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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第四章 僕らにとってのハッピーエンド
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茶色の悪魔

 月曜日、雛ちゃんと待ち合わせて一緒に学校へ向かう。今日という一日をどう過ごすのかを話し合うために。最終打ち合わせという訳だ。

 朝一番に雛ちゃんの顔が見られるというのはとても幸せな事なのだろうけれど今はその喜びを享受することが出来ない。


「学校についてまず百合と話そう。早いに越したことはねえ」


「そうだね」


 今日のことを色々と話し合いながら一緒に歩く。

 あんなこととか、こんなこととか。

 話し合えば話し合うほどうまく事が進みそうな気がするけれど、実際はそうはいかない。うまく行かないからこそ僕の人生、だとは言わないけれど、うまく行ったことは少ない。少ないどころか無い気がする。

 人生なんてみんなそんなもので、一握りの人だけの人生がうまく行く。

 そう思ってしまえば簡単だけれども、そう思うことが難しい。

 それは、僕にはできないことなのだ。

 そう思ってしまってはいけないのだ。


「あぁ、ちくしょう……」


 雛ちゃんが小さくつぶやいた。


「……どうしたの?」


 こんなこと、聞くようなことじゃない。


「別に」


 そう言って不機嫌そうな目を正面に向け、唇を尖らせた。

 雛ちゃんもうまく行かないことに戸惑っているんだ。

 雛ちゃんのようなすごい人でも人生がうまく行くという訳ではない。

 当然、楠さんだって。


「……チクショー……」


 もう一度、雛ちゃんがつぶやいた。




「あ……」


 学校へ向かっている途中、偶然にも楠さんを見つけた。


「……若菜」


 何故か僕らは足を止めていた。


「……」


 呼びかければいいのに、それをしない僕。

 なんと呼びかければいいのか分からないのかもしれない。


「あっ」


 理由は分からないけれど、楠さんが僕らに気づいたようでちらりとこちらを見た。

 何か反応を見せてくれるものだと思っていたけれど、そんなことは無かった。あ、いや、反応は見せてくれたけれど、望んだような楽しい反応ではなかったんだ。

 楠さんは、ちらりと僕らの方を見たと思ったらダッシュで逃げて行ってしまった。

 動いていない僕らと、走る楠さん。楠さんの姿はあっという間に見えなくなってしまった。


「……なんだよあいつ」


 複雑そうな表情を見せる雛ちゃんの心の中はよく分からない。でもきっと、色々なことを考えているのだと思う。

 かける言葉の見つからない僕は誰もいなくなった通学路に目をやった。


「……」


 元気よく走って行った楠さんは、何となく元気が無いように見えた。





 一刻も早く事態を改善させるため登校して一番に市丸さんを校舎の端っこに連れて行って話を聞く僕ら。

 僕が詰め寄っても雛ちゃんが詰め寄っても市丸さんは怯えるなんてこともなく極めて穏やかだった。むしろニコニコと楽しそうにしている。何が楽しいのか分からない。


「佐藤君。私は言いふらしていないって有野さんに教えてあげてよー。佐藤君は私が言っていないって信じてくれるんだよね?」


 確かに、以前はそう思っていた。


「……僕もそう思っていたけれど、やっぱり市丸さん以外に考えられないよ」


 市丸さん以外あれを知っている人はいない。


「ひどーい」


 そう言いながらも、市丸さんの顔からは余裕の色は消えなかった。一切消えなかった。


「酷いのはお前だろ。若菜の過去ばらして一体何がしてえんだよ」


 雛ちゃんが凄むように詰め寄る。

 市丸さんがいなすように横に避ける。


「そんなの決まっているでしょ? 楽しいことがしたいんだよ。それに、私はばらしていないって。前橋さんじゃないのかな? 若菜ちゃんの話、私は前橋さんに話したことはあるよー?」


「未穂は違う。ばらしてない」


「信じているんだね。なら私も信じてよぅ。私は、若菜ちゃんの過去を言いふらしてなんかいません。私がその話をしたのは数人だけだよ。三人だったかな? そのうちの二人は前橋さんと佐藤君。その二人は話を広めていないと言うのだから実質私が話をしたのは一人だけと言うことになるよね? それは話を言いふらしていると言うことになるのかなぁ?」


 あと一人がだれであろうが、その人の話す楠さんの過去には説得力が無い。だからきっと、市丸さんなんだ。


「って、そっか。三田さんか……」


 突然呟いた僕を雛ちゃんが振り返り睨む。


「は? なんだいきなり」


「あ、ううん。市丸さんが話したもう一人って言うのは、三田さんの事だよ。三田さんに言ったって、市丸さん少し前に言ってた」


 僕が野球部にお灸をすえられた時だ。

 頭にボールが当たり、気を失い、保健室で目覚め、三田さんが楠さんの話を聞いたと言い、保健室で別れ、保健室を出て、市丸さんと出会って、その時に言っていた。


「じゃあ、優大は美月だっていうのか? 美月がそれをばらしているって言うのか?」


「三田さんは絶対にそんなことしない」


「だよな。じゃあやっぱり百合だ」


 再び市丸さんを見る僕ら。

 市丸さんは楽しそうに呆れていた。


「みんなのことは信じるのに私のことは信じてくれないんだね。少し悲しくてとっても腹立たしいよ。あーあ、うまく行かないね人生って」


「……市丸さんがそれを言うのは間違っているよ」


 だって、今の状況は市丸さんが望んで作り出しているのだから。市丸さんは喜んでいるはずなのだから。


「私は、絶対に言いふらしてなんかいないよ。言うべきだと判断した人には伝えはしたけど」


「誰が信じるか。言いふらしてるのは絶対にお前だ。状況的にお前しかいねえんだよ」


「私じゃなーいよ」


 認める気はないらしい。


「本当に市丸さんが言いふらしている訳ではないとしても、どうして前橋さんと三田さんと僕に伝えたのか分からないよ。どうして僕らは伝えるべき人間だったの? 誰にも言わなくてよかったのに」


「前橋さんは佐藤君をはめる計画を立てるときに伝える必要があったから。佐藤君は佐藤君をはめる為に。もう一人は――秘密っ」


 少しだけ引っかかった。秘密と言われたことは確かに気になるが、そこ以外の所が気になった。


「……前橋さんは僕をはめる計画を『自分で考えた』って言っていたよ……。今の市丸さんの言い方だと、自分から持ちかけたみたいだよ」


「私は人をコントロールするのが得意なんだよ」


 そう言えば、そのようなことを言っていた。


「……未穂もはめられたのかよ……」


「コントロールしただけだよ。前橋さんも若菜ちゃんの事嫌っていたみたいだから、何とかする方法を教えてあげただけ。何とかする方法を思いつくように誘導してあげただけ」


「お前は最低だな」


「最低かもね。だからもしかしたら、佐藤君と有野さんも最低な私にコントロールされているのかもよ?」


「私が今からお前を殴るのも、コントロールされているからなのか?」


「殴れないよ。私じゃないから」


「いや、殴る」


 雛ちゃんが体の横で握りこぶしを握った。それを上げようとはしないけれど、本気のように感じたので僕は後ろから雛ちゃんの両手を握った。

 こんな状態でも明るい笑顔を作っていた市丸さんが言う。


「怖いよ有野さん。でも有野さんには殴れないよ。私には借りがあるよね?」


 借り?


「……あんなもん、借りでもなんでもねえ」


 雛ちゃんの手から力が抜けた。どうやら、借りがあるというのは本当の事らしい。


「佐藤君とはもう話した? 話しているよね。なら違うことを聞こうかな。うまく行った? うまく行っていない? まあ今はそれどころじゃあないよねぇ。何でも知っている私を責めるのに忙しいんだもんねぇ?」


 僕が関係していることらしい。


「……」


「でも、何だろうな。どうして有野さんはそんなに必死なのかな。早くこの件に片をつけたがっているような。もしかして、この事件が終わったら楽しいイベントが待っているとか?」


「うるせえ黙れ」


「じゃあ黙るよ。でも私が黙ってしまったら解決なんてしないよ? 有野さんの抱える罪悪感は消え去らないよ?」


「っ!」


 手を握っていてよかった。


「……ちょっと調子に乗りすぎたかな。コントロールが得意とか言っておいて、この様じゃあね。ゴメンね有野さん。悪気は無かったんだ。でも有野さんだって悪いんだよ? 私はやっていないって言っているのに、それを信じてくれないからぁー」


「てめえの事なんざ誰が信じるか……」


「それは悲しい事だねぇ。でも本当に私じゃないよ。みんなに聞けばいいんじゃないかな?」


「誰から聞いたかなんて言わねえだろ。みんながそんなに口が軽いと思ってんのか?」


「思っていないよ。でも誰から聞いてないというのは教えてくれるんじゃないかな?」


「……ちっ」


 雛ちゃんが舌打ちをし、僕の手を振りほどいてから教室に戻って行った。


「……あー、怖かった」


 ずっと笑顔だったのにそんなことを言っている市丸さん。


「佐藤君。真犯人を見つけてね」


「……いれば、ね」


「佐藤君まで私を信じていないんだね。色々な勘違いを早めに解かなくちゃ話は始まらないよー? あ、いやもう始まっているのだから、話は終わらないって言った方がいいのかな?」


 色々な勘違い。


「どっちでも、いいよ」


「そうだねぇ。どっちでもいいねぇ。でもでも、始まりと終わりじゃあ大きな違いがあると思わない?」


「どっちも大差ないよ」


 どうでもいい事を聞いてくる市丸さんにどうでもいい答えを返し、僕は雛ちゃんの後を追った。




 そういう訳で。

 調査の結果は、僕らは市丸さんの無罪を証明することになったという非常に申し訳ないところにたどり着いてしまったのだった。

 楠さんにも申し訳ないし、今朝責めてしまった市丸さんにも申し訳ない。

 しかし僕らは謝らない。

 言いふらしていないとはいえ、確実に情報の発信源は市丸さんで、悪意を持ってそれをばらしたのだから責任が無いなんて思えない。

 無実の人を疑ってしまったことは悪い事だろうけれど、市丸さんに関して言えば黒幕ということが分かっているのだから無実とは言えない。

 謝る時は、全部終わった時だ。

 市丸さんが楠さんに謝った、その後だ。

 これで僕らはますます解決しなければいけない理由が出来た。

 市丸さんに謝るためにも、絶対に解決しなければ。


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