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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第一章 キョーハク少女
28/163

今までの人生にお別れを

 七月六日。

 水曜日。

 刻一刻とテストの日が近づいてくるけれど、勉強は一向にはかどらない。

 来週の水曜日はテスト最終日だ。あと一週間ですべてが終わる――などと言ったら世界の終わりが近いような錯覚に陥ることができるのだけれども、実際のところは僕自身が終わるだけで世界は何ら変わらない。電車が遅れることも無いだろうし、バスが早く来ることも無いだろう。

 僕の人生が終わろうが誰も気にしない。

 何人かは悲しんでくれるのかもしれないが、その程度だ。

 こんなことだって多くの人が考えていることだ。

 その他大勢が考えるようなことで悩む。そう、僕は普通なのだ。平凡。凡人。どこにでもいる、いや、平均を大きく下回っている。

 勉強もできない、運動もできない。いつも周りの人を怒らせている。大勢の人に褒められたことなんて一度も無い。賞賛とは無縁の生き物だ。

 何か一つでも得意なものがあれば自信がつくのに、何も見つからない。

 姉や弟と比べても僕だけ異常に劣っている。

 可愛い姉と、可愛い弟。

 姉は勉強できるし、弟はなんだってできる。

 それに比べて僕は――

 と、こんなことを考えながら通学路を歩く。

 順調にいかない勉強のことを頭から追い出そうとしていた僕。

 結果、失敗。

 負の連鎖に巻き込まれてしまった……。

 朝から憂鬱だ……。

 どす黒いオーラを放出したまま学校へ到着。

 僕は手紙が入っていないことを祈りながら下駄箱を開けた。

 今日は何も入っていない。一安心だ。


「……佐藤……!」


 安心して突っ立っていた僕を誰かが呼ぶ。昨日と同じならば、小嶋君だ。

 手招きをしているのはやはり小嶋君だ。


「小嶋君、おはよう」


「そんなことより、これ」


 DVDを差し出してきた小嶋君。

 昨日貸した2クールのアニメが今日返ってくるということは面白くなかったということだ。お気に召さなかったようだ。


「面白かったわ」


「え?」


 面白かった? それはつまり見たということ?


「あ。いや別に普通だった。勉強しながら流してたから内容はよく覚えてねえ。とりあえず一通り再生したから返す」


「うん……」


 テスト週間でなければちゃんと見てくれたはずなのに……。


「……で、次のを貸したいとかあれば借りるぞ」


「あ、うん。今度のはきっともっと面白いよ。はい、これ」


「おう。明日返すわ」


「え」


 これも2クールあるから一日で見るのは大変だと思うけど……。


「明日も、何か持ってきてくれよ」


「う、うん」


 小嶋君が笑顔で去って行った。

 ……?

 なんだか、楽しんでくれているような気がする……。

 ……。

 気のせいだよね。



 朝の教室に入って一番に雛ちゃんの元へ向かう。

 当然昨日のことを謝るためだ。

 金色の髪の人が机に伏せていた。僕はその人に近づく。


「雛ちゃん……昨日は、ごめんね……」


「……」


 顔を伏せたまま無言で僕に中指を立ててきた。


「その、楠さんが僕の部屋に来たのは事実だけど、変なことはしてないから」


 中指を立てていた左腕が力なく机に垂れる。


「雛ちゃんが心配するようなことは何もないからね」


「……心配なんてしてねえよ……」


 こもった声が聞こえてきた。


「失せろー」


「ごめんね。何か、僕が嫌な思いをさせちゃったんだよね」


「失せろー」


「僕、なんでもするから、許してくれないかな……」


「なら失せろー。別れろー」


「う、うん。雛ちゃんがそれを望むのなら失せる……。でも、別れるのは嫌だよ」


 別れるって、雛ちゃんとだよね? 親友やめろってことだよね? そんなの嫌だよ。


「……優大。五秒以内にそこから逃げねえとブッ飛ばす」


「え?」


「ご、よん、さん、に――」


「ご、ごめんね!」


 殴られたくなかったので僕は慌てて逃げた。情けない……。

 雛ちゃん、許してくれそうにないよ……。





 今日の四時間目はLHR。

 先週は副委員長を決めたね。なんだか、密な一週間だった気がする。

 本日の議題は当然文化祭について。

 出し物を決めるみたいだ。

 先生が教室の隅で見守る中、楠さんが教壇の上に立ちみんなを見渡す。


「先日、皆さんには『飲食系』がやりたいと意見をいただきましたが、今日はその内容を決めたいと思います」


 うう……。僕の言った和菓子喫茶が発表されるんだね。どきどきするよ。


「一応、こちらでも考えまして、佐藤君からとてもいい案が出たので候補の一つとして上げさせてもらいます。あくまで、佐藤君の意見は第一候補です。まだ決定ではありませんので、他にやりたいことがあればどんどん言ってくださいね」


 みんなが僕の方をちらちら見てくる。とっても恥ずかしいね……。でも、楠さんも雛ちゃんもいいって言ってくれたから、少し自信がついたよ。早く発表してほしい位だ。

 楠さんが一瞬僕に視線を送る。発表するみたいだ! わー! 恥ずかしい!


「佐藤君が昨日提案してきたのは『女子高生が握るおはぎ喫茶』と言うものでした」


 …………………………え?!


 教室中がざわめく。

 当然だよ! 僕の心だってざわめいているもの!

 こんないかがわしい匂いのする喫茶店僕提案してないよ!?


「とても素晴らしいアイデアですね。私たちが握っているの姿を公開しながら、完成したものを法外な値段で販売する。これは繁盛しますね」


 教室のあちこちから「サイテー」とか「きもちわるい」とか聞こえてくる。

 ちょ、ちょっと僕これは嫌だ!


「あ、あの、楠さん?! 僕そんなこと言ってないけど?!」


 僕は立ち上がって抗議した。


「え? どうしたの佐藤君。昨日あんなに楽しそうに語っていたじゃない(笑)」


 昨日から楠さん(笑)を多用してくるね!? それよくないよ! メールじゃないんだから!


「僕が言ったのは和菓子喫茶だよ?! なんで『女子高生が握る』っていうのがついてるの!?」


「昨日佐藤君が言ったからだよ? もー、なに? 恥ずかしがって。いいアイデアだと思うよ? 私は」


 全然そんなことないよ?! クラス中の女の子が僕を冷たい目で見ているもの!


「そ、そうだ! 雛ちゃん! 僕そんなこと言ってないよね?!」


「……うるせえ……」


 ぐったりと机に顔をつけた状態の雛ちゃん。


「雛ちゃん?! お願いだから僕を助けて!」


「うるせぇ」


「あの、その、雛ちゃん! 僕の無実を証明して!」


 雛ちゃんが勢いよく立ち上がった! 助けてくれるのかな?!


「うるせえって言ってんだよこの野郎! てめえブッ飛ばすぞ!」


「え! ご、ごめん!」


 怒られてしまった。やっぱり、許してくれてないよね……。


「お前と若菜は私の敵だ! 誰が敵を助けるか! 死ね!」


 そう言って椅子に座って僕から顔をそらした。


「ブラボー! ブラァボォオオ!」


 前橋さんが一人で拍手して一人で喝采を送っていた。

 雛ちゃんの大きな声に静かになった教室。

 そんなこと気にした様子もなく楠さんが言う。


「話し合いは済んだ?」


「すみました……」


 涙目でうなずく僕。

 僕は雛ちゃんの敵みたいだ……。悲しい……。


「では、そう言うわけで私たちのクラスは『女子高生が握るおはぎ喫茶』に決定しました」


「「「「「「「「「「…………え……?」」」」」」」」」」





 気づいたときには、もう手遅れでした。

 僕らのクラスの出し物は、JNO(女子高生が握るおはぎ)喫茶になってしまった。

 雛ちゃんの怒鳴り声を聞いたクラスメイト達は意見する気を全部押し殺されてしまったようで、誰も楠さんに反対しようとはしなかった。

 僕は雛ちゃんに敵だと言われたことにショックを受けそのあとのLHRは一切覚えていない。それどころか午後の授業丸々覚えていない。テストが近いというのに……なにをしているんだろう……。

 もうすでに帰りのホームルームが始まっている。

 これが終わっても今日の放課後は委員長会議が無いと言っていた。

 都合がいい。

 雛ちゃんにちゃんと説明して許してもらおう。

 でもなんて説明すればいいんだろう。

 そもそも何を怒っているのだろう……。

 僕と楠さんの関係を勘違いしているから怒ったんだよね……。でも、一体どういう勘違いをすればそこまで怒るような事態に陥るのだろう。ちょっと想像がつかないよ。

 ……。

 本当のことを言おう。

 雛ちゃんは親友になってくれた。

 本当は思っていなくても、僕のことを親友だと言ってくれた優しい雛ちゃんとの関係が終わるのは嫌だ。

 楠さんの本性のことは言わないで、楠さんの言うことに従わなければならない状況なのだと言うだけならばギリギリ楠さんも許してくれるはず。楠さんの印象が少し悪くなるけれど、ごめんなさい。今回は、自分の事情を優先させてもらおう。

 考え事をしているうちに帰りのホームルームが終わった。

 僕は立ち上がり教室を見渡した。

 雛ちゃんが前橋さんと一緒に教室を出ようとしていた。

 僕は慌てて追いかける。

 教室の前の廊下ですぐに追いついた。


「ひ、雛ちゃん」


「あぁ?」


 怒った顔で振り返った。とても怒ってらっしゃる。


「なんなんですか佐藤君! 有野さんはこれからご自宅に帰られるんですから邪魔をしないでください!」


「あ、引き止めて、ゴメン……。でも、その、許してほしくって……」


「許してほしいだぁ? 別に怒ってねえけど? 優大なんか親友でもなんでもないんだから話しかけてくんな!」


「え……。や、やっぱり、そうだったんだ……」


 親友になろうって言ってくれたのは僕を気遣ってだったんだね……。でも、ものすごくショックだ……。ちょっと泣きそう。


「やっぱりってなんだよ! お前私のことを信じてなかったのか?!」


「失礼ですよ佐藤君! ……早くどっか行ってください」


 僕の言葉が悪かったみたいだ。


「雛ちゃんは優しいなって言いたかったんだ。ごめんね、変な言い方して。ごめんね……」


 僕の謝罪を聞いて少し表情を緩める。


「……ならいいけど。で? 友達でもなんでもない優大が何の用だよ」


「あの、昨日の事なんだけど……」


「なんだよ。自慢しに来たのか。はいはいおめでとうすごいね。これで満足だろ。じゃあな」


 僕の肩を軽く押して雛ちゃんが帰ろうとする。

 僕はそれを慌てて引き止める。


「雛ちゃんっ」


 雛ちゃんの右手を掴んだ。

 とっても暖かかった。


「なんだよ」


 振りほどくこともせずに面倒くさそうに振り向いてくれた。


「あの、その、僕、話したいことがあるんだ」


「なに。何だよ。言ってみろよ」


「ここじゃあ、言えなくて、えっと、人のいないところで、話したいんだけど……」


「なら私のいないところで一人でしゃべってろ」


「雛ちゃんに聞いてもらいたいんだ」


「……。知るかよ」


 雛ちゃんが手を振りほどこうとする。でも僕はしっかりとつかんで離さない。


「お願いだから、僕の話を聞いてほしい」


「……それを聞いて私はどう思う。その話を聞いた結果、私はどうなる」


「……えっと……、さぁ……」


「……ふん」


「佐藤君?! 有野さんの手を握らないでください! 有野さんの手が汚れてしまいます!」


 僕の腕にチョップをして手を離させようとする。でも僕は離さない。


「い、痛いよ、前橋さん……」


「なら離してください! ハサミを持ち出そうとカバンに手を入れますよ?!」


 それは怖い!

 でも、離さない。


「こ、こうなったら……。カバンに手を入れます!」


 うわっ、カバンに手を入れた! ハサミが出てくるのかな?!

 それでも僕は離さないぞ!


「……未穂、いいから」


 雛ちゃんが優しい声で前橋さんに言った。

 それを聞いて前橋さんが見るからに落ち込む。


「は、はい……。有野さんが、そう言うのであれば……」


 悲しそうにカバンから手を出した。でもしっかりとハサミが握られていた。いや、しまおうよそれ。離そうよ。


「……私にだけしか、話せない話なのか? 他の奴に聞かれたらまずいのか?」


「う、うん。雛ちゃんにだけ、話したい……」


「……そっか。なら、秘密基地で待ってる」


「え……。あ、ありがとう! 雛ちゃん!」


「別に。いいからそろそろ手を離してくれねえかな」


「あ、ごめん」


 僕はすぐに手を離した。

 雛ちゃんは僕の手から解放された右手を眺め握ったり開いたりしていた。

 三回それを繰り返し、僕を見る。


「やっぱり私、耐えられないかも」


「え?」


「こっちの話。じゃあまたあとで」


 振り返り真っ直ぐに廊下を進んでいく。前橋さんが一度僕を睨み付け慌てて雛ちゃんを追った。

 雛ちゃんは振り返らない。真っ直ぐに真っ直ぐに歩いた。

 ……。

 ふう。

 よかった。とりあえず話の場を設けることができた。僕は脅されていますと、言ってしまおう。


「佐藤君?」


 後ろから綺麗で恐ろしい声が聞こえてきた! 僕はそれに戦慄を感じた。


「佐藤くーん。一体、有野さんと何の話をしようとしているのかなー?」


 誰かが、僕の肩に手を置いた。

 その手を見てみる。

 心が不安定になるくらい綺麗な手だった。

 間違いなく楠さんの手だ。


「佐藤君、ちょっと来て」


 楠さんが僕と位置を交換するような形で肩を持った手を引き勢いよく前にでた。体勢を崩す僕を放って、楠さんが空き教室へと向かった。




 楠さんが先に入った空き教室に僕も入る。


「佐藤君。まさか君、全部ばらす気? 有野さんに許されたいからって、全部ばらす気?」


 僕が入ってすぐに聞かれた。

 楠さんは椅子に座って僕を睨み付けている。怒っていらっしゃる……。


「君、有野さんに嫌われたからどうでもいいやって思ってるの? 止めてよ。私まで巻き込むなんてとっても迷惑」


「そ、そう言うわけじゃなくて、その、あの、僕が脅されているっていうことだけを言おうと思って……」


「脅されている理由にまで話は飛ぶでしょう。なんて説明するの」


「えっと、黙秘……?」


「黙秘、ねぇ……。君にそんな高度なことができるとは思わないけど……」


 高度なんだ……。


「もしそれができたとして、私が君を脅しているっていうことを教えてしまえばそれだけで大変なことになるでしょう。私の嫌な噂が一気に広まっちゃうよ」


「それはきっと大丈夫。雛ちゃんは言いふらしたりしないから」


「でもより一層私を見る目が厳しくなるだろうね。そんなのごめんだけど」


 確かに、それは嫌だよね。

 人に嫌われるのなんて、誰だって嫌だもん。


「……でも、僕は言うよ」


「……へぇ。私が嫌がることをしようっていうんだ。いい度胸だね」


 そう言って、携帯を取り出した。


「君は私に命を握られていることを忘れているみたいだね」


「忘れてなんかいないよ」


「なのになんでそんな行動をとるの?」


 僕は、まっすぐに楠さんを見据える。


「……僕、今回は自分勝手に生きてみようと思うんだ」


「……自分勝手に? 何言ってるの?」


 え。えっと……。

 

「その、楠さんが前言ってくれたことを、実践してみようと思って……」


「私そんなこと言ったっけ? 覚えてない」


 僕の心には深く刻み込まれたのに楠さんとしてはそうたいしたものではないみたい。

 少し衝撃だ。


「えっと、その、勇気を出せとか、自主的に生きろとか」


「……あぁ。それね」


「うん。だから、僕は勇気をもって我儘を言ってみる」


「……私が嫌がっても?」


「うん」


「この私が嫌がっても?」


「う、うん」


 なんでこのをつけたんだろう。


「君は可愛い私を傷つけてもいいっていうの?」


「うん。本当は嫌だけど、雛ちゃんとの関係が終わるのはもっと嫌だから」


「……そう」


 楠さんが俯いた。

 これで僕の悪行がばらされたらどうしよう。雛ちゃんには本当のことを言おう。きっと信じてくれる。でもみんなは僕を責めるはず。悲しいけれど、雛ちゃん一人が信じてくれるのなら僕はそれでいい。


「……私が脅していることだけを教えるんでしょ?」


「え? あ、うん」


「その理由は言わないんでしょ? 私の性格が腐っていることは内緒にしておいてくれるんでしょ?」


「うん。言う必要ないもん。それに、楠さんの性格が悪いだなんて僕思ってないよ」


「はいはいフォローフォロー」


 本当にそう思っているのに……。


「なら、いいよ。仲直りしていいよ」


「え、あ、うん」


「きっと私が君を脅していると知ったら有野さんは私のことを今まで以上に敵対視してくるだろうけどいいよ」


「う、うん」


「それを見た私を嫌っている人間達が有野さんの味方になって私の居場所がなくなっていくだろうけどいいよ」


「……う、うん……」


「それで居場所がなくなった私は学校に来なくなって一人部屋の隅で丸まって飲み終えたジュースのストローを噛みながら出会い系で男を探して――」


「もう勘弁してください!」


 聞きたくないよそんな話!


「これからが面白いところなのに」


 何一つ面白くなかったよ!


「あの、やっぱりやめた方がいい、のかな……。ばらして楠さんがどうにかなっちゃうのなら、それは、流石にそんなことできない、けど……」


 自分はどうなってもいいやと思っていたけれど、楠さんが大変なことになるかもとは考えていなかった。当たり前のことなのに考え及ばなかった。僕はなんて浅はかな人間なのだろう。

 でも、嫌がっているはずの楠さんの顔は晴れやかだった。


「ううん」


 楠さんが立ち上がり、笑顔まで見せてくる。


「本当に、いい傾向だと思う。君はもっとそうやって生きていくのがいいと思うよ」


「う、うん……。本当にいいの?」


「いいってば。もうちょっとわがままで、もうちょっと自分の言いたいことを言えばきっと楽しいと思うよ」


「そう、なのかな……」


「そうだよ。間違いなく。昨日の委員長会議で良い案を出してくれたし、たまには君のやりたいことをやらせてあげないとね。自棄になられて全部ばらされたら困るからね」


「そんなことはしないけど……」


「先の事なんて誰も分からないでしょ」


 そうだけど……。


「嫌な目で見られるのくらい、もう慣れっこだし。それが一人増えたところで問題ないよ」


「……あの、ごめんね……」


「悪くない。君の人生が明るくなるのならそれは嬉しいことだし」


「……」


 優しいなぁ……。なんでだろう……。


「あの、楠さん、聞いても――……その、なんで僕にそんなに優しくしてくれるの? 僕の人生の心配をしてくれるなんて、その、嬉しいけど、申し訳ないというか……」


「なんでだろうね。私も分からないよ」


 苦笑いを見せる楠さん。


「でも何となくは、分かるかな」


「何となく?」


「君は多分私とは正反対の生き物だと思うんだ」


「う、うん……。容姿もよくないし、勉強もできないし、運動もできないし……」


「そう言うことじゃなくって、根本的に。私が陰だとしたら君は陽。でも明は私で暗は君。そんな感じ」


「……何となく、分かったかも……。でも、それでなんで人生の助言を……?」


「正反対すぎるから、逆に似ているのかなって。だから似た者同士もっと人生を楽しんでほしいと思っているんじゃないかな。確かなことは言えないけど」


「う、うん……?」


 よく分からないや。


「まあ、とりあえず、早く秘密基地に言って事情を説明しなよ。怒って帰っちゃうよ」


「あ、そうだった。ごめんね、楠さん……。迷惑をかけちゃうね……」


「いいよ。たまには自分も損もしなきゃ。でも、報告は聞くからね」


「うん」


「よし。なら……行ってらっしゃい」


 笑顔の楠さんに見送られ、僕は教室を出た。

 なんだか、失敗する気がしない。


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