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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第二章 ホーロウ中年
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好きと嫌いとネットとリアル

 陽はまだ高いけれど、みんな疲れた様子でビニールシートに座っている。遊び疲れて、人込みに疲れて、楽しいとは言い難い空気に疲れて。三重疲労だ。

 それに加えて僕は何度もかかってくるまりもさんからの電話にもうんざりしていた。

 四度目からはもう出ることもやめた。

 一体何の話かよく分からないから出る必要はないと思ったからだ。本当に、ただのイタズラ電話レベルの物だった。

 申し訳ないけれど、家に帰るまでもう出ないよ。

 各々の事情で疲れた僕らはぼうっと海を眺めていた。

 言葉も少ない。元気なのは楠さんのお兄さんと祈君くらいだ。


「そろそろ帰ろうか」


 そのお兄さんが腰を上げた。

 僕らは頷き帰り支度を始めた。


 静かに電車を降りて解散した一行。僕とお姉ちゃんと祈君はもちろんのこと、雛ちゃんと楠さん兄妹も一緒になって帰り路を歩く。

 途中で楠さんのお兄さんと別れ、楠さんも帰るだろうと思っていたのだけれども、どうやら僕の家に少し用事があるようで同道は続く。

 そしてもうすぐ僕の家にたどり着くというところで楠さんが言った。


「じゃあ有野さんさようならお元気で」


「お元気でじゃねえよ。お前と優大を二人きりに出来るかっての」


「あっそ。しょうがないから特別に許してあげる」


「お前に許しをもらう必要はねえだろ」


 そう言って、二人が僕の方を見た。僕が許すかどうかを聞きたいという事だ。


「あ、僕はもちろん大歓迎だよ」


「ほら見ろ」


「ふん」


 当然だよ。だって僕の友達なんだから。

 ……でもお姉ちゃんは、


「私は許さない」


 はぁ……。

 もう疲れたよ。

 睨み付けながら拒否をするお姉ちゃん。楠さんは睨み返し、雛ちゃんは目を伏せている。


「私は佐藤君の客ですから。お姉さんに邪魔者扱いされようが関係ありません」


 本当に、そうだよね。


「関係ある!」


 確かにお姉ちゃんの家でもあるのだから、「二人が気に入らないから家にあげないと」言いたいのも分からないでもない。でもそれじゃあ僕の意見が全く含まれていない。上げるか上げないかの二択。中間はない。


「お姉さんには関係ない」


「ある!」


「ない」


「ある!」


「うざっ」


「ウザくない! 私は弟を守らなくちゃいけないの、敵の侵入を許していいわけないでしょ!」


 はぁと呆れて視線を僕へ向ける楠さん。


「無視していい?」


「うん……」


 しょうがないよ……。

 お姉ちゃんに背中を叩かれたけれど、僕も無視することにした。僕の友達なんだから家に招くくらいしてもいいはずだ。

 無視し続ける僕。何度か背中と後頭部を叩かれたけれど反応が無いと分かると叩くのを止めてくれた。唇を尖らせ少し後ろを静かに歩くお姉ちゃん。少しだけ心が痛むけれど、僕は今怒っているんだから。


「兄ちゃん」


 先を歩いていた祈君が歩を緩め僕と並び小声で話しかけてきた。


「弟としては、姉と兄に仲良くしてもらいたいんだけど兄ちゃんの方から歩み寄ってくれない? なんだか最近家の中でも息苦しくって」


「……でも、友達を貶されたら怒らなくちゃ……」


「そうだけど、姉ちゃん子供だから自分が悪いと思ってないよ。兄ちゃんの方が大人だからさ、何とか許してあげられないかな。このままずっとこの空気の中で過ごすのはちょっと嫌だ」


「……」


 言葉が出ない。

 今回ばかりは僕の方から謝るのは違うような気がする。確かに、祈君の言う通りこのままでは一生仲直りできない。でも、僕が謝ったところで許してくれないのだから歩み寄ったところで何ら変わらないよ。

 首を回して一人後ろを歩く姉を見てみる。

 寂しそうに、暑い道路に視線を落として歩いていた。

 天空から降り注いでくる強い光のせいなのか、その顔には濃い影がかかっている。いつでも明るかった姉の顔はどこにもない。整った顔立ちが今は逆に恐ろしい。お姉ちゃんには笑っていてもらいたいのに。今まで僕らを守ってきてくれたあの笑顔を見せてほしい。

 どうすればうまく世界が回るのだろう。

 お姉ちゃんの望む「友達を作らないでほしい」という願いは聞き入れられない。だからと言ってこのままお姉ちゃんを無視して友達と仲良くするのも気が引ける。

 やはり何とかしてお姉ちゃんに、友達を作ることを許してもらわなければ。

 友達も大切だけれども、お姉ちゃんだって大切な人なのだから。




 僕らは家に到着した。祈君が最初に敷地内に入り僕らが続く。お姉ちゃんは最後。

 一番に門を開けた祈君は習慣となっていた郵便受けチェックを流れるような動きで行った。郵便受けを覗き込む祈君を追い越して僕は家の扉を開けてみんなを迎え入れる。レディファーストだよ。楠さん、雛ちゃん、お姉ちゃんと玄関へ入り、僕は祈君を待った。その祈君は首をかしげ投かんされていた物をしげしげと眺めていた。どうしたのだろうとは思ったが、少しだけ予想はついている。


「これ兄ちゃん宛て?」


 祈君が差出人不明の手紙を差し出してきた。それを受け取り眺めてみる。眺めるまでもなく誰の物かは分かったが。便せんも同じものだし、間違いなくまりもさんからの手紙。


「うん、これは、僕のだよ」


 憂鬱だ。電話もかかってくるし、手紙も入れられているし、メールも来るし……。今になって少しだけ恐ろしくなってきたよ。

 しかしこれはいつ入れられた手紙だろう。

 そう言えば、


「ね、ねえ、お姉ちゃん……?」


 靴を脱いでいたお姉ちゃんに後ろから声をかけてみる。お姉ちゃんは無反応だった。それでも一応言葉を続ける。


「お姉ちゃん、海へ行く前に郵便受け確認していたよね……? この手紙、入ってた?」


「……」


口をとがらせたまま横目でちらりと手紙を見て小さく「ふん」と言った。


「お姉ちゃん、教えてくれたらとっても嬉しい……」


「知らない」


 答えたくないのかさっさと居間へと向かっていった。近所迷惑かもしれないけれど、僕は少し大きな声でお姉ちゃんに話しかけた。


「僕に腹を立てているのは分かっているけど、その、これに関しては何か情報が欲しいんだ。だから、その、お願いします!」


 頭を下げる僕。それを見ているのかどうかはわからないが、居間への扉が開く音は聞こえない。

 みんなが見守る中、五秒程度の無言を越えてお姉ちゃんは教えてくれた。


「……朝見たときはなにも無かった」


 怒ったように言ってすぐに居間へ入って行った。

 一気に場の空気が緩む。

 教えてくれた。ありがとうお姉ちゃん。




「で、若菜はどうしてここへ来たんだ。くんなよ」


 雛ちゃんは僕の部屋のベッドの上で胡坐をかき、パソコン前の椅子に座っている楠さんを睨み付けている。


「ねえ佐藤君」


 雛ちゃんを丸っと無視して僕を見る。楠さんを見ている僕の視界の隅で雛ちゃんが苦りきった顔していた。

 それを知ってか知らずか楠さんは夏を吹き飛ばす爽やかな笑顔で満足を表現している。


「ねえ佐藤君聞いてる? 私に見とれてないで返事してよ」


「え、あ、ごめん」


 普通に見とれていた。いけないいけない。

 視界の隅で怒りきった顔をしている雛ちゃんには気づかないふりをしておこう……。


「佐藤君。私がここへ来たのは他でもないの。君に大切な話をするためにここへ来たんだよ」


「大切な、話……?」


 一体何の話だろう……。全く想像がつかない。


「……おい若菜。お前、もしかして、」


「ねえ佐藤君」


 もう一度、先ほどと同じように雛ちゃんの言葉を遮った。


「佐藤君。大切な話があるの」


「う、うん……」


 先ほどまでの疲れ切って眠りかけたような雰囲気が、楠さんの言葉とその表情により途端に水をかけられたように引き締まった。

 僕の心臓が緊張に締め付けられる。しかし心臓は締め付ける縄を引き裂こうとしているのか常軌を逸した収縮を繰り返している。

 そのせいなのか胸が痛い。

 僕の心が『大切な話』を拒否しているのか。

 何故かはわからない。


「ずっと思っていたんだけどね」


「うん……」


 暴れる心臓。静まり返る僕の部屋。

 静寂を崩す。楠さんが崩す。


「少し想像してもらいたいんだけどね」


「想像?」


 なんだろう。本当に、全く見当がつかない……。


「学校の教室に入って」


「え?」


「いいから目を閉じて想像してみて。有野さんも一緒に。教室に入ったところを想像して」


「うん……」


 一度雛ちゃんと顔を合わせて、僕らは目を瞑って言う通りにしてみた。


「教室に入った?」


「うん……」


「んー……」


「じゃあ、その中でとりあえず服脱いで」


「……え?」


「二度同じこと言わせないで。次は刈るから」


 な、何を?

 気になったけど聞けなかった。

 とりあえず、想像の中で服を脱ごう。

 ……恥ずかしいよ。


「で、ドアの前に立つ君から見て黒板はどっちにある?」


「え? えっと、右?」


「そう。有野さんは?」


「右」


「そう。もう眼を開けてもいいよ」


 目を開けて楠さんを見る。雛ちゃんも楠さんを見ている。

 視線を受けて、楠さん。


「これどういうことなんだろうね。なんで大抵ドア入ったら右手に黒板があるんだろうね」


「え? さ、さぁ。えっと、心理テストか何か?」


「いや別に。黒板ってなんで右手にあるのか気になって」


「……」


 ……雛ちゃんと僕は自然に顔を見合わせていた。


「おい若菜」


「なに?」


「衣服を取れって言ったくだりはなんだったんだ……」


「別に意味はないけど。二人とも露出狂だから教室で裸というシチュエーションを想像させてあげただけ」


「誰が露出狂だよ……」


「あれ?」


「首をかしげてんじゃねえよ」


 まぁ、とりあえず意味のない事だったわけだね。少し恥ずかしかったのに。


「でも楠さんの言う通り、教室に入って右に黒板があるね。どうしてだろう」


「気になったから文部科学省に電話掛けてやろうかと思った」


「それ電話掛けてたらある意味尊敬してたわ……。下らないことで迷惑かけるなよ」


「安心して。電話を掛ける前になんとなく理由分かったから」


「え? 一体どうしてなの?」


「右に太陽があったら手元が暗くなるでしょ? 多分それが理由だよね」


「あ、なるほど……」


 そっか。右利きが多いから左に窓があった方がいいんだね。でも気になることがあるよ。


「楠さんの大切な話ってそのこと?」


「何、そのことって。そんなことって言ったの? その程度の事って言ったの? その程度のつまらない事って言ったの?」


「言ってません!」


 どういう解釈の仕方なのか少し気になる。


「優大が言わねえなら私が言ってやるよ。その程度の事を大切な話とか言ってんじゃねえ」


 ビシッと指さしバシッと言う雛ちゃん。男らしくてかっこいい。

 指を指された楠さんは緩く首を振りながら大きくため息をついた。


「二人にはこの高尚な疑問が理解できなかったみたいだね」


「疑問って言っても自分の中で答え出てるじゃねえか」


「そうなんだけどね。まあ大切な話っていうのはこんな下らない話なわけがないけど」


「だったらそのくだらない話をすんなよ……」


「妙に空気が突っ張っちゃったから断ち切ってあげようと思って」


「……ありがとよ……」


 雛ちゃんも大きくため息をついた。疲れていた心がもっと疲れてしまったようだ。

 話の進行は僕が引き継ごう。


「楠さんの大切な話って何?」


 椅子が小さく音を鳴らす。


「当然まりもさんについてのこと」


「え、まりもさんのこと?」


「そ。パソコンつけていい?」


 という楠さんの背後にはすでにディスプレイが綺麗な青空を映し出していた。さすが行動が早いね。出来る人はこうでなくちゃ。


「スカイぺのログ見るね」


「うん」


 でも、何か気になることでもあったのかな?

 カリカリとホイールを回す。

 じっと画面を見続ける楠さんとその姿を見つめる雛ちゃんと僕。

 ホイールの音が止まった。


「……佐藤君。佐藤君がこのまりもさんに名前を呼ばれたのは四日前の八月二日が初めてでしょ?」


「うんそうだね」


「この日何かあった?」


「うーん? 四日前……。四日前は、楠さんが僕の家に来た日だね。そのあと、雛ちゃんが来たよね」


 雛ちゃんに目で同意を求める。雛ちゃんは左上を見てから答えてくれた。


「そうだったな」


 これで間違いないね。えっと、確かそのあとは……。


「それで、一緒に馬山さんのところへ行って、そのまま帰ったから……特に何もなかったよ」


「ふむふむ。じゃあフルネームを呼ばれた三日前は? 八月三日」


 雛ちゃんと一緒に馬山さんに会いに行った次の日だから、


「八月三日は、生徒会長に呼ばれて学校へ行って、そのあと楠さんと馬山さんに会いに行った」


「ふむふむ。なるほど。何もわからない」


 えっ。


「何もわかんねえのかよ」


 僕も何か分かったものだとばかりに。


「分からないね。もっと何か特別なことが起きていると思ったけどにつまらない日々を送っているね佐藤君」


「僕は毎日楽しいよ」


 友達と遊べているのだから。


「君は幸せだね」


 幸せだと言われたけれど、なんだか褒められた気がしない……。平和な日々が幸せだと感じる僕はダメなのかな。刺激的な毎日を求めなければ褒めてくれないのかな。

 僕にはよく分からないや。

 幸せはとても主観的な物なんだね。


「で、何が気になるってんだよ」


 雛ちゃんがベッドから降りてパソコンに近づき、楠さんの隣でディスプレイを眺める。


「このまりもさんっていう人はなぜこのタイミングで佐藤君に名前をばらしたのかなって気になったの」


「会いませんかって言ったからじゃないのかな……?」


「この前もそう言っていたけど、まりもさんはそれで君との関係を壊すような人なのかな。ログを見たけど、その話がこじれた様子もないしどうにも私は違う気がするよ」


「そうなのかな……。……でも、そう言われたら、違う気がする……」


「違うと思うよ。じゃあ、違うという事で」


「うん。でも、ならどうしてだろう……。気になるね」


「でしょう。それで、もしかしたらなんだけど、まりもさんは八月二日に初めて佐藤君の名前を知ったのではないかなって。なんだかこのまりもさんは最初から佐藤君のことを知っていましたよみたいなオーラを出しているけど、実はこの日に初めて佐藤優大っていう名前を手に入れたんじゃないかなって思ったの」


「なるほど……」


 今までずっと見られてきたのだと思っていたけれど、それは違うかもしれないということだ。


「でもどうやら『八月二日名前ゲット説』も違うみたいだけどね。その日に特別変なことも無かったみたいだし、誰かに自己紹介をしたようなこともなさそうだし」


「うん……」


 特に何もなかったね。

 うーん、と考えてみても何も出てこない。僕の脳みそは絞りきった雑巾なのだ。何も出て来やしない。


「あいつじゃねーの? あのおっさん」


 僕が頭の中の雑巾を絞っていると、雛ちゃんが冗談めかして言った。


「あのきたねえおっさんが犯人だろ。もうそれでいいじゃねえか」


「あはは。何言ってるの雛ちゃん。まりもさんは女の人だよ」


「実は男かもしんねーじゃん」


「そうかもしれないけど……。でもパソコンとか持ってないよ?」


「あーそっかー」


 やっぱりただの冗談だったようで、あまり関心を示していない。

 しかし、


「ネットカフェとかは?」


 楠さんは雛ちゃんの考えにとても関心を示している。

 椅子を回して僕らを見る楠さん。


「ネットカフェから君へメッセージを送っているとか……。そうじゃなくても、実はパソコンを隠し持っているとか……」


「え……。でも、家が無い馬山さんがパソコンを持っているなんて……。ネットカフェへ行くお金ももったいないよ」


「家が無いかどうかも私たちは知らないでしょう。本名も知らないし。実は『馬山まりも』っていう名前かもしれないよ」


「ま、まさかぁ」


 失礼かもしれないけれど、その名前は馬山さんには似合わないね……。


「僕、馬山さんに自己紹介してないよ。自己紹介しようとしたら止められたよ」


「……よく考えてみて」


「うん……?」


「八月二日は有野さんと馬山さんに会いに行ったんでしょ?」


「うん」


「そしてその日に、まりもさんに『ユウタ』って呼ばれた」


「うん」


「次の日は? 私と馬山さんのところへ行って、その日に『サトウ』と呼ばれたんでしょう?」


「うん」


「ほら」


「……え?」


 よく分からなかった。


「ぼ、僕、自己紹介してないよ?」


 呆れたようなため息をつかれた。


「……君は本当に察しが悪いね……。要領も悪いし趣味も悪いし。いいところは性格だけだね」


「そ、そうかな?」


 褒められたら照れちゃうよ。


「今のを褒め言葉と受け取る当たり、君の器の大きさを感じられるよ」


「え、褒められたんじゃないの?」


「三対一の割合で貶してたんだけどね。まあそんなことはいいや。有野さんに怒られるのは嫌だしストレス溜まるし噛みつかれるし」


「噛みつかねえよ」


 なんだか先ほどからツッコミに元気がないような気がする。気のせいだといいんだけど……。


「有野さんは分かってるでしょ?」


「……まあ……。私が優大って呼んだ日に『ユウタ』って呼ばれて、若菜が『佐藤君』って呼んだ日に『サトウ』って呼ばれてるってことだろ」


「そう。わかった? 佐藤君。雛お姉ちゃんが優しく解説してくれたよ」


「お前は一体誰だよ……」


 たしかに、そう言われればそうだ。僕の名前は馬山さんに知られている。タイミングもばっちり合っている。でも偶然と言えばそれまでだ。タイミングがばっちり合っているというよりも、タイミングが悪かったと言った方が正解なのかもしれない。それに、


「その、アドレスとか、僕の学校とか、馬山さんは知らないはずだよ……?」


「……そっか。学校は後を追えば何とかなりそうだけど、アドレスはそうもいかないね……。『gatimutidaisuki@』はさすがに分からないよね……」


「僕のアドレスはそんなのじゃないよ?!」


 何故ことあるごとに楠さんは僕をガチムチ好きにしようとするのだろう! 少し嫌だなっ!


「と、とにかく、馬山さんは違うという事でいいよね?」


「……まあ、犯人だという証拠もないし、今は無罪という事にしておいてあげよう。有野さんはそれでいいの?」


「んあ? ああ、別に。本気で言ったわけじゃねえし」


「ふ、ふぅ……。よかった」


 馬山さんはまりもさんじゃないよ。


「なあ優大」


 安心している僕に、雛ちゃんが不思議そうな目を向けていた。


「え、なに?」


 僕はまたおかしなことをしたのだろうか。


「もしあのおっさん、おっさんじゃなくても別にいいけど、優大の知り合いがまりもだった場合どうするんだ?」


「え……?」


「現実で仲良くても、パソコンの中で険悪になったら、付き合いを考えるのか?」


「……えっと……それは……」


「お前今、あのおっさんがとりあえず犯人じゃなくてよかったってほっとしていただろ。もし犯人だったら、どうしてたんだ?」


「……ぼくは……、その……」


「パソコンの方を優先すんのか? 今の反応は、そうだろ。現実の方を優先するのなら、あのおっさんがまりもであっても問題ないはずだろ。おっさんがまりもだったのか、あーびっくりした。で終るはずだろ? でも優大、今違ってよかったって思っただろ? お前にとってどっちが重いんだ?」


「……あの…………そうじゃな、なくて……」


「そうじゃないって、どういうことだ? あぁ、いや別に責めてるわけじゃねえんだぜ。ただ気になっただけ」


 僕は、あの時言われたことを思い出していた。思い出しただけで泣けてくる。


「…………あの、僕まりもさんに大嫌いだって言われたから」


「え、そんなこと言われてたのか」


「うん。それで、その、馬山さんがまりもさんだとしたら、馬山さん僕の事嫌いだっていうことだから、その、それは嫌だなぁって」


「……そうなのか。なんか、聞いて悪かったな」


「ううん」


「……でもさ、それも所詮はパソコンの中の話だろ。現実で言われたわけじゃねえんだからさ、気にすんなよ」


「うん……」


 でもなんだか、パソコン越しの付き合いって面と向かわない分本音を気軽に言えてしまえる気がするんだ。

 ……その逆もあるのだろうけれど。

 ああ、なんだかよく分からなくなってきた……。

 あの時の言葉は本気だったのかな……。

 まりもさんは、まりもさんの中の人は、僕のことが嫌いなのかな。それともあれは、インターネットに溢れかえっている嘘の一つだったのかな……。

 ……。

 ……うん。

 きっと、あれは嘘だ。

 少しは自分に都合のいい捉え方をしたって罰は当たらないよね。ネットの世界は嘘だらけなんだ。あれだって、嘘だよ。

 だから、誰がまりもさんであろうと、僕は落ち込まない。

 だって、あれは嘘だから。きっと、嘘だから。

 それにまりもさんが僕のことを嫌っていようとも関係ないじゃないか。

 僕が好きであれば、それだけでいいんだ。


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