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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第二章 ホーロウ中年
73/163

つまらない夏休み

 晩御飯を兄弟三人で食べる。でも、いつも通りの風景のようで、いつもとは全く違う。

 それを一番感じているのは間違いなく祈君。


「兄ちゃん、いつにもまして落ち込んでるけど、どうしたの」


 先ほどから僕の様子をうかがっていた祈君が声をかけてきた。


「え、あ、ううん。何でもないよ」


 僕の問題だから、誰も巻き込みたくない。そもそも僕だけの問題だから誰も巻き込めない。


「……姉ちゃんの事?」


「あ、いや、その、違うよ」


「違うの? 他に何があったの?」


「なにも無かったよ」


「……目が真っ赤だけど」


「……その、寝不足で」


 僕はそれ以上の追及を避けようと視線をお茶碗に移して食事に集中しているふりをした。

 それでも祈君は僕に事情を聞こうと粘る。


「どうして泣いてたの?」


「泣いてなんかいないよ?」


「泣き声が漏れてたけど」


「漏れてないよ。泣いてないから」


 枕に顔を押し付けて泣いたから泣き声が漏れているはずはない。


「……首突っ込まれたくないのなら、俺はもう何も聞かないけど……」


「……そうしてくれると、僕嬉しい」


「わかった」


 祈君は頷いてテレビを見始めた。

 多分これで、夕食の会話は終わり。お姉ちゃんは怒っているし、僕も話す元気がないし、祈君ももう何か聞いてくることは無いだろう。

 なんと寂しい食卓なのだろうか。

 でもまあ、いがみあっているような殺伐とした食卓よりはいい。僕とお姉ちゃんの関係は現在穏やかではないけれど、怒鳴り合うようなことは無いからね。


「……お兄ちゃん?」


「え?」


 驚いた。


「友達にやられたの?」


 お姉ちゃんが、僕に話しかけてきた。

 とても嬉しかった。


「そ、その、ちがう、違うよ」


 でも会話の内容は楽しくなさそうだ。


「またあの雛って子? また裏切られたんだね?」


「違うってば」


「嘘。そんなに泣いているのはあの日以来だもん。同じくらい悲しいことがあったんでしょ?」


「違うってば……。雛ちゃんは酷いことしない」


「嘘。何があったかは知らないけど、また裏切られたんだ」


 寂しかった食卓が殺伐としたものになりそうだ。


「姉ちゃん……」


「祈君はうるさい。やっぱり裏切られたでしょ? お姉ちゃんの言う通りになったじゃない。友達なんて言うのはね、ろくなものじゃないの。よく分かったでしょ?」


「……」


 裏切られたわけではないけれど、確かに悲しい事はされた。

 その事実があるから、お姉ちゃんに何も反論できなかった。


「それで、何をされたの? どんなひどい事されたの? 仕返ししてきてあげる」


「……酷い事なんかされてない。仕返しもいらない」


「遠慮しなくてもいいよお兄ちゃん。私が酷いことし返してあげるから」


「……気持ちだけ、受け取っておくよ。それに、僕はまだ友達のことを信じているから。僕にも悪いところがあったから、多分怒られたんだと思う。だからまた謝りに行く」


「無駄なことを。バカみたい」


「無駄じゃないよ。友達だから、絶対に許してくれるし、謝ってくれる」


「バカみたいじゃなくて、バカなんだ。どうすれば現実を見てくれるの?」


「それはこっちのセリフだよ。お姉ちゃんこそ現実を見てよ。僕の友達はみんな優しくて素敵な人たちなんだよ? どうして僕のいう事を信じてくれないの?」


「今までお兄ちゃんを信じていい事なんてあった?」


「……」


 無いような。


「だったら自分を信じた方がいいでしょ? ね? 分かった?」


「……分からないよ。それとこれとは別だよ」


「別じゃない。論点をすり替えないでよ。今はお兄ちゃんを信じるか否かの問題でしょ? 自分で言ったんだよ? 『どうして僕の言うことを信じれくれないの?』って」


「……そ、その、それは間違い。どうして僕の友達を信じないの、って言いたかったの」


「そう。まあそれでいいよ? どっちにしろ、信じるに値しないもん。だってお兄ちゃんの友達のこと知らないし。そんな人間を信じるよりは自分を信じる。同じ答えにたどり着くよ」


「……お姉ちゃんは、僕が嫌いなの?」


「好きだよ。ずっと言ってきたでしょ」


「ありがとう。でも、信じてないの?」


「別に疑っている訳じゃないよ? ただ自分を信じた方がよさそうだからそうしているだけ。あ、でもお兄ちゃんの友達を信じるなんてことは一生ないから。安心して」


「安心なんてできないよ……。その、どうすれば、僕の友達を信じてくれるの?」


「お友達を信じてって、信じるも何もそのお友達を怒らせちゃったんでしょ? もうお友達いなくなったんでしょ? お友達、どこにもいないでしょ? あはは」


「……いるよ。いるし、許してくれる」


「裏切られたから話聞いてくれるわけないのに」


「許してくれるよ」


「はいはい」


 我慢の限界だ。


「絶対に、許してくれるから……。許してくれたら、お姉ちゃんも友達の事信じてよ」


「何言ってるか分からないけど、もしすぐに仲直りできたのなら信じないでもないよ。どうせ無駄だし」


「無駄じゃない」


 僕は食べかけのご飯を置いて立ち上がった。


「どこ行くの? 今はご飯中だよ」


「謝ってくる」


「兄ちゃん!」


 僕はお姉ちゃんを一睨みして家を飛び出した。




 暗い道路を必死に走る。

 昼とは違うその景色を楽しんでいる暇はない。

 僕は急いで秘密基地、があった場所へと向かった。

 息を切らしながら駆け登った山。自分でも驚くほど速く登れた。


「馬山さん。馬山さん」


 陽の落ちた山奥にはくたびれたビニールシートとこれでもかというほどに折られた木の棒が転がっているだけだった。

 何度見ても、胸が締め付けられる。吐き気すらする。

 思い出を壊されたんだ。

 守り続けてきた三年間と、ここで過ごした小学校時代。それと、最近の思い出。

 全部粉々に壊されたんだ。

 ――でも。

 でも僕は馬山さんと仲直りがしたかった。

 お姉ちゃんに挑発されたからではない。それもあるけれど、それ以上に大切な友達を失いたくなかった。友達の少ない僕に色々と教えてくれた年上の友達と、これからを過ごして行きたいんだ。

 しかしその肝心の馬山さんの姿は見えない。

 テントを失ってしまったので、ここにいる意味が無くなってしまったからなのか。

 確かに、雨も風も避けられない。

 それでもここにいると信じて馬山さんの姿を探す。

 ここ以外に探しようがないと言っても、いいのかもしれない。

 僕は馬山さんについてほとんど知らなかった。

 僕が知っていたことと言えば、知識が豊富だという事と、お友達が死んでいるということくらい。

 たったそれだけ。

 でも、それで充分だ。

 何も知らないわけじゃない。

 何かを知っているだけで充分。

 僕は馬山さんを信用している、それだけでいいんだ。

 だからきっと会える。

 馬山さんは、僕を許してくれるし、謝ってくれる。

 僕の数少ないお友達。

 きっと、すぐに会える。




「どうして……!」


 いくら探しても、いくらここで待っていても馬山さんに会えることは無かった。

 そういえば言っていた。もうすぐどこかへ行くと。

 もうどこかへ行ってしまったのだろうか。

 今日のあれが、お別れの挨拶だったのだろうか。僕が悲しまないように、酷い事をして別れようと思ったのだろうか。

 そうだとしても、少しひどすぎるけれど……。

 とりあえず、僕は秘密基地を直すことにした。



 暗闇の中、手ごろな棒を見つけることはできなかったけれど、とりあえず大人が一人入れる様なテントを作ることには成功した。出来が悪くても、テントがあればひとまず雨風は避けられる。これで馬山さんがいつ戻ってきても大丈夫だ。これでここにいる意味ができたはずだ。


「こんなことをしても意味がないのに」


 分かっている。

 多分、もう来ない。

 何も帰ってこないのに。

 何をすがっているのだか。

 僕は空を見上げた。

 驚くほど美しい暗闇が広がっていた。



 疲れた。

 もう帰ろう。

 信じているのに。

 僕は帰ろうとしている。

 疲れた。

 帰ろう。

 


 夜道を一人家に向かう。

 道路に書かれた『速度を落とせ』の文字が何だか心に突き刺さる。

 急ぎすぎたのかもしれない。

 色々と。

 少しだけ、ゆっくり歩いてみよう。

 そうしなければ、あっという間に過ぎてしまう。青春は、きっと一瞬だから。

 少しだけ、落ち着いてみよう。歩きながら考えてみよう。

 子供のままではいられない。

 大人にならなければ。

 ゆっくりと時間を眺められる大人にならなければ。

 出来もしないことを考えながら、僕は暗くて細い道を歩いた。

 そこへ突如聞こえてきた足音。何かと思う間もなく、


「ぅっ……?!」


 僕は頭頂部辺りを固い物で殴られてしまった。

 よろめき冷たいアスファルトに手をついた僕は、頭を押さえてその衝撃の正体を確かめる為に振り返った。

 そこには風邪の時にする白いマスクで顔を隠した金髪の男の人が角材を片手に持ち立っていた。

 そしてその周りには同じようにマスクで顔を隠した男が四人。

 合計五人。五人のガラの悪い男の人が、僕を見下ろしている。敵意のような、下手をすれば殺意をもって見下ろしている。

 僕を殴ったであろう人が、手に持った角材で手を打ちながら言った。


「金出せ」


 マスク越しのくぐもった声が僕の耳にまとわりついてくる。すっと入ってこない。何度も何度も側頭部を周りゆっくりと僕の耳に入ってきた。それでも、まだ理解できない。今度は頭の中をぐしゃぐしゃにかきまわしている。

 理解したときには、僕はもう一度角材で左腕の二の腕あたりを殴られていた。


「うう……」


 刺すような痛みに僕はうずくまる。

 逃げようにも、痛いし、怖いし、疲れているしで、素早く動けそうにない。

 今できる事と言えば頭を抱えて守って致命傷を避けることくらいだ。


「おい、やりすぎだろ……」


 僕を殴った人の声ではない。多分周りにいた誰かが角材を持つ人に言ってくれているのだ。もうそのままどこかへ行ってください。


「うるせえっ。この前中途半端にやったから逃げられたんだろうが……! これくらいしなけりゃ逃げられるんだよっ」

 ひそひそ話しているのが聞こえてくる。


 この前……。以前にも同じようなことをしたらしい。

 ……ああ、そうか。

 この人たちはニュースで見たあの路上強盗の人たちだ。

 男数人が夜人を襲ってお金を奪っているという。そしてまだ捕まっていない。この人たちのことだ。


「殺しちまったらどうすんだよ」


「……手加減はしてやってるよ……! いいから黙ってろよ」


「落ち着けよ」


 男の人たちが揉めている。このチャンスを逃したらもっと痛い目に遭うかもしれない。

 僕は痛む頭と疲れた足と震える体に鞭打ってそこから逃げ出すために起き上がり全力で走った。


「……! 待ちやがれ……!」


 よろめく足とくらむ目。それでも僕は必死に逃げる。背中に感じる恐怖に押されながら僕は大通りへ向けて足を動かした。

 が、それもすぐに終わる。


「うぅ!」


 角材が僕の肩を思いっきり叩く。

 バランスを崩し僕は転んでしまった。顔をこするが今はこんな傷気にもならない。頭が痛いし、肩も痛い。それに何より怖くて痛みをまともに感じることが出来ない。


「てめえ、逃げるんじゃねえ……! 大人しく金出せ……!」


「う、うぅ……。お、お金なら、あげますから、許してください……」


「出すなら逃げるんじゃねえよ!」


 倒れている僕を今度は蹴りが襲う。脇腹を思いっきり蹴り飛ばされた。


「……!」


 痛い。死んでしまう。

 角材を持っていない男の人の一人が僕のポケットを漁り始めた。


「……財布はどこだ……、どこだよっ」


 焦っているのか、普通のポケットに入っている財布が見つからないらしい。僕がうつぶせに倒れていることも影響しているようだ。


「くそっ」


 男の人が僕の体を半回転させる。

 五人の男の人が僕を囲んでいた。

 角材を持った金髪の男の人は、マスクがずれて顔が丸見えだ。

 恐ろしい顔で僕を見下ろしている。怖い……。

 早く持っていくものを持ってどこかへ行ってほしい。


「……あった!」


 僕のポケットを探っていた人がようやく見つけたようだ。


「よし、逃げるぞ」


 ああ、助かった。僕は助かった。命の危機を感じたのは初めてだ。死ぬかと思った。

 一万円で助かったと思えば、安いもんだよね……。逃げる四人の男の人を、そんなことを考えながら眺めていた。

 ――逃げる、『四人』の男の人を。


「……ん?! おい、どうした! 逃げるぞ!」


 一人が戻ってきて角材の人を引っ張る。

 でも、角材の人は動こうとせずに、僕を見下ろしながら言った。


「……こいつ、俺達の顔見てるぞ」


 僕はさっと顔をそらした。見てません。


「暗いんだから見えねえよ! いいから逃げるぞ!」


「目潰しておいた方がいいんじゃねえか?」


「……!?」


 め、目が、潰される? 反らしていた顔を再び角材の人に向ける。その眼は本気だった。


「お前何ぶっ飛んだ事言ってんだ! これだけでも充分やべえのに何罪重くしようとしてるんだよ!」


「だからこいつの目が見えなくなれば俺たちがやったってばれなくなるだろうが!」


「お前……!」


「いいから任せておけよ!」


 男の人が角材を高々と振り上げ、僕の顔、目にめがけて全力で振り下ろしてきた。


「うぅ!」


 反射的に僕は体を動かしてその棒を避けた。木の鈍い音が夜の街に響く。


「こいつ、避けやがって!」


 男の人が馬乗りになって僕の動きを封じた。


「や、や、やめ、やめて、くださ」


「うるせえクソガキがっ」


「い、言いませんから、言いませんから……! 絶対に、言いませんから……!」


「目を潰せば早い事だ!」


「い、嫌だ……! やめ、やめて……!」


 じたばたと暴れる僕の顔を男の人が左手で掴む。そして角材を投げ捨てポケットからナイフを取り出した。


「……! な、な、なんでも、します、から……」


「うるせえええええ!」


 ナイフを振り上げ、すぐに振り下ろした。

 僕の目が、男の人の手に握られたナイフに釘付けになり、世界が止まったと錯覚するほどに僕の脳が覚醒した。

 ただ、やはり世界の停止は当然錯覚で、ナイフは確実に僕の目に近づいていた。

 ああ、やっぱり、僕は、急ぎすぎていたみたいだ。

 こんな状況で目を開けたままに出来るはずがなく、僕は瞼を閉じて薄い皮で瞳を保護しようと無駄な抵抗を試みたのだった。

 そして、


「てめええええええ!」


 途端に軽くなる僕の体。僕を押さえつけていた人が僕の上からどいたようだ。

 何が起きたか分からず、恐る恐る目を開ける僕。

 僕の前には、


「てめえら……俺のダチに何してやがる……」


 月の光を全身に浴びた、


「ただですむと思ってんのか……?」


 大きな体の男の人が、


「覚悟はできてんだろうなぁ!」


 可愛いアニメキャラのプリントを背負って男の人たちに向けて拳を構えていた。


「く、國人君……?」


 國人君だ。紛う事なき國人君だった。

 僕の様子を横目でちらりと確認する國人君。


「優大タン……! もう大丈夫だからな!」


 國人君が叫ぶ。


「てめえら殺す!」


「うるせえ! お前が死ねデブ!」


 國人君に吹き飛ばされたらしい、ナイフを持った人が口を拭い國人君に向かって突っ込んできた。

 まずい! 刺されてしまう!

 しかし國人君は軽くそれを受け止め右手を振りかぶった。

 そして、


「必殺必中! ゴールデンフィンガァアアアアアアアアア!」


 必殺技名を叫んだ。

 全く光ってはいないけれどとても体重のこもった右ストレート。

 ナイフを持った男の人は一発で気を失ってしまった。


「て、てめえ! 何しやがる!」


 周りで見ていた残りの人たちがわらわらと寄ってきた。落ちている角材を拾ったり隠し持っていたナイフを取り出したりしながら。


「死ねやコラァ!」


 國人君めがけて角材が振り下ろされる。

 しかし体に見合わずと言ってしまったら失礼だろうけれどとても身軽な動きで角材を躱しもう一度叫んだ。


「甘い! 喰らえわが奥義! 北斗、爆・裂・拳☆!」


 とても強そうだ!

 漫画のように吹き飛ぶ相手。

 す、すごい。

 何が凄いって必殺技名を叫んでいるのに様になっているのが凄い。


「て、てんめぇえええええ!」


 残りの三人がまとめてかかってきた。


「ふん! 身の程を知らない奴らだな! いいだろう、この真闇の眷族の血を引く偉大なる夜の魔王の第一後継者であるがそのことは知らずに平和な日々を過ごしているとある日突如現れた美少女にその真実を告げられ王の座を狙う他の真闇の者たちとのバトルに巻き込まれてしまう予定の俺様が貴様らを屠ってやろう!」


 と言っている間にみんな気絶させてしまった。

 すごかった。


「ふっ……。資格を持たぬ者たちよ……永久の闇の中で眠れ……」


 決めポーズまでかっこよかった。




 警察と僕の家族が来た。國人君が救急車も呼ぼうとしたけれど僕が遠慮した。とても痛かったけれど、病院へ行く必要はないよね。警察に事情を聞かれ、お母さんに包帯を巻いてもらい、病院へ行こうと言われたけれどそれも断った。大丈夫だよ。……多分。

 そして、両親と一緒に来たお姉ちゃんが。


「……」


 無言で僕の顔に絆創膏を貼ってくれた。


「あ、ありがとう」


「……」


 暗くてよく見えないけれど、泣いているように見えた。僕の為に泣いてくれていた。

 そして、


「うっ?!」


 僕の首に腕を巻き付けギュっとされた。

 そして小さい声で、


「ごめんね……」と謝られた。


「お姉ちゃんは悪くないよ」


 僕の意志で家を出たんだから。

 お姉ちゃんのせいで襲われたわけじゃない。


「お姉ちゃんは、悪くないよ」


「……」


 もう一度僕がそう言うと、もっとギュっとされた。


「今まで、ごめんね……」


「……」


「今まで」をつけて謝られた時、僕は「悪くないよ」と言ってあげられなかった。

 少しだけ複雑だ。

 今までのことを謝るのなら、僕に謝る必要はないから、友達に謝って欲しい。

 僕はお姉ちゃんが大好きなのだから、嫌いなままでいたくないよ。

 でもこの状況でそんなこと言えるわけがない。

 僕はお姉ちゃんに抱きしめられたまま、とても大切だけどとても面白くないことを考えていた。

 まだ頭は混乱しているはずなのに、僕はこんなことを思っている。

 最悪だ。




 そして。


「まだ痛むか?」


「大丈夫だよ」


 落ち着くために一人離れていたところに、國人君が心配そうに声をかけてくれる。

 僕はお姉ちゃんに貰った絆創膏を撫でてながら、國人君に頭を下げた。


「ありがとう、國人君」


「なーに! 嫁を守るのは当然のことだろう! むしろ良い格好させてくれてありがとうって言いたいぜ!」


「あはは」


 とても輝いているよ。

 褒め言葉かどうかは分からないけれど、國人君はこういう姿が似合っている。


「本当に、ありがとう。ゴメンね」


「謝る必要はないって! 一晩添い寝してくれたらそれだけで十分さ」


「ゴメンね」


「謝る必要はないんだぜ?! 胸に飛び込んでもいいんだぜ?!」


「ゴメンね」


「にゃあああああああああああんでええええええええ!」


 僕は間違っていた。

 國人君は昔から何も変わっていない。

 國人君はずっとカッコいいままだ。

 やっぱり僕は國人君のようになりたいな。


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