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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第二章 ホーロウ中年
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図書館は涼しいところ

 新たなる同士の誕生による興奮が冷めやらないまま、小嶋君は一刻も早く帰って借りたものを見たいようで僕を連れて有野家を出た。國人君も今日はそういう気分ではないようだし、用事が無いのに長居するのは迷惑だもんね。

 そういうわけで僕は一人悶々としたものを心に抱えながら、風の死んだ蒸し暑い道路を歩いていた。

 暑い……。なんだかいつもより暑い気がする……。悩みを抱えていることが関係しているのかな……。

 何となく家に帰る気にならない僕は溽暑の中、涼を求めて市立図書館へと向かう。

 暑いよ……。

 やっとのことでたどり着いた図書館。自動ドアが開き心地の良い人工の涼風が僕を包み込んだ。とっても涼しいね。

 図書館に来たけれど勉強道具も持ってきていないし読みたい本も無いので汗が引くまで適当にぶらぶらと館内を徘徊する。つまみ出されないよね?

 歩き回るのは迷惑かと思い直し適当に本を抜き取って読むことにした。

 ……。

 難しくってよく分からないよ。

 十ページほど読んで本を閉じた。

 頭の悪い人間は図書館に来てはダメだね……。


「佐藤君……?」


 僕の名前が呼ばれたのかな? 佐藤はありきたりな名前だから僕じゃないかもしれない。でもとりあえず声の方を見て確認することに。確認するだけなら迷惑をかけないからね。


「佐藤君、偶然だね……」


 僕が呼ばれたのだった。

 僕の後ろに立っていたのは真っ白いワンピースを着た黒髪でボブカットがよく似合う女の子。とってもおしとやかで物静かなクラスメイトの三田さんだ。

少し前まではよく話していたけれど、僕が楠さんの秘密を見てしまった六月あたりから話しかけられることが無くなってしまった。友達と思っていたけれど、そう思っていたのは僕だけだったのかな……。


「久しぶりだね……」


「うん」


 久しぶり。

 夏休みだからしばらく会っていないことに対することか、会話を交わすことがしばらくぶりだということか。


「佐藤君は、勉強?」


「あ、ううん。僕は涼みに来ただけだよ。三田さんは勉強をしに来てたんだね」


 三田さんは筆箱と夏休みの課題を持っている。僕も勉強道具を持って来ればよかった。


「外は暑いからね……」


「うん。とっても蒸し暑いよ」


「……」


「……」


 図書館だから、静かにしなくては。

 こう言ったら三田さんに失礼かもしれないけれど、三田さんは僕に似ていると思う。もちろん友達の数は三田さんの方が多いけれど、何と言えばいいものか悩むけれど、本当に申し訳ないとしか言えないけれど、ポジション的に僕らは似ていると思うんだ。こんな失礼なこと三田さんには言えないよね。

 その三田さんがゆっくりと僕の隣の席を指さした。


「……隣、いい?」


「え? あ、うん。もちろんだよ」


 断る理由がないからね。

 かすかに笑みを浮かべ三田さんが僕の隣に座った。……この広い机に隣り合って座るのってなんだか緊張しちゃうよ。


「佐藤君は、宿題終わった……?」


「全然終わってないよ。きっと夏休みの終わりに慌ててやることになると思うよ。僕頭悪いから。三田さんはもう終わりそう?」


「私は……まだまだ……」


 きっとそんなことは無いよ。だって三田さん、頭いいもん。

 三田さんがノートと問題集を机の上に広げた。ちらりと解いてある問題を見てみると、やはり僕より断然先の問題をやっていた。


「佐藤君」


「え?」


 もしかして、ノートを眺めていることが気に障ったのかも! 「答え見ないでよ!」って怒られてしまうのかも!

 そんなことは無かった。


「夏休みの間、これまで、誰がクラスメイトに会った……?」


「うん。さっきまで小嶋君と雛ちゃんに会ってたよ」


「……そう、なんだ……」


「それがどうかしたの?」


「……ううん」


 三田さんがほんの少しだけ悲しそうな顔をして問題集に取り掛かり始めた。なんだか、よく分からない罪悪感が僕を襲うよ。ここは、何とか機嫌を取らなくちゃ。


「あ、えっと、三田さんは? 誰か友達と遊んだ?」


「……私は、ずっと一人でいたから……」


 僕のバカ。


「私、友達いないから……」


「そんな。三田さんいつもたくさんの人に囲まれているよね? みんな友達でしょ?」


「……あの人たちは、私のことを友達とは思ってないから……」


 今度はとっても悲しそうな顔を作った。

 宝石のように綺麗な瞳が悲しげな光を放つ。僕がじっと見ていることにに気づいたのか陶器のように白い肌に少しだけ赤みが差した。あれ、なんだか僕ヘンタイみたい……。


「私、友達いないから……」


 同じ言葉を繰り返した三田さん。

 やっぱり僕は友達と思われてないのかな……。

 ……。

 ううん。

 やっぱり、勇気を出して僕から行かなくちゃ。


「あの、その、三田さんと僕は、友達、だよね……?」


 勇気を出して友達になろうって言いたかったのに情けない聞き方になってしまった……。

 違うって言われたらどうしよう……。悲しくてここから逃げ出してしまいそうだ。

 三田さんは驚いた顔をして僕の方に顔を向けた。


「……私、友達でいいの……?」


「う、うん。もちろんだよ。というか、お願いします……って言いたかったんだけど……」


 僕の言葉を聞いて、楠さんにも雛ちゃんにも勝る笑顔を僕に向けてくれた。うぅ……。ドキドキするよ……。


「ありがとう」


 お礼を言われた。


「ど、どうしてお礼を言うの?」


「嬉しいからだよ……」


 頬の赤い素敵な笑顔を僕から反らす三田さん。なんだか僕も恥ずかしい。

 反らしたまま僕に聞いてくる。


「……友達なら、一緒に遊んでもいいかな……」


「うん。一緒に遊ぼう」


「……うん……」


 とっても嬉しそうだ。自分のしたいようにやったのに、相手の人も喜んでくれるなんて、やっぱり勇気を出すことはいいことだね。

 ポケットから携帯を取り出しおずおずと僕に差し出してくる三田さん。


「……佐藤君の、携帯のアドレスとか、聞いていい?」


「あ、うん」


 僕も慌てて携帯を出して赤外線送受信。

 なんだか最近アドレス帳に登録する機会が多くなっている気がする。とってもいいことだね!


「……佐藤君の、アドレス……」


 赤外線で送られた僕のアドレスを眺めて三田さんがつぶやいていた。

 アドレスの交換を終えただけなのにとてつもない充実感が僕の心を満たしていた。三田さんも同じようなことを感じているようで課題には一切触れなくなっていた。もしかして僕が邪魔なだけかもしれないけれど……。


「さ、とう、くん……」


 ギュッと携帯を握りしめちらりちらりと僕を見てくる三田さん。どうしたのだろう。どこか行けって言われるのかな……。


「メール、するからね……」


「あ、うん。僕いつでも暇だからどんな時間でも大丈夫だよ」


「うん」


 携帯を眺め、嬉しそうに笑った。アドレスが増えることがそんなにうれしいんだね。僕もよく分かるよ。僕も数えるほどしか登録されていないから、増える度にニヤニヤしてしまうもの。

 三田さんが携帯を握りしめたまま僕に顔を向ける。


「そ、それで、あの、今度――」


 どこか緊張した面持ちで何かを伝えようとしたとき、


「あれ、佐藤君……と三田さん?」


 綺麗な声が静かな図書館に響いた。その声に三田さんがびくっとなり、慌てたように課題の方へ顔を向けた。僕は確認するまでも無い声の主を確認した。そこには綺麗な姿勢と綺麗な笑顔で僕らの方を見ている楠さん。


「楠さん。こんにちは」


「こんにちは佐藤君。三田さんもこんにちは」


「こんにちは……」


 顔の半分だけ楠さんに向けて挨拶をする三田さん。そうだよね。突然こんなところで楠さんのような人物に会えるなんて緊張しちゃうよね。


「偶然だね二人とも。勉強?」


 楠さんが近づいてくる。


「三田さんは勉強をしにきたみたい。僕は涼みに来ただけなんだ」


「勉強かぁ。すごいなぁ~」


 Sっ気たっぷりのいつもの態度とは違い今はとても優しげな雰囲気だ。僕や雛ちゃん以外のクラスメイトにはこの優しげな雰囲気で接している。

 山での一件の真相を知らない人は、楠さんに対して完璧美人という認識を持っているので、楠さんはその期待に応えるように接しているみたいだ。

 あの一件は僕が悪で楠さんは被害者。そんな図式がみんなに浸透しているから楠さんは今まで通り過ごしているというわけ。

 当然三田さんに対してもあの完璧で美人で非の打ちどころがない楠さんとして接している。


「二人はいつからここにいるの?」


「僕はついさっき来たばっかりだよ。三田さんは?」


「……私も、さっき来たばかり、です」


「へぇそうなんだ。偶然だね」


「うん。楠さんはここに何をしに来たの?」


「何をしに来たのって、なんだか気に障る言い方だね。私が来ちゃいけないの?」


「え、そう言うつもりではなくてですね。何をなさるのかなぁと思って……」


「本を読みに来た意外に目的があるのかな」


 全てを知っている僕に対してはどこであろうとSっ気満載だよ。喜んでいいところだよね、多分。


「そ、その、僕みたいに涼みに来たとか、三田さんみたいに勉強しに来たとか……」


「図書館は落ち着いているし勉強をするにはふさわしいかもしれないけどさ、クーラーで涼みたいのな

ら自分の家でいいんじゃない? なに? 君の家はエアコン無いの?」


「あ、ある、けど……。その、何となく家に帰りたくなくて……」


「あらあら。これがいわゆる夏特有の自分探しの旅ですか。すごいや佐藤君」


「そういうつもりはないけど……」


 でも、旅とかしてみたいな。せっかくの長期休暇だし、普段出来ない事をやりたくなるのは当然だよね。

 と、こんなどうでもいいことを考えていると、三田さんが急いだように机の上に広げられた勉強道具を片付けて立ち上がった。


「その、私はこれで……」


「え、あ、うん。ばいばい」


「うん」


「もう課題やらないの?」と楠さんが問いかける。


「あ、はい……」


 申し訳なさそうに頷く三田さん。


「そっか。もうちょっと話したかったんだけど残念だね」


 綺麗に笑う楠さんと恥ずかしそうに俯く三田さん。


「……その、失礼します……」


 楠さんに軽く頭を下げて逃げるように僕らの前から姿を消した。


「……急いでいたのかな?」


「そんなわけないでしょ」


 先ほどまで三田さんが座っていた席に楠さんが座った。


「私のことが嫌いなんでしょ」


 楠さんが面白くなさそうに頬杖をついた。


「私が来た瞬間勉強道具片付けだしたじゃん。すっごくあからさま」


「そ、そんなことは無いんじゃないかな? その、楠さんすごいから、緊張しちゃったんだよ」


「そう。ならいいんだけどね。でも、まさか佐藤君と三田さんが逢瀬を楽しんでいるとはね。意外だったよ」


「逢瀬って、本当に偶然会っただけだよ?」


「と、みんなには言っておこうね三田さん。そうだね佐藤君」


 信じてくれないよ……。


「楠さんはよく図書館に来るの?」


「話をそらそうとしているところがより怪しさを醸し出しているよ」


「そ、そう言うつもりじゃないよ」


「どうだか。まあいいや。私はよく来るよ。それほど遠くないしね」


 楠さんの家がどこにあるのかは分からないけれど、朝僕らを待ってくれているところはこの図書館にほど近い。多分そのあたりに家があるのだろう。


「それで、家に帰りたくないって言ってたけど何かあったの?」


 頬杖をついた状態で僕の方を見てくれる楠さん。


「う、うん……」


 それほど大それたことではないけれど……。


「なに? 言いたくないの?」


「え、そんなことは無いよ! ただしょうもない事だから……」


「ならそのしょうもない事を言いなさい」


「は、はい」


 伝えるようなことでもないことを楠さんに伝える。

 それは当然まりもさんのことだ。

 スカイぺの相手に僕の名前が特定されたらしい。少し怖くて部屋に帰る気にならなかったというだけ。

 と、伝えた結果。


「ダサ」


 と二文字で返してくれた。とっても理解しやすいね。


「インターネットの向こうの相手でしょ? そんなの気にしなければ勝ちじゃん」


「そ、そうなんだけど……」


 まりもさんは、僕にとってそんなに簡単に無視できるような相手ではないんだ。


「あ、そう言えば、楠さんパソコン触るんだよね……?」


「まあ、君ほどではないけれど」


「あの、なら、知恵をお貸しいただくわけには……いかないかな?」


「別にいいけど役には立たないよ」


「ううん。そんなことないよ。どういう状況か見てくれるだけで僕は救われた気持ちになるよ」


「そう。なら、頑張って見ようかな」


 そう言って綺麗な笑顔を見せてくれた。


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