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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第四章 僕らにとってのハッピーエンド
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空には届かぬ青い春

 小嶋君が沈黙を破ってくれたものの、それは一時的な事だったらしく、そのあとはしずかーな部室に早変わり。時々会話をするものの、特に何をするでもなく僕らは無言で同じ時間を同じ空間で過ごしていた。

 雛ちゃんは左手で頬杖をつきながら右手の指で長机を叩き、三田さんは部室の隅っこの平和を守り、小嶋君は時々僕らの様子を伺いながらその度に首をかしげていた。

 みんながみんな距離をとるように教室の角よりに座っている。

 一体感なんてまるでない。

 僕は何かお言おうと顎を上げるが、結局何も言えないまま俯いてしまうのだった。


「……なあ、優大」


 最初に空気を震わせたのは少しだけ申し訳なさそうな雛ちゃんの声。大体何を言おうとしているのか想像がついていたけれど僕は聞き返した。


「何?」


「もう帰らねえか?」


 本日四度目の帰宅を促す言葉。色々とやるべきことがあるのだろう。少しでも手がかりが欲しいのだ。

 でも。


「えー。もう帰んのか? せっかく久しぶりに部活やってるってのに。何日ぶりだよ部活」


 小嶋君が妙に嫌がるのだ。


「……。ならもうちょっといるか」


 小嶋君と気まずい関係にあるからか、小嶋君のお願いを断れない様子の雛ちゃん。

 二人の関係に僕が口を出せるわけも無く。そもそも僕は、すでに二人の関係を引っ掻き回した後なのだ。

 ものすごく気まずそうな雛ちゃん。

 しかし。

 雛ちゃんとは対照的に、小嶋君はあまり気まずそうではない。帰ろうとする雛ちゃんを引き止めるのはそういうことだ。

 はぁとため息をつく雛ちゃん。小嶋君はそれを見て怪訝な顔をしていた。

 二人の会話が終わり再び秒針の音と雛ちゃんが机をたたく音が聞こえてくる。


「あの、佐藤君」


 今度無言の空間に石ころを投げ込んだのは少しだけ怯えているような三田さん。大体何を言うのか分かっていたけれど、僕は聞き返した。


「何?」


「……もう帰ってもいいかな……」


 本日二度目の帰宅宣言。雛ちゃんよりも遅いペースで言葉を発する三田さんは、なんとなくこの場に居づらいのだろう。

 でも。


「えー。もうかえんのか? せっかく久しぶりに部活やってるってのに。このままじゃあ廃部になっちまうよ」


 小嶋君が妙に嫌がるのだ。


「……その、なら、もうちょっと……」


 妙に怯えた顔を見せる三田さん。そんなに怯えなくてもいいのに。

 それを見て再び怪訝な顔を見せた。


「おい、佐藤」


 自分に順番が回ってきたかのように今度は小嶋君が僕に声をかけてきた。何となくターミナルな気分。

 とりあえず全く何を言おうとしているのか想像ついていないけれどいや想像ついていないからこそ先ほどと同じように僕は聞き返した。


「何?」


「なんか、暗くね?」


「……そうかな」


「暗すぎ。何事だよこれ。こんな部活楽しくねぇよ」


「……その、じゃあ、帰る?」


「帰らねえ」


 やっぱり嫌がる小嶋君。小嶋君がこれほどまで部活に固執しているとは思わなかった。とても嬉しい。


「……これは俺が楽しくするしかねえな……」


 そう呟き、小嶋君は言った。


「俺前から思ってたんだけど、ウインドブレイカーって名前かっこよくね?」


「え、あ、うん?」


 谷底に落っこちていたような雰囲気の中で突然こんなことを言われてしまったら戸惑ってしまうよ。


「絶対に必殺技だよな。『ウインドブレイカアアアアアアアアアア!』って」


「そうだね」


 ちょっとわかるよ。きっと『風を破りし者(ウインドブレイカー)』と書くんだ。


「普通の言葉なのに格好いい言葉って結構あるよな。白昼夢とかめっちゃ格好良くね? デイドリームでも相当クるよな」


「うん。夢って言う存在自体がが格好いいのかも。明晰夢とか、悪夢だけでも格好いいね。ナイトメアも格好いいね」


「夢って万能だな。ドリームシェイクとか格好良すぎだろ」


「え? うん」


 何のことだか分からないけれど確かに格好いい。


「しかしお前厨二臭えな」


「え? そうかな」


 言われたことないや。あまり言われたくもないけれど。


「好きな色は黒だろ。数字はゼロだろ。漢字は『時』とか『無』とか大好物だろ」


 違うよ。色は青が好きで数字は三が好きだよ。漢字は『鰯』が好きだよ。


「でもさぁ、厨二とかってさ、どうなんだと思わねえか? よく厨二認定されるアニメってあるけどさ、普通に格好いいじゃんか。それを厨二とか言ってバカにするってのは、なんつーか、世界を狭めてしまう行為でしか無いような気が済んだよなぁ。俺の言っている意味分かるか? 俺は分からん」


 いやいや、何となく分かるよ。

 超級~とか、邪王~とかそういう必殺技を厨二臭くて恥ずかしいと言ってしまってはそのアニメや漫画やゲームを楽しむことが出来なくなってしまう。面白い内容でも、『プ。あんな厨二臭いもの見てたまるか』などと敬遠してしまう原因になってしまうのではないかな。

 厨二病だけではない。

 ○○だから、とか、○○以外は認めない、とか言うのはもったいないと思う。

 見てみると意外と面白かった、馬鹿にしていたけれど捨てたもんじゃないね、といった経験があるのならば色々と人生損しているような気がするので試しに敬遠していた物に手を出してみても面白いのではないかと思うよ。

 だからと言って見たくないものも見た方が良いと言っている訳ではないけれど。

 嫌な物は嫌だもん。怖い話は好きだけれどグロテスクな話は嫌いだし。


「厨二病を偏見の一種にはしたくないよな」


「そうだね」


「まあ、今はそんな話より格好のいい言葉を探そうぜ。有野はなんか無いのか?」


 雛ちゃんに話を振ったことに少し驚いた。それと同時に胸に何かがこみ上げてくる。


「あ? なにがだよ」


 機嫌が悪そうに見えて、実は気まずい雛ちゃん。小嶋君はそれを見てもなお話しかけていく。


「だから、格好のいい言葉だよ」


「格好のいい言葉? …………あー、ブルーレイ、とか……?」


 うーん?


「あー……んー? ……ビミョーじゃね?」


 僕も思ったけれど、小嶋君は声に出して言った。すごい勇気だ。


「……なっ」


 こんな否定されるとは思っていなかったのか気まずい状態だった雛ちゃんが驚き、若干イラッとした表情を見せた。


「なあ、佐藤。もっとあるよな? 例えば?」


 うわ、僕に話が戻ってきてしまった。


「え、えーっと……蝉時雨……って、どうかな……?」


 言ってみて思ったけれど、ちょっと恥ずかしい。


「やっぱお前厨二病だわ。時雨の時点で厨二だわ」


 言われてみて思ったけれど、すごく恥ずかしい。


「佐藤を見習ってもう一回有野」


「はぁあ?」


 また振られるとは思っていなかったようだ。それでも雛ちゃんはチャレンジしてみる。


「……ちっ。………………スパチュラ?」


「え、いや全然格好良くねえし。お前センスねえな」


「あ?」


 う。気まずい状態なんてもう過去のものになってしまった。怒りスイッチが入ったみたいだよ。

 それに気づいていないのか小嶋君は視線を横にずらし、残酷にも必死に話を振られまいと小さく俯いている三田さんに標準を合わせた。


「三田なら格好のいい言葉がどんなのか分かるよな?」


「えっ」


 撃ち出された無茶ぶりという名の弾丸が三田さんの眉間を打ち抜き、三田さんがその衝撃でビクッと困ったような顔を起こした。


「えっ、えっ……。えぇ……」


「格好のいい言葉だよ。ほら、日ごろ過ごしてて何かしらあっただろ?」


「その……その……。……。……ふぁ、ファントムバイブレーションシンドローム……」


 日ごろ過ごしていてあまり聞くことのない言葉だけれども、確かに格好の良い響きだ。


「あー。長い横文字なだけで格好いいよな。ファントムとか、シンドロームとか、結構いかしてるかも。他には?」


「…………ハイパーメディアクリエイター……」


「うは! めっちゃ格好いいじゃねえか! やっぱり有野とは違うな!」


 最後の一言は必要だったんじゃないかな?! 雛ちゃんがもっと怒ってしまうよ!

 やはり雛ちゃんは怒った。


「な、な……! そんくらい私でも出来るってんだよバカ野郎っ」


 怒ってはいるけれど逆に対抗心に火が付いたようで険悪なムードになることはないみたいだ。よかった。


「えーっと……。……そうだ、ワイルドキャットフォーメーション。どうだ格好いいだろ」


「まあ」


 小嶋君の反応はいまいち。


「まだあるぜ。ヘイルメリーパス。格好いいだろ」


 自信満々に言うけれど、小嶋君の心には響いていない。


「格好いいけど……。ハイパーメディアクリエイターの方が格好良くね?」


「な、なっ……! 優大! 優大はどっちが格好いいと思う?! ヘイルメリーの方が格好いいよな?! なぁ……?」


「はい」


 頷かなければ即死だった。


「えー。そうかぁ? むしろださくね?」


 小嶋君。怖い物知らずだね。


「て、てめえ……!」


 雛ちゃんのイライラが部室に溢れかえる。無言の空間の方がまだよかったような気がする。

 このままイライラが膨れ上がり爆発してしまうのではないかと思っていたけれど、雛ちゃんの感情は一気に急下降していった。


「お前、さっきから突っかかってきやがってどういうつもりだよ……。昨日までは話しかけてすら来なかったのに」


 思い出してしまったのだ。雛ちゃんと小嶋君の今の関係を。

 そのまま以前のような関係に戻るのではないかと少しだけ期待していた僕の気持ちも急降下。

 喧嘩が始まってしまうのではないかと思っていた三田さんの気分も急降下。

 しかし小嶋君だけは笑っていた。


「だって、俺達の関係ってこれが普通だっただろ?」


「いや……まあ、そうかもしれないけど……」


 雛ちゃんのイライラはどこかへ行ってしまい、今はもう気まずさしか残っていない。

 でも小嶋君は笑っている。


「こっちの方が心地いいっつーか、過ごしやすいじゃん?」


「いや、お前、その、なんだ。き、気まずくねえのかよっ」


「もう気まずくねえよ」


 小嶋君の言葉を聞いて、先ほどと同じように気持ちのいいものが胸に溢れだしてくる。


「……なんでだよ」


「俺はただ単に秘密を抱えていたのが嫌だったみたいで、佐藤が有野に全てを言った今、なんか全部清算された気分でもうどうでもいいわ。もうそろそろ完全に終わったんだなって言ってもいいだろ」


 僕は泣きそうだ。


「もう終わったことなら、引きずってても仕方がねえよ」


「まあ……」


「だったら元に戻るのが普通じゃねーの? 普通じゃないとしても、俺は元に戻りたい。俺はずっとそう思ってた。お前は違ぇの?」


「そりゃまあ、気まずいよりはそっちの方がいいけど……」


「ならいいじゃねえか。なにうだうだ言ってんだよ」


「……」


 何故僕が泣くのか分からないけれど、僕が泣く場面ではないけれど、涙をこらえるのに必死だ。


「今思えば佐藤のしてくれたことはありがたい事なんだな。最初は傷口をいじくりやがってこの野郎と思ってたけどよ、まあ慣れればどうってことねえや」


 もう泣いてもいいかな。良いよね。


「それに、あの一件に囚われたままじゃあ新しい恋も出来ねえぜ。あの子はそんなの許してくれねえよ」


「えっ、お前好きな奴できたの?」


 僕も驚いたけれど、これはあれかもしれない。少し前に校舎裏で言われたことかもしれない。


「そうだぜ。可愛いし俺を好きでいてくれるしでもうヤバいんだこれが」


 なんだか小嶋君の顔はアニメの話をしているときのように輝いている。


「あー、俺も特殊能力が使えればなぁ!」


 やっぱり二次元の話をしていた。

 小嶋君は言っていた。「アニメに生きてやる」と。

 笑う小嶋君を見て雛ちゃんが一言。


「キモ」


 そんなこと言わないで。


「キモくねえよ?」


「いや結構キモいわ」


「はぁ、やれやれ。これだから三次元ビッチは。可愛げがなくて仕方ねえよ」


「あ? お前殺すぞ?」


 今度のスイッチはキャンセル不能のような気がする。これ以上力を加えたらスイッチが入ってしまうのでもう何も言わないでね小嶋君。


「ビチビチビッチってアニメなかったっけ? 有野が主人公の」


 願い空しく力いっぱいスイッチを叩いた。

 その瞬間。何が起きたかはよくわからなかったけれど小嶋君が椅子から転がり落ちた。

 どうやら雛ちゃんが高速で小嶋君の頬を殴り飛ばしたようだ。突然のことに僕は何もできなかったけれどこれ以上の被害を出さないために遅ればせながら雛ちゃんの体を後ろから捕まえる。泣いてなんかいられない。


「放せ優大! 売られた喧嘩は買わねえと死ぬんだぞ!」


「え?! 誰に殺されるの?!」


 そもそも誰が決めたの?!

 一人では振りほどかれてしまいそうだとか、助けてほしいだとかそんなことは思っていないけれど、僕は三田さんを見た。いや、本当に三田さんに視線をやったことに意味なんてないんだよ?

 やっぱり三田さんは端っこでぷるぷるとプリンのように震えていた。

 気が治まらない雛ちゃんとそれを止める僕とプリンな三田さん。

 小嶋君はと言えば。


「あひゃひゃひゃひゃ!」


「「「!?」」」


 突然笑い出した。


「いーっひっひ!」


 お壊れになられたようだ。


「……ヤバい優大」


 僕を振りほどこうとするのをやめ、雛ちゃんが泣きそうな顔で僕を見る。


「もう一回殴ったら戻るよな……?」


「多分戻らないよ思うよ!」


 一応多分と付けたけれど絶対に戻らないよ!


「だよな……。あぁヤバい……。バカをバカに変えちまったよ……。……ん? あれ? もともと馬鹿だったんだから私悪くないんじゃねえか? 牛乳に濃い牛乳を混ぜても牛乳だよな? 海に砂糖水を入れても甘くならねえよな?」


「それは、そうかもしれないけど……」


「なら、バカがバカになってもバカだろ?」


「それは……」


 何とも言い難い。小嶋君のことをバカだなんて思っていないし、何よりもそんなことを言う勇気が無いよ。


「誰がバカだ!」


「あ、起きた」


「バカバカ言うんじゃねえよ! バカにだって心ってもんがあるんだぞ!」


 よかった。異常はなさそうだ。


「よくも殴りやがったなこのビッチ!」


「んだとてめえこの野郎っ!」


 もう抑える必要はないと力を緩めていた僕の腕から雛ちゃんが飛び出し再び小嶋君を殴り飛ばした。今度は右手ではなく左手だったのはちょっとした気遣いだったのだろう。……気遣いと言ってもいいのかな?


「ひ、雛ちゃん」


 握りこぶしを作っていた雛ちゃんの肩をポンポンと叩く。


「はっ。思わず殴っちまった」


 我に返った雛ちゃんが床に転がっている小嶋君を見下ろしている。


「ひひ……」


 小嶋君がまた笑いだす。確かに、あまりにも痛い時って笑いが出てしまうよね。注射とか、傷の消毒とか。


「お前、キモいぞ」


「キモい? 上等」


 のっそりと上体を起こし、笑顔で言う小嶋君はとても満足げだ。


「やっぱ、こうだよな」


「はぁ?」


 小嶋君が床に胡坐をかく。


「やっぱりこういう関係が楽しいわ。何の気遣いもねえまさにストレートなこの関係が。だって、佐藤に対する態度よりも本音全開だろ? むしろちょっとした優越感すら感じるぜ」


「……」


「有野だって、俺なんかに気を遣いたくはねえだろ。殴ったりする方が楽だろ」


「まあ……」


「なら、これで行こうぜ。俺とお前は友達だ。それ以上踏み込むことはない。お前はお前で好きな奴がいて、俺は二次元に恋をする。これでいいじゃねえか。むしろなんで俺たちは気まずかったんだって話だろ。ただの青春の一ページ、どこにも恥じるところはねえじゃん。胸を張れるくらい誇らしい事だよな」


 僕はまた泣きそうだ。泣き虫な僕は一人俯き顔を隠す。


「……正直な話、お前がそれでいいなら私はそれでいいよ。私が言うのもおかしな話だろうけど、一番つらい目に遭ってんのはお前だから」


「俺は辛くなんてねえよ。だって今現在でも好きな娘が二十三人いるんだぜ。これって幸せだろ」


「いやすげえ不幸だろ」


「安心しろ。有野は入ってねえから」


「想像上の人物と同列で語られることが無くて安心したわ」


「いつか俺は二次元に住んでやるぜ!」


「勝手にしろよ……」


 涙目になりながら、僕は笑った。


「有野、俺達、友達だよな」


「……そうだな。お前とは一生『友達』だよ」


「あ、今ちょっとズキっと来た。これが青春の傷みか」


「その傷のおかげで胸が張れるんだろ? 感謝しろよ」


「よく言うぜ」


 涙なんていらないよ。なんとか涙を目の奥に押し込んだ僕は顔を上げる。

 笑いあう二人を見ていると、僕はとても幸せな気持ちになることが出来た。

 結果論でしかないけれど、僕のしたことが間違っていなかったような気がしてとても嬉しかった。

 きっと、僕が何かをしなくても二人はこうなっていたのだろうけれど。

 僕の中の罪悪感が小さくなった。

 僕が何かをすることが人の不幸につながるわけではないのだと分かった。

 勝手に僕がやったことは幸せへの遠回りかもしれないけれど、ギリギリ間違っていたとも言えないのであるならば、何かをやろう。何もしないで後悔するよりも、やって後悔したほうが良いってよく聞くから。


「……佐藤君……」


 雛ちゃんの後ろで決意を固めていたところ、三田さんが僕の裾を引っ張ってきた。


「え? 何?」


 三田さんの真剣な目が僕を見ている。


「……私は、一生友達は、嫌だから……」


「……」


 これも、小嶋君の言う青春の痛みというものなのだろうか。


「んで」


 雛ちゃんとの気まずい関係に了の字をつけた小嶋君が不思議そうに聞いてきた。


「お前らはどうして三人で部活してんだよ。若菜ちゃんは?」


 ずっと気になっていたのだろう。だからずっと怪訝な顔をしていたのだ。多分。


「……ちょっと、色々と話し合いをしようと思って……」


「なんだよ話し合いって。俺も混ぜろよ。こそこそ楽しいことしてんじゃねーよ」


「楽しくなんてねえよ」


「?」


 本当に、楽しくなんてないよ。


「……雛ちゃん。小嶋君にも、聞いてみる?」


 小嶋君も楠さんの話を知っているかもしれない。ヒントになるようなことは聞けないかもしれないけれど、聞かないよりは聞いておいた方が良いはずだ。それに同じ部活の仲間だし、協力してくれるかも。


「知らねえだろこいつ。バカみたいな顔してるもん」


「顔は関係ねえだろ」


 もうすっかり以前の関係に戻っている。やっぱりこっちの方がいいね。

 とにかく、聞いてみた。


「小嶋君。楠さんの噂って、聞いたことある?」


「噂? 噂って、なんか昔友達に酷い事をしたとか言うアレのことか?」


 知っていた。

 ならもう一歩聞いてみよう。


「うん……。その、それって市丸さんから聞いたわけじゃあ、無いよね?」


「市丸? 市丸からは聞いてねえよ」


「そうだよね……」


 もう一歩。


「誰から聞いたかは、教えてくれないよね……?」


 今まで全部ここで躓いた。誰もこれ以上踏む込むことを許してはくれなかった。

 けれど。


「えーっと、誰だったかな。ちょっとその時は寝不足で記憶があいまいだけど、確か……」


「えっ」


 あっさりと言おうとしている。


「えーっと、確か――」


「ちょ、ちょっと待って」


「あ? なんだよ。教えてくれって言ったのは佐藤だろ」


「そ、そうだけど……」


 こんなに簡単に聞いてはいけない気がする。

 雛ちゃんも同じ考えだ。


「いや、お前言ってもいいのか? そいつのこと庇ったりしなくていいのか?」


「別に庇う必要はねえだろ。誰から聞いたかをばらす俺よりよっぽど噂を流している方が悪いじゃん」


「「確かに」」


 そう言われればそうだ。むしろそう言われなくてもそうだよね。

 そして、小嶋君は言った。

 できる事ならば、寝不足で間違っていてほしいと思ってしまうその人の名前を言った。


「えーっと、そうだ。沼田だ。俺は沼田から聞いたな。うん、間違いない」


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