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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第一章 キョーハク少女
33/163

楠さんと僕

 お昼休みになるまでに、楠さんと雛ちゃんが三度喧嘩していた。

 何とか雛ちゃんをなだめようとしたけれど雛ちゃんの機嫌は全く治らなかった。

 僕のせいで楠さんと雛ちゃんが喧嘩するのは申し訳ない。

 何とか止めたいのだけれども……。


「てめぇ、なにガン飛ばしてんだよ」


 また始まってしまった!


「飛ばしてないから……」

 うんざりした顔で首を振る楠さん。

 朝からずっとこんな感じだ。

 雛ちゃんが言いがかりに近いことで楠さんにつっかかる。

 僕の為に怒ってくれているのだけれども、ちょっと楠さんがかわいそう……。

 周りの人たちもずっとびくびくしている。誰も止められそうにもない。


「こっちをじろじろと見ていただろうが!」


「見てない」


「……お前……!」


「ひ、雛ちゃん!」


 少し離れてみていたけれど堪らず割って入る。


「優大。どうした?」


「その、喧嘩は、やめようよ」


「喧嘩なんかしてねえよ」


「……はぁ……」


 楠さんはとっても疲れた表情をしていた。

 とりあえず、二人を離そう。楠さんに用事もあるし。


「あの、楠さん、ちょっと、話があるんだけど、今からいい、ですか?」


「ああん?! 優大! こんな奴に話ってなんだよ!」


「そ、その、ちょっと……」


 怖いよ雛ちゃん……。


「……はぁ。ちょうどいいや。ここじゃあ落ち着いてご飯食べられないし、屋上に行こう。お弁当持ってきて」


 楠さんが取り出したばかりのお弁当を持って教室を出て行った。

 それを見届けたあと、すぐに雛ちゃんが僕に詰め寄ってきた。


「優大っ! 一体何の話をしようってんだ!」


「あの、その、色々……と」


「色々ぉ? なんだよ、色々って」


「その、えっと、今後について……」


「今後? ……あぁ、なるほど。ガツンと言ってやるわけだな。それがいい。一度あいつを困らせてやれ!」


 なにか勘違いしてくれた。


「う、うん。じゃあ、行ってくるね」


 そんなつもりはないけれど、とりあえず楠さんと二人きりになることができた。早く屋上へ行こう。

 雛ちゃんに肩を叩かれ、僕は教室を出た。





 屋上では楠さんが疲れた表情で屋上の端に座り込んでいた。


「楠さん……」


「……はぁ……。こんなにぐいぐい来るとは思ってなかった。ちょっと疲れる」


「あの、ごめんね……。僕のせいで……。僕が脅されているって教えてしまったから……」


「本当にね……と言いたいところだけど、私はそれを許可したわけだし君が悪いと責めるつもりはないよ。謝らないで」


「ううん。僕が悪いよ……」


「悪くない。で、私をここへ連れてきた理由は?」


 うじうじする僕が面倒くさかったのかさっさと話を進めようとする。しかし僕の用事はすでに始まっている。


「えっと、謝ろうと思って」


「……必要ない」


「必要あるよ」


「無い。それ以上謝ったら怒るよ」


「う」


 大きな目で僕を睨み付けてくる。若干ひるんでしまったが、後ろへは引けない。


「……その、前に、楠さんが言ってたよね……?」


「なんて? 謝れって? 言ってない」


「そうじゃなくて、その、もっと、自分を出して行けって」


「言ったね。で、今その話がなんで出てくるの?」


「え、あの、だから謝ろうかなって……」


 楠さんが眉を寄せて意味が分からないと言った表情を僕に見せる。


「わがままに生きて行けばって言ったのに、それが何で今謝っていることにつながるの?」


「その……僕が、謝りたいから、謝ろうかな……って……」


 僕のわがままを聞いて楠さんが驚きあきれた。


「何言ってるの君? それわがままでもなんでもないでしょ。今までの佐藤君と何ら変わりないじゃない。謝って済ませようっていうしょうも無いスタンス。勇気出して行った方がいいって言ってるのに」


「あの、だから、その結果が、これ……なんだけど……。……ダメかな……?」


「なんで謝ることがわがままになるの。おかしいでしょそれ。納得できる説明をしてよ」


「う、うん。あの、無意味に謝るなって言われたけど、今回は僕が悪いと思うし、謝らないと気が済まないから、楠さんが何と言おうと、謝ろうと思って……」


 楠さんがはぁ?と僕を睨みつけたあとおでこに手を当てた。そして首を緩く振りながらため息をつく。


「その、ダメかな……?」


「……」


 言葉を繰り返す僕に反応しない楠さん。怒らせてしまったのかと一歩踏み出し謝ろうとしたところ、


「あー」


 うめき声のような声を上げながら楠さんが空を見上げた。つられて僕も空を見る。快晴だった。今日はとっても暑い。


「そう言えば、前も同じようなことがあったっけ」


「え?」


 何のことだろう? 分からなかった僕は楠さんに視線を戻した。楠さんはまだ空を見上げたままだった。


「同じようなことって、何?」


 僕は聞いてみる。でも楠さんは僕の言葉に反応しないでじっと天を仰いでいる。


「あ、あの、楠さん……?」


 首が疲れてしまいますよ?

 ……。

 しばらく無言が続く。何と声をかけていいものか……。

 ……。

 先に声を出したのは楠さんだった。


「佐藤君」


 視線を急降下させ僕に焦点を合わせてきた。


「はい……?」


 同じようなことがあったっていうのが、何のことを言っていたのか教えてくれるのかな?


「佐藤君、とりあえず、ご飯でも食べようか」


 自分のすぐ右のコンクリートを叩いて僕に座るよう促す。

 そう言えばまだご飯を食べていなかった。お腹が空きすぎて死んでしまうので素直に楠さんの横でご飯を食べよう。

 僕は楠さんと三人分スペースを開けて座った。


「ちょっと遠いね。もっと近くでもいいよ」


「え、いや、僕はここで……」


「ふーん」


 どうでもいいやと言うようにお弁当箱を開ける楠さん。それにならい僕もお弁当のふたを開けた。

 昔はお弁当の中に何が入っているのか楽しみだったけれど、今は自分で作っているのでその楽しみは無い。少しさみしい。


「それも自分で作ったんでしょ?」


 楠さんが僕のお弁当を覗き込み言った。


「うん」


「おいしそうだね」


「そうかな? ありがとう」


「なにかちょうだいよ」


「え?」


「あ、卵焼きちょうだい」


 楠さんが立ち上がって僕のそばに寄ってきた。


「え!」


 そのまま僕の隣に座り僕の手に収められたお弁当箱の中から卵焼きを奪って口に運ぶ。


「甘いね」


 今僕と楠さんの間には二十センチ程度の隙間しかない。折り畳み式の携帯電話を開いた長さと同じくらいだ。


「う、う、ん。その、あの、お、お姉ちゃんが、甘いのが、す、すき、で……」


 僕としてはこの距離近すぎだよ! 近すぎてドキドキしてしまうよ! 何も考えられないよ!


「へぇー。自分の分だけじゃないんだね」


「は、はい。自分の分と、あと、三つ、両親と、姉の分を、作らせてもらっています」


「すごいね」


「すごく、無いですよ?」


「すごいの。じゃあ、はい」


 楠さんが自分のお弁当箱の中身を僕に見せてきた。


「……? えっと?」


 おいしそうだね、とか、綺麗だね、とか褒めればいいのかな……?


「卵焼き食べちゃったから、私の一つあげる」


「え? だ、大丈夫、だよ?」


「大丈夫とかそう言う問題じゃないの。交換だよ交換」


「えっと……」


 いいのかな……。あとでお金請求されたりしないよね……。……人の好意を疑ってかかる僕最低だ……。


「もー」


 一向に取ろうとしない僕に耐え切れなくなったようで楠さんが自分の弁当の中から卵焼きをつまんで僕の弁当箱の中に投下していった。


「え、あ、ありがとう」


「お礼を言う必要はないでしょ。交換なんだから」


「う、うん……」


 僕はお弁当箱の中を眺める。

 僕の作った卵焼きとは明らかに色の違う卵焼きが一切れ。

 なんだか、どのタイミングで食べればいいのか分からないね……。


「ねえ佐藤君」


「はい?!」


 変なこと考えていると思われたのかな?! 楠さんの方に顔を向けてみたけれど、距離が近すぎるので恥ずかしくてすぐに弁当箱に視線を戻した。


「なんでそんなに固くなってるの。いつも通りでいてよ」


「う、うん……」


 無理だよ……。何とか距離離せないかな。

 座り直すふりをして少し距離を離してみる。ちょっぴり遠くなった。


「あのさ」


 え! 今の行動怒られちゃうのかな?! 確かに距離をあけるのって失礼かも!


「君音楽とか聞く?」


「へ? あ、うん。少し」


 関係なかった。よかった。


「この前でたミチスルのCD買った?」


 なんと、偶然にもそれはこの前始まったアニメの主題歌ではないか。


「うん。買った」


「聞いた感想は?」


「とってもかっこよかったよ」


「ふーん、そうなんだ。やっぱり買おうかな」


「あ、それなら、貸そうか? 一回聞いてみてから決めたらいいんじゃないかな」


「そうだね。なら借りようかな。借りていい?」


「うん。明日もってくるね」


「ありがとう。でも実はこんな話がしたいわけじゃなかったんだよね」


「え?」


 どういうことだろう?


「君のことだから感想を聞いたら『僕は好きだけど』みたいな答えが返ってくると思ったんだけどね。でもよく考えたら君は褒めるよね。そう言う人間だった」


「う、うん? その、僕は好きだよって言った方が良かったの?」


「その逆。『自分は好きだけどなぁ』みたいなことを言ったらどうしてやろうかと思った」


「え、どうして?」


「『私は好き』とか、『俺は嫌い』とか、そんなの感想でもなんでもないでしょう。よかったか悪かったかを聞いてるの。別にあなたの好き嫌いは聞いてない。そんなの言われても参考にならない」


「そう、だね……?」


 そうかな……?


「あの、でもそれなら、『私はよかったと思う』とか、『俺は悪かったと思う』っていうのも、あまり、参考にならないよね……?」


「よかったか悪かったかの判断がされている分そっちの方がまだましだよ。でも頭に『私は』とか『俺は』がついているのが気に入らない。逃げ道を作っているみたいでウザい」


「逃げ道?」


「そ。逃げ道。私はいいと思うけど他の人はどうかな? みたいな。はっきり言ってよね。全然ダメとか、サイコーとか。『自分は云々』っていうのは二人の意見が食い違ったときだけにしてよ。私と佐藤君の意見が違ったときに佐藤君が『僕は好きだけどなぁ』っていうのは許される。でも貸す時に『僕は好きだけど』っていうのをつけるのはよくないと思う。参考にならないにもほどがある。私は知るかそんなことって思う」


 何となく分かるような、全然分からないような……。


「『自分は好きだ』っていうのは感想を伝える際には最低の答えだと思う。そんなことはどうでもいいからどこが良かったとかどこが悪かったとか言ってよね。お互いの感想が違ったときにだけそれを使ってよ。分かった? 佐藤君」


「う、うん。注意する」


 僕言ってないけど。

 話が一段落したようなので僕は先ほど貰った卵焼きを食べてみることにした。


「あ、おいしい」


 普通の卵焼きなのに、なんでこんなにおいしいのだろう?


「おいしいね、楠さんの卵焼き」


「あっそう。ありがとう」


 う……。とってもそっけない。僕に褒められても嬉しくないよね……。


「ねえ佐藤君」


「あ、はい。なんでしょう」


 落ち込む僕に楠さん。


「聞こえているのに聞き返す人間ってどう思う?」


「え?! もしかして僕の事?!」


 何か聞き返しちゃってたのかな!?


「違う違う。君はそんなことしないでしょう。世の中にはそういう人間がいるでしょ?」


「あ、うん。そうだね。いるね。でも聞こえてないんじゃないかな?」


「毎回最初の言葉だけが聞き返されるんだけどね。最初の言葉だけ聞こえないとか不便な耳してるね」


「そう、だね。集中してないから、最初だけ聞き逃しちゃうんじゃないかな?」


「へぇ。集中してなきゃ聞こえないんだ。大変な人生だねそれ」


「大変、だね」


「でもさ、絶対に聞こえてるよね、そういう人って。だって、あまりにも何度も同じことが起こるからその人に話しかけるときは大きな声でゆっくりと話すようにしてるもん。でもそれでも聞き返してくるあいつって、なに? 何が目的なの?」


「えっと……たしか、何かで聞いたような……。……。あ、そうだ! たしか、聞き返す人はプライドが高いみたいな話を聞いた気がするよ」


「プライドが高い? どうしてそうなるの?」


「えっと、たしか、あなたのことは気にしてないですよ、だから気づいていないんです、っていう感じだったような気がする」


「……へぇ……。なんだか、むかつくねそれは。わざわざ人に同じ話をさせるなんてどれだけお前は偉いんだって思うね」


「う、うん」


「四回に三回は聞き返してくるんだよね。そう言われてみればプライドが高い人にそういうのが多い気がする。今後注意するんだね、聞き返しちゃだめだよ佐藤君」


「う、うん。注意する」


 あまり聞き返していないと思うけど。

 話がひと段落したので自分で作った卵焼きを食べる。

 ……なんだか僕の卵焼きは甘すぎる気がする……。


「佐藤君」


「うん?」


 楠さんはやっぱりおしゃべり好きだね。会話が止まらないよ。


「佐藤君は友達いる?」


 なんだか急に心をえぐり取るような質問が飛んできたね。

 少しだけ胸の痛みを感じながら答える。

 

「僕……あまり友達いない、みたい」


「ふーん。有野さんくらい?」


「うん。雛ちゃんは、僕のことを親友って言ってくれる。僕もそう思ってるから、親友だよ」


「へー。小嶋君は? 最近仲良いみたいだけど」


 今朝謝ってくれたけど、友達と言えるのかな……。


「僕としては、何とも……。……友達って、どこから友達なのかな……」


 僕にはわからない。

 アニメを貸すのは友達なのかな。小嶋君は僕のことを友達と思ってくれているのかな。

 どうすれば友達と思ってくれるのか、分からないや。


「お互いのことをよく知っていれば友達なんじゃない?」


 なるほど。


「……お互いのことをよく知らなきゃ、友達になれないのなら、僕は多分小嶋君と友達じゃないね……。僕小嶋君の事あまり知らない……」


「ふーん。でもお互いのことをよく知っているから友達っていうのもおかしな気がするね。友達になって徐々に知っていくことだってあるだろうしね」


「そうだね……」


 なら、友達って、何だろう?

 うーん。分からないや。


「でもさ、何となくだけど」


「うん?」


「お弁当のおかずを交換したら、もう友達なんじゃないかな」


 楠さんがそう言った。


「……え?」


 僕、今楠さんの卵焼きを食べたよ?


「あの、その、だったら、楠さんは、僕の、友達?」


「君はどう思う?」


「……その、僕なんかが、楠さんの友達になるのは、申し訳ないというか……」


「悪い癖がここで出たね。自分を卑下する。やめた方がいいんじゃない?」


「え、う、うん」


「お互いのことを解く知っていれば友達って言ったけど、それならやっぱり私たちは友達なんじゃないかな。私の本性を知っているのは君だけだし、私もそれなりに君のことを理解しているつもり。関係はおかしいけれど、友達と言えば友達なんじゃないかな」


「そ、そうかな?」


「なに? 嬉しくないの?」


 楠さんがジト目で僕を見てきた。


「あ、もちろん嬉しいです」


 当然だよ。だって、学校一の美少女だもん。


「なら、私たちは友達ね」


「うん……」


 ……でも。


「その、本当に僕のような人間が友達でいいの? 僕なんかと友達だって言ったら、楠さんの評価が下がっちゃうよ……。僕みたいな底辺の人間楠さんと釣り合わないよ……?」


「……全く佐藤君は……。『僕のような人間』とか『僕なんか』とか『僕みたいな底辺の人間』とか、卑下しすぎだよ」


「で、でも、本当のことだから……」


「関係ない。君は本当に鈍いね。相変わらずイライラさせてくれるよ」


「う。ごめんなさい」


 でも、鈍いって何に対してだろう。


「はっきり言わないとダメみたいだね」


 楠さんが隣に座る僕をまっすぐ見てくる。僕は視線を逸らしたかったけれど、真っ直ぐ見てくる相手にそんなこと失礼だよね。恥ずかしいけれど我慢しよう。

 視線が合ったところで言う楠さん。


「私、佐藤君の友達になりたいなって」


「えっなんで?!」


 素で聞いてしまった。当然だよ。僕と楠さんは正反対の人間だもん。

 主従関係がお似合いだったのに。


「君は本当の私を知っていても嫌がったりしないから」


「嫌がるなんて、僕じゃなくても……誰も嫌がったりしないと思うけど……」


「そんなことはありえない。私は知っている。知っているからこそ、君が珍しい。君は普通の人とは違うよ」


「よ、よく、分からないけど……」


 なんだか恥ずかしい。

 僕を脅していた楠さんからこんなことを言われるだなんて。


「私達、友達かな」


「え、その……」


「佐藤君が嫌ならいいよ。普通に君の悪行をばらすから」


「僕たちは友達ですよねっ! 粉うこと事なき友達でございます!」


「そっか。そうだよね」


 脅されて友達になるのはなんだか違うような気がするけれども、今後友情がはぐくまれる気がしないけれども、友達と言うよりやっぱり主従関係なきがするけれども――


「そっか。うん」


 ――楠さんの素敵な柔らかい笑顔を見ていたらそんなことどうでもよくなってしまう。

 この笑顔を間近で見られた僕は、きっととっても幸せな人間なのだろう。


「ご飯食べなよ」


 ぼうっと惚けていた僕に楠さんが怒ったように言う。


「え、あ」


 楠さんのお弁当箱を見てみると空っぽだった。いつの間に。

 僕は慌ててご飯を食べる。


「ゆっくりでいいよ」


 いつもは急かす楠さんだけれども、今日はゆっくりでいいと笑いながら言ってくれた。

 なんだかとっても幸せだった。

 ここに雛ちゃんがいれば最高だと思う。

 二人が仲良くなってくれれば、僕は言うことなしだ。

 何とかしたいな。




 ご飯を食べ終え、二人で教室に戻る。毎回先に帰っていた楠さんだったけれども、今日は僕と一緒に帰ってくれるみたいだ。

 なんだか教室に入るのが恥ずかしいや。でも一緒に帰ってくれるのだから、最後まで一緒に帰ろう。

 そう言うわけで一緒に廊下を歩く。


「佐藤君、明日も一緒に食べようよ」


「え、いいの?」


「いいよ。なんなら、有野さんも誘ってみようか」


「え?! いいの?!」


「いいよ。私だってずっと睨まれるのは嫌だもん。ちょっとは仲良くしたいよ」


「……でも、それだと、楠さんが山でしていることを言わなきゃいけなくなるんじゃないかな……」


「それは最終手段。できる事をやってからそれをする」


「……うん。それがいいね」


「佐藤君も協力してね。協力しないとばらすから」


「うん」


 当然だよ。喜んで協力するよ。

 なんだか、人生がうまく行きすぎている気がする。

 突然、学校一の美人が友達になってくれるなんて、すごいことだよこれは。

 今ならどんなことが起きても乗り越えられるね。


「何笑ってるの?」


 僕らの教室の前。楠さんが僕のへらへら顔に気づいた。


「え、あ、ううん。別に」


 何もないよと白を切る。

 やっぱり、勇気を出すことによって人生が変わったんだね。すごいや、勇気。


「変なの」


 と、楠さんが首をかしげながら僕らの教室の扉を開けた。

 楠さんが先に入り、僕もすぐに続く。


 僕が一歩教室に足を踏み入れた時、教室のおかしな空気が僕の胸を締め付けた。

 突然不安に襲われる。

 なんだろう。

 楠さんもそれを感じ取ったようで足が止まっていた。

 僕らは二人、ドアのすぐそばに立ち尽くす。


「……優大……」


 雛ちゃんが僕に気づき呟いた。先ほどまでの怒りは治まっているようだ。


「……一体、何が起きているの?」


 楠さんが教室全体に問う。

 誰一人として返さない。

 それどころか、全員が僕らを、いや、楠さんを冷たい目で見ていた。


「……一体、なにが……」


 楠さんがもう一度問う。

 それに、やっと答えが返ってきた。


 --銀色。


「楠さん。みんなはあなたに失望しているのですよ」


 銀色の髪を持つメガネをかけた女子、前橋さんが教卓の前に立ち冷たい冷たい笑顔で楠さんを見下ろしていた。


「もう、あなたは終わりです」


 そう言って、携帯を操作して、たぶん、動画を、流し始めた。

 映像は見えないけれど、小さな音が聞こえてくる。はっきりと聞こえてくる。


『くそっ、このやろうっ! 全員ムカつく! みんな、ウザい! べたべたしてくんな男子ども! 媚を売るな女子ども! みんなうっとうしい!』


 携帯から聞こえてくるのは、楠さんの声だった。


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