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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第四章 僕らにとってのハッピーエンド
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寒いお昼の空の下

 市丸さんは計画犯で、噂を広めているの実行犯がどこかにいるはずだ。

 その人を止めない限り噂は拡大し続ける。

 早めに見つけなければ引き返せなくなってしまう。

 容疑者は少ないけれど、誰もやっているとは思わない。

 何もわからない。

 ただ、何も分かっていないにせよ誰かがやっていることは分かっているのだからその事実を受け入れる覚悟をしておかなければならない。

 きっととても悲しい覚悟だ。


「「はぁ」」


 寒風が吹きぬける中庭で僕らは同時に溜息をついた。


「寒い」


 雛ちゃんがつぶやく。

 確かに寒い。指がカチコチに凍っているのではないかと言う位寒い。

 寒いのならば校舎内に入ればいいではないかと言われるかもしれないが、ここにいるのにも一応理由がある。

 僕らは誰にも聞かれたくない話をするために、寒くて寂しい中庭でお弁当を食べることにしたという訳なのだ。


「百合じゃないとしたら一体誰なんだ?」


 太ももの間で寒そうに手をこする雛ちゃん。手袋を持ってきてあげたい。しかしそんな事態でもないので僕は考える。


「うーん……」


 市丸さん以外でそれが可能な人は、三人だけ。

 僕か前橋さんか三田さんか。

 この中で一番怪しい人物は誰か。

 簡単だ。


「やっぱり、僕なのかなぁ……」


 それが一番悲しくないけれど。


「なんだそりゃ。気付かねえうちに噂を広めてたってか?」


 雛ちゃんがこすっていた手を止め自分の横に置いてあった袋に手を伸ばした。


「前橋さんでも三田さんでもないのなら、そうなのかなって……」


 袋からラップにくるまれた焼きそばパンを取り出し膝の上に置く。何となく僕はその様子を見ていた。


「そんなでたらめな考え思考停止と同じじゃねえか。今後変なこと言うなよ。考えるだけ無駄だ」


「……うん……。でも、それなら雛ちゃんは誰だと思う……?」


 焼きそばパンがポンポンと膝の上で跳ねる。


「私は……やっぱり百合じゃねえかと思う」


「でもみんな違うって言ってたよ」


 みんなそれだけは教えてくれた。それ以上は何も教えてくれなかった。

 焼きそばパンの動きが止まった。


「……美月に話を聞きに行くか」


 ようやく僕は雛ちゃんの顔を見た。


「……三田さんがやったって言うの?」


 眠たくはないのだろうけれど眠たそうに目を細めている雛ちゃんがモソモソという。


「そうは言わねえけど、とりあえず話は聞くべきだろ」


「そうだね……」


 なんだかもうみんなの関係が無茶苦茶だ。

 あれほど素敵だった関係がもうどこにもない。


「……市丸さんが来てからおかしくなっちゃったみたい……」


 こんなこと言いたくないし言うべきでもないのだろうけれど言わないと気が済まないので僕は言う。


「百合のせいだろうな。百合と若菜の関係がおかしいせいだ。本当に面倒くせえ奴らだな」


 自分で言いだしておきながら少しだけ気まずくなった僕は焼きそばパンに目を落とし雛ちゃんの顔を見ないようにする。

 最終的にやきそばパンは入っていた袋に帰って行った。


「若菜にも話を聞かなくちゃいけねえよな」


「うん」


 そう言えば、まだ楠さんに何も聞いてはいなかった。楠さんと話をするのは解決した後だと勝手に思っていた。


「そもそも私たちが百合の話を信じているのがおかしいんだよな。本人から聞いたわけでもねえのに若菜が昔なんかしたって話を信じるのはおかしいよな」


「あ……」


 何気なく言った雛ちゃんの言葉に僕はハッとした。

 本当だ。

 少なくとも僕は楠さんから直接聞かない限りそれを信じるべきではなかったんだ。


「まあ、本当なんだろうけどな」


 目を閉じる雛ちゃん。


「でも、あの、本人から聞かない限りその……」


 大きくほにゃんとした目をうっすらと開け僕を横目で睨む。


「お前、今まで信じたくせに今更そんなこと言うなよ。慌てたところで優大が若菜の悪い話を信じた事実は変わらねえよ」


「……」


 確かに、そうだ。僕は今さらが多すぎるんだ。気付いたときにはもう遅い。毒のようなものだ。

 うな垂れ固まる僕に向かって、再び目を閉じて精神を集中しているかのような雛ちゃんが言う。


「落ち込むなよ。そんな暇あるなら何とかするために頭を使えよ」


「……うん。そうだね」


「よし」


 雛ちゃんが大きな瞳を開ける。何かの力に覚醒したみたいだ。


「まあ、それに。フォローする訳じゃあねえけどこんな話直接本人に出来るわけねえよ。相手のトラウマに踏み込むことを何とも思わない奴は無神経だ。本人に直接確認するのは怖いもんだから聞かなかったのは仕方のない事だったんだよ」


「……」


 確かに、怖い。

 僕がそれを聞いたとき、楠さんはどう思うのかな。

 悲しむに決まっている。

 多分その悲しみには色々な意味が込められるんだ。

 色々な意味は色々な感情になって色々な行動に変わり色々な問題を引き起こす、のだと思う。分からないけれど。


「怖いから、私だって確かめようとしなかったんだ。でももう私は自分のことを優先させてもらうぜ。私は自分勝手なんだ」


「……」


 雛ちゃんの言う自分の事とは一体何か。そんなの言うまでもない。


「自分の人生だ。自分のことを考えて何が悪い」


 誰かにぶつけるように強めに呟く。

 今のは僕に言ったわけではなく自分に言い聞かせたのだろう。

 雛ちゃんだって本当に聞きたくないんだ。

 でも聞かなければならない。

 雛ちゃん自身の為にも、楠さんの為にも。

 踏み込む覚悟を決めた雛ちゃんが眩しく見えて僕は目をそらした。


「あ」


 僕の視線が逃げた先、校舎と中庭の境目で楠さんの姿を見つけた。お弁当を持って僕らの方を見ながらぼうっと立ち尽くしていた。


「楠さん」


「あ?」


 雛ちゃんが僕を見てすぐに僕の視線の先を見る。ようやく雛ちゃんもそれに気づき、ベンチから立ち上がって大きな声で楠さんの名前を呼ぶ。


「若菜!」


「……」


 楠さんはなんだか疲れたような笑みを見せ校舎の中に引き返して行った。


「……なんだよあいつ。私たちの事疑っているのかよ。私たちが若菜のことを嫌うとでも思っているのかよ」


 そんなことはないよ。


「きっと、どうしていいのか分からないんだよ」


「んなもん悩む必要ねえのに。いつも通りにふざけた態度で接しろよ。そうしたらいつも通りムカついてやるのに」


 いつも通りにムカつく。


「……それは、どっちにとってもいい事なの?」


 喧嘩になってしまうと思います。


「悪い事だとは思わねえよ」


 雛ちゃんがポスンとベンチに戻った。


「悪いだなんて、思わねえだろ?」


「……そうだね」


 うん。僕も、そう思う。


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