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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第四章 僕らにとってのハッピーエンド
148/163

友達のお兄さんがこんなに格好いいわけがないとは思ったことが無い

 僕が乗り込まされた車内は異様な空気だった。

 ワイワイとした楽しげな空気とは違う。

 ギスギスとした険悪な空気とも違う。

 ピリピリとした緊迫した空気なんてことも無い。

 なんと言うか、デロっとした空気。


「有野君は気にしすぎだよ」


 前方から目を離さないまま、楠さんのお兄さんが言った。

 國人君はそのお兄さんを見ながら熱を帯びた声で返す。


「いーや。俺以外の奴もおんなじこと思っているはずだ。ライトノベルによくある長ったらしい題名はいい加減やめるべきだってな」


 窓の閉め切られた車内では、お兄さんたちによるいわゆるオタトークが繰り広げられていた。僕はただそれを聞いているだけだった。


「どれ見ていいのか分からねえっつーのよ! そう思うっしょ?!」


「言っている意味は分かるよ。ただ同意はしかねる」


 國人君が軽くダッシュボードにチョップを当てた。


「なんでだよ! いい事なんてないだろ? 同じ様な題名が並んでたら訳わかんねえっつーの!」


 そうかも。


「わけわかんないなんてことはないさ。むしろ内容は分かりやすいだろ?」


 確かに。


「分かりやすい事のどこにメリットがある!」


「買ってみて、『あれ。想像と違った……』という事故が無くなるだろう?」


「その前に買わないっしょ! 買う気失せるじゃん?!」


「俺はそんなことは思わないけど……」


「お前だけだよ! なぁ!? 優大タン!」


 こうやって時々僕に話が振られるけれど、僕は二人ほど熱くは語れない。


「えっと、僕も題名だけで判断すべきではないと、思う」


 当然のことながら、内容が面白いかどうかは内容を見なければ分からない。


「違う違う! 何言ってんの優大タン! 全然違う!」


 でも違うらしい。


「何が?」


「その内容を知るためには買わないといけないっしょ!? でも、題名が『ある日森に出かけて熊さんに出会ったけれどそいつの言動が支離滅裂でそれを理解するためには世界を救わねばならないらしい』みたいな長い題名だったら買おうとは思わないだろ?!」


「それは買ってみたい」


 ちょっと面白そう。


「買いたいの?! マジで?!」


 國人君が驚き、お兄さんが追撃する。


「ほら。インパクトが大切なんだから別に長い題名だから買う気が無くなるという訳でもないんだよ」


「いや違うね、全然違うにゃ。そのインパクトが無くなっているからもうやめてくれと言っているんだ俺はよぉ。確かに今のは例が悪かった。さっきのをちょっと変えるにゃ。『ある日魔界に出かけて妹に出会ったけれどそいつの言動が支離滅裂でそれを理解するためには世界を救わねばらならないらしい』なんてどっかで聞いたようなことのあるタイトルだったら優大タン買うか?!」


 國人君が窮屈そうに体を捻り僕に指を突きつけてきた。


「ちょっと欲しい」


 そもそも題名が支離滅裂で気になる。

 望み通りの言葉を持ってこない僕に國人君が頭をかきむしる。


「かぁああああ! ぜんっぜんダメだにゃお前らは! 吐き気がするわ! 朝ミックがシェイクになって戻ってくるわ!」


 ソーセージエッグ○フィンおいしかったです。

 興奮気味の國人君の肩に優しく手を置くお兄さん。


「まあまあ有野君落ち着いて。有野君の言っていることも分からないでもないけど、内容を知らないで買う買わないを判断するのは間違っているんじゃないかってことだよ。大切なのは題名ではなくて内容だろう?」


 僕もそうだと思う。すごい題名だなと思うことはあるけれど、だから買わないというのには結びつかない。


「題名だって内容の一部だろうがよー。なんで題名は内容と分けて考えてんだよー。おかしいだろうがよぉー」


 ……そう言われてみると、そうなのかも……。すごい題名だと思う時点で内容もすごいものだと判断している僕がいるのかも……。


「確かにそうかもしれないけれど、題名ですべてを語るのは間違っていると言っているんだよ」


「いやいや。なんにせよ、入り口は大切だろ? にゃ? 人同士の関係だってファーストインプレッションは大切だろうが。題名は作品の顔みたいなものだろ。初対面の人間が集まる場でみんながみんな同じような顔していたら仲良くなれるとは思わないっしょ?」


 服装や髪形は違うもののゲームの様に同じ顔の人しかいないのであれば話しかけづらいかもしれない。話せばきっと面白い人たちばかりなのだろうけれど、誰に話しかけるのが一番楽しいのか分からない。


「でも有野君が言っているのはそれとは違うよ。もし仮にみんなが同じ顔をしているとしても、その人たちは詳細な情報がかかれた紙を首からぶら下げているはず。それを見て判断すればいいんじゃないかな」


 題名にたくさんの情報が含まれていると言うことだ。それを見れば趣味の合う相手が見つかるね。


「初対面で相手を否定するのは愚かだと思うよ俺は。有野君はすれ違った相手を笑うような人かい?」


「十人とすれ違って十人とも同じ様な顔してたら爆笑して馬鹿にするっつーの。そういうことを言っている訳よ。しかもそいつらがどこかで見たような奇抜な服装をしていたら尚の事笑いが出るぜ」


 まあ、そうかもしれない。笑いはしないけれど、びっくりはするかな。でも、笑われているのであればタイトルとしては成功しているのではないだろうか。何よりも人々の話題になることが大切だと思う。誰かに見られているということはその誰かから広がっていくかもしれないし。


「俺だって素晴らしい作品を見てみたいにゃ? でもどれを見ればいいのか分からないんだにゃ。それはいい事じゃないっしょ? 『妹が~で~な俺が~を~する』って感じのが多いじゃん? 俺はこれらを見て、青、藍、水色、空色、青紫色、群青色みたいな数ある青の中から一番きれいな色を選べと言われているみたいに感じちゃうわけよ」


 全部大きく言えば青系統だ。でも同じではない。


「まあ、そうだね。大多数の中でその一つを見つけるためには何か他の物とは違う特徴が無ければ難しいことかもしれないね」


「な?! だから俺は何とかすべきだと言っているのにゃ!」


「でも流行っていうのはあるのだからそれに乗るのは間違いではないと思うけどなぁ」


 流行に逆らえば見向きもされない。それは当たり前のことで、基本的なことだ。

 しかし國人君はそれが気に入らないという。


「俺はそれこそが日本人のダメ協調性だと思うぜ。真っ白い空間の中で青い点が生まれたら、それに倣えと青に似たものをどんどん生み出していく。そして真っ白い空間を青一色に塗り替えるまでそれを続ける。今はその状態だにゃ。青い空間に、新しくちょっとした差しかない青い物が生まれたところで目立たないとは思わんかね?」


「ならまた白いものを復活させればいいというのかい?」


「いーや。次は赤色の物を生み出すべきだと俺は言うぜ。次の新しいものを生み出すべきだ。それをしてやっと人の目に留まる」


「例えば?」


「それが出来てりゃ俺は金持ちだ。新しい事を出来る人が現れるのを待つ」


「異端者だと言われそうだね」


「そうさ。異端さ。異端こそが将来の普通になるんだよ」


「異端、ねえ……。佐藤君はどんな題名なら珍しいと思う?」


「えっ」


 突然意見を求められて驚いた。けれど頭のどこかできっと話が振られるのだろうと思っていたのでちょっとだけ考えていたんだ。


「えーっと、『ライトノベル①』という題名はどうですか?」


 何もわからないし、ただ当たり前のことを言っているだけ。これは珍しいよね。


「珍しいかもしれないけどクソみたいにつまらなさそうだな」


 國人君の評価は辛辣だった。


「え、あ、そうだね」


「ただ珍しいだけの物なら誰だって作り出せるにゃ。珍しく、かつ素晴らしい物を生み出せるかどうかが大切なんだ。だから珍しくて素晴らしいと言えるような例えを言っておくれ」


「え、えーっと……」


 それが出来たらお金持ちになっているよ……。


「じゃあ、『鍵』とか、『時計』とか、単語だけの題名はどうかな?」


 意味のある単語だけというのはあまり見かけないような気がするけれど。


「ライトノベルとしては珍しいかもしれないけれど、それじゃあまるでライトじゃない小説みたいに聞こえるにゃ。すげえ重苦しい雰囲気が伝わってくる」


 そうかも。

 國人君の評価は厳しい。

 しかしお兄さんの方は僕の意見を聞き何かを思いついたようだ。

 僕の意見と國人君がそれを聞いてどう感じたかを踏まえて話題を戻した。


「有野君有野君。今分かったけれど、そういう効果もあるんだよ。長いタイトルならば雰囲気も伝わるだろ? タイトルだけでライトな雰囲気が伝わるのならそれは素晴らしいメリットなのではないかな」


 ライトノベルのタイトルが『鍵』だったとしたらあまりライト感がしないかも。

 でも『平和の鍵は俺と幼馴染と委員長が交わす三角形の交換日記みたいです』みたいなタイトルだったらものすごくライトな空気を感じる。

 前者と後者で僕が買うのは間違いなく後者だ。

 それにしても僕はタイトルのセンスが無い! 恥ずかしいよ! 買う買わない以前に手に取らないよ!

 しかし、雰囲気説にも國人君は否定的だ。


「んなのは書店の棚だけで十分だっつーの。陳列されているところを見ただけでライトノベルだってわかるわ。それに『鍵』でも書体で大分変わると思うにゃ」


 可愛い書体の『鍵』ならばライトな気もするけれどやっぱり固い雰囲気はぬぐえない気がするよ。


「うーん。じゃあ、有野君はライトノベルを買う時に何を基準にして買ってる?」


「可愛い絵! ぶひひひひひ!」


 色々と全否定だね。


「だとしたらやっぱり題名だけで内容が分かるというのはいい事なんじゃないかな。絵だけで本を買おうとしている有野君でも内容は気になるだろう? それが表紙の絵と共に内容も分かるんだからお得じゃないか。購買意欲をそそるという意味ではなくとも、内容を伝えられるのは十分メリットになり得ると思うのだけれども」


「しかし似たのが多すぎる。絵が可愛くて、気になる内容が見つかったとしても、それでもそれは千から百に絞り込めたくらいで多い事には変わりにゃい」


「それを言われると困るけれど……」


 うーんと唸るお兄さん。

 悩んだ結果つつく方向を変えることにしたらしい。


「長いタイトルをやめるべきだというけれど、有野君だってその長いタイトルの中でいくつかは覚えている物があるだろう?」


「あるけど、それがなん?」


「つまりそれはセンスが爆発している題名だということになるんじゃないかな。嫌いな有野君でさえそれを覚えてしまうほどに」


「ふむ……」


 お兄さんの言葉を聞いて、僕も正確に覚えているタイトルとぼんやりとしか覚えていないタイトルがあることに気づいた。


「それに、有野君だって長いタイトルの全部が全部嫌いなわけじゃあないだろう。覚えているだけ、ではなくてむしろ好きだと言ってしまう程に素晴らしいタイトルってないかい?」


「確かに、長いのに格好いいタイトルもたくさんあるのは事実だが。でもそれは俺が長ったらしいタイトルが嫌いなのとは別なわけで。それにやっぱり俺が好きだというのは長いタイトルが出始めたばかりのまだ珍しかったころの作品だな」


 僕も覚えているのはそのころの作品たちだ。


「今のだって面白い作品はいくつもあるだろうさ。俺が毛嫌いしているだけで中身は死ぬほど面白いんだろうよ。でもその系統が増えすぎて食傷気味だにゃ。同じ食い物が続いたら見ただけで嫌になるのと同じように、買う気はとうに失せている。まあまあ嫌いだと言いながらも常人には考え付かないようなタイトルだなと尊敬してしまうものも沢山ある気はするさね。でも代わり映えのしない題名の方が多いだろ? インスタントみたいな即席の、型にはめて大量に作られたみたいなタイトルが。俺が言いたいのはそういうこったよ。わざわざそんなありふれたタイトルにするなんておかしい、タイトルのことをないがしろにしているのが許せないって、そこに尽きる。インスタントではなく丁寧に、多量生産ではなく一品物を作って欲しいと願う俺はおかしくないはずだにゃ!」


 そう言われると、そんな気もしてくる。

 けれどお兄さんはそんな気は一切していないらしい。


「タイトルが似ているとしても、ないがしろにはしていないと思うけどね。作品の為か商品の為かは分からないけれど、どんな意味が込められているにしろそれが一番だと思ったからそのタイトルにしているわけで、誰が付けたタイトルなのか分からないけれどそれには愛が込められているはずだ。『もうこれでいいや』だなんて軽い考えであるはずがないんだよ。だからそれをただ気に入らないというだけで否定することは、俺はしたくないしそれの方が気に入らないね」


「あ、今の愛が込められているっていう言葉俺の心に染みた。それは否定できぬ。まあそうだよなぁ……。見てもらいたい、売れたい、評価されたい、どんな気持ちでも『スタンプを押したようなタイトルでいいやwww』だなんて思わないよにゃ……。だとすると、スタンプタイトルなんてこの世には存在しないのか。同じように見えて、その時の流行や世界情勢やその人の考え方を盛り込んだうえでたまたま似通ってしまっただけと言うことなわけね。……ぶっちゃけ自分で言ってて納得できない部分はすげえてんこ盛りあるが、受け取る側が文句を言うのはおかしいわな」


 確かにそうかもしれない。

 買うことを強要されたわけでもなし、手に取るかどうかは僕らに委ねられているのだ。

 そして、長いタイトルだから買わないというのもおかしいのだ。

 ついこの間小嶋君が言っていた『厨二病を偏見の一種にしたくはない』というのと同じように、長い題名もそれだけで見ないというのはもったいないように感じる。

 ……でもそう考えてしまうこと自体が長い題名を色眼鏡で見ているような気もしないことも無いけれど。

 とにかく、日の目を浴びていると言うことは、タイトルで全てが分かるほど浅い物語という訳ではないだろうし、面白いと評価された作品なのだから盲目的に嫌悪することはもったいない事だ。

 僕が総評するのはおかしいかもしれないけれど。

 どういう意見でまとまったかというと、『読んで評価しろ!』と言っているのではなく、『評価をするのならば読んでから』というだけ。読むことを強制しないけれど、タイトルにしろ内容にしろそれについての何かしらを評価したいのならば、何も知らない状態で何も考えないで批判することはせずに読んでからにしたほうがいい、ということなのだ。こんなこと、無い当たり前の事だけれども。


「さぁ、ついたよ」


 二人の話を夢中で聞いているといつの間にか僕は目的地にたどり着いていた。


「え、あ。ありがとうございます」


 僕は拉致られただけだけれども。


「お礼なんていらないよ。これは俺達の為でもあるのだから」


 妹の為。

 お兄さんと國人君はとても優しい。


「まずは飯食おう飯。腹減っちゃったナリ」


 ……妹より団子、ではないよね。


「まだ十一時にもなっていないよ」


 出発してから約二時間。お昼というにはまだ早い時間に、僕は楠さんと市丸さんの思い出の土地までたどり着いた。

 連れてこられたこの土地で、僕は何かを見つけられるのだろうか。

 ……まるで次回予告みたいだね。


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