ケラチンケーキ
その日の夜。
頭の悪い僕は一人部屋で宿題をしていた。ちょっとずつやっていかなければ夏休みの最後に困ったことになるからね。
全然捗らない宿題。本当に僕は馬鹿だなぁ……。どうすれば勉強ができるようになるのかな。
簡単には頭よくならないよね……。
でもとりあえずDHAを沢山摂っておこう。
などとどうでもいいことを考え現実逃避をしているところに携帯電話の着信音。
突然鳴った音に小さく声を上げて驚き、すぐに携帯電話に手を伸ばす。もしかしたら、まりもさんかもしれない。
僕はゆっくりと携帯を開いた。
「小嶋君?」
まりもさんではなかった。
通話ボタンを押して携帯を耳に当てる。
「もしもし?」
『おう佐藤』
「どうしたの?」
と尋ねると、小嶋君は少しだけ笑いながら僕に聞いてきた。
『今日國人さんから聞いたんだけど、お前強盗に襲われたらしいじゃん』
「うん。國人君に助けてもらったんだ」
『元気そうで何よりだな』
語尾にかっこ笑いが付いているよ……。
「うぅ……笑い事じゃなかったよー……」
『あはは。悪い悪い。まあ無事なんだからいいじゃねえか。怪我したって聞いたけど大けがじゃねえんだよな?』
「うん。ちょっと痛かっただけだから。もう平気」
『それは本当によかったな』
「ありがとう心配してくれて」
『俺を新しい世界へ導いてくれた恩人だからな』
……僕としては、導かなければよかったと思っているよ……。
『今度からは気をつけろよ。ってゆーか、お前力弱いんだから、夜ひとりで出歩かない方がいいんじゃねえのか』
「うん。そうだね。でも犯人は捕まったから、もう安全だね」
『犯罪者は一人じゃねえだろ。まあもう大丈夫だとは思うけど、一応な』
「うん。ありがとう」
『心配してやるのはタダだからな』
「そうだね」
でもとっても嬉しいよ。お金じゃないんだよね、こういうのは。
『まぁ、また襲われたら連絡くれよ』
またかっこ笑いで話しているよ。
「もう襲われないよ……」
『だといいな。じゃあ俺はアニメ見るから。じゃ』
「うん」
小嶋君が僕のことを心配してくれるなんて嬉しいな。僕なんか用済みだと思っていたのだけれども、ちゃんと覚えていてくれたんだね。ありがとう小嶋君。
僕はとてもいい気分で宿題を再開した。なんだか今日終わらせられるような気がしてきたよ! もちろん無理だけど!
「……あ、お姉ちゃんに文化祭の事聞かなくちゃ……」
……ちょっと憂鬱……。また喧嘩しちゃうのかな。でも、今お姉ちゃんは落ち込んでいるから、大丈夫かも。でもでも落ち込んでいるところにお願いをしに行くなんてなんだか僕嫌な奴だよね。落ち着くまで聞くのは控えておこうかな。
……はぁ。とりあえず宿題をせねば。
僕は先ほどまでやっていた数学Ⅰの宿題を閉じて世界史の宿題を開いた。数学は、難しいです。
ただ世界史も難しかった。
「……僕は馬鹿だなぁ……」
嘆いたところで天から答えが降ってくるわけもなく、僕は素直に世界史の教科書を本立てから抜いた。
そして宿題に該当するページを開いて机の上に置いたと同時に、また携帯電話が鳴った。
先ほどと同じように小さく声を出して、慌てて携帯をとった。
「あ、三田さんだ」
どうしたのかなと思いながら、僕は通話ボタンを押した。
「もしもし? どうしたの?」
『……あ、今時間、大丈夫……?』
「うん。大丈夫だよ」
『……えっと、その、大丈夫……?』
「え? あ、うん、時間は、大丈夫」
『あ、そうじゃなくて……襲われたって聞いたから……』
あ、そっちのことか。
「うん。平気だよ」
でも、誰から聞いたんだろう。
『頭を殴られたって……』
「少しだけだから全然大丈夫だよ」
『……よかった……』
「ありがとう、心配してくれて」
『……ううん……。本当に、よかった……』
とても心配してくれている。嬉しいな。
『あ、そうだ。この前はパーティに行けなくてごめんなさい……』
馬山さんのパーティのことだ。三田さんは用事があるから来れなかったんだ。
「突然誘ったのは、僕だから。三田さんは何も気にしないで」
『でも……佐藤君のお願いを断るなんて……』
「その、僕のお願いなんて、聞かなくても、良いと思うよ」
あのパーティに関しては、もれなく参加者が暗くなってしまうというとんでもない物だったし……。
「……」
『……』
少しだけ、無言になってしまった。
電話での無言の時間って、どうすればいいか分からないよ。だから僕、電話は苦手だな……。
『……宿題』
「え?」
『宿題は、終わりそう?』
「……ううん。丁度さっき、数学が分からなくて放り出したところだよ……」
『それなら、あの、今度、一緒に宿題……しない……? 私も分からないところ沢山あるし』
「うん。一緒にやろう。分からないところ教えてもらえたら、僕とっても助かるよ」
『……うん、うん。ありがとう』
「え? お礼を言うのは、僕の方だよ……?」
『それでも、ありがとう』
「え、あの、うん」
なんと答えればいいのか分からなかった。
『じゃあ十二日の金曜日とか、どうかな……?』
「うん。僕はいつでも大丈夫だよ」
『……ありがとう。じゃあ十二日の金曜日の朝に、学校の図書室で』
「学校なんだね。市立図書館でも大丈夫だけど、図書室でいいの?」
『うん。図書館は……アレだから。図書室にしよう』
アレというのが一体何のことかは分からないけれど図書室がいいというのなら僕は図書室へ行くよ。
「うん。分かった」
そうだ。
「ねえ三田さん」
『何?』
「楠さんと雛ちゃんも三田さんと一緒に宿題をしたいって言ってたんだけど、誘ってもいいかな?」
『……え……』
え?
数瞬の沈黙の後、三田さんが言う。
『……あ、もち、もちろん……大丈夫だと思う』
「わぁ、ありがとう三田さん。じゃあ、僕が誘っておくね」
『………………うん』
なんだか、すごくテンションが下がっている気がするけれど、気のせいだよね?
『……じゃあ、金曜日、図書館で』
「え? 学校の図書室じゃないの?」
『人がたくさんいるのなら、図書館の方がいいかなって……』
「あ、そうだね。うん。図書館にしようね」
『……うん……。じゃあ……また……』
何故だかわからないけれど、テンションが地に落ちたままの状態で電話を切られてしまった。僕が何か悪い事したんだ。ゴメンね三田さん。
かけ直そうか、かけ直すまいか……。
気持ち的には掛けなおしたいけれど、僕はなんで三田さんを落ち込ませてしまったのかが分からない。分からない状態で電話をかけても……。そもそも本当に落ち込んでいるのかどうかも分からないよ。どうしよう。
と悩んでいるところに、電話がかかってきた。
きっとかけ直してくれたんだ!
すぐに通話ボタンを押した。
「もしもし三田さん?」
『……………………失礼なことを言うね』
変成器越しの声に驚き耳に当てていた携帯を離してまじまじとディスプレイを見てみる。そこには、非通知の表示。
まりもさんだ。
僕はゆっくりと携帯を耳に当てた。
「……まりもさん」
『そうだよ。君のお友達の三田さんじゃないんだよ。残念だったね』
「残念じゃないよ。まりもさんだって僕の友達だから」
『さらに残念だね。私は君のことを友達だなんて思っていないよ。むしろ嫌ってさえする』
「……。その、ならなんで、電話を……?」
『ある噂を聞いたのさ』
「噂?」
『君、路上強盗に遭ったらしいね』
「……どうしてそれを……?」
『なに。別に秘密の話ではないんだろう? なら私が知っていたところで何の不思議でもないさ』
「そうだけど……。でも、僕はまりもさんのこと知らないし、どうやってその話を知ったのか気になる」
『教えないし君が私のことを知らないことなんて関係ないさ。私だけが君のことを知っていればいいんだよ。それに、知られたくないしね』
「……その、今日は、どういった用事で……?」
『つれないね。君の怪我の具合を心配して電話をかけているのさ』
「怪我は全く問題ないから、心配の必要はないよ」
『そうかい。もっと痛い目を見ればよかったのにね』
「そんな。まりもさんは僕が死んでも、その、いいの……?」
『人が死ぬことを肯定しようとは思わない。でも君に対してはもっとぼこぼこにやられて外に出るのが怖くなればいいと思っているよ』
「そんな……。酷いよ」
『酷い? それだけかい? 電話を切られてもしょうがないという気持ちで言ったのにその程度の反応しかできないのかい。君は本当に臆病者だね』
「……」
僕は臆病者だ。知っているよ。
『まあそんなことは今さらいいや。私からのプレゼントは受け取ってくれたかい?』
「え? プレゼント? 僕知らないよ?」
『そうかい。急いだ方がいいよ。腐ってしまう』
「え、食べ物?」
『さあね。自分で確かめなよ』
「えと、どこにあるの?」
『どこのあると思う?』
「……全く見当がつかないです」
『だろうね。自分で探しなよ』
「え、え、そんな」
『じゃあおいしくいただいてぜひ感想をいただきたいね』
どこにあるのかは教えてないまま電話を切ったまりもさん。
生ものなら、急いで探さなくちゃ。
『急がなければ腐る』と言われたので外にあるだろうと思い玄関を開けた。開けてすぐに白い紙箱を見つけることが出来た。塀の上に置かれた箱。箱を見るに中身はケーキみたいだ。
手に取ってみる。まだ冷たい紙の箱を開けてみた。やっぱりケーキが入っていた。ショートケーキが、一つだけ。保冷剤も何も入っていない。
僕はそれを持って居間へ。
居間では祈君がいつものようにソファに座りテレビを見ていた。
僕が入ってきたのを振り返り見る祈君。
「兄ちゃん何もってるの」
「うん。友達のお見舞いのケーキみたいなんだけど、誰が持ってきたか見た?」
「え? 友達が持ってきたって分かってるなら、俺に確かめる必要なくない?」
「えっとね、実は、顔の知らない友達からのお見舞いで、家の前に置いてあったんだ」
「……それ、食べない方がいいよ。絶対に危ない」
「それは、きっと大丈夫、だと思う……」
「ぜっっっっったいに危ないから。物騒な世の中なんだからもっと注意したほうがいいと思うよ。昨日も襲われたんだから」
「でも、せっかく持ってきてくれたケーキだし……」
「……危ないと思うんだけど……」
「大丈夫だよ」
まりもさんは、なんだかんだ言っていい人だもん。
「早速食べてみよう」
テーブルに箱を置いてからお皿を出す。
「兄ちゃん本当にやめた方がいいって」
祈君がケーキの様子を見る為にテレビを消して寄ってきた。
「毒が入ってるかも」
箱の中に入っているケーキをツンツンとつついている。
「入ってないよ」
失礼なこと言うなぁ。
ケーキをお皿に移してちょっと眺めてみる。別に、不安なんじゃないよ。
「おいしそうなケーキだよ。どこもおかしくない」
「毒が見えてたらまずいでしょ」
それは、そうだけど。
「ちょっと切って中を見た方がいいんじゃない?」
「祈君は心配性だね。それで祈君が安心するのならいくらでも切るよ」
僕はケーキの真ん中にフォークを入れて切れ口がよく見えるように分けて見せた。
しかし。
「あれ?」
何かが引っかかっているようで分かれてくれない。
「いったいなんだろう?」
普通ケーキの中には、そういった固いものは入っていないと思うけれど。お肉でも入っているのかな?
分けた片方を手でもって無理やり引き離してみた。
ゆっくりと離れていくケーキたち。やっと切れ口を祈君に見せることが出来る。
何がケーキ同士をつないでいるのだろうと祈君より先に見てみた。ケーキとケーキの間に架かるのはたくさんの黒い糸のようなもの。
え?
「ううぇ!」
思わず体が後ろに沿ってしまった。それほどまでに驚いた。
「どうしたの兄ちゃん」
「え、えっと、えっと……」
「?」
気持ちが悪い……。
ケーキの中に入っていたのは髪の毛だった。一本ではなく、もっとたくさん。数十本くらいだと思う。これだけ入っていたら間違って混入したという可能性はないだろう。
祈君も髪の毛に気づき、気持ち悪そうに声を出した。そして、すぐに僕からお皿を取り上げてケーキを持って行ってしまった。
「捨てるよ兄ちゃん」
ゴミ箱の前でケーキを持って僕の方を見る祈君。
「………………うん」
頷くしかなかった。
祈君が気持ち悪そうにケーキを捨てる。とても心が痛んだけれど、あれは食べられそうになかった。
「これ警察に言った方がいいよね」
「あ、え、それは、ちょっと待って。ただのいたずらだし」
「質が悪いよこれ。もしかして兄ちゃんストーキングされてるの?」
「……そんなことは無いよ」
「ならいいんだけど。友達って言ったっけ? 友達のイタズラ? そういう可愛い事なら大事にはしたくはないよね。でも俺はこんなことをする友達とはあまり仲良くしない方がいいと思う。冗談にしては気味が悪すぎるよこれ」
「そうはいっても、沢山お世話になってる人だし……」
チキンなことを言っている僕に対して、祈君が、
「にーちゃん! お願いだからもっと人を疑って!」
とうとう怒ってきた。
「ごごごごめんなさい……」
祈君に怒られてしまった。怖いよ。
「優しい兄ちゃんはかっこいいと思うけどそれは優しいじゃないよ!? 道を外れてしまった友達を正しい道へ導くのが本当の優しさだと思うのは俺だけなのかな?!」
「そうですよね! ごめんなさい!」
普段怒らない人が怒ると怖いよ!
僕が祈君に怒られているとき、今の扉がゆっくりと開いた。
「どうしたの……?」
騒ぎを聞きつけて、お姉ちゃんが様子を見に来てくれたのだ。
「姉ちゃん! 兄ちゃんがストーカーに襲われているみたいなんだよ! 今もその人からもらったケーキの中から髪の毛が大量に出てきたんだ」
「い、祈君。大丈夫だってば」
「大丈夫じゃないから姉ちゃんにも伝えているんだよ。兄ちゃんは疑うことを知らなさすぎると思う」
「でも、毒じゃないし」
「毒じゃなくても気味が悪いってこれ。最低だよ」
「最低じゃ、ないよ……。まりもさんはいい人、だから……」
「いい人はこんなことしない」
「その、でも――」
僕が必死に言い訳を探して祈君を説得しようとしているところに、
「それ金髪の人が置いてた」
ぼそっと、お姉ちゃんが言った。
「――え?」
聞き間違いかもしれない。
「お姉ちゃん、今、なんて言ったの?」
「金髪の子がそれを置いてた」
え、え?!
「そ、それ……、本当?」
「本当だよ」
それって、どういうこと?
もしかして、そういうこと?
というわけで。
部屋に戻り早速雛ちゃんに電話をしてみた。絶対に違うと思うけど!
雛ちゃんはすぐに電話に出てくれた。
「も、もしもし?!」
『おー。どうした優大、慌てて』
「その、あの、ケーキのお土産、置いて行ってくれた?!」
慌てふためる僕に対して落ち着き払っている雛ちゃん。
『ケーキ? なんだそりゃ。知らねえけど』
「そ、そうだよね」
雛ちゃんはまりもさんじゃないよね。
これはどう見ても僕の早とちり、だよね。
『どういうことだ?』
「えっとね――」
説明中。
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説明後。
『髪の毛ケーキ?! なんだそりゃ気味がわりぃな! てか、なんで私を疑うんだよ!』
「ごめんなさい! お姉ちゃんが金髪の人を目撃したって言ってたから、その、雛ちゃんなのかなと……」
『違うわバカ! お前私のことそんな目で見てたのか?!』
「ごごごめんなさい! 金髪の人って雛ちゃんしかいなかったから、とりあえず聞いてみました!」
『……ちっ…………まあ、いいんだけど……。とりあえず私じゃねえよ』
「そうだよね……。ごめんね、変なこと聞いちゃって」
『いいって。んでもさぁ、それってヤバくねえか? 髪の毛ケーキはちょっと笑えねえわ』
「笑えないよね……」
とても気持ちが悪かった。
『もうすでに家の中に潜んでたりして……』
「う」
それはちょっと怖いよ……。
『あ、悪い悪い。昨日犯罪に巻き込まれてナイーブになってるのに、こんな冗談笑えねえよな』
「あ、そんなことは無いよ。とっても、面白いよ」
『面白くねえよ』
う。
雛ちゃんはまりもさんではないと言ってくれたし、このまま暗い話をするのもなんだから、話を変えた方がよさそうだね。
何か良い話題は無いかな……。
……。
……あ、そうだ。
「そうそう雛ちゃん。明後日暇かな?」
『もちろん!』
とても元気のいい返事だった。
『なんだなんだ?! 遊びの誘いか?!』
「うん。遊びというか、勉強だけど、明後日の朝、三田さんと一緒に図書館で勉強しようっていう話になっているんだけど、一緒にどうかなって思って」
『あぁん? 行くに決まってんだろうが!』
「え?! とりあえずごめんなさい?!」
急に不機嫌になったよ!
『別に怒ってねえよ! なんだよ! まず私を誘えよ!』
「あ、その、僕も三田さんから誘われた身だから……」
『……そうなんか。………………とにかく、明後日な』
「あ、うん。ありがとう」
『お礼を言う事でもねえだろ』
「そ、そう、だね」
『そうだろ。んじゃま、金曜日な。ストーカー野郎には気を付けろよ。何かあったらまず私に連絡しろよ』
「うんわかった。ありがとう」
電話が切れた。
……。雛ちゃんがまりもさんなはずないよね。そもそもケーキの中に入っていたのは黒い髪だったし、雛ちゃんなわけがないよね……。
……。
……。
……黒髪?
黒髪と言えば、真っ先に思いつくのは楠さんだけど……。
一応、念のために、念のためにね。
念のために、電話をかけさせていただいた。
「……あ、あの、もしもし……?」
『……』
ブツンと切られた。
「なんで?!」
僕はもう一度電話をかけさせていただいた!
「も、もしもしもし?!」
『もしが一つ多いよ。なに君。なんなの? なにさっきのお経みたいな声。怖くて思わず切っちゃったよ。君はあれ? 「もしもし教」ってやつ?』
「何それ?! 僕聞いたことないよ!?」
『はいはい。で、もしもし教の教祖様は一体何の御用で私に電話をかけてきたの? 勧誘ならお断りだけど。君はもしかしてあれなの? 選挙の時だけ電話をかけてくる疎遠になった元同級生なの?』
「今も同級生だよ!?」
『そういえばまだ同級生だったね。同級生があの世界を牛耳っているもしもし教の教祖様だなんて誇らしいよ。じゃあそういうわけでお元気で』
電話を切ろうとする楠さん。
「ちょっと待って待って! 僕はもしもし教の教祖じゃないしそもそもまだ何の話もしてないよ!」
『なら何。そもそも教の教祖なの? そんなことはどうでもいいから早く言ってってさっきから急かしているでしょう』
急かされた覚えはないよっ。
「えーっと、楠さん。あらぬことをお伺いしますが、僕にケーキのお土産を置いて行ってくれたりは、してないよね?」
『何それ。なんで私がもしもし教に貢物をしなければならないの』
お願いだからもしもし教はやめていただきたいです……。
『あ、さてはいちゃもんをつけて私を精神的に追い込んで『うへへならお前自身が供物になるしかねえなぁふへへ』って展開にするつもりでしょう。この最低鬼畜ナスビ』
「僕そんなこと言うつもりないよ……。ナスビでもないし……。あの、その、実は――」
説明中。
---
説明後。
『何それすごく楽しそう』
「え!」
楽しくなんてないよ!
『で、ケーキに入っていた髪の毛が黒かったから私ではないかと疑ったわけだね。それだけでこの私を疑ったわけだね。命を惜しまずに疑ったわけだね。なかなかチャレンジャーだよ君は。今から毛ーキを窓にぶつけに行くよ』
「ご、ごめんなさい」
それにしても、毛ーキって字面が嫌だ。
『いやぁ、なかなか楽しい催し物をするね、まりもさんとやらは。今度はどんな爆竹ケーキを用意してくれるのかな』
「なんで爆竹限定なの!? やめてよクリームが飛び散るから!」
『はいはい。で、教祖様。お話は終わりですか? 私を疑って終わりですか? なるほど、一瞬でも私を疑うだなんて、お仕置きが必要だね。胃袋炸裂大作戦の決行の日は近いよ。近日公開』
「勘弁してください……」
疑った僕が悪いのだけれども。
「あ、そうだ。まだお話があるのです」
『何? どこを炸裂させてほしいの? まあ君のことだからお尻だろうけど』
「どこも炸裂させたくないよ……。それになんで僕だったらお尻になるの……。まあ、いいや……。あのね、えっと、明後日、三田さんと雛ちゃんと図書館で勉強しようと思っているんだけど、楠さんもどうかなって」
『ふむふむなるほどなるほど。当然お断りしましょう』
「え! あ、はい! ごめんなさい!」
『勉強って宿題でしょう? 私終わったし』
「そ、そうだよね。ごめんね、そうだったね」
『邪魔しかできないなら行かない方がいいでしょ』
「う、うん……」
でも、なんだかさみしいな。
『まったく……。で、何時に図書館へ行けばいいの?』
「……え? その、楠さん、宿題終わったんじゃ……」
『終わったよ。でももしかしたらたまたまふらりと立ち寄った時にみんなと鉢合わせるかもしれないでしょ?』
「あ、うん! 九時位に行く予定だよ」
『あそ。じゃあ』
「あ」
ささっと電話が切られた。
とりあえず、来てくれるようだから、よかったね。
「……ふぅ」
それにしても、僕、友達を疑ってしまったよ……。最低だね。
でもみんなが違うと言ってくれて、助かったよ。
みんなは、こんなたちの悪い事しないもんね。
……まりもさん。
ちょっと、今回の一件は、僕にも思うところがあるよ……。
まりもさん。あなたは一体僕をどうしたいんですか。本当に僕のことが嫌いなんですか。ただ単に、嫌がる僕を見て、笑っているだけですか。もしかして僕を人間不信にさせたいんですか。
もしそうなら、僕はとても残念です。
でも――僕はあなたを信じています。
だって、まりもさんは僕の友達だから。
かけがえのない存在には変わりないのだから。