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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第三章 空回る僕ら
82/163

二学期

―――




「君にいいところってあるの?」




 その言葉は僕の心に突き刺さった。





―――

 



 皆が集まっている教室の隅で、僕は一人机と睨めっこしている。

 すでに夏休みは終わり、二学期が始まって数日が過ぎた。

 まだ暑さの残る九月。神様がボリュームのつまみをひねっているのかセミ達の声は日に日に小さくなっている。残念でならない。

 入道雲を見ることも無くなってきたような気がするし、空の向こうに響く雷の音を聞くことも無くなっている。

 毎日祭りのように駆けまわっていた小学生は肩から下げていた虫篭の代わりにランドセルを背負って、ファミレスでたむろしていた私服の中高生は制服に着替えてたむろするようになった。

 夏が終わりに向かっている。もうすでに秋なのかもしれない。

 暦の上では秋だけど、気持ちの上では夏だ。

 いつ気持ちの上でも秋になるのだろう。毎年経験しているけれど、いつも分からなくなる。

 去年の九月は涼しかったとか、一昨年は十月に入っても暑かったとか、分からなくなる。

 僕の中での、夏の終わりはいつ来るのだろう。

 終わって欲しくないようで、早く終わって欲しい今年の夏。

 色んな意味で記憶に残る夏になった。

 忘れたくないようで、早く忘れたい夏休み。

 少しだけ、悲しい。

 でも頭を切り替えなくちゃ。

 青春は寄り道を許さないのだから。

 そういうわけで、新学期だ。

 心機一転、頑張ろう!

 などと思っていたけれど、思ったよりも新学期がつらかった。もっと楽しいかと思っていたのだけれども。

 楽しくない事はいろいろある。


 楽しくない事その一・テスト


 今日返ってきた夏休み明けの実力テストが想像以上に酷い出来だった。過去最低。二百人中百八十番台。勉強に身が入らなかったなどと言い訳するつもりはない。これが僕の実力なんだ。ちなみに。楠さんは一番。前橋さんが二番。男子リーダーの沼田君が三番で、雛ちゃんは四番。すごい。ちなみにちなみに、小嶋君はまたもや自慢げに最下位であることを教えてくれた。宿題を一切やらなかったので放課後しばらくは残らされる羽目になってとても悔しがっていたけれど……。


 楽しくない事その二・クラスメイトの視線


 クラス中の視線は一学期時に増して冷たかった。「お前に関わったら痛い目に会ってしまう」とでも言いたげな扱いを受けている。無視だけならいいけれど、ちょっぴり嫌がらせを受けたりしているよ……。人生で最もつらい時期になりそう……。しかしその中でも、救いはある。楠さんと雛ちゃんが僕の味方だからだ。そのおかげで直接的な嫌がらせに発展することはなさそうだけど、それでも辛いものは辛かった。でも、僕が選んだ道だから我慢しなくちゃ。


 楽しくない事その三・夏休みの後遺症


 やっぱり夏休み中盤に起きたあの出来事は、僕には重すぎた。

 色々な物が重なりメンタル面がぼろぼろになっている僕。

 新学期、楽しみにしていたのに。

 そう言うわけで、


「はぁ……」


 九月十二日の六時間目、僕は教室の端にある自分の席でため息をついてどす黒いオーラを周りにまき散らしていた。

 夏休みが終わって一週間半。夏休みの出来事から完全には立ち直れていない状態でクラスでの扱いを知り、それに慣れないまま先ほどテストの結果を突きつけられ僕はもうへなちょこだった。


「文化祭まであとひと月。私たちは喫茶店を開くから忙しいのは当日だけど、だからこそ準備を忙しくしっかりとしておこう」


 教壇に立つ学級委員長の楠若菜さんの声に顔を上げる。

 いつみても輝いている。むしろ、いつも以上に輝いている。

 今は十月八日(土)、九日(日)の二日にわたり開催される文化祭に向けての作戦会議が行われている最中。落ち込んでいる場合ではない。

 土曜日が生徒達のみの文化祭で、日曜日が一般公開される文化祭。楽しみだ。

 我ら一年六組が予定しているのは『JNO喫茶』。『女子高生が握るおはぎ喫茶』の略。正式名称を言うのは恥ずかしい。長いし。


「給仕さんの衣装はこの前決めた通り、和服ウェイトレス。あの服なんていう名前か知らないけどみんな分かるよね。手芸部の人たちと裁縫が好きな人たちは美術部を巻き込んでデザインして頑張ってね。確認するけど、一応おはぎを握る人は学校の制服ね。女子高生がウリだから」


 もうすでにいかがわしい匂いがぷんぷんしているよ。


「もう衣装作り始めてる? さすが! みんな頼りになるね。食材の確保はどうしようか。安く多く仕入れられるところ誰か知らない? 家が和菓子屋さんだよっていう人は? いないか。まあいいや。せっかくだから手作りしよう。でもそれも文化祭の少し前から準備を始めればいいしね。材料をあまり長く置いておくわけにもいかないし。えーっと、現在決定しているメニューはあんこのおはぎときなこのおはぎとみたらし団子。これだけで充分だとは思いますが何かあればどんどん言ってね。飲み物は適当にお茶を買ってきて紙コップに注げばいいね。問題なし」


 僕は桜餅が食べたいな。言わないけど……。桜餅、おいしいよね。桜の葉の塩漬けとマッチしすぎだよ。あれがあれば僕何の文句も無いよ。言わないけど……。


「あと宣伝用のポスターと店の内装。これもすぐに終わるか……。残りはシフトくらいかな? 営業時間は九時から六時の九時間。一時間半交代の六班制でいいかな。よし。じゃあおはぎ握りたい人手を挙げて」


 誰の手も上がらない。当然、かな?


「まあしょうがないか。なら、とりあえず各班の責任者兼おはぎを握る係は委員長三人をそれぞれ割り当てよう」


 うっ……そう言えば、楽しくない事その四を忘れていた……。


「委員長三人って、一人は男子じゃ……」


 委員長は、女子二人と男の僕一人の三人。つまり、僕が握るとなると『女子高生が握るおはぎ』というコンセプトに沿わないのだ。

 みんなの疑問をクラスの女の子、山口さんが代表して楠さんに問う。


「そうだね。そこは佐藤君が女装するという事で話はまとまっているから大丈夫」

 

 楽しくない事その四・女装したくないよ!


 うう……。みんなの視線が冷たい……。


「一つの時間帯に一人は責任者が欲しいからあと三人欲しいんだけど……」


 落ち込む僕に関係なく話し合いは進む。


「はい! 有野さんがやるのなら私もやります! 当然じゃないですか!」


 綺麗な銀色の髪の人が手を挙げて立候補。


「ありがとう前橋さん。前橋さんなら心強い」


 クラスの副委員長であり女子のリーダーである有野雛ちゃんに傾倒している前橋未穂さん。これだけ慕われるっていうのは凄いなぁ。


「じゃあ、佐藤君がやるなら私もやりますっていう人いない?」


 手に重りが付いているかのように誰の手も動かない……。しょうがないけど……。僕、楠さんを脅して最低なことをした悪人として認識されているんだもの……。


「誰もいないのなら責任者兼握る係を女子みんなでじゃんけんをして決めてもらいます」


 とたんに教室中が「えー!」という悲鳴に近い嘆きに包まれた。

 誰も責任者になりたくないらしい。けれど誰かがやらなければいけない。僕に魅力があれば、前橋さんのように誰かが名乗り出てくれたのだろうけれど……。情けないよ、僕。

 と落ち込んでいたところ、


「……あの……」


 誰かがおずおずと手を挙げた。ざわめく教室の中しばらく気づかれなかったが、楠さんがそれに気づいて教室の空気をなだめたあとその人に何事か尋ねた。


「どうしたの三田さん?」


 手を挙げたのは大人しい事で有名な三田美月さん。


「……私も、やります……」


 再びざわめきだす教室。このざわつきは、安堵のざわつきだ。

 楠さんがニコリと笑う。


「ありがとう三田さん。ご協力に感謝します」


 じゃんけん大会が開催されなくてよかった……。せっかくの楽しい文化祭だもの。楽しい思いで参加してほしいもんね。僕も心の中で三田さんにお礼を言った。


「これで五人か。まあ、残りの一枠は委員長三人でカバーすればいいか……。えーっと、じゃあ責任者を割り当てようか。朝一の九時から十時半までのあまり人がいない時間を三田さんに任せようかな。いい? 三田さん」


「あ、はい……」


「ありがとう。十時半から十二時は、有野さんお願いしていい?」


「んー」


 名前を呼ばれた雛ちゃんは退屈そうに返事をしていた。


「十二時から一時半までは多分忙しいから佐藤君ね」


「えっ」


「文句ある?」


「あ、無いです」


 あるわけないよね。


「よろしい。もしよければ有野さん、十二時から引き続き一時半まで入って欲しいんだけどいいかな?」


「もちろん」


 先ほどとは違い快く返事をしていた。やる気が出てきたんだね。


「一時半から三時までも忙しいと思うから、そこは私と引き続いて佐藤君ね」


「あ、はい」


 僕なんかに忙しい時間帯の十二時から三時を任せてもいいのかな……。まあ、楠さんと雛ちゃんがいるから大丈夫だよね。


「三時から四時半は引き続き私。四時半から六時までを前橋さんにお願いしていい?」


「いいですけど、私と有野さんは同じ班じゃないんですか!?」


「まあそこはお互い話し合って決めて。とりあえず、各班の責任者が決まったので、今から他のメンバーを決めたいと思います。ちなみに、一般公開の日曜日の一時から二時はベストブラザー・シスターコンテストとか言うふざけたコンテストがあるので委員長の三人はいません。あしからず。じゃあ時間帯と責任者を言うから入りたいところで手を挙げてね。はい、開店してすぐの暇な時間、九時から十時半三田さんの班がいい人手を挙げて。定員四名」


 ちょうど四人が手を挙げあっさりと決まった。


「この調子で行こう。次は十時半から十二時有野さんの班」


 ざっ!

 すごい! 女子が殺到だ! さすが雛ちゃん! 結構な数の男子もいるし、モテモテだね!


「多いね。とりあえず保留。じゃあ次、十二時から一時半佐藤君の班」


 まさに水をうったように静まり返る教室。これ以上ここにいたら死んでしまうよ……。

 俯く僕……。結構つらい……。やっぱり、僕は嫌われているね……。

 誰もやりたがらなかったら僕と雛ちゃん二人でやらなくちゃいけないのかな……。ゴメンね雛ちゃん……。と申し訳なく思っているところに、


「俺やるわ」


「え?!」


 まさかの立候補者に驚き僕はその人を見てみた。

 小嶋翔君だった!


「あ、あ、あ……」


 僕感動して泣きそうだよ……! 僕の前に座っている人が気持ちの悪いものを見る目で僕の方を見ているけど気にしないよ。それくらい嬉しいよ! 例え小嶋君が好きな雛ちゃん目的だとしても僕と一緒に仕事をしてもいいと思ってくれるだけで嬉しいよ!


「ありがとう小嶋君。とりあえず一人決定でここも保留。次は一時半から三時の佐藤君の班」


 再び訪れる静寂。さっきは喜べたけどやっぱりこうなるんだね。帰りたいや。うん。

 が、しかし!


「はい」


 また手が上がった!

 だだだれ?!


「え?!」


 まさかの男子一位の沼田英明君だった!


「う、う、う……」


 僕感動して泣きそうだよ……! 僕の前に座っている人が気持ち悪がって席を前にずらしているけど関係ないよ! それくらい嬉しいよ!


「ありがとう沼田君。じゃあとりあえずここも保留。次は三時から四時半私」


 ざっ!

 圧倒的男子人気だった! すごいや楠さん! 女の子の手も結構挙がっているし、やっぱり雛ちゃんと人気を二分しているんだね。


「じゃあここも保留。最後は四時半から六時までの前橋さん」


 ここもいい感じに手が上がりあっさり決まった。


「うーん。シフトはほとんど決まらなかったね」


 えへへと可愛く笑う楠さんにクラス中がメロメロだ。すごいなぁ、楠さん。


「まあ、コンテストとかイレギュラーな時間帯もあるし、その辺は追々決めて行こうか。とりあえず今やるべきことは、衣装づくりとポスター作りと内装のデザインくらいかな。やることが分からない人はとりあえずポスターとチラシの内容を考えておいてくれたら私嬉しいな。もしくは衣装づくりの手伝いとか、内装の飾り付け制作とかね。それとおはぎとかの作り方何となくでいいから把握しておいたら多分みんな幸せになれるよ。じゃあ、今日はこれくらいかな?」


 みんなに笑いかけ、みんなが頷く。

 一学期に起きた事件の影響は全くない。

 楠さんの秘密がばれそうになったけれど、そのことを気にしている人はいないようだ。

 その事実があれば僕は大丈夫。今日も生きていける。

 楠さんが教室の隅で腕を組んでいた先生に目配せをする。

 先生は頷き言った。


「じゃあ早いけど終わるか」


 こういう特別な時間割も文化祭を感じさせてくれる。

 なんだか、一気に文化祭ムードが色づいてきたね。

 文化祭、楽しめるかな。





「く、楠さん」


 ホームルームが早く終わり、帰り支度をしていた楠さんに近づき声をかけさせていただく。


「どうしたの佐藤君」


 僕に向ける表情はやっぱり無表情。みんなの前だって変わらない。


「あの、僕、女装……したくないんだけどなぁーって」


 誰も望んでないし僕も望んでいないよ。


「何を今更。もう決まったことだから決定は覆らないよ」


「まだ、間に合うと思うんだ。考え直す時間はまだあるよ?」


 シフトも正式に決まったわけじゃあないしね。


「佐藤君。男のままおはぎを握って需要あると思う?」


「え、いや、その、無いと思いますけど、あの、無理に僕が握らなくてもいいのでは……?」


 責任者が握る必要はないはずだ。僕の班には雛ちゃんと楠さんがいるわけだし。

 僕の弱気な発言に楠さんが溜息をつき言う。


「君の役職は何?」


「え、その、責任者?」


「そう。リーダーだよリーダー。班のリーダーである君はみんなをまとめることが出来る?」


「それは、多分、出来ない……」


 みんな僕に従ってくれないと思うから……。いや、これは言い方が悪い。僕がみんなに信用されていないのが悪いんだ。

 楠さんが僕の肩に手を置いて微笑んだ。


「でもおはぎを握れば世界は変わるよ」


「…………え! そうなんですか?!」


「変わる変わる。『佐藤君がおはぎを作っているから私達も頑張ろう』って思うよ。…………多分」


 ……多分、なんだ。


「えっと、でも、僕のシフトには雛ちゃんも楠さんもいるから、無理に僕が女装をしてみせなくても、いいんじゃないかな……?」


 間違いなくみんなに引かれるし。


「ダメダメ。一応その時間帯の責任者は君なんだから。君が頑張らなくちゃ私は頑張らないよ」


「そ、そうですか」


「そうそう。大丈夫。面白いから」


 面白さ基準で考えたらダメだと思うなっ! 言わないけど! 言えないけど!


「あ、そう、そうだ。服が、制服が無いと思うんだ。僕なんかに、制服を貸してくれる人はいないよ」


「そこは大丈夫。有野さんが快く貸してくれるから」


「え、もしかしてもうすでに了解をとっているとか?」


 準備が良すぎるよ……と思ったけれど、


「とってないけど分かるからいいの。心配しないで佐藤君。君は何の憂いも無く女装できるから」


「女装することを憂いているんだよ……」


 情けない事ばかり言う僕を見て楠さんがうんざりしたような口調で言った。


「はぁ……。まったく佐藤君は。漢気が足りないよ」


 女装することに漢気が必要だとは思えないよ。むしろ漢気がある人は女装しないと思う……。


「……ねぇねぇ、佐藤君」


「? なに?」


「もし君が、本当に、本当に女装をしたくないと言うのであれば、しなくてもいいよ」


「え?! 本当?!」


 それはなんて素敵な事でしょう! 


「でも、その代わり」


「その代わり?」


 僕の肩に置いていた手に力を込めてグイッと引き寄せ、耳に口を寄せて小さな声で言う。


「みんなにキスしたことばらすよ……」


「うっ」


 恥ずかしくて顔が熱い!

 楠さんが僕を離して悪戯な笑顔で明るく言い放つ。


「ふふ。そう言うわけで、お願いね佐藤君」


「は、はい……」


 頷く以外に僕が出来ることは無いよ。いや、頷いたというより、俯いた。


「佐藤君。君はいいところが無いんだからそれくらいして体張らなきゃ」


「そ、そうですね」


 そうだよね。僕にはいいところが無いんだから、これくらい体を張ってクラスに貢献しなければ。ただ女装することがクラスに貢献するという事になるかどうかは甚だ疑問だ。


「ばいばい佐藤君。せいぜい役に立ってね」


 明るく笑顔で手を振る楠さんを、僕はぎこちない笑みで見送った。


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