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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第四章 僕らにとってのハッピーエンド
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妄想奔走

 十二月六日。夜。

 今日は東先生と楠さんに話を聞いただけであっという間に一日が終わったように感じる。

 充実していると時間が早く過ぎるが、これはなんだかそれとは違う。ひたすらに時間が足りない。それでも間に合わせなければいけないことだ。期限なんて決まっていないけれど、いつか必ず来る期限。どういう終りが来るのかも分からないけれど、確実にいつか来る。それまでに納得しなければ。


「うーん?」


 僕は学校から帰ってきてすぐに自室に引きこもった。机に座りノートを広げ首をひねる。大切なことが書かれているノートを読み返したり、色々と書き込んで行ったり。

 ペンが動きノートのページが進んでいく。勉強もこれくらいのスピードで進めることが出来ればいいのにと思いながらページを黒く染めていく。

 ペンは進むも、勉強と同じようにうまくはいかない。

 うーーーーーん。

 僕は馬鹿だから。

 更に、わがままなんだ。

 自分が納得できるまで、僕は何も受け入れない。

 ペンを動かし何分か。それとも何時間か。時間を忘れ妄想に没頭していたところ、


「兄ちゃん? 帰ってるの?」


 突然かけられた声に驚き振り向く。

 僕に声をかけてきたのは何を隠そう隠すまでもなく祈君。


「どうしたの?」


 事件だろうか。

 ……いや、探偵でもあるまいし、事件が起きたところで僕なんかにお声がかかるわけがない。むしろ事件が起きるとしたら僕は被害者だろう。


「別に何もないけど、兄ちゃんの靴はあるのに部屋の電気がついてなかったからどうしたのかなと思って」


「え、あ、ほんとだ。もう暗いや」


 どれくらい前からなのか、昼が本当に短くなっていた。

 昼が短くなり、夜が長くなった。

 寒くなり、暗くなり。

 全部いつの間にか変わっていた。

 それくらい色々なことに気が付かなかった。


「勉強?」


 机に座っていた僕が珍しかったのか、祈君が暗い部屋に電気をつけ僕に近づいてきた。


「ううん。違うよ」


 あまり人に見せられるような中身ではないのでノートをそっと閉じた。しかしそれが余計に祈君の注意を引いてしまったのかもしれない。祈君が閉じたノートを覗き込んで来た。


「勉強じゃないの? ならそのノート何?」


 書いてある内容は見られたくはないけれど、ノートの存在自体別に隠すようなことでもないので、僕は正直に言った。


「これは、学校の、友達の、えーっと、なんて言えばいいんだろう?」


 正直に言おうと思ったけれど正直に言ってなんと言えばいいのか分からなかった。

 僕のもごもごとした言葉をどう受け取ったのか分からないけれど、


「もしかして嫌いな人の名前書いてるの?」


 壮絶な勘違いをしていた。どうしてそう思ったのか気になる。僕の顔がそれほど険しい物だったのかな。それならば今も相当な顔をしているのではないかと思い頬をグニグニして顔の緊張を解いた。いや、そんなことよりもまず誤解を解こう。


「別に名前を書いて人の命を奪おうとしている訳じゃないよ。むしろこれに名前を書かれた人は幸せになるんだよ」


 敢えて名前を付けるのならば僕ノートだ。そういう名前の、ただのノートだ。

 ただの、ノートデス。

 ノートデスノートデスノートデスノートデスノート。

 いや、別に繰り返した意味はないんだよ。


「ちょっと子供っぽいね」


 僕の妄想ノートの存在を知り祈君が大人っぽく笑った。その笑顔に少しだけ恥ずかしくなる。


「そうかな」


 恥ずかしい。


「でも兄ちゃんらしくていいと思うよ」


「僕らしい、ですか……」


 この前は大人っぽいって言っていたのに。祈君にとって一体僕はどう見えているのだろうか。気になる。


「あ、そう言えば、姉ちゃんから聞いた?」


「何を?」


「結構前に兄ちゃん悩んでたよね。自分らしさって何なんだろうって」


「あ、うん」


 そう言えば相談したっけ。でもそれは姉により解決した悩みだ。今更何があるのだろうか。


「姉ちゃんが、俺に兄ちゃんらしさってなんなのか聞いてきたから、四つの窓っていうのがあるって教えたんだけど、姉ちゃんからなにも聞いてない? 何をしても兄ちゃんらしいっていう話」


「……聞いた」


 お姉ちゃんが祈君と同じ例えを出してきてすごいと思っていたけれど、そういうことだったんだ。そもそもお姉ちゃんも祈君からその話を聞いていたんだ。でもだったら、最初に僕が祈君に相談したときに、祈君が直接僕に言ってくれてもよかったのに。


「あの悩みは解決した?」


「うん。何をしてもいいんだって分かったよ」


 何をしても僕らしいのだ。誰も僕らしさを決められないのだ。それは、思えば当然のことだったんだ。


「それはよかったね。でも兄ちゃん、次は違う悩みを持ってるみたいだけど、大丈夫?」


 確かに悩みはあるけれど、答えはもう出ている。


「それも大丈夫。四つの窓と同じだよ」


「同じ?」


 その人が知らない窓があるのなら、僕しか知らないその人があるのなら、優しいと決めつけてもいいのだ。優しさしかないと、決めつけていいのだ。


「それならよかった」


 祈君が笑って僕が笑った。

 ……。

 ところで祈君には何も悩みが無いのだろうか。僕は何も相談されたことが無い。お返しという訳ではないけれど、ここで恩を返してもいいのではないかな。


「祈君は何か悩み事とかないの?」


「俺? うーん。俺は、特に」


「なにも無いの?」


「うん……。無い事も無いけど、どうしようもない事だから」


 これは兄としての威厳を見せるチャンスだ! お返しとか恩返しとか云々より兄の威厳を取り返したい! 別に奪われていたわけではないけれど!


「あれだったら、その、僕に相談とか……してみるのも、一つの手ではないかな?」


「相談してもどうしようもない事だよ。その時が来れば分かることだし」


 そんなに重い悩みなのか。


「そ、それは、その、相談してみないと分からないよ」


 例えどんな悩みでも、僕はできる事はやるよ。


「そう? じゃあ――」


 弟に相談される兄なんてお兄ちゃんっぽい!


「――将来年金ってちゃんともらえるの?」


「……」


 ……。


「うん」


「ならよかった。テレビ見てていろいろ説明してたんだけど、それだけじゃあよく分からなかったんだ。払っても元とれないのかと思った」


 その時の僕は、誰よりもお兄さんぽかったはずだ。




 よく分からない年金の相談に乗ったり、色んな人に話を聞いたり、ノートに色々書き込んだりしているといつの間にかテストが四日後の水曜日に迫っていた。

 納得するために色々していたので勉強ができませんでした、なんてことにはならないように、今まで以上に勉強もしながら、妄想し続けた。妄走と言ってもいいかもしれない。

 納得するために、妄走した。

 みんなが優しくあれる、そんな都合の良い妄想を探した。

 あっちに行ったりこっちに行ったり。


「こんにちは」


 今も、妄走している最中だ。


「いらっしゃいませー……って、また君?」


 覚えていてくれた。さすがに僕ではないんだから、覚えているか。

 僕の目の前には長町さん。

 スーパーでバイトをしている、長町みちかさん。

 楠さんと、市丸さんの親友だ。

 僕は休日を利用して電車に乗り一人長町さんに会いに来たのだった。

 何の連絡もしていないのでもしかしたらバイト先にいないかもしれないと思ったが、いてくれた。そもそも連絡先を知らないから連絡が出来なかっただけで敢えて連絡しなかったわけではないけれど。


「もしかして、事後報告? 大丈夫だよ。安心してって言うメールが来たから」


 長町さんは市丸さん連絡をして喧嘩はやめろと言ってくれた。

 連絡の効果は、あまりなかったけれど。でも、もう終わったことなんだ。


「うん。もう終わったことだから、もう大丈夫」


「よかった。じゃ、だったら何の用?」


「……うん」


 僕は、今からすごく聞きづらい事を聞く。もしかしたら、人前では言えないことかもしれない。でも僕は、構わずに聞く。これで長町さんが傷つくかもしれないけれど、僕は聞かなければならないんだ。


「……長町さん。実は、今日は聞きたいことがあって、来たんだ……」


「うん? 何ー?」


 明るい長町さんの顔。きっと、僕が質問すると曇る。

 でも僕は聞く。嫌がると分かっていても僕は聞く。

 僕は今日、勝手に僕が決めつけた妄想を押し付ける為にやってきたのだから。


「違っていたら、本当に、本当の本当に、申し訳ないんだけど……その、長町さん――


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