世界が違うのだなと痛感させられた。

 でも二人とも付き合う気がなさそうで、考えることなく告白を断っているようなので一安心。

 僕から離れて行ってしまうという事はまだなさそうだ。


 人の幸せを願えない、自分の事しか考えていない自分が、僕は嫌いだ。


 自己嫌悪に陥ったりもするけれど、僕は元気です。

 バンバン告白されていると言えば、沼田君だ。

『格好いいという言葉は沼田君を見た人が作った言葉』だというトンデモ説が飛び出すくらい格好いい沼田君も当たり前のように色々な人に言い寄られているらしい。告白されているシーンを目撃したわけではないし、誰かからそんな噂を聞いたわけでもないのに僕がそれを知ることが出来たのは、つい先日の沼田君のびっくり行動のおかげ。

『イケメンという言葉は沼田君が産まれた時に一緒に誕生した』という信憑性はないけれど説得力のある噂が立つくらいイケメンな沼田君も誰とも付き合う気が無いらしく、昨日のお昼休みに校内にいる全員を振るという恐ろしい荒業に出た。

 放送室をジャックしてこう宣言した沼田君。

『俺よく知らない相手と付き合う気はないから、俺が誰かと付き合うってなるのは俺の方から告白してオッケーしてもらえたときだけ。だから告白されても多分断るからもう勘弁してください。マジで』

 声の様子から、相当参っているのが分かった。

 それほど多くの相手を断ってきたのだろう。

 優しい沼田君のことだから、きっと断った相手を傷つけてしまったと心を痛めていたはず。だから、これ以上そんな人を増やさない為に放送室ジャックを試みたのだと思う。放送室をジャックした沼田君は放送器具を私用で使ったという事で先生たちに怒られていたが厳重注意で済んだみたいだ。

 その放送のおかげか、今日の沼田君の顔は晴れやかだった。人を傷つけることから解放されたんだね。


「……佐藤。……佐藤!」


 誰かの大きな声に、僕は驚く。


「あ、はい!?」


 先生だ。

 しまった。授業中以外のことを考えていたのがばれてしまった。


「お前話を聞いていたのか?!」


 今は二時間目、現代社会の授業中。社会科の教師であると同時に僕らの担任の先生が、教卓に両手をついて恐ろしい表情で僕を睨み付けている。


「なにぼけっとしてるんだ! どうせ下らない事でも考えていたんだろう。やる気がないのなら出て行け!」


「す、すみません……」


「謝る位なら最初から授業に集中しろ……! だからお前の成績は上がらないんだぞ。なんだこの前の順位は。情けないと思わないのか」


「すみませんでした……」


「すみませんじゃなくて情けないと思わないのかと聞いているんだから答えろ」


「え、あ、な、情け、ないと思います……」


 僕の返事を聞くやいなや先生が次の質問をしてくる。


「何番だった」


「え……?」


「何番だった」


 出席番号なんかではなくテストの順位だろう。

 言うのは恥ずかしいけれど、言わなければ怒られてしまいそうだ。


「そ、その、百八十五番、です……」


「その順位でよく授業中に考え事ができるな。恥ずかしい」


 おっしゃる通りです……。僕のように頭の悪い人間は他の人より頑張らなければ人並みになれないのだから集中することを心がけなくてはいけないよね……。本当に恥ずかしい。


「これだから佐藤は……」


 そう言って教卓に目を落とし教科書をめくる先生。

 僕が悪い。

 態度も、頭も、間も。

 全部僕が悪いんだ。

 人の恋愛話なんて考えない方がよかった。




「あのクズ! 優大を泣かせてんじゃねえよ!」


「僕泣いてないよ?」


 現代社会が終わると、雛ちゃんが真っ先に駆け寄ってきてくれた。でも泣いてないよ?


「なんであいつ優大のことを目の敵にしてるんだよ。あいつになにかしたのか?」


「えっと……その、さっき授業を聞いてなかったし、きっと一学期から今日まで僕は授業に集中していなかったんだと思う。だから、目に余った先生が一喝してくれたんだよ」


「優大の態度が目に余るってんなら小嶋のバカなんて机に伏せて寝てたじゃねえか。つーか、今も寝てるじゃねえか。なんだよあのバカ小嶋! なんかムカつくな!」


 何故か攻撃対象が小嶋君に移ってしまいそうだ。


「お、落ち着いて」


「優大はもっと昂れよ。あいつの優大に対する接し方はキレてもいいレベルだと思うぜ」


「でも、僕が悪いし」


「でもじゃねえ。もし仮に優大に悪いところがあったのだとしても優大に対してだけ態度が違いすぎる。舐めきってるぜ。PTAに訴えろ」


「そこまでの大事でもないよ」


「ああいうのは痛い目見ねえと分からねえんだよ。ホントクズだなあいつ」


「お、落ち着いて」


「落ち着けねえよ!」


 怒る雛ちゃん。その背後から誰かが肩に手を置き雛ちゃんが苛つきを隠そうともせずに振り返った。


「あぁん?!」


 喧嘩腰どころかもう喧嘩に突入しているような表情の雛ちゃん。僕も体を横に倒し雛ちゃんの後ろにいるその人を見てみる。


「有野さん怖い。私食べられちゃうの?」


 楠さんが一見怯えた顔をしてそこに立っていた。


「なんだよ。お前もあいつみたいに優大を『一喝』しに来たのか?」


 相変わらず雛ちゃんは喧嘩腰。


「違うよ。もちろん慰め」


 慰めに来てくれたらしい。


「本当かよ」


「本当本当。さて、じゃあいくらでも私を慰めていいよ」


「「えっ!? なんで?!」」


「あ、間違えた。佐藤君を慰めに来たんだった」


 どんな間違え方をしたらそうなるのかは分からないけれど僕も別に慰めを必要としている訳ではないので遠慮と感謝の言葉を楠さんに贈る。


「えっと、その、僕落ち込んでないから大丈夫だよ。でもありがとう」


「遠慮しないで。私人を慰めるのが得意なの。ちなみに有野さんは人を殴るのが得意なの」


 にこやかな顔の横で握りこぶしを震わせる雛ちゃん。


「じゃあ殴ってやろうか?」


「酷い。佐藤君を殴るだなんて、泣きっ面に蜂とはこのことだね」


「お前向いて話してるのになんで優大に話が飛ぶんだよ。お前ふざけんなよ。慰めるなら慰めろよ」


「慰める慰めるなんだかいやらしいね有野さん。もう少し声のトーン落としてくれない? ちょっと一緒の地球にいるのが恥ずかしい」


「お前は相変わらずムカつく奴だなぁ」


 呆れた様子の雛ちゃん。ムカつくとは言っているけれど怒ってはいないようだ。


「で、佐藤君。元気出た?」


「え?!」


 一つも慰めの言葉をもらっていないませんけど!?

 そもそも、僕は落ち込んでいる訳ではないのだ。少し悲しかっただけで。


「私ね、人が落ち込んでいるときってなんだか楽しくなっちゃうんだ。傷口に塩を塗りたいわけじゃあないけれど、傷口を見て『うわぁー、痛そうだね(笑)』って元気よく声をかけたい衝動に駆られちゃうんだ」


「お前最低だな」


「自分でもそう思う」


 雛ちゃんは嫌な顔をして最低だと言ったけれど、僕はそうは思わない。

 おそらく楠さんはそうやって人を慰めているのだと思う。

 笑えるほどの傷ならば、早く笑い話にした方が治りは早いはず。気を遣って傷を優しく撫でるよりも、いっそのこといじくり回して痛みに慣れてしまった方がその後が楽になると思うんだ。

 楠さんがそれを意識しているのかどうかはわからないけれど、僕は素敵なことだと思うよ。


「ありがとう」


 だから僕はお礼を言うんだ。

 気を遣わないことで気を遣ってくれる楠さん。

 僕はそれにずっと助けられているのだから。


「こんな奴に礼なんて言うなよ。もったいない」


「もったいなくなんかないよ。雛ちゃんもありがとう」


「……そうかよ」


 呆れていた。

 もうすぐ次の授業が始まってしまうからか、楠さんに呆れ僕にも呆れたからかは分からないが雛ちゃんは自分の席へ戻って行った。その途中ずっと机に伏せて寝ていた小嶋君の頭を思いっきり叩いて小嶋君を起こしていたけれどあれは雛ちゃんの優しさだよね。小嶋君が何が起きたか分からずに頭を押さえて辺りを見ているけれど雛ちゃんの優しさだよね。


「じゃあ私も戻ろうかな」


「あ、うん」


 楠さんも軽く手を振ってから自分の席へ戻って行った。

 僕は友達に恵まれているな。幸せだ。


「……佐藤君」


「え?」


 戻っていく楠さんの背中を幸せな気持ちで眺めていたところ、突然斜め後方から小さくてかわいい声が聞こえてきた。


「え、あ、三田さん。どうしたの?」


「……その、元気だしてね……」


「あ。ありがとう。でも僕落ち込んでないから大丈夫だよ」


「……そう、なんだ」


 なにか気まずそうに、というか、恥ずかしそうに顔を伏せたり視線をさまよわせたりで僕と目を合わせてくれない。どうしたのだろうかと不思議に思っていると、三田さんが「じゃあ……」とこれはまた小さくてかわいい声で僕から離れて行った。そして前橋さんの所に行って何やらちらちらとこちらの様子を伺いながら話していた。前橋さんはと言えば僕なんかには絶対に見せない素晴らしい笑顔で三田さんの肩をポンポンと叩いているのだった。

 何の話をしているのかは分からないけれど、僕が気にするようなことではないよね。


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