姉と親友
僕の住む街から電車で三十分。
海へやってきた。
ササっと着替え女の子たちより早く砂浜に出て僕らは場所を取る。
「天気に恵まれてよかったね。絶好の海水浴日和だよ」
祈君が敷いたビニールシートに影がかかるようパラソルを調節しながら楠さんのお兄さんが言った。僕はビニールシートの上にみんなから預かった荷物を置きながら答える。
「でも人が多いですね」
「そうだね。暑いからね」
小嶋君と祈君はみんなを待たずに海へ飛び込んでいた。
とても楽しそうだ。
「佐藤君も泳いできなよ。俺が荷物見てるから」
お兄さんがビニールシートに腰掛けた。それを見て僕もビニールシートに座った。
「僕も、みんなを待ちます」
「気にしなくてもいいのに」
「お兄さんこそ、泳いで来てもいいですよ? 僕が待っておきますから」
「何を言っているんだい。一番に女の子たちの水着を見なくちゃ」
う……。そんなことを言ったらまるで僕もそれ目的で待っているみたいになるよ……。
「そう言えば佐藤君。君は結構オタクなんだって? 若菜から聞いているよ」
「え、いえ、お兄さんに比べたら、僕なんて一般人です」
「そうなの? 妹は君のことを超オタクだって言ってたけど、また大げさに伝えられたみたいだね」
「えっと、楠さんから見たら、僕はオタクになるから、大げさというわけでもないのかも……」
「あはは。そっか」
え。なんで笑われたの?
「話に聞いていた通り君はいい子みたいだね」
「え、そんなこと、無いですよ」
「そうかな?」
にこにこと笑われる。なんだかよく分からないけれど恥ずかしいよ。
僕は海で遊んでいる二人に目を向けた。
……。あれ? そう言えば小嶋君部活は? バスケ部の練習は無かったのかな……? ……。少しだけ、嫌な予感がする。
「なにか鳴ってるね」
お兄さんがつぶやいた。
「え? 何がですか?」
僕には何も聞こえませんよ?
「誰かの携帯かな。荷物の中から振動音が聞こえてくるね」
耳を澄ませてみると確かに聞こえてくる。誰のだろうかと音の発信元を辿ってみる。
「あ、僕の姉のみたいです」
「そっか」
そう言ってお兄さんは視線を戻した。それにしても、耳がすごくいいね……。僕の方が荷物に近いのに全然聞こえなかったよ。かっこいいし、優しいし、体つきもいいし、おまけに耳もいいだなんて。きっと目もいいんだろう。とてもスペックが高い。羨ましい……。望むことすら失礼にあたりそうだ。
お兄さんのことをぼうっと眺めていると、お兄さんが突然更衣室の方を見た。
「来たみたいだよ」
「え?」
僕もそちらを見てみる。……人が多くて何も見えません。
結局僕はみんなが大分近づいてきてからやっとみんなの顔が見えた。お兄さん、目がいいとかそんな言葉では足りないよ……。ほとんど超能力だよ……。勘も良すぎるし、すごすぎる。
「お待たせ」
お兄さんのすごさと自分の惨めさに打ちひしがれていたところに楠さんの声。みんなが到着したらしい。
「う」
顔を上げた僕の目に飛び込んできたのは薄いピンクの三角ビキニで長い髪をサイドアップでまとめている楠さん。ううう……直視できないよ……。
「何照れてるの? 何考えてるの? 何がしたいの?」
「なな何も考えていませんよ?! 何もしたがっていませんよ?!」
僕は変態じゃないよ!
「へぇ……。こんな水着美女を目の前に何もしたいと思わないだなんて君は一周まわって逆に変質者だね」
「え?! どういうこと?!」
「正直になりなよ。君は、私の水着を見て興奮してしまったんでしょう?」
「い、いえ、その――」
認めた方がいいの? そう言う事実はないけれど認めれば全部丸く収まるの?
「おい優大!」
楠さんに何と言えばいいものか悩んでいるところに雛ちゃんの怒声が飛んでくる。
「てめえ若菜に見とれてるんじゃねえよ!」
薄い緑色のチューブトップのショートパンツの水着。その上にパーカーを羽織った雛ちゃん。これもまた眩し過ぎて直視できません。
「うう……」
「……ん? なんだ? 私に見とれてんのか? 若菜に見とれるのはダメだけど私なら許す」
「え、あ、ありがとうございます」
「なんで礼を言うんだよ。感謝されるようなことじゃねえだろ」
そういいながらも、お礼を言われてとても嬉しそうだね。でも水着の女の子に向かってお礼を言うなんておかしいよね。
なんて思いながらどこに視線を固定していいものか分からずさまよわせていると側頭部に軽い衝撃をもらった。ビーチボールが僕の頭に当たった為だ。
「なんで私の方はちらりとも見ないの?! お兄ちゃんの浮気者!」
ビーチボールを投げたのはお姉ちゃんだった。
お姉ちゃんが着ているのは胸にリボンのついた青いホルタ―ビキニに短いパレオを巻いた水着。この水着は初めて見た。最後に見たのはスクール水着姿だったような気がする。こんな可愛い水着も持っていたんだね。でも家族だからなのか楠さんや雛ちゃんの時のように恥ずかしくない。家族だから当然と言えば当然だ。決してお姉ちゃんのスタイルが悪いとか、そう言うわけではない。むしろお姉ちゃんは身長に似合わず胸はあるらしい。
姉のスタイルについて考えている僕はやっぱり変態なのだろう。
「まったく! お兄ちゃんは私の水着姿について一言感想を言うべきだよ!」
「お姉ちゃんさっき携帯電話が鳴ってたよ」
「無視された!」
お姉ちゃんの怒りを買ってしまった僕は、お姉ちゃんが蹴り上げた砂によって目を潰されてしまった。
「い、痛いよ! お姉ちゃん何するの!?」
本当に痛い! 涙が溢れてくる!
「ばーかばーか! 目移りする最低の目はもう使えなくてもいいよ!」
「ひ、酷いよ……!」
「どいてよ! 携帯が取れないでしょ?!」
目をこすっている僕をお姉ちゃんが突飛ばしてきた。
惨めに砂浜に倒れ込む。酷い……。
「……大丈夫……?」
三田さんの声が聞こえる。僕は潤んでよく見えない目を越えの方に向けてみた。
三田さんの姿はほとんど見えないけれど全体的に白いのは分かった。
「……タオル、よかったらつかって……?」
「あ、ありがとう。ごめんね……」
三田さんに渡されたタオルを目に当てる。とてもいい匂いのするタオルだった。
「……だいぶ楽になった……。ありがとう三田さん」
視界が戻ってくる。
僕はすぐに三田さんにタオルを返した。
全体的に白かったのは三田さんがTシャツを着ているからだった。白い水着の上に白いTシャツ。先ほど着ていたワンピースも白かったし、図書館で会ったときのワンピースも白かったし、きっと白が好きなんだね。
「お姉さん、酷いね……」
「うん……。でも、僕が悪いから……」
早く許してもらおう。
「でも、佐藤君は何もしていなかった……」
「あの、実は今兄弟げんか中で……。僕お姉ちゃんを怒らせてしまっているんだ」
「……そうなんだ……。私にできる事があれば、なんでも言ってね……」
「うん。ありがとう」
優しいね。三田さんは。
そういうわけで。
全員揃った。
海水浴のスタートだ。
とは言ったものの、人が多くて水につかる位しかできない状態であった。
漫画によくあるようにキャッキャウフフとみんなで水を掛け合ったりもしたのだけれども五分もしないうちにみんな飽きてしまった。お姉ちゃんの持ってきたビーチボールを使えば周りの人に迷惑がかかるし、ゴーグルをつけて潜ってみたりしたけれど海が濁りきっていたため視界は零だった。遠泳できるほど僕は泳ぎが得意ではないし、みんなもそんなことはしたくないみたい。
今はみんなそれぞれどこかへ行っている。
パラソルの下にいるのは僕と小嶋君だけ。
「……人が多すぎる……。帰ってアニメ見たい……」
ビニールシートの上でぼうっと水平線を眺めていた小嶋君。暇が限界を迎えたようで完全に海への興味が無くなってしまったようだ。
「ねえ、小嶋君」
「なんだ」
「今日は、部活、休みだったの?」
嫌な予感しかしないけれど、確かめなければならない。
「部活? 部活なら辞めたけど」
「え?!」
何となくそう思っていたけれど! この考えは間違っていてほしかった!
「どうして?!」
分かりきっていることを聞いてみる。当然帰ってくる答えも分かりきった物。
「アニメ見れねえだろっ! バスケよりアニメだ! 俺の人生はアニメだけで十分だ!」
「……うん」
僕は本当に大変な趣味を勧めてしまったらしい。なんなら、もう一度僕を殴ってもいいから目を覚ましてほしい。
「アニメ一色の人生……。素敵すぎる……!」
「そう、だね。その、彼女とかは、作らないの?」
「……彼女か。まあ、そのうち作るわ」
嫌な話題だったのか、それきり黙り込んでしまった。謝った方がいいのかな……。謝った方がいいよね。
「ごめんなさい……」
「は? 何が?」
「その、なんだか嫌なこと聞いたみたいで……」
「別にんなことはねえけど。佐藤は彼女作らねえのか?」
「僕なんかが作れるわけないよ。だって僕、貧弱だし、かっこ悪いし、情けないし」
「……。ふーん。気になるやつとかはいねえのか?」
「……気になる人は……」
いる。
「いないよ」
「一人もいねえのか?」
いる。
「うん。一人もいないよ」
「……そうか」
「その、小嶋君は? 楠さんのことが、その、好き、なんだよね?」
「ん、いや、まあ――」
一瞬考え込み、小嶋君が言う。
「――実は俺、別に若菜ちゃんが好きなわけじゃねえんだ」
「え、そうだったの? これまでずっと楠さんにアピールしていたからてっきり……」
「アピールはしてた。でもあれは変なプライドみたいなもん」
「プライド……?」
「他人の目ばかり気にしてたから、若菜ちゃんを選んだんだよ。若菜ちゃんが彼女ってだけで、それだけでステイタスだろ」
「うん。それはとってもすごいことだね」
「だろ。今考えると、馬鹿みてえだな。んなことよりすることがあっただろって言いてえよ」
「アニメを見る事?」
「本当に好きな奴を振り向かせることに決まってんだろ」
「――え?」
な、なんだか、聞いているこっちが恥ずかしい気がするよ。
「本当に好きな人が、いるんだね」
「まあな。お前のよく知っている奴」
僕のよく知っている人? ……。
「……え?! ま、まさか、お姉ちゃん!?」
「ちげえよ。お前の姉ちゃんは今日初めて会ったわ」
「そう、だよね……。えっと、じゃあ……、誰?」
なんて聞いても教えてくれるはずないよね――そう考えているのは僕だけだった。小嶋君は極めてあっさりと何のためらいもなく何の交換条件も出さずに僕に教えてくれた。
「有野」
「……え……?」
電源を切ったかのように思考が吹き飛んだ。
「有野だ」
「ひ、ひ、雛ちゃんが、どうしたの?」
「だから、有野なんだよ」
頭が必死に理解を拒む。拒んだところで、何も変わらないのに。バカみたいだ。
誰が誰を好きになろうとも自由なのに。誰が誰に想われていようと僕がそれを否定する権利はないのに。
分からないふりをして何か起きるの?
何も起きない。起きないどころか――いや、これ以上考えるのはやめよう。
ここから先を考えると、別の答えがでてしまう。
「優大」
僕の名前が呼ばれるのと同時に顔に冷たいものが当たった。そのせいで今まで考えていたことも吹き飛んでしまった。
「冷たい!」
もう今はこの冷たいものの正体以外考えられない。一体なんだろう? そう思い冷たい物の正体を見てみる。そこにあったのはポリカスウェットの青い缶。誰かが僕の顔にそれを当てていたようだ。アニメみたいなことをするね。
誰がやったのだろうかと気になり振り返ってみると雛ちゃんが怒ったような顔で僕を見下ろしていた。
「あ、ひ、雛ちゃん……」
雛ちゃんの顔を見た瞬間先ほど吹き飛んでしまった色々なものが元に戻ってきてしまった。焦り、小嶋君の方を見てみる。
「あれ……?」
いつの間にか小嶋君はいなくなっていた。恐らく、僕が考え込んでしまっている間にトイレにでも行ったのだろう。
「優大」
「え、あ、ごめん」
慌てて雛ちゃんを見る。雛ちゃんは相変わらず怒った顔をして青い缶を僕に差し出していた。な、何か僕怒らせることをしたのだろうか。
「やるよ」
「あ、ありがとうございます」
受け取ってもいいのかな……。怒られないかな。
そんなあり得ないことを考えながら僕はポリカスウェットを受け取った。
「優大」
「はい……?」
な、何でしょう……。
「えーっと、このポリカは、その、あれだ。あれ。……あれ? なんだっけ」
「いったい、なんでしょう……?」
怖い。やっぱり顔が怒っているよ。
「なんだったっけ…………。あ、そうだそうだ」
一層怖い顔になった雛ちゃん。それを情けない顔で見上げる僕。とうとう怒られるんだ!
「べ、別にお前の為に買ってきたんだからな!」
……え?
怒られては、いないよね。
「え? え? あ。うん、その、ありがとう?」
感謝をしろっていう事、だよね? でも、なんだか日本語がおかしいような気もしないでもない。
「ん? あれ? いやいやいや。べ、別に優大の為に買ってきたんだからねっ」
「え、あ、うん。ありがとう」
「……」
「……?」
「……あれ?」
「……え?」
首を傾げる雛ちゃん。
どうしたのかな……? なんで二回も念を押したのかな……。
「……別に、アンタの為に、買って、来たんだからね?」
「は、はい。あ、お金ですか?」
全然違うらしく雛ちゃんが悲しそうに叫んだ。
「ちげえよ! あれ?! なんで?! 優大が喜ぶと思ったのに!」
「え、うん。喉かわいてたから、僕嬉しいよ」
「そっちじゃねえ! 今のセリフの方だ!」
「セリフ?」
『別にアンタの為に買ってきたんだからね』っていう一見ツンデレみたいなセリフのことかな。
「今のセリフってアニメでよくつかわれているんだろ? この前優大が見てたアニメでもこんなセリフ言ってたじゃん。『つんでれ』っていうんだろ?」
「え? あ、うん」
ちょっとだけ間違えているみたいだね。
「でもどうして突然? もしかして雛ちゃんもアニメに興味が湧いたの?」
そうだとしたら嬉しい反面少し怖い。小嶋君の二の舞になってしまうのではないかと……。
「ちげえよ。優大がこういうの好きだって言ったからちょっと真似してみようかなぁとか思っただけだ」
「あ、そうなんだ」
雛ちゃんがとっても落ち込んでしまった。
「そうなんだよ。なんだよ、反応薄すぎだろ……。やっぱり私みたいなのがこんなことしても全く魅かれねえか……」
「そんなことないよ! とってもツンデレみたいだったよ!」
日本語がおかしかったけれど!
「別にいいよ無理して褒めなくても。どうせ私は優大の好きなアニメみたいに可愛くねえから」
「そんなことないよ!? 雛ちゃんは可愛いよ?!」
「お世辞はいらねえよ。可愛くねえから優大の好きなセリフを言ってもぐっと来なかったんだろ」
「……その、僕は、あの……」
フォローしたいのだけれども、なんと言うか、言い辛い。言いたい言葉は浮かんでいるけれど、それを言うのはためらわれる。柄じゃないので恥ずかしいし、小嶋君のこともあるので言ってもいい事なのかどうか分からない。
「なんだよ優大。何でも正直に言ってくれよ」
「……うん……」
多分、言ってしまえば雛ちゃんのことが好きな小嶋君に対する罪悪感が凄いことになってしまうのだろうけれど、言わなければ雛ちゃんのことが好きな僕自身の後悔の念が大変なことになるだろう。
だから言っておこう。
「雛ちゃんは……えっと、そのままの方が、可愛いと言いますか……」
なにこれ! 罪悪感とか後悔の念とかそんなのより何よりとにかく恥ずかしい! その一言に尽きちゃうよ!
「…………そっか」
恥ずかしがる僕に対して雛ちゃんは特に照れている様子もなく優しく微笑んでいるだけだった。まあ、そうだよね……。僕なんかにこんなこと言われてもなんとも思わないよね。
「でも多分それじゃあダメなんだよな」
「え?」
苦笑いを浮かべている雛ちゃん。喜んでいるのか、喜んでいないのか僕にはよく分からないけれど、あまり嬉しそうではないみたい。
「それじゃあダメなんだよ。私は」
「その、もっと可愛くなりたいと、いう事?」
「そんなところだ。私は、変わるよ」
「え、え? 雛ちゃん、変わるの?」
「変わる」
「そのままでも十分モテると思うけど……」
「……お前は本当に疲れるよ。たまに面倒くさいとすら思う」
「え、あ、ゴメン……」
「まあそんなことどうでもいいじゃん。飲もうぜ」
「……う、うん……?」
よく分からなかったけれど、怒っていないのなら良しとしよう。
雛ちゃんに促されて僕はプルタブを開けた。のだけれども。
「……ひ、ひ、雛ちゃん……?! なんだか、缶に、赤い絵の具のようなものが付いているのだけど、これは……?」
「ああ、さっきナンパしてきた男がウザかったから――。中身は無事だから気にすんな」
ナンパしてきた人がウザかったからどうしたの?! 僕はその続きがとっても気になるのです!
「い、いただき、ます」
結局続きは聞けませんでした。
「隣に座っていいか?」
「うん」
雛ちゃんと並んで海を眺める。
「人が多いな」
「そうだね。暑いもんね」
本日は快晴なり。
「小さいころは人の多さなんて関係なく楽しかったのに」
「そう言えば、そうだったような気がする。海だけしか見えていなかったね」
「注意力が上がっちまったのか? だから周りの奴らが気になるのか?」
「そうなのかもしれないね……」
これも、大人になるという事なのだろうか。大人にならなければ、きっと今日だって周りの人のことなんて気にしないで泳ぎまわれていたのだろう。
「でも今も楽しいよ」
なんだかんだ言っても、みんなで海へ来たという事実だけで僕はとても嬉しい。泳げなくても、砂浜で暴れることができなくても、みんなと一緒に何かをするという行動自体に僕は縁が無かったから。寂しかった夏休みと比べれば隣に人がいるだけで幸せすぎる。
「そっか」
雛ちゃんが綺麗に笑った。
その笑顔が見れる僕は幸せものだ。この先もずっと見て行きたい。
僕は――
――ううん。さっきも思ったじゃないか。この先のことを考えるのは止めておこうって。
白い砂浜の照り返しのせいか今僕の顔はとっても熱い。顔が赤いと思うけれど、これは日焼けのせいだ。僕はすぐ赤くなってしまうのだ。
「うわっ!」
突然後ろから強い衝撃をもらった。
「優大?! どうした!」
雛ちゃんと一緒に僕は後ろを振り向いてみた。
「ふーん」
怒った顔をしたお姉ちゃんが立っていた。僕はお姉ちゃんに蹴られたらしい。
「何すんだよ! あぶねえだろ!」
「うるさい! あなたのせいでお兄ちゃんはこうなったんだから!」
「はぁ? 何言ってんだ? 押したのはお前だろうが」
「そういう事じゃない。もういいから話しかけないでくれる?」
「な……! てめえ、優大の姉ちゃんだからって許さねえぞ」
喧嘩をしだしてしまった。
「雛ちゃん! 僕は大丈夫だから!」
「大丈夫じゃねえよ! 砂だらけじゃねえか!」
心配そうな目の雛ちゃん。
「砂くらい、海に入ればすぐに落ちるから」
それにどうせ帰る前にシャワーを浴びるしね。関係ないよ。
「……まあ、そうだけど。でも痛かっただろ」
「痛くないよ。全然痛くないよ」
本当に痛くないよ。押されただけだから。
「……でも、こんな意味わかんねえことされたんだから怒ってもいいじゃねえか」
「多分、僕が邪魔だったんだね。うん」
「なら口で言えばいいじゃねえか! なぁおい!」
またお姉ちゃんを睨み付ける雛ちゃん。お姉ちゃんは雛ちゃんに負けないくらい迫力のある目で睨み返していた。
「悪いのはあなたでしょう!?」
「だから意味が分かんねえって言ってんだろうが!」
「私はあなたのことが嫌いなの! どうせまたお兄ちゃんを傷つけるんでしょ?!」
「私がいつ傷つけたっていうんだよ! そんなことしねえよ!」
「しらばっくれるな!」
小さい体から考えられないほど大きな声で叫んだお姉ちゃん。思わず僕も雛ちゃんも驚いて硬直してしまった。
「あの黒髪ロングの子も嫌いだけどそれ以上にあなたのことは大嫌い! あなたのせいでお兄ちゃんがどれだけ傷ついたと思ってるの?!」
「……だから、いつ傷つけたのかって聞いてんだよ」
「私が言わなくても……わかってるでしょう……?! 四年前だよ!」
「……っ」
四年前と言えば、僕が雛ちゃんに怒られた時だ。その時のことを言っているのだろう。
「あなたは最低。なんでまたお兄ちゃんに近づいているの? また裏切るの?」
「……もう裏切らねえよ」
「どうだか。あの時どれほどお兄ちゃんが落ち込んでいたか知らないでしょうね。どれだけ傷ついていたか知らないでしょうね。見ているこっちがつらかった。あんなひどいことをする人間は信じない」
「……」
「お、お姉ちゃん。もう、あの時のことは終わったから……」
「終わったの? 終わったってなんで分かるの? また裏切られなきゃまだ終わっていなかったって気づけないの? この人と一緒にいる限り終わったなんて言えないんだよ?」
「雛ちゃんはもうそんなことしないよ!」
「そうかもね。でもお兄ちゃんに必要なのは裏切らない人だけ。つまり家族だけでいい」
「勝手に決めないでよ」
「私は、弟を守る義務がある。いつか悲しむのなら友達はいらないでしょ。黒い髪の子も、その雛ちゃんっていうも、いつかきっとお兄ちゃんを裏切るよ。飽きたら捨てられるんだよ」
ふざけている。ふざけすぎているよ。
「そんなこと絶対にしないよ! お姉ちゃんに何が分かるの?!」
「四年前に裏切られているのを見たから」
「あれは……違うから」
「違わない」
そう言ってお姉ちゃんがカバンから携帯を取り出していじり始めた。
何かを僕に見せるのだろうかと思ったけれど、そんなそぶりは見せない。
「何しているの……?」
「メールだけど」
なんで。なんで僕と話している最中にそんなことをするのか全く理解できない。
「話の途中でそんなことをするなんて失礼だよ!」
「はいはいはい。帰ったら遊んであげるから少し黙っといてよ」
「っ!」
限界だ。
「もういいよ! 行こう雛ちゃん!」
「え、ああ……」
お姉ちゃんに酷いことを言われて落ち込んでいた雛ちゃんの手を取って僕は立ち上がった。
とりあえずここから離れなければならなかった。
お姉ちゃんなんて……嫌いだ。