キレる若者
「ごめんなさい……」
お姉ちゃんから逃げてきた僕ら。
人の少ない岩場に移動し僕は雛ちゃんに頭を下げた。
「……優大の姉ちゃんが言っていたことは全部本当のことだから。悪いのは私だ」
「違う。あの時のことはもう終わったんだから蒸し返すお姉ちゃんが悪いんだよ。でも、そうさせた僕が一番悪い」
「……」
元気がない。お姉ちゃんのせいだ。お姉ちゃんのせいで楽しい海水浴が台無しだ。
「ごめんな優大、ごめんな」
「違う。悪いのは僕だから」
「ごめんな……」
お姉ちゃんは僕をどうしたいのだろう。孤独の中で生きて行けばいいと思っているのだろうか。もしそうなら本当に許せない。
「ありがとう優大。私と仲良くしてくれて」
「僕は自分が仲良くしたいから仲良くしているんだよ、お礼を言われるようなことじゃないよ」
僕の友達をこんなに落ち込ませるなんて……。いくら僕に対して怒りを覚えているからって友達を傷つけるなんてひどすぎる。
「優大」
弱弱しい声。僕はあえて元気のいい声で返事をする。
「なに?」
「ちょっと一人にしてくれねえか」
「え?」
それはつまり、
「別に優大と一緒にいるのが嫌になったんじゃねえから。ちょっと頭冷やしてくるだけ」
雛ちゃんを元気づけるためには、
「でも、その」
僕が必要ないということだ。
「大丈夫。すぐに帰るから。死にゃしねえよ。先にパラソルに帰っておいてくれ」
「う、うん……」
「じゃあ……また……」
雛ちゃんが僕の頬を軽く撫でてパラソルから離れる方向に歩いて行った。
「……雛ちゃん……」
落ち込んだ雛ちゃんなんて見たくないよ……。
何とかしなくちゃ。僕が何かをしてあげられるとは思えないけれど、雛ちゃんを元気づけるために僕は必要ないらしいけれど。僕のせいなのだから原因くらいは何とかしなくては。
頑張ろう。
自分の掌を見て、気合を入れた。
「兄ちゃん」
「え?」
祈君の声がした。手を閉じて祈君を探す。祈君は岩場の陰からこちらを見ていた。
「どうして隠れているの?」
「別に」
陰から出てきて僕の前に立つ僕の弟。
「さっきの有野さんとの会話が聞こえてきたんだけど、また姉ちゃんが何かしたの?」
「……うん。雛ちゃんを傷つけたんだ……」
「それは酷いね。で、二人は逃げてきたの?」
「……逃げてきたわけじゃないけど……」
「すぐに話つければいいのに」
「そうもいかなかったんだ……。あれ以上あそこには居れないよ……」
「……うーん」
祈君が何か考え込む仕草を見せた。
「どうしたの?」
「弟としては、兄と姉には仲良くしてもらいたいかなって」
「……そうだよね。ごめんね、心配かけて」
「仲直りしてくれたらそれだけでいいよ」
「……今回は……僕謝れないかも……」
「うーん……」
「ごめんね」
「別にいいよ。でもとりあえず戻ろう。ここにいても仕方がないし」
「……うん」
少し憂鬱だ。……少しじゃないか。とっても憂鬱だ。
僕とお姉ちゃんの仲を気にしてくれている祈君に手を引かれ姉のいるパラソルまで帰ってきた。
「姉ちゃん。兄ちゃんとちゃんと話し合いなよ」
祈君が、つまらなそうに砂をいじっていたお姉ちゃんに話しかける。お姉ちゃんの目の前には小さな城ができていた。小さいけれど立派なお城。手先も器用みたいだ。
「兄ちゃんを困らせるのは姉ちゃんだって嫌だろ」
「……友達作らないっていうのなら話してあげる」
すぐそれだ。
「そんなのお姉ちゃんには関係ないでしょ」
「関係ある。姉だから。あの子たちみたいに他人じゃないから関係ある」
「みんなは他人じゃないよ。友達だよ」
「友達は他人。信じさせたあと裏切る分赤の他人より質が悪いよ」
「なんでそんなこと言うの? お姉ちゃんは自分の友達のことを信用してないの?」
「してるよ」
何を言っているのこの人?
「私の場合は信用できる関係が築けるからいいの。でもお兄ちゃんにはそれができないでしょ」
「僕がダメな人間だろうが関係ないよ。雛ちゃんも楠さんも裏切らない人だから裏切らないんだよ」
「裏切られたじゃんか」
「……あれは、違う」
「違くない」
何も知らないのになんでこう言い切ってしまうのだろうか。知ろうともしないでなんで否定するのだろうか。
「お姉ちゃん……。僕はみんなとも仲良くしたいけどお姉ちゃんとも仲良くしたい。でもお姉ちゃんがそんなこと言うのなら仲良くできないよ」
「お兄ちゃんを守れればそれでもいいもん」
僕を想っての行動だというのは分かる。でも僕はそんなの望んでいない。有難迷惑だ。
「お姉ちゃんも雛ちゃんたちと仲良くすればいいよ。そうしたら裏切らない人だってわかるから」
「絶対にいや」
「お姉ちゃん……」
どうすればいいのだろう……。
僕にはもう分からないよ……。
「あ、兄ちゃんの携帯が鳴ってるよ」
「うん」
今はお姉ちゃんと話すのが先だ。
「お姉ちゃん、お願いだから僕の話も聞いてよ……。押し付けてこないでよ」
「押し付けるよ。だってお兄ちゃんは弟なんだから」
姉の言うことは聞けと言う意味なのだろうか。そんなのおかしいよ。僕は奴隷じゃないんだから。
「兄ちゃん、電話みたいだよ。携帯鳴り続けてる」
祈君が僕の携帯を持って差し出してくれている。
「……でも、今はお姉ちゃんと話しているから……」
その相手であるお姉ちゃんがどうでもよさそうに言った。
「出ればいいじゃん。どうせ不毛な話し合いなんだし」
不毛……。
「……わかった」
僕はこんなことよりもお姉ちゃんとの話し合いの方が大切だと思うのに……。
しかし、仕方がないので電話に出てみる。
ディスプレイには非通知と書かれていた。誰だろう。
「もしもし……?」
『やあ』
相手は聞いたことのない声だった。当然だ。普通の声ではなく変成器を使っているのだから。そんなものを使う相手から電話を受けたのは初めてだから。--でも何となく分かった。
「……まりもさん……?」
『えっ。なんでばれたの?!』
「……ばれるよ」
もう携帯電話の番号はばれていることには驚かない。いつかかかってくるのではないかと思っていた。でもよりによって今かかってくるなんて。大変なことが押し寄せてきすぎだよ……。
でも考え方を変えれば、この程度で驚いていられない状況だから驚かないで済んでいるのかも。
『あっれー。自己紹介して驚くっていうシナリオだったのに。ユウ君は頭がいいのかな?!』
「頭は、よくないよ……」
『またまた御謙遜を。ユウ君海にいるんでしょ? いいなぁ。あたしも誘ってくれればよかったのに』
「なんで知ってるの? 後をつけてきたの?」
『あはははは。ユウ君のことなら何でもお見通しだからね』
今もどこかで見られているのかもしれない。
「まりもさん、チャットの時とはキャラが違うんだね……」
『何ってるの。全く同じでしょう?』
「全然違うよ」
『あはははは。つまりユウ君は騙されていたんだね。ネットの上の人間をそう簡単に信じちゃいけないという事を学べたね。信じられるのは己のみ、ってね』
「……」
『あれ? 元気ないね。どうしたのかな?』
「あなたのせいですよ」
『怒ってるね。じゃあ電話切ろう。じゃーねー』
そう言って一方的に電話を切ってきた。何故電話をかけてきたのか分からない。電話番号と、今僕が海にいることを知っているのだと警告したかったのだろうか。……分からない……。
でも、よかった。最近のイメージではなんだか怖い人のように思っていたけれどとても明るい人みたいだ。一安心。
そうだ。こんなことより、今はお姉ちゃんだ。
「お姉ちゃん」
「何」
僕の方を見ずにお城作りに専念している。
「雛ちゃんに謝ってよ」
「なんで? どうして?」
「雛ちゃんを傷つけたからだよ」
「仲良くないし仲良くもしたくない相手を傷つけただけなのに謝らないといけないの?」
「当たり前だよ! 人を傷つけるのがいいことなわけないでしょ?!」
「犯罪でもないし、あの子以外に迷惑をかけていない。だから私は悪い事だとは思わない。嫌いな相手と仲良くなんかしたくない」
「迷惑はみんなにかけているでしょ! お姉ちゃんのせいで楽しい海水浴が台無しだよ!」
我を忘れて僕は叫ぶ。本当に許せなかった。
「雛ちゃんたちのことが嫌いだったらどうしてついてきたの?! 家で待っていればよかったでしょ!」
「……」
お姉ちゃんの顔が不機嫌そうに膨らんだ。でも僕はまだ言い足りない。
「お姉ちゃんちょっとわがままだよ! 僕はお姉ちゃんの所有物じゃないんだからね?! お姉ちゃんに僕の人生を壊されたくないよ!」
「兄ちゃん……。落ち着いて」
そんな僕を祈君がなだめる。
「確かに姉ちゃんが悪いのかもしれないけど、誰かのせいにする兄ちゃんは見たくないよ。俺は誰も責めない兄ちゃんが好きだよ」
「……。でも……お姉ちゃんが……」
「そうだけど、姉ちゃんだけに責任を押し付けたら話が進まないよ。どうしてこんなことをするのかを聞かなくちゃ」
「何回も聞いたよ。僕の為だって。でも望んでないそれは僕の為なんかにはならないよ」
「姉ちゃん。兄ちゃんこう言っているんだけど、それでも止めないの?」
「止めない。お兄ちゃんは弟だから。私の言う通りに生きさせる」
「僕はお姉ちゃんのペットじゃないんだよ!?」
「知ってる」
「ならどうして僕の友達を傷つけるの! 僕だって友達作ってもいいでしょ?!」
「……うるさい……」
「僕は雛ちゃんたちと仲良くしたい。寂しかった人生を終わらせてくれたみんなとこれからを生きていきたい!」
「うるさい。お兄ちゃんの作る友達なんかろくでもないんだよ」
「みんなはろくでもなくなんかない! みんな素敵な友達だよ!」
「うるさい!」
お姉ちゃんが自分で作っていた砂の城を叩き潰した。とても良い出来だったのに何のためらいもなく壊した。
座っていたお姉ちゃんが僕を見上げる。怒っているような、悲しんでいるような。
「その寂しかった人生を作ったのも友達でしょう?! だったらそれを作らせなければいいじゃない!」
「もう誰も作らないよ!」
「うるさい弟のくせに!」
お姉ちゃんが先ほどまで城であったものを握り僕の顔めがけて投げつけてきた。
「うっ……。い、痛いよお姉ちゃん!」
また視界を奪われた。目をこする。涙が止まらない。
まぶたの裏の世界に祈君の声が響く。
「姉ちゃん! なんてことしてるの!」
「祈君はうるさい!」
「うるさいじゃないよ。姉ちゃんおかしいよ」
「おかしくない……! お兄ちゃんを一番好きなのは私なんだから……! 私はお兄ちゃんを裏切らないんだから!」
何も見えないけれど、お姉ちゃんが走り去っていたのは音で分かった。
「姉ちゃんどうしたんだろう……。大丈夫? 兄ちゃん」
「う、うん……。大丈夫……」
「酷いことするな……」
祈君からタオルを受け取り必死に砂を掻きだす。目を洗いたいけど遠いし人が多いし……我慢しよう。
幾分マシになった目を祈君に向ける。
「ありがとう」
「うん」
僕のせいで祈君も怒られてしまった。
「姉ちゃん、兄ちゃんを取られるのが嫌なんだね」
「……僕は物じゃないよ」
「姉ちゃんにとっては物なのかも。大切な、物なのかも」
「……」
「ちょっと俺姉ちゃんを追いかけてくる」
「……それなら、僕も」
「兄ちゃんはここにいて。また砂かけられて終わりだよ。俺が少し話してくるから」
「……う、うん……。ごめんね……」
「いいよ。悪くない。多分、誰も悪くない」
「……」
僕は、お姉ちゃんが悪いと思う。こんなことを考えるなんて、自分で自分のことを腐った人間だと思うけれど、それでも今回ばかりはお姉ちゃんに責任を押し付ける。友達を傷つけるなんて、絶対に許せないよ。
「じゃあ、ちょっと行ってくるから」
「……うん」
祈君、世話をかけてゴメンね。