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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第四章 僕らにとってのハッピーエンド
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あなたが本当に望むこと

 何もしないで、と言う楠さんの言葉の意味が分かっていない僕らはただ茫然と楠さんを見つめるだけしかできなかった。


「ねえ、聞いてたの二人とも」


「……聞いてるさ」


 小さく返しているけれど、それは本当に返していることになっているだろうか。

 まだ理解できていないような気がする。意識がふっ飛ばされたまま帰っていない気がする。


「何ならもう一回言おうか?」


「いや、いい」


 そんなの誰も聞きたくない。

 雛ちゃんが頭を振り嫌なことを頭から追い払う。


「そう言えば、私達は大切なことを聞いていなかった。お前から一番大切なことを聞いていなかった」


「一体何?」


「若菜は、一体どうしたいんだ? 今の現状をどうしたいんだ?」


「何もしないでほしい。さっきも言ったでしょ?」


 楠さんの言葉に雛ちゃんが激昂する。


「そんなことが、聞きたいんじゃねえ!」


 しかし楠さんは冷静だ。冷淡なほどに冷静だ。、


「そう。なら私に嘘をつけって言うの? いいよ。じゃあ嘘をついてあげる。なんて言って欲しい?」


「……」


 僕はたまらずに聞いた。


「楠さん、嫌じゃないの?」


 だから何もするなと言っているのだろうか。


「嫌だよ。嫌に決まっているよ。私はマゾ野さんじゃないからこんなことをされても喜ばないよ。でもね、嫌だけどね、何もしない方が良いと思うんだよね」


「どうして……?」


「だって、二人は市丸百合のことを何も知らないでしょ?」


 それが理由になるのだろうか。


「よく知らないかもしれないけれど、もしかしたら全然知らないのかもしれないけれど、それが関係しているの?」


「関係していないことを私がこの場面で言うと思う? この私がそんなことを言うと思う? 君は私がこの場面でふざけるような人間だと思っているんだね。ショック」


「そんなことは思っていないけど……。でもそんなことよりどうして市丸さんのことを知らなければ何もしなくていいと言うことになるの?」


「市丸百合がどういう人間か、何をする人間か。それを知らないでしょうって言っているの」


「なんだよ。つまりお前は、百合が私たちにも嫌がらせをしてくるんじゃねえかって不安になってるのか? そんなことなら安心しろ。そうなれば今よりも強硬な手段がとれる」


「乱暴だね有野さん。だったらなおさら何もしないでって言わなくちゃいけないことになるんだけど。そうなれば最終的に痛い目を見るのは有野さんになっちゃうんじゃない?」


「私の心配してくれんのか? 柄じゃねえな」


「そうかもね。でもこれはフリだよ。するなって言われたら有野さんしたがるでしょ? 単純だから」


「そうだな。私は単純だ。だから私はお前を助ける。単純だ。お前が友達だからだ」


「柄じゃないね」


「そうかもな」


「でも私を助けたいと思うのなら何もしないで」


「……」


「でも、楠さん。僕は、僕らは、別に嫌なことをされるのを怖がったりしないよ。たとえ市丸さんが僕らに酷い事をしようとしても、平気だよ」


「君もマゾだったんだ。そもそも、私は別に遠慮したり心配したりしているからこう言っている訳じゃないんだよね」


「どうして……」


「どうしてもこうしても無いでしょ。余計な心配したくないし」


「……」


「だから。何もしないで」


 そう繰り返す楠さん。

 僕らにできる事は、何もないのだろうか。

 



 楠さんが先に教室を出て、その後しばらくして僕と雛ちゃんがそろって教室を出た。楠さんと一緒に帰るのは気まずいから。

 廊下の先を見てみると、当然のことながら楠さんはもうおらず、代わりに前橋さんが僕らに背を向け立っていた。話を聞いていたのだろうかと思ったけれど、恐らくそんなことはないだろう。何となくそう思った。

 僕らはそこに近づく。


「未穂」


 雛ちゃんに声をかけられた市丸さんがゆっくりと振り向いた。


「有野さん。お疲れ様です」


「ありがとう」


 雛ちゃんのお礼に驚いた顔を見せる市丸さん。


「未穂が若菜を捕まえてくれたおかげで話すことが出来たよ。ありがとう」


 そう言って、雛ちゃんが笑った。

 前橋さんはその笑顔を見て愕然とした顔を見せたが、困った笑顔でそれを隠した。

 人の心なんて分かるはずもない僕は何の言葉もかけることが出来ずただ二人が笑いあっている姿を少し離れたところで眺めているだけしかできなかった。



 自室に帰ってきた僕は何よりも先にベッドに倒れ込んだ。


「優大。どうするんだ」


 帰り道で雛ちゃんに問われたことを頭の中で繰り返す。


「優大。どうするんだ」


 したいことは決まっている。

 始めから決まっている。

 こんなことに頭を捻りカロリーを消費することなんて無駄で無意味で無価値だ。無価値どころかマイナスだ。

 決まっているのだからそれをすればいいのではないかと自分に問う。

 その問いに自分の頭が答えようとする。答えは決まっているのだから。

 しかし、次の瞬間には違う言葉が頭を回り始めた。


「なにもしないで」


 何もできない。

 僕は何もできないのだ。

 何をすることも叶わないのだ。

 楠さんがそれを望むのだから。

 本人が何も望んでいないのだから。

 何かをしなければならないのに、何も望まれていない。

 僕は一体何をすべきなのだろうか。

 何をすることが正解なのだろうか。

 そもそも。

 何が真実なのだろうか。


「分からないや」


 何もわからない。

 また誰かに相談しようか。そうすれば誰かが背中を押してくれるはず。

 そうすれば僕はまた歩き出せる。


「こんなの、誰が教えてくれるんだろう」


 僕は中間にいる。

 楠さんが望むことと僕が望むことの狭間で揺れている。

 真ん中の真ん中。右にも左にも上にも下にもずれてはいない。誰かに背中を押されたところでこの位置が揺らぐとは思えない。

 雛ちゃんに言われた「なにもするな」と楠さんに言われた「何もしないで」はわけが違う。

 今回のそれは本人が望んでいることなのだ。


「……いや、それだったら僕には答えられる」


 僕は今まで人の望んでいないことをしてきたのだから。三田さん、小嶋君、雛ちゃん。みんなが望まないことを進んでやっていたのだ。今回だってそれをすればいい。何もするなと言われても、自分のしたいことを押し通せばいい。

 でも僕は悩んでいる。

 楠さんの言うことはいつも正しかったからなのかもしれない。

 僕は楠さんのことを心の底から信頼しているからかもしれない。

 もしくは――


「いくらこんな理由を並べたって、僕の悩みは消えやしないんだよ」


 そんなことは分かっている。

 僕がしたいのは理解ではなく納得だ。

 理解はできるけれど納得できない。いつか誰かに言ったことだ。

 そんなことはしたくない。

 意味のない事だから。


「どうすればいいんだろう」


 誰もいない部屋では、誰も返してはくれない。

 誰にも聞かれたくない悩みの答えは、誰にも返されたくない。


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