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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第三章 空回る僕ら
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オタクヒエラルキー

 三連休は何事もなく終わり、あっさりとつらい火曜日がやってきた。

 雛ちゃんが『クラスのみんな、日を追うごとに僕への態度が悪くなっている』と言っていたが改めて感じてみれば確かにそうかもしれない。僕が朝教室に入った瞬間空気があからさまに変わってしまった。

 あれ。そんなに、僕避けられているの?

 確かに、学校のアイドルである楠さんに酷い事をしたとあれば避けられるのも仕方がないけれど、みんな詳しく事情を把握していないわけだから、もうちょっとひっそりといじめてもいいのではないかな……。僕が悪いんだけどね……。


「おう、佐藤」


 ドアの前で教室の空気を感じていたところ、後ろから僕の肩が叩かれた。


「あ、小嶋君。おはよう」


「どうしたんだこんなところに突っ立って。邪魔じゃん」


「ご、ごめんね」


 みんなの視線は冷たいけれど、小嶋君はいつも通りだ。とても嬉しい。


「悪くねえけど。ところで、なんか面白いもん見つけたか?」


 面白い物、と言うのはアニメの事だろう。今の小嶋君はアニメ中心の生活だから。

 小嶋君は、アニメにはまっていることはクラスのみんなに隠してはいないけれど、あまりおおっぴらには言わない。人前でテンション上げて語ったりなんかもしない。


「ううん。特に、見つけてないよ」


「そっか。しかし今期アニメは豊作だな。オリジナルアニメが多くて何と言うか、アニメってまだ終わってねえなって思えたな」


「そうだね」


「もうすぐいくつか最終回迎えるけど、楽しみだな」


「うん」


 もはや、僕にはついて行けない。

 やはり僕は中途半端なアニメ好きみたいだ。


「いやぁ、忙しいな。國人さんから借りたアニメも見なくちゃいけねえし、新作アニメの情報もチェックしなくちゃいけねえし」


「そうだね」


 頷いてみたけど、そうなの? それはもしかして義務なの?


「しかし原作が欲しくなるな。佐藤は原作も見る人間か?」


「面白いなって思ったら原作も見るよ」


「そうか。俺も原作欲しくなったこと何度もあるなぁ。やっぱり原作見るべきなのか?」


「その、その方が原作者の人は助かると思うよ?」


「そうなのか? でも俺やっぱ声が欲しいんだよなー。楽しくしゃべったりぬるぬる動いたりしてる方が面白いと思うんだよなぁ」


「そ、そうだね」


「まあ気が向いたら買うか。アニメ見る時間が無くなるのは嫌だし。ところで佐藤がアニメ化してほしい物とかあるのか?」


「うん。ほのぼのした作品のアニメって、とっても見たくなるよ」


 みつばと!とか、にんにんびよりとか。動いているところを見てみたいな。


「お前は日常系が好きなのか。とある女子高の軽音楽部も面白かったからな。あれぞ日常系の最高峰だな! 映画は見たか? 俺六回見ちゃった」


「ぼ、僕まだ見てないよ。それにしても、六回って、その、見すぎじゃない?」


「だって複数回見ねえと特典が貰えねえんだもん」


 特典にまで手を出すなんて……。小嶋君、後戻りできないよ。


「最近噂のアイドルも、そういう商法だし、なんだか最近はファンを増やすんじゃなくてファン一人への負担を増やすやり方が流行っているね」


「おいおい。人海戦術アイドルととある女子高の軽音楽部を一緒にするんじゃねえよ。全然ちげえよ。神聖さがちげえよ。神々しさがちげえよ。アイドルはどちらかと言うと性をウリにしてんじゃねえか。とある女子高の軽音楽部はちげえよ? 青春ど真ん中ストライクだろ?」


「そ、そう、ですね」


 ドングリの背比べ……と思ったけれど言わない。


「でも、JKS4649(人海戦術4649)にしろとある女子高の軽音楽部にしろ、金があるやつだけしか楽しめねえってのはどうなんだろうな。俺みたいな貧乏学生には手が出ねえよ。なんつーか、ヒエラルキーっつうものの存在を痛感させられちまうぜ。ピラミッドの上層しか楽しめねえっていうのは、なぁ。どうなんだ?」


 食べられる人間のみで構成されたピラミッド。上へ行くほど多く搾取されてしまう不思議なヒエラルキー。

 という事は、この場合もしかしたら逆ピラミッドなのかもしれない。

 逆三角形。

『止まれ』の標識。

 僕らが属しているこのヒエラルキーには『止まれ』なんて書かれていないけど……。むしろ『すすめ』と書かれている気がする。

 そんな逆三角形。

 楽しんだら楽しんだだけ下へ向かう。ライトユーザーとは一線を画する存在になる為に下へ進んで頂点を目指す。しかしその頂点を目指すためにはお金がかかる。小嶋君は下へ進むためのお金が無い。

 それがいい事なのか、悪い事なのか、僕が判断することではないけれど、僕の感覚からいえば小嶋君にお金が無くてよかったと思う。

 別に頂点の人たちがどうこう言うわけではなくて、学生の本分は勉強だから今以上に勉学がおろそかになるのがよくないと思うからだ。

 当然、勉強を終えてから社会に出てお金を自分で稼げるようになればピラミッドの頂点を目指してもいいと思う。むしろ趣味にお金がかけられるというのはとても素晴らしい事だと思うので是非そうなってもらいたい。貯金も大切だけれども、趣味だって大切だ。いや、趣味の方が大切かもしれない。だから、趣味に情熱を捧げられる人はとてもカッコいい。尊敬してしまう。

 その為にも、今は勉強を頑張ってもらいたいと思う。

 悲しい事に学歴社会のこの世界。いい大学に入って、良い就職先を見つけて、趣味に打ち込んでもらいたい。

 だから、今はライトユーザーのままでいてほしい。

 ……こんな心配をするのなら、最初からアニメを勧めなければよかったのだけどね……。

『勧めるな』なんて標識があればよかったのに。


「テレビ版とは違うブルーレイ版……。湯気とか、妙な光とか。それにブルーレイ版にしか収録されてねえオーディオコメンタリーやら初回特典。一作品につき定期的に七千円強は出せねえよー。でもブルーレイボックスは待てねえよー」


「その、そうだね」


 僕は買ったことが無いからよく分からない……。テレビ版だけで満足です……。


「國人さんってなんであんなにブルーレイ持ってんだろうな? バイトしてんのか?」


「……どうしてだろうね?」


 本当に分からない。

 動きたくないと言っていたので、働いているとは思えないけれど……。もしかしたらアフィリエイトとか、もしくはデイトレードとか座ったままお金が得られる何かをしているのかも……。だとしたら、すごいや。


「まあそんなこと気にしてもしょうがねえか。しかしすげえよな。不況でなかなか浪費しない世の中だって話なのにことオタクに限っちゃあそんな話聞かねえもんな。イチゴとか米のパッケージを萌え絵に変えたらバカ売れとかな。食い物買ってるのに俺たちが食われてたんじゃあ笑い話にもならねえな」


「そうだね」


「オタク相手の商売ってのはぼろいな。でも誰も不幸にならないすげえいい世界だよな。今流行ってるシステムはまるで累進課税だな。金多く持っている人間から取れるだけ取る。でも税とは違ってちゃんと本人に返ってくるからな。誰も文句言わねえよな」


「そ、そうだね……」


 なんだか、話が大きくなっているね。どうしよう。このままオタク税を取り入れたらどうだみたいな話になったら。僕ついて行けないよ。


「JKSの話だけどさ」


 よかった。オタク税とかの話にはならなかったね。


「クラスの二番目だっけ? クラスの二番目にかわいい子を集めたとか言ってるけど、このクラスじゃあ二番にはなれないな」


「えっと、楠さんと、雛ちゃん?」


「そうだな。若菜ちゃんと有野。三田だって結構可愛いし、このクラスはレベル高いな。アイドルなみだな」


「えっと、その……」


 感性は人それぞれなので、僕には何とも言えないよ。そもそも、どんな人がいるのかよく分からない。ごめんね、僕あまり詳しくないんだ……。


「まあこのクラスがおかしいのかもしれねえけどな。可愛い子がこんなに集まることなんてそうそうねえもんな。『俺のクラスメイトは結構可愛いわけだが』ってラノベでも書くか」


「その、頑張って」


 言いたくはないけれど、ありがちなハーレム物語になりそうな気がするよ。


「アニメ化したら誰に声優してもらおうかなー! やっぱ主人公は俺が声あてねえとな!」


「その……頑張って……」


 僕は応援することしかできないよ……。


「そういや」


 突然真剣な顔を下小嶋君がきょろきょろと教室を見渡して、僕の耳に口を寄せる。


「休みの日、有野がなんかしてきただろ?」


「え? 何のこと?」


「いやだから、有野がなんかドジっ子みたいな事してきただろ?」


「あ、うん」


「どうだった?」


「……その、失敗してたよ」


 こけ方が分からないなんて、すごいよね。


「……そうか。なんだよあいつ。俺が分かりやすく教えてやったのに」


「でも、頑張ってたよ」


「……そうか。佐藤としてはどう思った?」


「え? …………その……」


「正直に言えよお前」


 少し凄まれた。怖い。でももう友達だから平気だよ。


「……あの、雛ちゃんはそのままの方がいいのになーって思った。雛ちゃん本人にも言ったけど、そういうのを演じる必要はないと思うなって」


「そうか」


 小嶋君が僕から離れた。


「なら、いいか」


「え? 何が?」


 よく分からないけれど、僕があまり望んでいないという事に対する感想なのだろうか。


「別になんでもねえよ。とにかく、有野のすることに文句言うなよ」


 先ほどよりも強く凄まれる。小嶋君は、雛ちゃんのことが好きなんだもんね……。好きな人の味方になるのは、当然だよ。


「う、うん。それは、当然言わないよ?」


「……ならいい。んじゃな」


 手を振り僕から離れて仲のいい男子グループの輪へと溶け込んでいった。

 なんだか、少しだけ胸の中にもやもやが残る。

 これの正体はいつか分かるのかな。

 でもなんだか、知らない方がいい気がする。

 なんとなく、そう思った。


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