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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第一章 キョーハク少女
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馬の中の人

 そう言うわけで、あっという間に放課後です。

 僕はあの馬の動画を撮りたいがために、先生に捕まらないうちに早めに教室を出で真っ直ぐに秘密基地へ向かった。

 やっぱり秘密基地はいつも通りの顔で僕を迎えてくれる。一応念のために、何の念のためにかは自分でも分からないけれど、一応念のために秘密基地もとい秘密テントに首を突っ込んで中を確認してみた。

 異常なし。

 秘密テントから顔を引き抜き僕は森の奥に視線を向けた。

 ……。

 ここまで来て少し怖くなってきた。やっぱりやめようかな……。

……。

 ……うん。そうだよね。盗撮になるし、いけないことだよね。やめよう。

 と、引き返そうとしたとき。


「!」


 僕が登ってきた道から誰かが登ってきた!

 逃げる必要はないのかもしれないけれど、馬に対する恐怖がすべての物に作用し僕は思わず森の奥へと逃げてしまった。

 逃げて逃げて何故かあの馬が暴れていたところまでやってきてしまった。辺りを見渡してもあの馬はいない。でも後ろを振り返ってみると登ってきた人がこっちにやってきている。も、もしかしたら、あの時の馬本人なのかもしれない……。

 恐ろしいので僕は少し戻って木の陰に隠れてやり過ごすことにした。

 ……怖い。また馬を被っているのかな……。

 その人をやり過ごし、その後ろ姿を覗き見る。

 背の高い後姿。後頭部から垂れる黒く長い髪が規則正しく揺れていた。しかもその人は僕と同じ高校の制服を着ている。だ、誰なんだ! 顔を見なければ全然わからないよ!

 何かを探すようにきょろきょろと視線を動かしている。もしかして僕の存在が見つかったのかもしれない。ど、どうしよう……。やっぱりあの青いバットで殴られるのかな……。で、でも今は何も持ってないし、そもそも馬の人かどうかも分からないし……。

 僕が恐怖に支配された精神でがくがくとその人の観察を続けていると、とうとうその人の顔を拝むチャンスがやってきた。

 ゆっくりと、その人が振り向く。い、一体……誰なんだ……! 全然想像もつかないよ!


「あれ?」


 そこにいたのは馬であるはずのない人だった。


「く、楠さん……?」


 完璧少女の楠さん。まさかこんな娘を疑ってしまうなんて。僕はダメだなぁ。

 僕は安心して木の影から出た。


「……そこに隠れてたんだ」


 ふらりと僕を見る。


「え、う、うん。僕がこの山にいるって知ってたの?」


「当たり前でしょう。追ってきたんだから」


 え、誰? 本当に楠さん? その前に、追ってきたってなんで?


「どうしてここにいるの?」


 と楠さん。


「あ、この前ここで変な人に会ったから写真でも撮ろうかなって思って……」


「ふーん。いい趣味してるね」


 これは褒められていないと僕でも分かる。


「で、写真はもう撮ったの?」


「え、いや、変な人いないみたいだから……まだ撮ってない……」


「へぇ~……」


 楠さんとは思えない顔ですね。


「え、え、え? も、もしかして僕悪い事した?」


「……分かってるんでしょう?」


 いつものような暖かい笑顔じゃない。っていうか、笑顔がないね。ものすごーく怖い無表情。とりあえず怒っているみたいだから謝ろう。僕が悪いんだから。


「ごめんなさい」


 頭を下げた。


「やっぱり分かってたんだ」


 ゴミでも見るかのような目。怖い。分かってたって、いったい何のことだろう……。でも怖いから聞けない。


「それで、気になることは無い?」


「え、えっと……」


 しいて言うならばなんで怒っているのかを聞いてみたい。けど怖いから聞けない。


「聞く必要がないって? へぇ、それはそれは」


 何も言ってないけど。

 あの優しい楠さんがここまで怒るなんて……。僕はそれだけのことをしたんだ……。ああ、償いたい。でも罪を自覚していないのでどう償えばいいのか分からない。聞けばいいのだろうけれど、怖いから聞けない。


「ご、ごめんなさい……」


 謝ることしかできない僕を誰が責められようか。


「見ちゃってごめんなさい? ムカつくね」


 む、むかつく?! あの楠さんが今ムカつくって言った?! やっぱり偽物?! 怖いから怒っている理由聞けないと思ったけど、聞かないで怒られている方が怖いことに今気づいたよ!


「あの、その、な、なんで怒っているのかわかりません!」


 思わず敬語になるほどに怖い!


「いい加減分からないフリやめてよ。私だってもう隠さないで本音で話してるんだからさ、君も本音で話そうよ」


「ほ、本音です……。本当に分からないよ……」


「嘘ばっかり。ずっと私の事監視してたじゃん。あの時顔見たんでしょ」


 あ、なるほど。ここ最近目が合う機会が多かったから監視されてると思われちゃったんだ! でもあのときっていつのこと?!


「ごめんなさい! その、あの、えっと」


 言い訳のしようがないよ!


「ごめんなさい……」


 学校生活を諦めよう……。楠さんに嫌われるのは一年生全員に嫌われるのと同義だから。


「謝らなくていいから。とりあえずあの時落とした私のお面返してよ」


 怒った顔で手を差し出してきた。


「お面……? って、何?」


 はぁあああああああと大きくため息をつく楠さん。


「い い か げ ん に し て く れ な い か な」


 一文字一文字間にスペースが入るほどにキレていらっしゃる!


「あの時の馬のことに決まってんでしょ。持って帰ったの? 捨てたの?」


 ……。


「え、なんで馬のこと知ってるの? あれ? 楠さんも見てたの?」


 どこにいたんだろう。木の陰に隠れてたのかな?


「見てたって……そんなの知ってて当たり前じゃん」


 眉根を寄せて怒っていることを教えてくれる。


「ど、どうして?」


 僕は首をかしげて聞いてみる。


「ああ、なるほどね。私の口から言わせたいわけ」


 な、何のことだろう。

 何かに納得したように頷いて楠さんが言った。


「あの時の馬は私です。これで満足ですか?」


 ……。

 ……。

 ……。

 …………ええええええええ?!

 それ初耳なんですけども! 全然わからなかったよ! うん!


「それで」


 楠さんがこっちに近づいてきた。


「そ、それで……?」


 僕の目の前で止まる。


「この事実を知った君はどうするつもり?」


「ど、どうするもこうするも……」


 今初めて聞いたし、まだ何も考えられない……。


「まあ、どうせ君も他の男みたいに私をいやらしい目で見てるんでしょ。私は可愛いからね」


 うん。自分で言っても許される可愛さだと思うよ。


「そういう人間が何をするのかは大体想像がつくよ」


 何をするって……、黙ってるつもりだけど……。言いふらしたりしないよ?


「どうせ君はこのネタを使って脅すつもりなんでしょ」


「ええええええ?!」


 そんなことしないよ! って言いたいけど楠さんの顔が近すぎで緊張して言葉が出ない。


「あーいやらしいいやらしい。人間なんてみんなそう。特に男はクズばかり。女みたいな顔してる君だって例には漏れないでしょう」


 と言って顔をぐいっと近づけてきた。

 うわー! 近い! 綺麗な顔が近いよ! 思わず目をそらしちゃうよ!


「でも私はそんなことさせないよ」


 楠さんが片手で僕の頬を挟み込み、無理やり自分と向かい合わせる。僕の方が背が低いから少し見上げる形になってしまう。僕は直視することができずに固く目を瞑った。


「君は私を脅せない」


「う、ううう」


 い、痛いです。痛いです楠さん。


「だって、脅すのは私の方だから」


「え?」


 どういう意味か分からず目を開ける僕。いや、もう開けない方がよかったとすぐに後悔したよ……。

 目の前に広がる楠さんの綺麗な顔。眩しいよ。

 いや、そんなことよりも。

 僕は、

 何故だか分からないけれど、

 楠さんに、

 キスをされていた。


「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 ………………。

 ぎゃあああああああああああああああああ! 意味が分かりませんんんんん!

 僕は完全に思考が停止してしまい指先一つ動かすことができなくなっていた!

 直立不動の僕の横で、携帯のシャッターの音が鳴った。それと同時に楠さんが離れる。


「な、ななななななにを? なななんで?!」


 ぼ、僕の純潔が! 何が起きているのでしょうか! これ地球終るんじゃないの?! ぼ、僕のような下賤な人間が楠さんとせせせ接吻を交わすなどと世間様にももも申し訳が立ちません!


「……」


 楠さんは慌てる僕を無視して、満足そうな表情で携帯を眺めていた。


「くくくくく楠さん?! せせ説明をお願いしてもいいですか?!」


 とりあえず僕は無視される。


「ああ、なんて哀れな私……」


 よよよと泣きまねを見せる楠さん。な、何が起きているのかさっぱり分かりません!


「い、いったい、どういうことでしょうか……」


 少し落ち着いてきた。でもドキドキは一向に収まる気配を見せてくれません……。多分今日はもう無理です……。


「君は今私に無理やりキスをしたの。そう言うこと」


 無理やりって何?! 意味が分かりません!


「あ、あの、詳しい話を教えてほしいんだけど……」


「そんなことよりさっさと携帯出してって言ってるの。赤外線送信」


「え、あ、はい」


 同じこと言わせないでみたいなことを言われたけれど初めて聞いたよ。でも僕は言うとおりに携帯をだし、楠さんの携帯と向かい合わせる。そして言われるがままにプロフィールを送信した。

 楠さんが送られてきた僕のアドレスにメールを送ってきた。僕はそれを開封。何やら添付されている。開いてみた。


「うぎゃあああああああああああああああああああああああああ!」


 楠さんと僕のキスシーンだった! なんの羞恥拷問ですか!


「なななななんですかこれは!」


「そんなの決まっているでしょう。私が、君に、無理やり、キスを、されているシーン」


「そんなに単語分けしなくても分かります!」


 でも結局なにを言っているのか分からないので慌てて写真を見てみる。恥ずかしい! 恥ずかしすぎるよ! けど我慢してよく見てみる……。

 自分のファーストキスを客観的に見てみる。異次元の美貌を持つクラスメイトと唇を合わせている僕。……。うばばばばばばばば。……いや、もう現実に起こったことを認めて前へ進もう。僕は取り返しのつかないことをしてしまったんだ。罪を背おって生きなければ。

 とにかく今は楠さんの言葉の意味を知ろう。

 何となく薄目でディスプレイを見る。

 楠さんはなんて言ったっけ。

 無理やり、僕が、ききき、キスを、しているシーンって、言ってたっけ。

 ディスプレイに映し出されていた楠さんの表情は苦しみに満ちたもので、確かに、どう見ても、僕が無理やりしているようにしか見えなかった。


「あーあ。私のファーストキスが君みたいなもやし野郎に奪われちゃったのか。人生何が起きるか分からないね」


「……も、もやし……」


 口が悪い……。楠さんだとは思えない……。

 って、ファーストキスだったんだ……。……。……。……。

 それってこんなところで散らしていいものなのですか?!


「とりあえず、君は無理やり私にキスをした。その事実はオッケー?」


「……。……いやいやいやいやいいやいやいやいや! おっけーじゃないよ! ちょっとぼーっとしてたけどオッケーじゃないよ! アウトです!」


「うるさいね。君は今私に口答えできる立場じゃないの」


 そう言って携帯を開いて僕に写真を見せてきた。

 さっと視線を外す。自分で見るのより楠さん本人に見せつけられたほうがなんだか恥ずかしい。


「そ、そんな。く、楠さんが……じぶんで……」


「あーはいはいはい。別に君がどう思っててもいいよ。こっちには証拠があるんだから」


「証拠って……。それは楠さんが僕に無理やりキ、キスした証拠じゃあ……」


「何言ってるの? この写真が全てを物語っているじゃない」


「確かに、この写真だけ見たら僕がその、無理やりしているように見えるかもしれないけど……ちゃんとみんなに説明すれば……」


「私と君の言葉、みんなはどっちを信じるかな」


 う。当然楠さんの言葉を信じるね……。僕だってそうだもん。僕みたいな芋虫なんかより楠さんのような蝶の話を信じちゃうよ。


「ご理解いただけましたかね。君のこれからは私が握っているの。脅す立場から脅される立場になっちゃったの。オッケー?」


 おっけーと言わざるを得ないよ……。


「ううう……僕脅すとか考えたことなかったのに……」


 そもそも知らなかったんだから。


「嘘ばっかり。人間はみんなクズ。どうやって上に立つ人間を蹴落とすかしか考えてないんだから。完璧美少女である私の欠点を見つけた君はそれをネタに私を脅してエッチな命令を下してそれを眺めながら下卑た笑みを浮かべるつもりだったんでしょう気持ち悪い」


 酷い妄想だよ本当に。


「でも残念。君はこれから私の言うことを聞かねばならない立場になりました。とりあえず手始めに馬返して」


 ずいと手を差し出してくるけど僕は何も渡せない。


「ほ、本当に知らないよ……」


 あの後すぐ帰ったもん。

 楠さんがゴミを見る目で僕を見た後、ため息をつき言った。


「……まあいいや。じゃあひとまず今日は解散。明日君の家に行くからそのつもりで」


 え、僕の家に来るの? あの超絶美少女が? すごいことだよこれは。でも全然嬉しくないや! 不思議だね!


「今は混乱しているだろうから、一晩よく考えていいよ。でも一晩だけしか時間あげないから」


 そう言いながら僕とすれ違いこの場を去る楠さん。

 僕はがっくりとうなだれた。何が何だか分からない……。


「佐藤君」


 後ろから聞こえてくる声が僕の耳をくすぐる。先ほどまでの声じゃない。僕は思わず振り返っていた。

 そこにいたのは、いつもの、僕が知っていた、誰もが憧れる優しい楠さんだった。


「ばいばい佐藤君。これから、仲良くしようねっ」


 その表情を見て、不覚にも僕はドキドキしてしまった。


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