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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第二章 ホーロウ中年
47/163

よく脅される日

 あれからすぐに生徒会室を出て校外へ出る僕ら。


「なんなんだよあいつら!」


 生徒会室からずっと雛ちゃんの機嫌が悪い。雛ちゃんだけじゃない。楠さんも前橋さんも機嫌がよくない。当然だ。無理やり嫌なことをさせられるのだから。


「ふざけやがって、むかつくな」


「そーですよね! 有野さんを怒らせるなんてふざけているにもほどがあります!」


 確かに無理やりはよくないと思うけど、文化祭の為だと考えると仕方がないかなと納得もできる。でもそれは僕がお姉ちゃんと弟のことが好きだから言えるわけで、お兄さんのことを世間に知られたくない楠さんと雛ちゃんにとっては到底納得できることではないのだろう。


「なんであんな恥ずかしい兄を世間の目にさらさなくちゃいけないの……」


 楠さんのお兄さんは見たことがないが、きっと楠さんのように素晴らしい人に違いない。しかし楠さんはオタク趣味の兄のことを恥ずかしく思っているようでそれをばらしたくないようだ。雛ちゃんもそれとよく似た思いなのだろう。


「ストレスが溜まる……」


 楠さんが少しだけ俯きおでこに手を当てふぅと息を吐いた。そして思いついたように顔を上げて言う。


「そうだ。変質者を追い出しに行こう」


 つまりあそこでストレス解消をしに行くということだ。


「でも、馬山さんはいい人だから、追い出さなくても……」


「いい人だろうがいい人じゃなかろうが関係ない。追い出したいから追い出すの」


「え、えっと、でもね、雛ちゃんも、馬山さんがあそこにいること認めてくれたんだよ?」


「それはつまり追い出せなかったってことでしょ」


「ちげえよ。追い出さなかったんだ」


「そーですよ! 有野さんに出来ないことが存在するとでも思っているんですか?! 楠さんは失礼です!」


 何のことかは分かっていない前橋さんだけど、とりあえず雛ちゃんの味方になるみたいだ。


「私に任せて佐藤君。私なら追い出せるから」


「え、その、僕は別に……」


 追い出さなくてもいいけれど……。

 僕の気持ちを感じ取ってくれたのか、雛ちゃんが言う。


「待てよお前! 優大は追い出したくないって言ってたから、私は追い出さなかったんだぞ!」


 びしっと楠さんに指を突きつける雛ちゃん。その横で前橋さんが話に入れないようで悔しがっていた。


「本当は、追い出したいんだよねー?」


 楠さんが首をかしげて僕に問う。


「えっと」


「よしわかった。任せて」


 う。答えてないのに話が進んでいるよ。どんな方法で追い出そうとするんだろう……。馬山さん、大丈夫かな……。


「あ、あの、あそこに行くのなら、僕も行くよ」


「へぇ。心配してくれるんだ。ありがとう」


「ま、まあ……」


 どちらかと言えば……馬山さんの方の心配だけど……。


「あんなところに二人だけで向かわせるなんて襲われちまうじゃねえか!」


 雛ちゃんも僕らのことを心配してくれる。でも、大丈夫だよ。


「馬山さんは僕らを襲わないよ? 雛ちゃんも昨日見たでしょ?」


「あのおっさんのことじゃねえよ! 道中若菜がお前を襲うだろ!」


「襲わないから……」


「……襲われればいいんです……」


 小声で前橋さんが言っていたけれど僕以外聞こえていなかったようだ。


「誰も佐藤君のことなんて襲いません」


「うるせぇ痴女っ! 優大が行くなら私も行くからな!」


 雛ちゃんの発言に前橋さんが大きな声を上げる。


「え?! そんな! 有野さん今日は私と二人きりで過ごしてくれると約束してくれたじゃないですか!」


「そんなのしたっけ。覚えてねえ」


 多分、あさ学校についた時にそれらしいことを言われていたよ。


「駄目ですよ有野さん! 今日は私の日ですから私のこと以外考えないでください!」


「なんで私の予定を人に決められなきゃならねえんだよ」


「約束したからです! もうっ、ダメですからね!」


 そう言って雛ちゃんの腕をがっしりとつかみ来た道を引き返し始めた前橋さん。


「有野さんのお家に連れて行ってくれるものだと思っていたのですがどうやら違ったようですね!」


「何しやがる!」


「私の家に行きましょう! 今日は私と過ごしてもらうんです!」


「放せ! 優大が襲われちまう!」


「大丈夫です! ……襲われようがどうでもいいです……」


 またぼそりとつぶやいたが雛ちゃんには聞こえていないみたいだ。

 ずるずると引きずられる雛ちゃんに僕は声をかけた。


「僕は大丈夫だよー。何も心配することは無いよー」


「大丈夫なもんか! 頼む放してくれー!」


「はぁはぁ……今日は、有野さんと一緒に……はぁはぁ」


「僕は大丈夫だからねー?」


「大丈夫じゃねえよ! 放せっての!」


 終始抵抗していたけれど、結局前橋さんに連行されてしまった雛ちゃん。僕の心配をするのなんかより友達と遊んだ方が楽しいからこれでよかったんだと思う。


「じゃあ行こうか佐藤君」


 どこかいい表情の楠さんが山へ向かって歩き出す。


「あ、うん」


 昨日と同様に友達と秘密基地へ向かう僕。なんだか楽しいね。





 制服のまま山を登り秘密基地にたどり着いた。

 夏の日差しの下、馬山さんは暇そうにぼぅっと空を眺めていた。


「こんにちは変質者さん」


 何のためらいもなく馬山さんのそばにより挨拶をする楠さん。変質者という認識を持っている男の人に怯えずに近づけるその勇気は凄いと思うけど危険を伴う気がする。本当の変質者だったら大変なことになってしまうよ。

 馬山さんは一度楠さんを見て、昨日と同じように楠さんの後ろに立つ僕の姿を覗き込んできた。


「なんだ少年。またまた来たのか。しかも連れてくる少女を変えて再来するとは。少年は結構遊び人なんだな」


「ち、違うよ」


「違うのか。昨日連れてきたヤンキーも可愛かったけど今回のねーちゃんもまた可愛いな。可愛いっつーか、美人か」


「セクハラですか?」


 さっそく強い言葉を使うね楠さん。仲良くする気ゼロだよ。


「どこがだよ。褒めただけじゃねぇか」


「変質者に褒められたところで不快感しか得られません。不快に思うということはセクハラと言っても過言ではないはずです」


「過言だろ。で、今日は一体どういったご用件で?」


「ここから出て行ってもらっていいですかね」


 バシッとストレートに言いますね。かっこいいです。


「なんだよ。その話は昨日終わっただろ少年」


「それは私とは関係ありませんから。佐藤君がここにいてもいいと許可しても私は許可しません」


「えー。そこを何とかしてもらえませんかね。俺家が無くて困ってるんだよね。ここを追い出されたら住所不定無職にもどっちまう」


「大丈夫です。ここにいたところで住所不定無職は変わらないので。さぁとっとと失せてください」


「笑いながらきついこと言うな……。……少年。少年は、優しい人が好きなんだよなぁ?」


「え、うん」


 昨日も聞かれたよ。何の確認だろうか。


「きつい人と、きつくない人はどっちが好き?」


「きつくない人……」


「きつい人ときつくない人どっちが嫌い?」


「それは、もちろん、きつい人の方が、好きじゃないけど……」


「優しい人が好きで、きつい人が嫌いと」


「う、うん」


「なるほどなぁ。それで、美人のねーちゃん。俺、ここに追い出されたら困るんだけど」


「知らない。出て行ってください」


「きついな。少年に嫌われてもいいのか」


「佐藤君はもう私の性格が最悪だと知っていますから。この程度で印象が変わるとは思えません」


「……はぁん。なるほどなぁ……。困ったなぁ。少年。何とかしてくれねえか」


 そうだね。ここは、僕が説得する場面だよね。馬山さんは今大変な状態なんだから助け合わなくちゃ。


「う、うん。その、ね、楠さん。人が困っていたら、助けてあげなくちゃ、いけないと思うんだ」


「なら今私が困っているから助けてよ」


 う。


「で、でもね、あの、馬山さんは、家が無いから、その、今の楠さんよりも困ってると思うんだ」


「なに? 君は見ず知らずの困っている不審者は助けて困っている友達は助けないっていうの? 私達ってその程度の関係だったんだ。ショック」


「え、いやその、もちろん、楠さんは大切な友達だけど……」


「すごく困っている変質者を助けるか、すごくじゃないけど困っている大切な友人を助けるか。どっちを選ぶの?」


「そ、その……」


 そう言われると、困る……。


「駄目だ少年。このねーちゃんは俺たちの手に負えない。ここは少し強硬手段に出るしかねえ」


「きょ、強硬手段?! 暴力はダメだよ!」


 慌てて楠さんの前に出て馬山さんに向けて両手を突き出す僕。


「んなことしねえよ。犯罪じゃねーか」


「あ、そ、それなら、よかった……。なら、強硬手段って、何をするの?」


「その辺の道端で倒れて保護されたところでそのねーちゃんの名前を連呼するとか」


「やめてくださいよ。迷惑かけないで」


「まあそういうこった。迷惑をかけられたくなけりゃここにいさせてくんねえかな」


 ものすごく強硬手段だね。迷惑にもほどがあるよ。


「脅すっていうんですか?」


「脅すっつったって、なぁ。そんな大げさなことじゃねえし、俺をここにいさせてくれりゃあ全部丸く収まるだろ」


「……脅すなんて卑劣な行為、私は最低だと思います」


「え?!」


 楠さん、僕を脅していた気がするけど……。


「何佐藤君。何か言いたいことでもあるの?」


「え?! いや! その……あ、生徒会長も脅してたし、流行ってるのかなーって……」


「……もう本当にね……。ありえない。今日はありえない日。ちょっともう私限界に近いから行ってくる。ついてこないでよ」


 楠さんの中で馬山さんとの話は終わったのか、僕と馬山さんを残し森の奥へ進んでいく。すぐに姿が見えなくなり、残った僕らの間にセミの声が響いていた。


「少年。あのねーちゃんはどこへ行こうっていうんだ。奥に何かあんのか」


「何もないけど、えっと、日課……? みたいなものをしに……」


「ああ、日課があるのか。それで、不審者の俺を追い出そうとしていたわけか。悪い事しちまったな。出て行くつもりはねえけど。あとであのねーちゃんに謝っておくか」


「それがいいかも」


 少しだけ沈黙が流れる。馬山さんはぼうっと空を眺めて、僕はただ突っ立っている。あ、そうだ。暇なら四つ葉のクローバーを探してみよう。雛ちゃん欲しがっていたし。

 シロツメグサに近づき四つ葉を探す。

 やっぱり見つからないね。


「あ、そう言えば、馬山さん」


「なんだ少年」


「僕、三つ葉の花言葉調べてきたよ」


「調べるなって言ったのに。残念だったろ」


「うん。もっと幸せなものだと思ってた」


「やっぱり知らねえほうがいいってことあるんだよな」


「それは、大人になるということ? 大人にならない方がいいって言う意味?」


 この前聞いた。馬山さんが言うには、成長するというのは心の退化だと。知ることを成長というのであれば、子供のままでいたかったと。そんな感じのことを言っていた。


「まあな。何も知らない方が幸せな場合が多いんじゃねえかな。無知な子供時代の方が楽しいもんな」


「でも、色々知っていれば、その分世界が広がるんじゃないかな」


「広がるかもなぁ。でも子供の世界だって無限だろ」


「そう、なのかな……」


「広い世界を知らなけりゃ、狭い世界の中で無限に生きて行けるのさ。何も知らない子供は自分で何でも生み出せるからな。それが幸せかどうかは分からねえけど、やっぱり俺は子供のままでいたかったぜ。社会が許してくれねえけど」


「その結果がこれだぜ」と言って、自嘲気味に笑った。


「馬山さんは色々知っているから、立派な大人だね」


「浮浪者を見て立派とか言うなよ。冗談にしてもきついぜ」


「本心だよ。馬山さんみたいな、なんでも知っている大人になりたい」


「なんで俺が知識の貯蔵庫みたいな扱い受けているのか分かんねえな。それに、なんでも知っていてもそれを使えなけりゃあ意味がないんだぞ」


 そう言って、日向から日陰へ移動した。暑くなったのだろう。


「知識とか情報ってのは……まあ、この場合は情報の方か。情報は強者の味方さ。俺みたいなのが持っていたところで使う場面が訪れることはねえの」


「使う場面が無いの?」


「無いさ。あるわけがない。浮浪者に何か聞きたいと思うか? 思わねえだろ」


「……なら、自分から向かっていけばいいんじゃないかな」


「その足を持っているのは、また意味の違う別の強者なのさ」


「馬山さんは、強者じゃないの?」


「全然違う。強者は負け惜しみなんて言わねえの。勝つからな」


 今言っていたのは、負け惜しみだったのだろうか。何に負けたのだろうか。


「えっと、なら、みんなで力を合わせれば、何とかなるんじゃないかな。きっとなんにでも勝てるよ」


「力を合わせたところで、弱者の味方は弱者だけなんだよなぁ。どうしようもない循環にはまっちまってる世界なんだよ」


 そうなのかな……。何も知らない子供である僕は、何もわからない。


「その、弱者は、どうしても強者になれないの? 馬山さんの言い方だと、どうあがいてもその関係が変わらないように聞こえたけど……」


「弱者は、最初から最後まで弱者なんだよな」


「でも、それじゃあ、今どん底にいる人は、諦めなくちゃいけないの? 弱者だからって、夢見れないの?」


 僕は今とても弱いところにいると思う。だとしたら、これから先人生が変わっていくのかななんて、考えたらダメなのかな。


「弱者に見えて強者ってのはいるし、強者に見えて実は弱者だったってのもいる。だから、現状を見てそいつがどっちかを判断することは出来ねえけど、少なくとも俺は完全に弱者だ。もう分かってる」


「で、でも、今の姿だけじゃあ何とも言えないって、今……」


「心の問題さ」


 そう言って、お尻に敷かれたシロツメグサを撫でた。


「弱者が強者に勝とうと思ったら、方法は一つ」


 その一つの方法を、僕は聞かなかった。

 知らない方が幸せだって言ってたから。

 馬山さんも言わなかった。


「なんだかうるせえな。巨大なセミでもいるのか?」


 さっきからずっと鳴いていたけれど。馬山さんには聞こえなかったのかもしれない。この声をセミの声と認識せずに、ただの雑音としか認識できていなかったのかもしれない。セミの声がうるさいといった雛ちゃん以上に、馬山さんは大人なんだ。


「ところで少年。少年の本命はどっちなんだ?」


「え? 本命って、何のこと?」


「決まってるじゃねえか。金髪か黒髪か。どっちなんだよ」


 突然何を聞いてくるのかなこの人は!


「ほ、本命とか、僕らはただの友達だよっ」


「何言ってんの。あんなに可愛い二人と接して惚れねえわけがない。どっちなんだ、正直にこの浮浪者に教えてみな」


「ぼ、僕は……」


 なんだか、目の前空間に選択肢が浮かんでいる気分だ。


   楠さん

   雛ちゃん

⇒  どちらでもない


 こんな気分。とりあえずセーブをしておこう。


「えっと、二人とも、友達だけど……。あ、雛ちゃんは親友って言ってくれるから、雛ちゃん? でも、今問われていることはそう言うことじゃないし……。楠さんとってもいい人だし、雛ちゃんもとってもいい人だし……。楠さんを見てるとドキドキするけど、雛ちゃんを見ていてもドキドキするし……。どっちも同じくらい大切だし……」


「どっちが好きなんだよ」


「どっちかって聞かれたら、困る……。その、どっちも、好き……とか……。あ、で、でも、この好きっていうのは、友達としてっていう意味で……」


「優柔不断だな少年、情けねえぞ。それともなんだ。三人目の選択肢が必要か?」


「三人目?」


 と言われて、僕は真っ先にまりもさんが頭に浮かんだ。

 多分、まりもさんという選択肢があれば僕はそれを選ぶと思う。散々迷った挙句、顔も知らないまりもさんを選ぶと思う。でも……、昨日……。


「なんだ少年。表情が暗くなったぞ。三つ目の選択肢はいらないか」


「……いる、けど……」


 少しだけ不安がある。


「へえ、いるならそいつのことが好きなんだな。そう言うことだろ」


「え? あ! そ、そそそんなことないですよ?!」


「贅沢な奴だな。可愛い二人を振ってもう一人のところへ行くなんて」


「ふ、振るとか、そんなの、僕してないよ! そ、それに、その人のこと、好きか、どうか、分からないし……、みんな、同じくらい好きだし……」


「ふーん。そうか」


 ニヤニヤする馬山さん。なんだか、嫌な気分だよ。


「はっきりしとけよ少年。思わせぶりな態度で過ごしてると、いつか後ろから刺されるぜ」


「だれもそんなひどい事、しないよ!」


「信じてるねぇ。刺されたことねえんだな……」


「え?! 馬山さん刺されたの?!」


 痴情のもつれで刺されちゃったの?!


「まあ、一度お店でさされたこともあるけどな。しかし基本男はさす方さ。色んな意味で」


 え? どういうこと?

 よく分からない……。

 ……?


「……? ……。………………はっ!」


 気づいてしまった!


「な、な、な何を、いい言ってるの?!」


 馬山さん、なんだか恥ずかしいこと言ってるよね?! って、さされたことあるの!? きょ、興味なんて、ナイヨ!


「そ、そのっ、えっと……」


 別に詳しく聞きたいとか、そう言うの、一切ないから!


「下世話な話はもうやめるか」


「え?」


 馬山さんが森の奥に視線をやった。そちらを見てみると、楠さんが帰ってくるところだった。馬山さんの話が聞けなくて残念だなんて思ってないからね。


「おかえり楠さん」


「……ただいま」


 何故か冷たい目で見られている。


「ど、どうかしたの?」


「別に? あーあ。ちょっと疲れたから休憩していこうか」


 ふぅと溜息のように息をついて僕の隣に座ってくれた。ちょっと、緊張しちゃうよ。


「少年。黒髪のねーちゃんに四つ葉でもプレゼントしたらどうだ」


「え? あ、うん」


「いらないから」


 楠さんがそう言って、また僕を冷たい目で見てきた。なんで……?


「木の陰に 鳴かず佇む 黒い蝉」


「うるさい」


 僕の頭が悪いからか、馬山さんが詠んだ俳句の意味は全く分からなかった。


「黒髪のねーちゃんは四つ葉の花言葉知ってんだな」


「知ってますけど。常識じゃないですか」


「常識ねえ。少年は知らなかったみたいだけど」


「佐藤君は仕方ないです。常識ないので」


 そ、そうだったんだ……。


「愚か者だね君は。愚者と呼ぶにふさわしいよ」


「ご、ごめんなさい」


 なんだか、酷い言われようだよ……。


「でもタロットでいうと正位置かな」


「いえ逆位置です」


「ん? あはは、そうか。なら力の逆位置の方がいいんじゃねえの」


「そうですね」


 よく分からない言葉が二人の間で交わされたけれど、僕は今貶されたの? 褒められたの?

 やっぱり知識って大切。

 何か気になったのか、楠さんが大きな目を細めて馬山さんを見る。


「馬山さんでしたっけ? 馬山さんは何故ホームレスに?」


「別に。なりたいからなっただけ。つーかさ、敬語止めようぜ。少年はフランクに話しかけてくれてんだ。見習ってフランクに接してくれよ」


 やっぱり敬語を嫌がる馬山さん。楠さんはどうするのかな?


「あなたとの間には壁を作っておきたいので」


 馬山さんの要望は一切聞かないらしい。すごいや。


「あはは。正直なねーちゃんだな。まあ、そりゃそうか、俺ホームレスだし。敬意を表してるわけじゃねえなら、別にいいか」


 敬意を表されたくないんだ。だから敬語が嫌なんだね。どうしてかな?


「馬山さんはなんで敬語を嫌がるの?」


「対等に話したいじゃん。上下関係とか、俺嫌いなんだよね」


「へぇ……」


 対等に話したい。なんだか、上司とか先生になって欲しいな。


「で、ホームレスになった理由は?」


「まだその話すんのかよ。言っただろ、なりたいからなったんだって」


「つい最近の話ですかそれ」


 楠さんの指摘に馬山さんが驚いたような顔を見せた。


「なんでそう思う?」


「服や靴が綺麗だからです」


 確かに、馬山さんのかっこうは普通の大人の人の格好だ。目に見えて汚れてはいない。


「ああ、なるほど。次来る時までに汚しておくから気にしないでくれ」


「そう言う問題じゃないでしょう」


「そう言う問題じゃねえか。ま、別にいいじゃん。理由なんて。よくある話さ」


 馬山さんが立ち上がった。


「逃げるんですか?」


「逃げねえよ。腹が減ったんだ。もうお昼だろ」


 僕は携帯電話を取り出して時間を確認した。十二時少し前。確かにお昼と言えばお昼だ。


「少年たちももう帰った方がいいんじゃねえか。お家でおいしいご飯が待ってるだろ」


「あ! そうだ! 僕ご飯作らなきゃ!」


 昨日は誰もお昼いらないみたいだったからよかったけれど、今日は祈君もお姉ちゃんもお昼いるだろうから作らなきゃ怒られてしまう!


「少年が給仕当番か。忙しいな」


「そんなことも無いよ」


 楠さんと一緒に立ち上がる。


「じゃあ馬山さん。また」


 頭を下げる僕と動かない楠さん。


「はいはいまたな。んじゃ、俺はここを使い続けるということで、今日のお話はおしまい」


 苦笑いを見せて、秘密テントの中を漁り始めた馬山さん。


「……なんだか、いろいろと不満が残るけど……」


 口をとがらせていた楠さんだったけれど、馬山さんに話す気がないのだとわかると素直に山を下りてくれた。僕もそれについて山を下りた。

 


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