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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第四章 僕らにとってのハッピーエンド
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久しぶりの部活

『結局』

 僕はこの言葉を悪い結果の時に使うことが多い。

 結局ダメだった、とか、結局うまく行かなかった、とか。

『結局』自体がそれほど悪い言葉ではないはずなのに、僕だけではなく多くの人がこの言葉をやりきれないところに落ち着いてしまったときに使ってしまうことが多いと思う。

 悪い意味ではなくいい意味で使われた時だってなんだか少し満足していない部分があるように聞こえる、ような気がする

 結局丸く収まった、とか、結局仲直りできた、とか。

 紆余曲折あったものの最終的にはまあまあいい結果だったのではないかな、というように聞こえる。

 僕だけかもしれないけれど、とにかく僕はこの言葉をあまり使いたくはない。

 だから今僕らが直面している諸問題の終わりにはこの言葉を使わずに終わろうと考えている。

『色々あったけれど』の様に逆説的な終わらせ方をしたい。

『まあそんなわけで』みたいな軽い言葉でもいい。

 多分それが使えるような状況にならない限り僕は終らせようとしないだろう。

 僕が向かうべきゴールは一つだけだ。それ以外のゴールなんてない。

 例え今日の締めくくりが『結局』であろうと、最後の最後は『色々あったけれど』を使いたい。

 とりあえず僕は今から『結局』を使って今日の学校生活を振り返るけれど、僕はまだ途中なんだということをよく自覚しておかなければならない。

 では、早速使わせてもらおう。

 結局、今日僕らが出来たことはと言えば、口の堅いクラスメイト達から市丸さんは噂を広めていないと言う事実を聞き出せただけで、市丸さんが作った物語を終演へ近づける事が出来なかった。結局ご飯も食べられなかったし、結局今日は嫌な気分で終りそうだ。結局僕が頑張ったところですぐに解決できるわけではないのだ。

 ……結局のところ、むやみやたらと同じ言葉を使うと鬱陶しいということが今分かった。


「あいつ、なんで逃げんだよ……」


 放課後、楠さんから話を聞こうと思いすぐに楠さんに近づいたけれど、何故か楠さんは僕らから逃げるかのようにパパッと教室を出て行ってしまった。


「楠さん……」


 僕らは教室の出口を眺めながら大きく息を吐いた。

 教室にはまだたくさんのクラスメイトが残っているけれど、なんだかあまり活気が無いように見える。どんよりとした空気も漂っているし、以前のような楽しい雰囲気ではない。

 みんなだって楽しくないと感じているのなら噂話なんて信じなければいいのに。

 クラスメイト同様、雛ちゃんの気分も曇り空だ。


「私達と話したくねえってのか?」


 楠さんの席を撫でながら少しだけ悲しみを帯びた声で言う。


「そんなことは、無いと思うけど……。きっと怖いんだよ。市丸さんの話が本当だとすると、昔は楠さんの性格がばれることによって酷い扱いを受けていたみたいだし、実際今クラスのみんなは以前のように楠さんに対して信頼しているような扱いをしていないもん」


 楠さんが怖がる姿は想像がつかないけれど。でもきっとそうなんだ。


「ふざけんなよ。私たちがそんなことすると思ってることがムカつくぜ」


「しかたが、ないよ」


 楠さんが受けてきた扱いを想像するのは容易い。妄想力が豊かでなくとも簡単に想像がつく。


「今日は話せなかったけど、明日は絶対に話すからな」


「うん」


「優大もがんばれよ。今日だって優大が机に足引っかけてこけなけりゃあ追いかけてたんだからな」


「うぅ……ごめんなさい……」


 膝が痛いけれど、そんなこと言っている場合ではないよ。


「明日は見捨てるからな」


「うん。お願い」


「見捨てることをお願いするってのも、変な話だな」


 そう言えば、そうだね。

 いつもなら楽しく笑いあうはずなのに、今の僕らは口角を上げる事すらできなかった。


「はぁ……」


 雛ちゃんの溜息が楠さんの机に落ちた。


「……あの……」


 僕らが落ち込んでいるところに誰かがやってきた。


「あ?」


「ご、ごめんなさい……」


 顔を上げてみるとそこには怯えた顔の三田さんが立っていた。


「佐藤君と、あ、有野さん……」


「どうしたの? 三田さん」


 若干雛ちゃんに怯えているように見えるけれど雛ちゃんだって元気がないだけで別に威嚇している訳ではないのでこのまま話をすすめよう。


「…………えと、部活って、無いのかなって思って……。最近、していないみたいだし……」


「え、あ、部活」


 忙しかったので完全に忘れていた。そう言えば動画研究会という部活を作っていたのだった。楠さんが作ったんだ。

 しかしこんな状況ではやる気分にならない。僕らは当然楽しめないし、そんな雰囲気の部活では三田さんだって楽しめないだろう。


「えっと、部活は――」


 我慢してもらおうと思ったけれど。


「ある」


 そう言って雛ちゃんが三田さんの腕をつかんだ。


「だから、美月。部室へ行こう」


「え……。…………え……?」


 雛ちゃんの意図をはかりかねたけれど、そう言えばと思い至る。

 どうやら雛ちゃんは三田さんから色々と話を聞くつもりらしい。三田さんが言いふらしているなんてことは絶対にないだろうけれど、一応話を聞かなければならないのだった。

 僕らは妙に怯える三田さんを連れて部室に向かった。




 部室につく。三田さん、雛ちゃん、僕の順に部室に入り、落ち着く暇も無く雛ちゃんが三田さんを見て質問する。僕はとりあえず扉の前で待機をすることにした。


「いきなりで悪ぃけど、ちょっと教えてくんねえかな。言いたくないことは言わなくていい。でも出来るだけ協力しろよ」


 若干威圧するような声だ。無意識なのだろうけれどちょっと怖い。


「え、え……?」


 三田さんが不安そうな目で雛ちゃんの後ろに立つ僕を見る。


「その、お願い」


 助け舟を出してもらえると思っていたのか、僕の言葉を聞いた三田さんは一層不安そうな顔になり完全に俯いてしまった。


「……なあ、美月」


「え、あ、はい……?」


 雛ちゃんに呼びかけられた三田さんが上目遣いで雛ちゃんを見る。しかしすぐに床に視線を戻した。


「美月。一つ教えて欲しいことがあるんだけど」


「……な、なに……?」


「若菜の噂話は知ってるだろ?」


「……うん」


「それ、言いふらしたりなんかしてねえよな?」


「……。うん」


 また上目遣いで雛ちゃんを見て、今度は視線を外さずにフルフルと首を振る三田さん。よかった。三田さんじゃなかった。

 僕はホッとしていたけれど雛ちゃんはまだ納得した風ではなかった。更なる確認をとる雛ちゃん。


「……美月は、百合からきいた若菜の昔話を、言いふらしてなんかいないんだな?」


 雛ちゃんのした確認作業が三田さんの顔を上げる。三田さんの困惑した顔を上げさせる。


「……? なんの、こと?」


 首を傾げる三田さんに向かって雛ちゃんが一歩踏み出した。


「なんのことだぁ? 百合から聞いたってのは分かってんだ。それとも何か? 白を切るのか?」


「ほ、本当に、分からない……」


 三田さんはすがるような目で僕を見てきた。本気で怯えている。


「あの、雛ちゃん。怒らないで」


 落ち着いてもらうために雛ちゃんと三田さんの間に移動する。その時に初めて見た雛ちゃんの顔はとても悲しそうだった。


「怒ってねえよ。でも、嘘ついたりしたら怒るからな」


 雛ちゃんだって誰も疑いたくないんだ。


「ほ、ほ、本当に、分からない、です……」


 せっかく顔を上げていたのに、三田さんが再び顔を伏せた。


「……ならどうして最初は知ってるって言ったくせに次は知らないって言うんだよ」


「楠さんの噂は知っているけど、市丸さんに聞いたわけじゃあ、無いから……」


 今の三田さんの言葉は僕も気になってしまい、知らず知らずのうちに口から声が出ていた。


「でも、あの時、保健室で三田さんと二人きりになったあと、僕は市丸さんと会って、市丸さんが言ったんだ。『それを伝えた本人としてはどういう展開になるのか見守らなくちゃいけないんだからね』って。だから、その……噂を三田さんに教えたのかなって思ったんだけど……」


「……本当に、市丸さんからは、何も……」


 床を見たまま再びフルフルと首を振った。


「じゃあ誰だってんだよ」


 僕を押しのけるようにまた一歩踏み出した雛ちゃんと、それを感じ取って更に怯える三田さん。


「ひっ……! そ、それは、言えない、言えません、けど……」


 顔は見えないけれど、なんだか泣いてしまいそうだ」


「ひ、雛ちゃん。三田さんは、何も知らないんだって。僕の勘違いだったみたい……」


 腕をつかむ僕の声にハッとした様子の雛ちゃんが現在の状況を認識する。

 怯えきってプルプルしている三田さんを見て両手を後頭部に当てた。


「……あー、そっか。悪い。怒ってないからおびえるな」


「……う、ん……」


 危険が去ったと分かり、三田さんがほっとした顔を上げて小さく息を吐いていた。


「あの、ゴメンね三田さん。僕が勘違いをしてしまって疑っちゃって……」


「……ううん……。……ちょっと、怖かったけど……」


 やっと見せてくれた笑顔に僕らは癒されてしまった。よかったと言っていいのか分からないけれど、よかった。

 今思えば、確かに市丸さんは一度も『三田さんに言った』なんてことは言っていなかった。誰に伝えたかも言っていない。完全なる僕の早とちりだ。


「……やっぱり私は百合だと思うな……」


「え?」


 険しい表情を作った雛ちゃんが近くの椅子に座り腕と足を組んだ。


「百合が言いふらしたんだと思う。美月はもうすでに独り歩きを始めた噂を聞いたんだろきっと。そうだとしたら美月が誰から聞いたかなんて関係ねえよな」


 僕もドア近くの椅子に腰を下ろし雛ちゃんを見る。僕が座ったのを見て三田さんが一番遠いところに座った。


「でも、今日みんなに話を聞いて、市丸さんは言いふらしてなんかいないって分かったはずじゃあ……」


「全員に聞いたわけじゃあねえだろ。きっと何人かは百合から聞いたはずだ。そんで、さっきも言ったけど、百合がその誰かに話した噂が独り歩きを始めて、今の状況になってんだ」


「みんな、その噂を信じるかな……」


 僕は信じない。


「『百合から聞いた』って頭につければ信じるだろ」


「でも、相手が楠さんだよ? あの楠さんに対して冷たい態度をとってしまうほどに信じてしまうかな」


「じゃあ優大は誰が犯人だって言うんだよ。もう百合しかいねえだろ。んで、みんなが百合からは聞いてないって言うんだから噂が広まって独り歩きしているとしか考えられねえだろ」


「……でも……」


 どうしても納得しようとしない僕に雛ちゃんもうんざりしているようだ。


「お前は一体何が引っかかるんだよ」


「……えっと、やっぱり信憑性の問題が……」


「噂に信憑性が無くても広まるもんは広まるだろ」


「広まるかもしれないけど、それを信じるかどうかは別だよ。今のみんなは完全に信じてしまっているよ」


「悪い噂ってのは信じるもんなんだよ。優大だって信じただろ?」


「それは、市丸さんから直接聞いたから。市丸さんから聞かなければ信じなかったと思う」


 多分。


「でも美月は百合以外の奴から聞いて信じてるだろ。相手を信じるかどうかなんてのは個々人で違うんだよ。全部優大の基準で考えんな」


「……それは、そう、だね……」


 他人と僕は違うのだから。


「……あ、あの……」


 僕らのやり取りを遠くの方で聞いていた三田さんがおずおずと手を挙げた。何か発言したいらしい。


「なんだよ」


「えっと、その、事情がよく、分からないけど……、佐藤君を怒らないで……」


 僕を庇ってくれたようだ。ありがとう。でも。


「怒ってねえ。怒ってる暇なんてねえ」


 僕は怒られていたわけじゃあないんだよ。


「……でも、有野さん……、指とか足が……」


 指が苛立たしげに腕を叩き、足は落ち着きなくプラプラと揺れていた。

 それを指摘された雛ちゃんは組んでいた腕と足を解きコホンと咳払いを一つ入れ言う。


「優大、別に怒ってねえからな」


「うん。それは分かっているよ」


 僕は叱られていたんだから。

 さて、暗礁に乗り上げた気分だ。

 なんと話せばよいのか分からなくなってしまった部室から音が消える。まるで密閉されているかのように静かだ。この世からすべての人が消えてしまったかのように外からの音も聞こえない。

 誰かが破らなければならない無音。しかし誰も破れそうになかった。

 みんながみんな床を見ている。

 いや、僕だけみんなを見ている。

 誰も口を開かずに進んでいく部活。進んでいるのか止まっているのか分からない部活。もしかしたら後退しているのかもしれない。気分的には沈む一方だ。

 ピンチを救うのがヒーローならば、今すぐに僕らの前に現れてほしい。しかしそれは無理だろう。ヒーローなんて見たことないし、ヒーローに一番近い沼田君は部活で忙しいのだから。

 ヒーローはこの世にいなくてタイミングよく僕らを助けに来てはくれないんだと諦めたその時。

 諦めた時にやってくるのがヒーローだ。いや、諦めた時にやってきたからヒーローだと言うべきか。

 割と勢い強めで扉が開いてくれた。


「おーっす。お、やっぱやってんだ」


 動画研究会の産みの親とも言っていい小嶋君が僕らの無音を空間ごと切り裂いてくれた。

 意外なヒーローの登場と無音の空間に穴が開いてくれたおかげで一気に音が溢れだす。


「下駄箱に佐藤の靴があったからもしかしたらと思って来たら正解だったな。俺も呼べよな。俺だって動画撮りてえんだよ。つーか言い出しっぺ俺だし。俺を忘れんなよ」


「あ、うん。ごめん」


「本気で責めてんじゃねえんだからそんな申し訳なさそうな顔すんなよな。俺がワルモンみてえじゃん」


「あ、別に小嶋君に怒られたから落ち込んでいる訳じゃなくて……」


 むしろ小嶋君はヒーローだよ。


「ふーん。そうか。そう言われてみれば、有野も三田も元気ねえわな。せっかくの部活なんだから楽しめばいいのに」


 小嶋君のおかげで僕ら一旦は気まずい雰囲気を脱することが出来た。

 ありがとう小嶋君。


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