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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第四章 僕らにとってのハッピーエンド
151/163

僕らと楠さん

「お前、どうして私たちのこと避けてるんだよ」


 三者面談の様に僕らは向かい合う。

 雛ちゃん僕と、楠さん。


「別に避けてない」


 頬杖をつきつまらなそうに窓の外を見ている楠さん。

 三者面談並みにピリピリした空気だ。むしろそれ以上かもしれない。


「私らがお前に対してクラスの連中みたいな態度とるとでも思ってんのか? ふざけんな。バカにすんじゃねえよ」


 雛ちゃんの放った言葉を聞き楠さんが驚いた顔を上げた。


「え、基本的に私は人のことをバカにしてるけど」


 驚いたふりだった。


「いや確かにそうだけど、そうじゃねえよ。私たちのことを信用してねえだろって言ってんだ」


「信用しているよ。満腹時にするダイエット宣言くらい信用しているよ」


「……。……ん?! それって信用ならなくね?!」


「それは宣言する人によるでしょ。私ならその満腹を境に絶食を始めるよ。それくらい美に気を遣っているよ。だから私は美しいの。だから私は眩しいの」


「知らねえよ。って、別に今はそんな話をしたいわけじゃねえ」


 雛ちゃんが楠さんの腕をつかむ。


「痛いんだけど」


「お前、私らを信じてねえのか?」


 雛ちゃんの声は真剣だ。聞いたことのない程に真剣だ。


「……佐藤君助けて。有野さんをなんとかして」


 楠さんがうるんだ瞳で僕を見る。こんな状況でなければまともに見ることが出来ない可憐さだ。

 こんな状況でなければ。


「嫌だ。雛ちゃんは、楠さんを助けようとしているんだもん」


 違うことなら助けるけれど。

 味方がいないと思い込んでいる楠さんの顔から表情が消えた。


「……ふーん。やっぱり君は有野さんの味方なんだ。分かってたけど」


「当たり前だよ。僕は雛ちゃんの味方だよ。でも、楠さんの味方でもあるよ」


「意味分かんない。死ねば?」


「死なないよ。友達を残して死ねないよ」


「……友達、ね……」


 僕の思いを聞いてもあまりいい顔をしない。


「ここには今の状況を打破してくれる人がいないみたいだから仕方が無く話し合いをしてあげる。そうしなければ腕がもがれそうだし、何よりも帰れそうにないから話し合いをしてあげる。感謝してよね」


 しぶしぶを装って。きっとそれほど嫌ではないはずなのに。


「話し合いをしてあげるよ」


 楽しそうに、少しだけ悲しそうに、僕らに笑顔を向けてくれた。

 その顔を見て雛ちゃんが掴んでいた楠さんの腕を離し、改めて話しはじめる。


「お前はどうして私たちから逃げてたんだ? 逃げてないなんて言うなよ。そんなこと言ったらブッ飛ばすからな」


 有野さん、物騒ですよ。


「私だって逃げたいから逃げていたわけじゃないよ。できる事ならば佐藤君をいじめて楽しみたかったよ。でもねぇ……」


 一瞬僕に目を向ける楠さん。僕に向けられたのはジト目だったけれど思い当たる節が無い。


「なんだよ。何があるんだよ」


 僕にはさっぱり分からない。思い当たる節が無いから。


「邪魔するのも悪いでしょ」


 一体なんの邪魔なのだろう。思い当たる節が無いんだけどな。


「何のだよ」


 本当に何のだろう。やっぱり思い当たる節は無いよ。


「彼氏彼女の」


 あ、思い当たる節があった。


「……誰と誰が」


「私の目の前にいる二人が」


 楠さんが僕らを避けていたのは僕のせいかもしれない。


「……誰がそんなこと言ったんだ?」


「有野さんの隣にいる男が」


 僕のせいだった。


「優大、そんなこと言ったのか?」


 顔を隠して縮こまり姿を隠していたけれど見つかった。当たり前だけど。

 無駄な抵抗はやめて体を起こす。


「その、ごめんなさい。えーっと、確かに、雛ちゃんからそういうことを言われたと教えてしまいました。ごめんなさい」


 よく考えたらよく考えなくても結構すごい事を僕はしてしまったのかもしれない。


「どうしてそんなこと言ったんだよ」


 本当にそうだよね。

 僕は説明をさせていただく。


「以前、楠さんに、『沼田君から告白された』と教えていただきまして、それの、お返しに……」


「お返しというよりも仕返しでしょ」


 呆れているように楠さんが言う。


「ち、違います。あ、そんなことより、あの、雛ちゃん、ごめんなさい」


 僕は隣に座る雛ちゃんに頭を下げた。

 絶対に雛ちゃんに怒られてしまうと思ったけれど、一向に僕を叱責する声は聞こえてこなかった。

 顔をあげ雛ちゃんの機嫌を確認してみる。

 雛ちゃんはそれほど気分が悪そうではなかった。


「なんつーか、それを私に報告しなかったのはなんだかムカつくけど、それ以上に今の私からすれば救われたような気分だぜ。私も大概自分勝手だな」


「……?」


 よく分からなかった。けれど怒られなかっただけで十分だ。


「私が何言ってんのか分かんねえ顔してるな。分かんなくていいよ別に」


「うん……」


「でも若菜、お前は勘違いしてるぞ。私はまだ何も聞いてねえ。私たちはまだ何の進展もねえ。まだ『親友』だよ」


「……ふーん。私には関係ないけど」


 興味が無さそうにしているけれど、どうなのだろう。興味が無いのかな。それは少しだけ、いやとても残念だ。

 雛ちゃんが姿勢を正し言う。


「私は、言ったぞ」


 姿勢を正す雛ちゃんに対し、楠さんはつまらなそうに頬杖をついている。いつからその体勢だったのか僕は覚えていない。


「……聞いた」


 答えもつまらなそうだ。


「お前はどうするんだよ」


 何のことなのか、分からないような気がした。


「どうするも何も、もう終わったことでしょ」


「まだ何も終わってねえって言ってんだろ。始まったばっかりだ」


「……」


「でもお前のこの一件が終われば、終わらせる」


「あっそ。勝手にすれば?」


「勝手にするさ」


 話が、付いたようだ。

 少しだけ居心地が悪かった。

 話が終わり雛ちゃんの声が少しだけ明るくなる。


「お前が私たちを避けていた理由は分かった。じゃあ、今からが本題だな」


 ここからは僕も話に入らなければ。


「いったい私に何が聞きたいの。何を聞かれても私は教えない自信があるけど」


「お前は相変わらず捻くれた奴だな。でもそれも今はなんだか安心するぜ」


「あら有野さん。私と話さないこの数日の間にマゾ野さんになっちゃったの? 気持ち悪い」


「お前は相変わらずムカつく奴だな。なんだかぶん殴りたくなるぜ!」


「ま、まあまあ」


「それで、私に何が聞きたいって?」


 頬杖から体を起こした楠さん。


「いろいろムカつくけどそんな時間もねえんだよな。もう聞く。お前、昔友達になんかしたのか?」


 ストレートだね。


「なにかって何。そんな曖昧な言い方じゃあ私何もわからないよ」


 でも、更にストレートに聞けと楠さんは言う。雛ちゃんはそれに応える。


「……友達を壊したって聞いた。でも優大が見たその友達ってのは全然何ともなってなかったみたいじゃねえか」


「そう言えば、佐藤君長町みちかに会いに行ったんだってね」


 楠さんも知っていた。市丸さんに聞いたのか、長町さんから連絡があったのか。


「どうだった? 可愛かった?」


「可愛かったよ。でも今はそんなことどうでもいいよ。僕は楠さんのことが聞きたいよ」


「あっそ。佐藤君は大胸筋とか上腕二頭筋とかが好きなんだもんね。どうでもいいよね」


「その言い方はどうでもよくないかな! 僕は普通だよ!」


「普通に有野さんが好き?」


「うっ」


 それを言うのは恥ずかしい。

 困っていたところ、雛ちゃんが助けてくれる。


「優大。そんなのいいから気にするな。今はその話は無視しろ」


「……うん」


 ありがとう。

 改めて、確認をする。


「楠さんは、友達に酷い事なんてしてないよね……?」


 酷い事なんてしていないはずなのに、僕は不安そうに聞いてしまう。


「それを聞かれたら、私は酷い事をしたと答えるよ。確かに私は酷いことを言いました。心無い言葉を長町さんにぶつけました」


「でも、それは悪意なんてないよね?」


「何を言っているの。産まれてこのかた悪意の含まれていない言葉なんて吐いたことが無いよ。むしろ悪意そのものしか言ってないんじゃない?」


 それは、なんだかアレだけれども、しかし。


「そういうことだよね」


「……何が」


「いつも通りの事しか言っていないんだから、別に酷い事じゃないよね」


 言葉が正しいのかどうか分からないけれど、楠さんは毒舌だから。毒舌なら何を言ってもいいとは言わないけれど、長町さんだってそれを理解してそれを受け入れていたのだから問題ないはずだ。


「酷いか酷くないかなんて本人にしか分からないんだから本人が酷いことをされたと思ったのならそれは酷い事なんでしょ」


「長町さんはいつも通りの事しかされていないって言っていたよ」


「長町さんが君に本心を言ったとでもいうの?」


「うん」


 頷くよ。頷くに決まっているよ。


「……ネガティブなくせにどうしてそこでポジティブに捉えるんだろうね君は。ほんと、面倒くさい」


 困らせているようだけれども、別に気にしない。


「じゃあ若菜、やっぱり友達を壊したって噂は嘘なのか」


 雛ちゃんの最終的な確認に、楠さんは諦めたように言った。


「まあ、私の感覚としてはいつも通りに接していたつもりだけれども、さっきも言ったでしょ。人によりけり。その人が酷い事を言われたと思ったら酷い事なんだって」


「だからお前のその友達ってのはそういう受け取り方をしてねえだろ」


「そうじゃなくて。第三者でもその人が酷いことを言っていると思えば、それはその第三者にとっては酷い事なの。市丸百合が怒る理由も分からないでもないでしょ」


 それはなんだか違うような気がするけれど。だって、その人、市丸さんは関係ないのだから。本人が怒っていないのであれば第三者が怒る必要はないのではないかな。


「酷い事ねぇ……。お前はなんて言ったんだよ。そんなに酷いことを言ったのかよ」


 僕は、今朝聞いた。


「……腐ってるから近づくなって言った」


 市丸さんは本当のことを言っていた。

 少しだけ、きつい言葉のような気がする言葉。雛ちゃんも少しだけ気になったようだ。


「お前、それは酷いな。そんなこと言うなよ」


「だって、腐ってたんだもん。本当のこと言って何が悪いの」


「ゾンビじゃねえんだから腐っているなんて言うなよ」


「ゾンビの方がまだましだよ。それに長町さんも気にしていなかったんだからいいでしょ別に」


「当事者達が良いと思うのならいいんだろうけど、それが無けりゃあ今のこの状況は産まれなかったと思うとどうしても言わなきゃよかったんじゃねえかって。そう思うぜ」


「そうかもね」


 そうなのかもしれない。しかし。


「僕には市丸さんが怒る理由が分からないよ。長町さんは壊れてなんていなかったんだから、どこに怒る必要があるの?」


「ただ単に私の言葉が気に入らなかったんでしょ。本当に迷惑な奴。転校なんてしてこなければよかったのに。そもそも私を追ってここを選ぶなんて本当に性格が悪いよね。鬱陶しい。ストーカーするのなら佐藤君をストーキングすればいいのに」


 めちゃくちゃだよ。


「とにかく、怒るのは絶対に間違っているよ。悪いのは市丸さんだよ」


 今ならはっきりと言える。楠さんは全然悪くない。


「……おかしくてもなんでも、本人がそう思っているんだから仕方がないでしょ」


「仕方が無くなんてない」


 絶対におかしい。


「若菜は、納得してんのか? 仕方がないなんてよく言えるな」


 確かに、納得しているように見えた。


「自分が酷い目に遭っているのに納得していると思う?」


 そうは思わないけれど、しかし。


「そう見える」


 そう見える。


「ならそうなんじゃない?」


「そうなんだな」


「……そうだよ」


 まさかの言葉に僕の口が閉じなくなった。

 楠さんは、今の状況を受け入れていた。


「どうしてだよ」


「……」


 それには答えない。

 何故市丸さんのしていることを許しているのかを僕らには教えてくれない。

 楠さんがなんと言おうか考えている。

 僕らは言葉を待った。

 楠さんは、考え至ったことを僕の目を見て言った。


「お願いがあるんだけど」


「……なに?」


「二人にお願いなんだけどね」


「なんだよ」


「佐藤君、私が佐藤君の部屋に置いて行った手紙覚えてる?」


「うん? うん」


「それと同じこと」


「えーっと」


 覚えているとは言ったもののピンとこない。


「おねがいだから、二人とも――」


 一体、何のことかな。


「――何もしないで」


 言っている意味が分からなかった。


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