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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第四章 僕らにとってのハッピーエンド
154/163

当日

「で、優大。どうするか決めたのか? 若菜の言うとおりにするか、自分の思うとおりにするのか」


 朝の冷える僕の部屋。土曜の朝の僕の部屋。白い息は出ないけれど、雛ちゃんが僕に問う。僕は雛ちゃんの言葉に顔を下げたりなんかしない。


「僕は決めたよ。納得することにした」


「……そうか」


 残念そうで、少しだけ嬉しそうで。


「じゃあ、どうするんだ」


 キリリと僕を見てくる。

 僕はヘラヘラそれに返す。


「どうするって。納得するよ」


「そうじゃなくて、これからの話」


 雛ちゃんが視線をそらす。

 僕は話をそらす。


「これからの話? 休日の話って言うのなら、そろそろテスト勉強を始めなくっちゃね。僕には特殊な能力なんてないし、それどころか普通の能力だってないからね。先生に怒られないためにも、頑張らなくっちゃ」


「そうじゃな――……。……そうだよな。優大にとっちゃ、テストだって一大事なんだからな。今はテストの事で精一杯だよな。ああ、そうだそうだ。そう言えば私もそうだった。テストのことで精いっぱいなんだよ。テスト本番が終わってからだよな」


「……」


 ゴメンなさい。情けない僕を許してください。

 しかしながら僕には、今やることがあるんだ。

 雛ちゃんの用事も後回しにしていいものではないけれど、それ以上に僕がしなければならないことは先にしておかなければいけないことなんだ。




 それから一週間と二日。

 十二月十三日の火曜日。テスト前日。

 僕の学校では試験休みなんてない。なので、三日連続でテストがある。その連日テストの一日前。明日が来ればテストに突入する。現国古文に地理化学。英語数学現代社会。色々な科目が明日から僕を襲う。僕はそれに立ち向かう程の学力は無く、それから逃げるほどの勇気も無い。しかしやり過ごす程度の学力と、結果に耐える程度の勇気ならば持ち合わせている。それを駆使して三日間を流していこうと思っている。

 でもその前に。

 僕にはしなければならないことがある。

 ――納得することだ。

 諦めて、納得することだ。

 納得しなかった場合に襲ってくる結果に耐える度胸はなく、やり過ごす知力も無い。逃げ出す度胸も立ち向かう知力も無かった。

 でも僕にはそれを凌駕するほどのとある力があった。


「優大」


「雛ちゃん」


 誰もいない動画研究会の部室に、いや僕しかいなかった部室に雛ちゃんがやってきた。


「……テストが終わってから話すもんだと思ってたから、びっくりした」


「出来るだけ早く話しておきたかったから」


「……でも、だったらもっと早くてもよかっただろ。私の気持ちだって考えてほしいぜ」


「え? あ、ごめん……」


「謝らなくてもいい。謝る必要なんてない」


「いや、その、違くて……」


「何が」


「……今日話す内容が?」


「え?」


 非常に申し訳ない事に、今日は別の用事なのだ。


「一体、どういう……」


 不思議そうな雛ちゃんの背後で、部室の扉が開く。


「よーっす」


 僕と雛ちゃんしかいなかった部室に小嶋君がやってきた。


「……なんでお前が来るんだよ」


 雛ちゃんの蔑んだような視線と、蔑まれていることを不思議に思っている小嶋君。


「いや、なんでって、俺もお前がここにいる事に驚いてんだけど。え、なに? まさか佐藤、重い話をするために俺をここに呼び出したのか?」


「違うよ。これからする話はとても楽しい話だよ」


「それならいいけど」


「おい優大。どういうことだよ」


 僕を睨み付ける雛ちゃん。


「あ、その、今日は返事をするために呼んだんじゃなくて、まずしておかなければならないことを済ませる為に呼んだんだ」


「しておかなければならないことってなんだよ」


「その、もうちょっと待ってね」


「待ってって……。いつまで待てばいいんだよ……」


「もうちょっと」


「……」


「なに、何の話」


「お前には関係ないから黙ってろ」


「俺だって呼び出されたんだ。無関係じゃねえだろ」


「うるせえな。黙ってろ」


「なんだよその言い方は。俺だって見たいアニメを我慢してここに来てんだ。少し位事情を説明したって罰は当たんねえだろうが」


「私の思ってた事情と優大の事情は違うらしいから私も説明できねえよ。ってゆーか、お前勉強しろよ」


「勉強するならアニメを見るだろ普通」


「常識みたいに言うな」


「常識だろ」


「常識じゃねえよ」


「一般が付く位常識だろ」


「非が付く方の常識だよ」


 二人が言い争っている横で、部室の扉が開いた。


「……えっと、入ります……」


 僕と雛ちゃんと小嶋君しかいなかった部室に、三田さんがやってきた。


「失礼、します……」


 二人の声が聞こえていたのか少しだけ畏縮している三田さんが、二人を避けるように部室の端っこを歩き僕の隣に立つ。


「あの、来たけど……」


 僕が呼んだのだ。


「えっと、もうちょっと待ってね」


「え、あ、うん」


 不思議そうに首をかしげる三田さんと、苛立たしげに僕に言う雛ちゃん。


「おい優大。どういうことが説明しろよ。なんで美月とか小嶋がここにいるんだよ。例の答えが聞けると思ってきてみたらこれかよ。何なんだよ」


「勘違いさせてしまって申し訳ないけど、例の話ではないのです……」


「なら何の話だよ」


「えーっと、もうちょっとだけ待ってほしいな」


「だからいつまで待てばいいんだよ」


「それは、分からないけど、もうちょっとだけ」


「ちっ」


 納得してくれたのか、近くにあった椅子を荒々しく引きポスンと腰を下ろした。

 それを見た後、こしょこしょと三田さんが僕の耳に口を寄せる。


「……佐藤君……。私、てっきり二人きりで話すものだと思っていたんだけど……」


「ごめんね、二人だけの話じゃないんだ」


「……そう、なんだ……? 私、大切な話があるって聞いていたから……」


 三田さんのこしょこしょ話が聞こえていたらしい雛ちゃん。


「私もだよ優大この野郎……! 『大切な話があるから放課後部室に来てくれるかな』って言われたら二人きりだと思うだろ普通!」


「で、でも、何人で話すかは言ってないから、嘘は言ってないよ」


「ほぼ嘘だよ! 私と今のお前が抱えている問題を鑑みるに九割がた嘘が混じってるよ!」


 そ、そうなのかな。そう言われると、そうかもしれないや。


「俺は嫁の話をするもんだと思ってたぜ。自慢の嫁たちについて語らう気満々できたのに」


「私もだよこの野郎!」


 なんだか話が変な所へ向かっている中、部室の扉が開いた。


「……何なんですか一体」


 僕と雛ちゃんと小嶋君と三田さんがいた部室に前橋さんがやってきた。

 雛ちゃんが頬杖をつきながら前橋さんを見る。


「未穂も呼ばれたのか」


「……はい。来ようかどうか迷いましたが我慢してきました。褒めてくれますか?!」


「偉い偉い」


 面倒くさそうに褒める雛ちゃん。


「……嬉しいです……」


 悲しげに喜ぶ前橋さんのつらさは、何となく分かる、気がする。

 前橋さんは僕の方に近づいて、いや三田さんに近づいて少しだけ笑いかけた。


「三田さんも、こんにちは」


 三田さんも、少しだけ笑った。ぎこちなく笑った。


「……こんにちは」


 もう謝ったらしく、仲直りはしたらしいけれど。それ以上は僕にはよく分からない。


「小嶋君はどうでもいいです」


「酷いな! 俺にも何か構ってくれよ!」


「……」


 小嶋君の叫びを無視して雛ちゃんの隣に座り、教科書を広げた。


「無視された……。佐藤、無視されたぜ……」


 悲しげに小嶋君の口から漏れた。


「……その、ゴメン……」


 何故か分からないけれど僕が謝った。それとほぼ同時に、部室の扉が開いた。


「……」


 僕と雛ちゃんと小嶋君と三田さんと前橋さんがいた部室に、沼田君がやってきた。


「部室は、禁止なはずなんだけどなぁ」


 沼田君の登場が部室の空気を引き締める。張りつめた空気が雛ちゃんの声により更に張り詰める。


「……沼田、何しに来たんだよ」


「佐藤に呼ばれた」


「……。優大、どういうことだ」


 沼田君が来たと言うことは、少なくともあの話とは関係あるのだと雛ちゃんは気付いた。


「……そういうことだよ」


「何もしないって、言ったじゃねえかよ」


「何もしないよ。僕はなにもしないよ」


「しなければならないことってこれの事かよ。お前嘘ついたのか? 何もしないって言いながら、何かしようとしてるのか?」


「何もしないよ。でも何もしないって言ったら、何かをする気はあるから語弊があるから言い方を変えるけど、僕は誰かに何かをやめさせようだとか、諦めさせようだなんて思っていないよ」


「俺、話が見えねえんだけど……」


「…………その、私も……」


「当然私も分かりません」


 小嶋君と三田さんと前橋さんが顔を見合わせている。


「あ、その、ゴメンね。実は三人にはあまり関係のない話なんだ。あ、いや、前橋さんは少しだけ関係あるかも」


「ならなんで俺と三田はここに呼ばれたんだよ。関係のない話なら巻き込むなよ。アニメ見させてくれよ」


「僕達が今からする話自体には深く関わってはいないかもしれないけれど、その話を聞いてほしいのとお願いがあって呼んだんだ」


「……お願い……?」


「うん。お願い」


 扉の前に立っていた沼田君が扉を閉めて二歩ほど僕に近づいてきた。


「佐藤。これはどういうことなんだよ。説明、してくれよ」


「えーっと、もうちょっと……」


「まだ待たなくちゃいけないのかよ!」


 雛ちゃんの叫びと同時に部室の扉が開いた。


「こんにちはー佐藤君。それとみんな。動画でも撮るのかな? 久しぶりの部活だからワクワクしちゃうねぇ」


 僕と雛ちゃんと小嶋君と三田さんと前橋さんと沼田君のいる部室に市丸さんがやってきた。

 市丸さんが楽しそうにみんなの顔を見渡す。


「私が呼び出されて、更にそこに沼田君と有野さんがいると言うことは、終わった話でも蒸し返そうとしているのかなぁ? そんなことをしても無駄なのに、佐藤君頑張るね」


 一番に返すのは雛ちゃん。


「何もしないって決めただけで、別に終わってねえよ」


「諦めたのなら終わったって言うことでしょ? もー、有野さんは往生際が悪いんだから」


「なんだとてめえ?」


 喧嘩が始まりそうになったけれど、沼田君が間に立ちそれを防ごうとした。

 けれど雛ちゃんは治まらない。


「お前も同罪なんだよ」


「……」


「本当、ムカつくぜ。これほど人を嫌いになったのは初めてだ」


 雛ちゃんの言葉を一身に受け止めている沼田君の後ろから市丸さんがぴょこりと顔を出す。


「有野さんの初めてになれたことは結構喜ばしいことかもしれないね。ありがとっ、有野さん!」


「安い挑発だな。でも乗ってやるよ。殴って欲しいんなら喜んで殴ってやるぜ」


「落ち着けよ、有野さん」


「お前が言うんじゃねえよ。自分勝手に若菜を傷つけやがって……!」


「……」


 敢えて雛ちゃんを怒らせようとしている市丸さんと、それに乗ろうとする雛ちゃんと、庇い続ける沼田君。

 他のみんな特に何も言わずにその様子を見ていた。

 一触即発の空気。張りつめた空気。

 でもその空気はすぐに壊れた。

 すぐに、誰かの声が聞こえてきた。


「有野さんが私を庇うだなんて気持ち悪い」


 最後の待ち人が、扉を開けた。


「でもそれ以上に、私を騙してここに呼んだ佐藤君が気持ち悪い」


「いらっしゃい」


 ただ一人を待つ動画研究会に、その人はやってきた。

 僕たちのいる部室に、楠さんがやってきた。


「本当に、動画研究会なんて作るんじゃなかった」


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