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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第四章 僕らにとってのハッピーエンド
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楠さんと一年六組

 僕を含めたみんなが、大きな声で泣く楠さんと市丸さんを見て泣いた。涙が零れ落ちるほどに泣いた。

 これはハッピーエンドなのかどうなのか、なんだかこれだけを見たら真逆の様に見えてしまうけれど。それでもこれは間違いなく幸せなエンディングだ。

 徐々に二人の泣き声が小さくなり、完全に泣き声が無くなる。

 それを見て僕らはようやく笑顔を作り幸せな空気を実感し始めた。


「ゴメン……ゴメン……」


 それでも市丸さんは謝ることをやめなかった。


「もういいってば」


 楠さんの優しい声がみんなを安らかな気持ちにさせる。


「ごめんね……」


 悲しみで溢れながらも、楠さんの様に優しい市丸さんの謝罪。

 それを聞いた楠さんが市丸さんから離れて笑顔を見せる。


「本当に、もう気にしないで」


 楠さんの笑顔を見てようやく市丸さんの顔にも笑みが浮かんだ。


「……ありがとう」


 市丸さんの謝罪が感謝に変わり、そこでやっと、色々と終わったのだと胸を張って言えるようになった。

 多分そろそろエンディングの曲が流れてくる。

 エンドロールで、出演者の欄の一番上に来るのは楠さんで、二番目は雛ちゃん。三番目に市丸さんで、沼田君は四番目。

 登場人物になりきれない僕の名前は、出演者の名前の所には並ばない。

 ライトノベルで言うところの、登場人物でも本文でもイラストでもない僕はそこに名前を連ねることはないのだ。

 でも僕は無関係ではない。

 みんなの人生において、僕は無関係ではないはずだ。

 だからエンディングにも名前が出てくるはず。

 出演者にはなりきれない僕。

 名前があるとすれば下の方。上の方ではなく下の方。エンドロールの最後の方。

 僕は、妄想の作者なんだ。


「ふふ……」


 楠さんの笑顔。

 それにつられてみんなが笑う。

 本当に、幸せだ。

 笑顔のまま楠さんが市丸さんに言う。


「これでやっと、私達主従関係を結べるんだね」


「うん、うん、う……え?」


 え?


「「「「「え?」」」」」


「え? 何? 当たり前でしょう。あれだけ不愉快なことしておいて何もないとでも思っているの? 百合は今日から奴隷だから」


「えっ」


 またまた、嘘だぁ。楠さんは冗談がきついなぁ。


「なにを驚くことがあるの? 悪いと思っていたらそれくらいしなよ」


「……やっぱり、腐ってる……」


 市丸さんがつぶやき、楠さんが問いかける。


「嫌なの?」


 市丸さんがものすごく幸せそうな笑顔を作った。その口から出る言葉もとても幸せな響きだ。


「嫌じゃないよ」


「よかった。これで奴隷がまた増えた」


 え、また増えたって言うことは、もしかして僕奴隷扱いされていたの?


「やっとこれで部員全員私の奴隷になった」


「え、私達もお前の奴隷なの?」


 僕の想像以上のことを楠さんは言っていた。

 楠さんの言い草は酷いものだけれども、みんな、それを本気で言っているだなんて思っていない。楠さんの顔はまだ、涙でボロボロだったから。

 僕はそんな楠さんを見た後、改めてみんなに伺う。


「みんな、僕の話を、受け入れてくれる、かな」


 改めて聞いてみたけれど、こんなこと聞くまでも無い事だ。


「受け入れてやるぜ。納得できねえところもあるけど、そんなこと、もうどうでもいいや」


 僕の考えた妄想を、みんなが受け入れてくれた。

 よかった。本当によかった。

 真実かどうかは分からないし、もしかしたら百パーセント嘘かもしれないけれど。それでもみんなが幸せになれるのならばそれが良い。それしかないんだ。

 終わった。

 終ったと思えるのから、ハッピーエンドだ。

 これでやっと、やりたいことが始められるんだ――などと落ち着くのはもうちょっと後。


「……佐藤」


「え?」


 ハッピーエンドだったはずなのに表情の冴えていない小嶋君。小嶋君だけではない。三田さんと前橋さんもいまいち晴れた顔をしていない。


「終始空気だった俺達は必要だったのか? 俺達って、いらなくね?」


 お願いがあるから来てくれと言われたまま置いてけぼりを喰らっていた三人。確かに現時点ではあまり関係のない話だったかもしれないけれど、これからまだ僕の物語は続くのだ。

 あと、数ページ。


「えっと、僕は思うんだけど、楠さんはまだクラスのみんなに冷たい目で見られてしまうと思うんだ」


「まあ、そうなるよな」


 ここで解決したからと言ってみんなにそれが伝わるとは思わない。徐々に伝わるのだろうけれど、もうちょっと早くそれから解放してあげたい。


「だから、それを何とかしたいと思って」


「なんとかなんのか?」


「多分……」


 僕の妄想なら、何とかなる、と、思う。


「どうするんだ?」


「特に、これと言ってすることはないんだけど――




 という訳で、僕のお願いをみんなに聞いてもらった。

 その結果はと言えば、僕の想像とは違い、想像以上にうまく行った。

 僕のお願い。

 楠さんを助けるためのお願い。

 別に、なんてことはない。ただ単に以前以上に仲良くしようとお願いをしただけだ。

 結果、それだけで、クラスメイト達は楠さんへの対応を改めた。

 これでクラス外へと広まった楠さんへの対応の悪さも徐々に治まって行くのだろう。

 僕は知っていた。こうなると何となく分かっていた。

 人間観察のおかげ、というよりも、今までこのクラスで過ごしてきたので知っていた。

 僕らのクラスは良くも悪くも流されやすい。

 楠さんを責めるときはみんな一緒になって責めていたし、会長に詰め寄る時はみんなで一緒に詰め寄った、僕を受け入れてくれる時も一緒に受け入れた。

 今回だってそうだ。みんなが噂をしていたから噂を流した。

 だからクラスの中心人物である動画研究会のみんなが楠さんと仲良くすれば、クラスメイトも仲良くする筈なのだ。楠さんの噂を流していたのは、別に自分の意志ではなかったから。ただ流されていただけだったのだ。

 僕と同じように。

 流されやすいのは、クラスメイトも同じだったのだ。

 だからこそクラスメイトのことがよく分かったのかもしれない。

 流されやすいクラスメイト達。

 クラスメイトは僕らに流され楠さんと仲良くなった。

 きっと僕が何も考えなくても、本当の楠さんはクラスに受け入れられたのだろうけれど、一刻も早く何とかしたかったので、みんなには普通ではない位楠さんと仲良くしてもらった。

 良くも悪くも流される。

 流されやすいせいで噂に振り回されてしまったけれど、流されやすいおかげで楠さんは受け入れられた。

 引っ越しをしたことが楠さんの人生におけるベストな選択だったのならば、ここへ来たからこそ、楠さんの人生が全てプラスに働いたからこそ、受け入れられたのだ。ここでなければ、受け入れられなかったのだ。


「あー、今日の大掃除、自分の持ち場とは別に校舎裏の草むしりをする人間を一人ださなくちゃならないんだが。楠、頼めるか?」


「はい」


 担任の先生が楠さんに草むしりを頼む。


「じゃあ、それ以外の者は持ち場をしっかりと掃除するように。以上」


 話が終わり先生が教室から出て行く。それと同時に、みんなが楠さんに集まった。

「私も手伝うよ」とか、「俺もむしるぜ」とか、みんな楠さんを手伝う気満々だ。

 楠さんも本当にありがたそうにみんなに返事をする。


「手伝わない奴がいたらその人をむしるけどね」


 何をむしるのだろう。

 それにしても楠さん、手伝うと言ってくれているのに一切お礼を言わないね。

 本当の楠さんで接し始めてまだ数日だけれども、クラスのリーダー達が楠さんにべったり仲良くしていたおかげか、もう馴染んでいる。

 それほど流されやすいのか、急流だったのか。

 どちらにせよ、よかった。

 まだ、みんなとはいかないけれど。後は先生だ。先生が本当の楠さんを受け入れればクラスでの敵はいなくなる。

 何も知らない先生もいつか気づくだろう。

 そして僕らも気づく。

 社会には納得できないこともあり、受け入れたくないことを受け入れなければならないのだ。

 ここは社会の縮図。

 不条理なことも、あるのだ。


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