花言葉
お姉ちゃんが二階へ上がったあと、僕はお昼ご飯を食べようとキッチンへ向かった。
祈君はまだ帰っていない。お姉ちゃんは怒っている。お昼ご飯は何人分作ればいいのだろうかと冷蔵庫を開けしゃがみ込んで悩んでいると、玄関が開く音が聞こえてきた。祈君が帰ってきたみたいだ。そう思い顔を上げて弟を迎える。けれど弟は急いだようにどたどたと足音を立て階段を駆け上って行き居間には入ってこなかった。おかえりって言わなきゃいけないのに。仕方がないので再び冷蔵庫の中身とにらめっこを開始する。夏休みのお昼と言えばそうめんだよね。もしくは冷やし中華。でも毎日麺類だと飽きるから今日は違うものを作ろうかな。野菜室からニンジンとネギを取り出し、体を起こす。そこで二階から降りてくる足音が。居間に来るのかな? と思い扉の方を見ていると扉が勢いよく開いた。やっとお帰りが言えるね。
「おかえり」
僕の声を聞き弟が入ってくる。が、弟ではなかった。
「優大! てめえ!」
上下薄いスウェットを着たリラックス状態の雛ちゃんだった。
「あ、いらっしゃい」
おかえりじゃないね。しかし雛ちゃんとしてはそんなことどうでもいいみたいで怒った顔をして僕に近づいてきた。
「ななななに?!」
ネギとニンジンを前に突き出す僕。
「何だこの野郎! それで私と闘おうってのか?!」
「た、闘わないよ!」
慌てて野菜たちを置いた。
「ど、どうしたの雛ちゃん? なんでそんなに怒ってるの?」
「なにとぼけてやがる! お前、若菜の馬を取り返す為に単身山に乗り込んだらしいじゃねえか!」
僕を近くで睨み付けバンとテーブルをたたく。
「え? どうして知ってるの?」
「メールが来たんだよこの野郎!」
僕に携帯を突きつけてくる雛ちゃん。近すぎて見えなかったので少し上体をそらして距離とってディスプレイに映し出されたものを見てみる。僕が白馬の首を持っている画像と、『佐藤君が私の為に馬を取り返してくれました(笑)』という文字が映っていた。
「あ、さっきの写真だ」
僕の部屋で馬を持つ僕の写真。楠さんはこの為に写真を撮っていたんだね。
「なんでお前は若菜なんかの為に馬を取り返しに行ったんだよ!」
「べ、別に、僕は楠さんの為に馬を取り返しに行ったわけじゃなくて、たまたま取り返せたっていうか」
「嘘つけ! こんなものも一緒に送られてきたんだよ!」
携帯をいじる雛ちゃん。そして聞こえてきたものは。
『私の為にわざわざ取り返しに行ってくれたんだね』『は、はい』『ありがと』
録音されていたみたいだ。気付かなかった。それにしても楠さん録音うますぎる。
「あんな奴の為に危険を冒すなんて馬鹿げてるぞ! お前はあいつの外見に騙されてるんだよ!」
「そ、そんなことは、ないよ。それに、無事だったから、なにも問題ないよね」
「問題大ありだ!」
雛ちゃんが僕の胸ぐらをつかみグイッと顔を近づけてきた。
間近に迫る雛ちゃんの綺麗な顔。
顔が近くて恥ずかしいとか、そう言うことを感じられないほど、その眼は真剣だった。
「お前、私に嘘つきやがったな?」
「うそ……?」
「昨日メールで聞いたじゃねえか。秘密基地に行ってないよなって。お前行ってないって答えたよな。何で嘘ついたんだよ」
「そ、その、あの時はまだ行ってなかったから、嘘では……」
「ふざけんなよ。私が何て言いたいか分かってただろ? 一人で行ってないかどうか心配だったからメールしたって分かってただろ?」
「…………うん……」
「なのにお前は一人で行ったんだな」
「……ごめん……」
「ゆるさねえ」
「……」
「なんで嘘ついて一人で行ったんだよ。なんで私を頼らねえんだよ」
「……危ないと、思ったから……」
「一人で行くことは危なくねえのかよ」
「……危ないけど、僕だけ危ない目に遭うのなら、別にいいから……」
「それを良しとするのはお前だけなんだよ! 私の感情は無視か! 優大が危ない目に遭って私がどう思おうがどうでもいいのか!?」
「それは、その…………人に心配かけるのは、よくない、です……」
「今後はこんなことするなよ。次はもう本当に許さねえからな。同じようなことがあったらお前を監禁するからそのつもりでいろよ」
「……うん」
「……」
雛ちゃんが僕から手を離してくれた。
「怒鳴って悪かったな」
「そんな。僕の為を思って怒ってくれたんだから、悪くないよ」
「優大の為か……。多分、自分の為なんだろうけどな」
「……? どういうこと……?」
「なんでもないよ」
そう言って笑い、手の甲で僕の頬を撫でてくれる。なんだかむず痒い。
「それで、取り返したってことは変態野郎を追っ払ったってことだよな」
「あ、その、そのことなんだけど、あの人は不審者じゃないんだ」
「不審者じゃないって、山に出没する馬人間なんて不審者以上だろ。ホラーレベルだぜ」
「その、でもね? あの人は、家が無くって困っているみたいなんだ。だから、雨風を凌ぐために、秘密基地を貸してくれってお願いされたの。そう言う事情があるから、別にいいよね?」
「駄目だ」
え。そんな。
「そいつが安全とはまだ決まったわけじゃねえ。優大秘密基地にちょくちょく行ってんだろ? だったら、少しでも危なそうなものは取っ払わなくちゃいけねえよな」
「馬山さんは、いい人だよ」
「馬山? そいつの名前か? 偽名じゃねえか。本名名乗れねえ奴を信用するなよ。何がいい奴だ。本名すら知らねえのにそいつの本質なんて分かるわけねえだろ」
「そ、それは、そうかもだけど……」
「もう分かった。私が追っ払う」
「え?! 危ないよ! 喧嘩にでもなったら大変だよ!」
「大丈夫だ。浮浪者になんか負けるか。私に任せておけ」
「ま、任せっぱなしはダメだよ」
「良いから優大はネギでもきざんでろ。その間に追っ払ってくるから」
「雛ちゃんが行くなら僕も行くよ!」
「あぶねえだろ、いいよ来なくて」
「雛ちゃんが僕を心配してくれているみたいに僕も雛ちゃんが心配なんだよ?!」
「抱きしめてもいい?」
「え?! 困るけど!」
どうしたの急に?!
雛ちゃんが嬉しそうにポンポンと僕の肩をたたく。
「優大が私のことを大切に思ってくれているのは分かった。よし、一緒にいこう」
僕の心配が伝わってくれたみたいだ。機嫌もよくなってくれたし一安心。
「行くぞ!」
やる気満々で居間を出て行った。その、乱暴なことはしないでね?
雛ちゃんと一緒に燦々と照りつける日差しの下秘密基地へ向かう。
今はお昼。アスファルトの上に逃げ水が広がっている。
「あっちー……。あちーよー」
スウェットの首元をパタパタと動かしている。
「なんで私はこんなもん着てるんだよ……」
自分の服を見てげんなりする雛ちゃん。確かに暑そうだ。
「引き返そうか。それがいいよね、うん、引き返そう」
「何言ってんだ。どうせこれから動き回るんだからどうでもいい服で丁度いいだろ」
動き回るって、馬山さんと闘うつもりなのかな……。
「てゆーか、なんで若菜が優大の部屋にいたんだよ……」
強い日差しのせいか、ほにゃんとした目を細めて僕を見る雛ちゃん。ジト目というわけではないよね。
「あ、そうだそうだ。なにかね、生徒会長が話があるから、明日生徒会室に行かなきゃけないっていうのを知らせに来てくれたんだ。雛ちゃんは明日時間ある?」
「優大が行くなら私が行かないでどうする。用事があろうがなかろうが行くよ。つーか、そんなことなら別にわざわざ優大の部屋に行かなくてよくね? メールか電話で済ませればいいじゃねえか」
「あ、それもそうだね」
言われなければ気づかなかった。
「……別に気にならねえのか……」
「え? その、丁寧だなぁって思うよ」
「……そうだな」
暑いせいなのかふぅと息を吐いて道の先に目をやる雛ちゃん。蜃気楼でも見えているのか、鮮やかなピンク色の口元に幸せそうな笑顔が浮かんでいた。いや、これこそ僕が見ている蜃気楼なのかもしれない。喉が妙に乾くし頭もくらくらする、きっと熱で僕の頭がやられているんだ。だから雛ちゃんの姿が眩しく見えるんだ。でも、こんな温かい気持ちになれる蜃気楼ならずっと見ていたい。脳みそが沸騰してもいいからこの映像をまぶたの裏に焼き付けておきたい。
「暑いな」
蜃気楼の笑顔のまま雛ちゃんがこちらを向いた。
「暑いね」
やっぱり、夏は素敵だ。
さて、山を登って数分。もうすぐ秘密基地だ。
セミの声に顔をしかめる雛ちゃんとそれを見て驚く僕。セミの声嫌いなんだ。よかった、絶唱だねとか言わないで。
「浮浪者が近くにいるんだよな」
辺りに気を払いながら進んでいく雛ちゃん。多分もう少し近づけば馬山さんがどこにいるか分かるはず。
やはりその通りで秘密基地と同時に馬山さんの姿も見えてきた。その姿を見て顔つきが変わった雛ちゃん。
「あのぼさぼさのおっさんか。私に任せろ」
「その、馬山さんと喧嘩しないでね?」
「喧嘩なんてしねえよ。追い出すだけだ」
それが喧嘩だよ……。
雛ちゃんは一切ひるむことなくずんずんと馬山さんに近づいていく。僕はあたふたとその後を追った。
馬山さんは昼食中らしく、地べたに胡坐をかいてお弁当を食べていた。昨日と同じ格好だ。
「なんだおい。家が無い割には普通にコンビニ弁当喰ってんじゃねえか」
雛ちゃんの声に驚いた様子もなく顔を上げる馬山さん。
「ん?」
そう言えばそうだ。もっと安いもの食べれば節約になるのに。
馬山さんはお弁当の唐揚げをつまんだまま雛ちゃんの後ろに立つ僕を覗き込んできた。
「ああ、また来たのか少年。暇だなお前も。んで、こっちのえらく好戦的な目をした金髪少女はどちらさん? 姉ちゃんか何か?」
「お姉ちゃんじゃなくて、僕の友達」
「おいおい。友達つれて訪問するような観光名所じゃねえぜここは。こんな可愛い友達がいるのならもっと楽しいところに行けよ」
「今日はおめえに用事があってきたんだよおっさん」
「おいおいおい。おっさんじゃねえよ。少年に聞いてねえのか? 俺は高校生だぞ」
「どう見ても小汚いおっさんじゃねえか」
「失礼な。その少年だって高校生には見えねえだろ。同じさ」
「優大と一緒にすんじゃねえよ浮浪者! おめえは老けて見えるんじゃなくて老けてるんだよ!」
「老けてねえよ! 俺だって昔は幼く見られてたんだぞ!」
「やっぱりお前おっさんじゃねえか!」
「しまった。誘導尋問とはやるな金髪」
「してねえよ!」
仲良しかな?
「なあ、少年。優大って呼ばれてたっけ? まあいいや、少年。この金髪ヤンキーに俺のことを説明してくれよ。このままじゃあまた住居探しの旅に出なけりゃならん。頼むよ少年」
「う、うん。その、雛ちゃん。馬山さんは、いい人だよ?」
「お前さっきからそればっかだな。いい人だとしても変質者だろ。追っ払うには十分すぎる理由だ」
「そうかも、しれないけど、その、かわいそうだよね?」
「全然」
即答だ。馬山さんも驚いたらしく雛ちゃんに声をかける。
「酷いな雛ちゃん」
「私の名前呼ぶじゃねえよ気持ちわりいな! おっさんは黙ってろ!」
「ヤンキーこわっ」
馬山さんが泣きそうな顔をしてお弁当を食べ始めた。全然怖がっていないよね。
「なぁ優大。こんなきたねえおっさんに秘密基地使わせて気分悪いだろ? 追い出せるのなら追い出したいだろ?」
「その、秘密基地使われるのはあまり嬉しくないけど、追い出すのは可哀そうだよ」
「こんなおっさんにまで情を移す必要ねえって。追い出すぞ? いいよな?」
「でも、追い出しても、こっそりここを使われるんじゃないかな?」
「だったらここがトラウマになるくらい痛めつける」
「暴力は危ないよ」
「暴力じゃねえ。正義の拳だ。正義の拳で追い出すんだよ」
ぐっとこぶしを突き出す雛ちゃん
「正義ってのは結果だぜ」
突然、馬山さんが唐揚げ弁当を食べながら呟いた。
「あ? なんて?」
「正義ってのは過程の事じゃなくて結果のことだぞ」
「何言ってんだおっさん」
「正しい行いだとしても、結果が正義だとは限らねえってこと。逆に間違った行いでも結果が悪だとは限らねえの。正義か悪かは自分で決めることじゃなくて、結果を見た周りの人間が決めるんだよ。正義の拳で追い出すなんて方法はない」
「訳わかんねえこと言うなよおっさん。浮浪者を追い出すことは正義だろ」
「正しい行いかもしれねえけど正義とは言い難いな。その『正義の拳』とやらで俺が大けがを負ってみろ? 非難されるのは金髪だろ。金髪の言う『正義の拳』の結果が悪だ。正義の拳が聞いてあきれる」
「このおっさん何言ってんだ?」
馬山さんを指さし困ったように僕を見る雛ちゃん。
「その、殴るのはよくないって言ってるんじゃないかな?」
「要約したらそんな感じさ」
唐揚げ弁当を食べ終わったらしく、後ろに置いてあったビニール袋にゴミを詰め込みお茶を飲む馬山さん。
「殴らないでくれよ、痛いから」
「ならとっとと失せろよ」
「失せるのは別にかまわねえけど、こっそり戻ってくるぜ」
「そのたびに追い返す」
「二十四時間体制で監視するのか? そんなことするくらいならバイトでもしろよ。せっかくの夏休みをおっさん観察で潰すんじゃねえよもったいねえな」
「ならこっから失せて戻ってくんなよ」
「ここ誰も来なくていい場所なんだよ。なんとかここにいさせてくれないかね」
馬山さんが懇願する。懇願に対して雛ちゃんは、
「断る!」
バッサリと切り捨てる。
「……少年は快く許可してくれたのに」
「優大は優しいから嫌でも嫌って言えねえんだよ。優大だっておっさんみたいなやつがここにいることは嫌に決まってるだろ」
「なあ金髪よ。お前はなんで俺をそんなに目の敵にすんのよ」
「お前みたいな怪しい奴優大に悪影響しか与えねえだろ。だからだよ」
「ふーん……。まあ、そうかもしれねえけど……」
馬山さんが何か考えている。出て行くつもりなのかな……。ちょっとかわいそうだよ。
「少年」
何か思いついた様子で僕を見る馬山さん。
「なに?」
「少年は優しい人間と優しくない人間どっちが好き?」
「え? それはもちろん、優しい人が……」
「なら、みんなに優しい人と、自分にだけ優しい人はどっち?」
「みんなに優しい人の方が、いいと思う、けど……」
「怖い人と怖くない人は?」
「もちろん、怖くない人」
「優しい人間と、優しくない人間、どっちが嫌い?」
「嫌い? それは、優しくない人のほう」
「怖い人と、怖くない人、どっちが嫌い?」
「怖い人……」
「暴力をふるう人間と優しい人間どっちが好き?」
「え、優しい、人」
「優しい人がなに? 好き嫌い?」
「えっと、優しい人が好き」
「ほぉ。ところで金髪ヤンキー、俺家が無くて困っているんだ……。ここを使わせてもらえれば大変うれしいんだけど、どうだろうか」
「勝手に使えよバーカ! 死ね!」
何故か怒っている雛ちゃん。どうしたんだろう。
「ありがとうありがとう。いやあ、少年。金髪ヤンキーは優しいな」
「うん。雛ちゃんはとっても優しいんだよ」
「そうかそうか。ん? つまり?」
「え? つまり?」
「つまりどういうことだ金髪ヤンキー。少年に優しいって言われてるぞ」
「うるせーばーか!」
機嫌は一向になおっていない。けれどどこか嬉しそうだ。
「じゃあ、少年少女よ。用事も済んだことだしさっさと山を下りてみたらどうだ」
「言われなくても帰るわ。こんな所一秒たりとも居たくねえよ」
「えっ、そうなの雛ちゃん。秘密基地好きじゃないの?」
「へ? いや、別に秘密基地は好きだけど、そのおっさんが邪魔くさいってだけで」
「なら、もうちょっとここにいてもいいかな。ちょっと休憩もしたいし」
僕の意見に呆れたように笑う雛ちゃん。
「……はぁ。しょうがねえな……」
よかった。
「少年に弱いな金髪ヤンキーよ」
「うるせぇ」
せっかくの夏休み。少しだけでいいから雛ちゃんと秘密基地で過ごしたかったんだ。
秘密基地から少し離れた木陰に馬山さんが座り、僕らは秘密基地のそばの木陰に座る。
「セミの声ってこんなうるさかったっけか……」
やはりセミの声があまり好きではないようだ。昨日馬山さんが言っていた大人になるというのはこういうことなのだろう。雛ちゃんはどんどん大人になっているんだ。僕はまだ子供のまま。昔を大切に持ちすぎているのかな。
少しだけ欝な僕に、雛ちゃんが言ってくれる。
「でも優大と一緒に聞くと昔の夏を思い出すな。不思議だぜ」
爽やかに笑う雛ちゃん。
大人になっていくというけれど、その笑顔は昔からずっと変わっていない素敵な物だった。
「ずっと、こうやっていたいね」
昔に帰ることはできないから、ひたすら二人で思い出していたい。
「ず、ずっと、二人でこうやっていたいって、それ、お前……」
「二人でとは言ってねえよ」
「おっさんは黙ってろよ!」
雛ちゃんが馬山さんを怒鳴り、馬山さんが肩をすくめた。
「でも、ずっとこうやっているのは無理だよね。暗くなったらセミは鳴かないもんね」
「そりゃ、そうだけど……」
雛ちゃんがなんだかがっかりしていた。暗くなってもセミの声を聞いていたいということかな。
「ヤンキーの 望む相愛 蜃気楼」
「うるせえよ浮浪者!」
また怒鳴なられて肩をすくめる馬山さん。国語は苦手だから今詠んだ俳句の意味は分からなかったけど、きっと今の状況を表した詩だよね。すごいや。
「と、言っても蜃気楼は夏の季語じゃねえんだけどな。今詠むにはふさわしくねえのかも」
「え? そうなの?」
「そうなの。実は春の季語ってんだから訳わかんねえよ」
「へぇ……。物知りだね。あ、もしかしてそう言う知識があるってことは馬山さんは国語の教師とか?」
「全然違う。俺は今も昔もホームレス」
「だろうな。産まれた時からホームレスな顔してるわ」
「さいですか」
大人の余裕なのか噛みつく雛ちゃんを鮮やかに受け流していた。
「なぁ優大。あいつ殴っていいか?」
「だ、ダメだよ。喧嘩になったりしたら怪我しちゃうよ」
「……ふん」
面白くなさそうに木に頭を持たれかけた。
「そうふてくされるなよ金髪娘。少年、尻に敷いてるクローバーの中から四つ葉を探して渡してあげろよ。金髪の機嫌が治るぞ」
「んなもん嬉しくねえよ……」
馬山さんに言われるまでシロツメグサの上に座っていると気付かなかった。多分、見つからないだろうけど探してみよう。
「探さなくていいっての。別にもらったところでどうしようもねえし」
「でも、せっかくだから」
目で探せる範囲は見渡してみよう。
「見つからないね」
「簡単に見つかるかよ」
「そうだよね」
「ありゃー。残念だな金髪」
「ふん。別にいらねえよ」
「いらないの? 四つ葉の花言葉知らねえんだ」
「ああ? なんか四つの葉にそれぞれ意味があるってやつだろ。覚えてねえよ」
「それじゃなくて、違う意味があるんだけど」
「んなもん興味ねえよ」
「四つ葉の花言葉は『私の物になってください』ってんだ」
「よし優大。探せ。探して私にくれ」
「え、う、うん」
突然やる気になった雛ちゃん。そんなに四つ葉が欲しいんだね。
四つん這いのようになり四つ葉を探す。でも見つからない。
「見つからないね」
全部三つ葉だ。
「なんてこった。現実は非情だなヤンキーよ」
「含みのある言い方すんじゃねえよ!」
馬山さんを見て怒る雛ちゃん。なぜみつからない事でそこまで怒るのかが分からない。
そんなに四つ葉のクローバーが欲しいのかな……。だったら、いつか探して渡してあげよう。
「……三つ葉か」
馬山さんが自分の座っている場所を撫でている。
「少年。三つ葉の花言葉は知ってるか?」
「え? 知らないけど……」
「そうか。それならそれは、知らないままの方がいいぜ。いい事なんかありゃしねえよ」
また、何か含みのある言い方だった。
でも、僕にはわからない。花言葉なんて一つも知らないのだから。
秘密基地で一時間。
雛ちゃんが馬山さんと喧嘩したり馬山さんがいろいろと教えてくれたり、何かと騒がしかったので一時間なんてあっという間よりもあっという間だった。
「もー我慢ならねえ! 優大帰るぞ!」
馬山さんに怒った雛ちゃんが立ち上がる。怒った原因はやっぱり僕には分からないことだった。
「うん」
一時間もここにいてくれたから僕はもう満足だ。
「気分わりぃぜ……!」
そう呟き何の未練も感じさせずの山を下りて行く雛ちゃん。
「さようなら、馬山さん」
僕は馬山さんに頭を下げる。
「おう。じゃあな少年。金髪ヤンキーと仲良くな」
「うん」
やっぱり、いい人だよね?
「優大! 早く来い!」
「う、うん! じゃあ、馬山さん。また」
「また、ねぇ……」
何か気になるようにつぶやいていたけれど、雛ちゃんに怒られるのは嫌なので僕は秘密基地を後にした。