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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第四章 僕らにとってのハッピーエンド
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あなたが望むなら

 次の日、僕が学校をずる休みした次の日。いつものように学校へ行った僕は朝のホームルームで先生に怒られてしまった。僕は何の連絡もしていなかったので当然のことなのだけれども。


「佐藤! お前どうして昨日休んだんだ!」


「すみません……」


 謝ることしかできないよ。


「すみませんじゃない! 全く……! お前は成績が悪いんだからちゃんと学校に来て少しでも何かを吸収しろ!」


「はい……」


 もう本当にその通りでございます。


「ちゃんと学校に来ている楠を見習ってみろ! なあ皆!」


 先生が引き合いに楠さんを出してくる。けれど、というよりもやはり、みんな静かだった。


「……どうしたみんな? 楠は凄いよな?」


 先生の確認に誰かが答える。


「……別に……」


「えっ」


 クラスメイト達の違和感を初めて目の当たりにする担任の先生。

 みんな楠さんを軽蔑している。


「みんな?」


「先生、良いからホームルーム進めてください。佐藤君を責めるのもやめましょう」


 誰かが僕を庇い楠さんを責める。先生が不思議そうに首をかしげながらホームルームを進める。


「あ、ああ」


 何も知らなかった先生。でもこれで分かったはず。

 この先どうなるのかを考えると、とっても憂鬱だ。




「佐藤君、ちょっといいかな?」


 一時間目が始まる前の少しの休み時間に、市丸さんがやってきた。

 何の話かは分かっている。長町さんが電話をしてくれたんだ。それのことだ。


「みちかちゃんに会いに行ってたんだ? どうだった?」


 笑いながら、とても明るく。


「え、怒らないの?」


 怒られるのかと思っていた。余計なことをしてと怒られるのかと思っていた。


「怒る必要があるの?」


「無いけど……、勝手にこんなことをしたら怒るかなって……」


「怒らないよー? みちかちゃん、壊れていたでしょ?」


「全然壊れてなんかいなかったよ」


 きわめて普通だった。誰よりも普通だったようにも感じる。


「そう? ならそうなのかもね」


 僕の言葉なんてどうでもいいらしい。


「それで、市丸さんはどうするの。長町さんに言われたでしょ? もう喧嘩やめてって」


「そりゃみちかちゃんはそう言うよ。みちかちゃんは若菜ちゃんに対して負い目を感じているんだからそう言わざるを得ないんだよ。本当はそう思っていなくてもそう言わざるを得ないんだよ。それに、私が若菜ちゃんを陥れようとしているのは私が勝手にやっていること。みちかちゃんに何を言われても私はやめないよっ」


 そんなの明るく言わないでよ。


「でも楠さんが長町さんに酷い事をしたから、って言う理由で市丸さんは怒っている訳だから、長町さんが望んでいないと言うのであればやめるべきだと思わないの?」


「思わないね。ぜんっぜん思わないね。みちかちゃんがどう思っていてもみちかちゃんが壊れてしまったことは事実で私がそれを許さないのは当然の事。むしろどうして佐藤君は若菜ちゃんを庇おうとするの? あんな腐った人間庇う必要ないよ」


「……壊れているのは、市丸さんだよ」


「そうかもね。だったら昔なじみの三人仲良く壊れなくちゃ。後は若菜ちゃんだけだから頑張って壊そうっと」


「……長町さんは、楠さんから酷い事を言われて傷ついていないと言っていたよ。市丸さん何か勘違いしているよ」


「してないよー。私はずっとそばで聞いていたよ。酷いことを言っている場面を一番近くで聞いていたよ」


 それはいつもの楠さんだよ。


「楠さんはなんて言っていたの?」


 僕は確認する。いつもの楠さんを確認する。


「秘密をばらしたみちかちゃんに対して『腐っている。本当に腐っている』ってずっと言っていたよ。だから私はそれを言う若菜ちゃんが腐っていると思うから若菜ちゃんのことを腐っているって言っているんだ」


「そんなの、楠さんは、いつも言っているように、ただからかうために毒づいただけで……」


 長町さんはそうだと言っていた。僕もそう思う。でも市丸さんはそうは思わない。


「違うね。絶対に違うね。本気でそう思っていたからみちかちゃんのことをそう言っていたんだよ。ずっと、ずーっと言い続けたんだよ? 『腐っている、気持ち悪い、近づくな』。冗談でそんなことを言い続けると思う?」


「言うかも、しれないよ」


 楠さんなら、きっとあり得るよ。


「言わないね。冗談じゃあそんなこと言わないね。若菜ちゃんはお友達を大切にする子だから」


 それは、そうだけど。


「でも、こう言ったんだよ。『腐っている。ありえない。何を考えているのか分からない。同じ人間とは思えない。気持ち悪い。隠し続けておいてよ』ってね。若菜ちゃんはみちかちゃんのことを切り捨てたんだよ。友達では無いと捨てたんだよ。どう? 親友だと思っていた人からこんなことを言われ続ければ壊れるのも仕方がないと思わない?」


「……長町さんが壊れたって言っているけれど、僕は全然そんなこと思わなかった。市丸さんはどういうところを見てそう思ったの?」


「みちかちゃんは壊れたところを隠しているみたいだからね。私はそれを言わない。でも、間違いないよ」


 確かに、何か秘密があるようなことを言っていたような気がする。でも、それでも僕は壊れていただなんて思わない。


「残念だったね学校休んでまで何とかしようと思ったのに。はっきり言って私たちの問題に誰かが介入できるなんて思わない方が良いよ。私は私の考えでこういうことをしているわけだから。そもそも、私に何を言っても無駄だよ。言いふらしているのは沼田君なんだからね」


 それでも根本から何とかしなければならないのだから市丸さんを説得しなければならないのだ。


「じゃあね。頑張って沼田君を説得してね」


「……」


 猫のように気ままな楠さん。

 その天敵ともいえる市丸さん。

 まさにこの問題は楠さんのとって毒なんだ。



 放課後になると、担任の先生もクラスメイトの変化に合わせるように態度を変えていた。


「佐藤は前回のテストよく頑張っていたから今回のテストもがんばれよ」


「……はい」


 褒めるところのない僕を褒め、


「楠、お前は順位を落とすなよ。このクラスの委員長なんだからな」


「はい」


 怒るところのない楠さんを怒る。

 納得できない。腹立たしい。


「じゃあ、終わるか」


 僕らの担任の先生は、ある意味僕らのクラスにぴったりなのかもしれない。



「優大。明日こそは若菜を捕まえるぞ」


「今日は引き止められなかったね……」


 いつものように捕まえられなかった。

 恒例となり始めている放課後の教室での雛ちゃんとの反省会。活かされたことはないけれど。


「全然捕まえられなかった。なんだあいつのすばしっこさは」


 話し合いたいのに、最初の一歩が難しい。

 でも悩んでばかりはいられない。


「んで、優大の昨日の成果はどうだったんだ。学校休んでまで行ったんだ。何かあっただろ」


 話をすすめなければ。


「どうやら、解決には近づかなかったみたい」


「意味なかったのか」


「意味が無かったとは言わないよ。でも、楠さんと市丸さんが仲直りしてくれると思ったんだけど、全然そんなことなかったみたい」


「じゃあ、無駄足だったのか?」


「ううん。楠さんの友達は壊されたって市丸さんから聞いてたけど、全然そんなことなかったって分かったんだ。無駄じゃあなかったよ」


 気になることはあったけれど。


「そっか。やっぱあいつはそんなことしねえよな」


 そうだよ。初めから楠さんに話を聞いていればよかった。……捕まらないけれども……。


「しかしあのクソ兄貴ども、テストも近いってのに優大を連れ去りやがって」


「……テスト、かぁ」


 来週からテスト週間だ。テストの本番は十四日。このままじゃあ全然集中できないよ。


「テストの前に何とかする。絶対にする。だからまず若菜を捕らえて話を聞き出さなくちゃな」


 なんだか僕ら悪者みたいだ。

 雛ちゃんとの反省会は今日も何も産まれずに終わるのだろうか。

 なにか名案は浮かばないものかな。と悩んでいたところ、雛ちゃんの携帯電話に誰かからの電話が入った。

 雛ちゃんが携帯電話を取り出し怪訝な顔でディスプレイを見る。


「? 未穂から電話だ」


「前橋さん?」


「ん。ちょっと出るわ」


 うん。


「なに、なんだよ」


 そんな不機嫌に電話に出たら前橋さん落ち込んでしまうよ。


「はぁ? なんで。……優大と? ああはいはい。分かったよ。すぐ行く」


 雛ちゃんが電話を切った。


「どうしたの? 僕の名前が出てたけど」


「なんか、優大と一緒に校舎端の空き教室に来いって」


「え、僕も一緒に?」


「んー。そう言ってた」


「……そう……」


 嫌な予感がするとまでは言わないけれど、あまりいい予感がしないのも確か。一体何が起こるのだろうか。


「行くか」


「……うん」




「ここか?」


 いつも行く最寄りの空き教室ではなく、少し遠い空き教室。何度か来たことはあるけれど、やはりいい思い出は無い。


「なんだよ面倒くせえな」


 僕が密かに心の準備を整えていたところ、雛ちゃんが扉に手をかける。あぁ、まだ何も準備できていないよ。


「あ?」


「ごめんなさい!」


「なんで優大が謝るんだよ」


「え」


 心の中で思っていることが読まれてしまったのかと思った。

 しかし、そうでないとすると一体何なのだろう。


「どうしたの?」


「鍵かかってる。なんだよ呼び出しておいて」


 雛ちゃんが扉から離れて代わりに僕が扉の前に立つ。もしかしたら何かが引っかかって扉が開かないのかもしれない。だとすると、男の僕の出番だよ。非力だけれども。

 そういう訳で僕が扉に手をかけようとしたところ、中から鍵の開く音が聞こえた。


「え?」


 目の前の扉が開き、教室が僕らを迎える。

 僕の目が最初にとらえたのは前橋さんだった。光る尖ったものを持った前橋さんだった。


「うわ!」


 刺されるの?! 僕刺されるの?!

 そんなことは当たり前に無かった。


「……何を驚いているんですか。良いから入ってください。有野さんもどうぞ」


 前橋さんがすっと横に避け僕らを迎え入れる。

 何事かと僕と雛ちゃんは顔を見合わせ、教室に入った。

 その先には、四角い空間の真ん中で、僕らが一番話したい人が座っていた。


「く、楠さん」


「……なに」


 とても不機嫌そうだけれども、それでも僕は嬉しかった。


「どうして、そこに……?」


 まさか前橋さんに酷い事をされたのではと思い慌てて振り返る。そう言えば、先ほど光る尖った物を持っていた。それで楠さんに何かを……?! なんてことを思ったけれど、前橋さんが手に持っていたのはシャープペンシルだった。だから安全だとは言えないけれど、もし危険な目に遭わせるのならばもっと違うものを使う、と思う。


「私がここにいたら悪いの? なら君が帰ればいいよ」


 楠さんの反応もそれほど大きな出来事が起きたようなものではなく声もきわめて落ち着いていた。


「私も帰りたいけど前橋さんが返してくれないんだよね。だからさっさと帰ってよ」


「帰らねえよ」


 雛ちゃんが前に出る。


「話したいことがある」


「そう。私は全く話したくないけど」


「そうかよ。でも私たちには関係ねえ」


「……」


 前橋さんが、そっと教室を出て行った。


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