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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第四章 僕らにとってのハッピーエンド
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話すこと

 その日、僕はすぐに雛ちゃんの家を訪れた。

 もちろん『なにもするな』と言う雛ちゃんに僕のすることを納得してもらうためだ。

 オシャレで素敵で斜に構えたようなセリフで説得したかったのだけれども僕なんかでは言葉遊びのような恰好のいいセリフを紡ぎだすことは出来ず、結局は『僕らしい』セリフをぽろぽろとこぼす程度の事しかできなかった。雛ちゃんは呆れながらも僕の言葉を聞き、怒りながらも納得してくれた。納得はしていないのかもしれない。でもそれでも僕の言葉を受け止めて受け入れてくれた。

 それだけで僕は充分だ。


「私な、さっきまでいろんな奴に話を聞いてたんだよ。何を聞いたのかだなんて聞くなよ。私は急いでんだ。で、分かったことはたった一つ。ほとんどの人間が若菜の話を知っていて、それを信じていた」


 それで午前中はいなかったんだ。さすが雛ちゃんだ。

 雛ちゃんは疲れたような顔をしている。けれどそれは疲れているふりのように見えた。

 そんなことをする理由が無いし、本当に疲れているのかもしれないけれど。


「優大のやりたいことを聞いた今、グダグダうだうだ言う気はねえけど、元凶であるお前は一体どうやってこの状況を解決しようっていうんだ?」


「僕にできる事はみんなと話すことしかないよ。みんなに話して、みんなに納得してもらう」


 何かを計画したり企画したり画策したりしてはダメなんだ。ただひたすらに真っ直ぐ話をすることだけが僕の取れるコミュニケーションだ。


「優大の話を聞いて納得した結果がこれじゃあねえのか?」


「そうかもしれないけど、前橋さんの口から聞くのと僕の口から聞くのとでは違うと思うんだ」


 僕の言っていることが理解できないのか、雛ちゃんが怪訝な顔で首をかしげた。


「……? どういうことだ?」


「え? どういうことって?」


 首を傾げる雛ちゃんと同じ方向に首を傾げる僕。

 雛ちゃんがかしげる方向を変えて言う。


「優大がみんなに言いふらしてたんだろ? クラスの奴らみんなに直接言って回ったんだろ?」


「え、いや、僕は前橋さんにしか……」


 いくらなんでもそんなことはしない。


「……どういうことだよ」


 雛ちゃんが可愛い眉毛をいびつに歪ませる。


「え、え?」


 僕はそれに戸惑い心の中で密かに慌てふためく。

 そんな僕に向かって、雛ちゃんが説明をしてくれた。


「若菜の話を広めたのは未穂じゃねえよ。未穂は一番に私に話したって言ってたぞ。誰よりも先に知っておいてほしかったからって。でも私はそれが気に入らねえから未穂に説教してやったんだ」


 そう言えば、金曜日僕と別れた後からずっと落ち込んでいたような気がする。はっきりと気が付いたのはお昼だけれども。


「未穂は誰にも言ってないはずだ。だから私は優大が話を広めていたんだと思ったけど、それも違うのかよ」


「えっと、じゃあ誰が……」


 ひょっとしてひょっとすると、前橋さんが怒られてもなお懲りずに噂を広め続けたとか……。


「私は、優大が言っていることが嘘だとは思わない。優大はそんな嘘をつく奴じゃねえ。同じように未穂も疑わない。あいつは『もう誰にも言いません』って言ってたんだ」


 なんだか自分が恥ずかしい。

 僕ではないからもう一人の人が犯人だと勝手に決めつけていた。まだ可能性はいくらでもあるのに勝手に決めつけていた。それに、卑怯な考えだけれども、僕としても前橋さんは広めていないのだと考えた方がどちらかと言えばいいのだ。そうすれば僕が感じている罪悪感も無くなる。悪いのは前橋さんに話をしてしまった僕ではないのだと言い聞かせることが出来る。


「一体、誰なんだろう……」


 なんてことを言いながらも、頭の中には一人の人物が浮かんでいた。


「とにかく、僕達は初めから思い違いをしていたんだね」


『話す』ことによっていきなり一歩解決に進めた気がする。

 なんだか、すぐに解決できるような気がしてきた。

 そんなことを考えていた呑気な僕に、雛ちゃんが聞く。


「優大。ちょっと聞きたいんだけど、優大が若菜のその話を聞いたのはいつだ」


「金曜日、一昨日だよ」



 僕の答えが雛ちゃんの唇をへの字に曲げた。


「……だとしたら、やっぱりおかしい」


「えっと、何が……?」


「クラスの連中の若菜に対する態度が悪くなったのはもっと前からだろ」


 確かに、みんなが冷たくなったのは結構前からだけれども、それは別の理由なはずだ。


「それは、多分Sっ気たっぷりの楠さんのことを話しまわっている人がいたから、じゃあないかな。クラスのみんなが、清楚で可憐な楠さんの姿が実は演技だったと知って、ちょっとがっかりして……」


「んな話、誰も信じねえよ」


「でも、実際にそれを言いふらしていたって、ある人から聞いたけど……」


「誰が言っていたか曖昧にすんなよ。未穂なんだろ? 分かるよ」


「……」


 否定はしないけれど肯定もし辛い。


「未穂の話を聞いてクラスの奴らが『若菜はいい性格をしている』ってのを信じたって言うんなら、一学期の時点で充分信じるだろ。あの時は証拠だってあったのに全員信じないことにした。それなのに全部終わった今更証拠も何もねえ未穂の話を信じるわけねえだろ」


「確かに、そうだね」


 雛ちゃんが『この件について誰も深く追求するな』と言っていたのも効いているもんね。だから楠さんの性格については誰も疑わないよね

 ……と言うことは、つまり。


「つまり、若菜への態度が悪くなったのはやっぱり『友達に酷い事をした』って話のせいだろ」

 

 どうやら何週間も前から楠さんの話が出回っていたらしい。


「そうなんだね、そういうことなんだね。でも、雛ちゃんの言葉を借りるわけじゃあないけれど、証拠も何もない楠さんについての『その話』をみんなが信じるかな。噂を広めるためには説得力とか信憑性とか、必要だと思う」


「若菜の性格が腐っているかもしれないってのは、もう一学期に終わっている話だろ。それに比べて若菜が友達になんかやらかしたってのはまだ誰も知らない話だ。その違いは大きいだろ。それに、優大だってもう分かってんだろ? 優大でも未穂でも無けりゃ、いったい誰が若菜の話を広めているのか。そいつなら説得力もあるだろ? だって、若菜の親友だっていうんだから」


「……」


 僕は、一度違うと判断したのにまた市丸さんを疑っている。

 市丸さん以外、いないから。


「明日話を聞こう。まあ、それですべてが解決するとは思わねえけど……」


 そもそも、解決するのだろうか。

 一学期の時とは違う。夏休みの時とも違う。文化祭の時とも違う。

 実は嘘でした、僕が作った作り話でした、なんて簡単に終わるような問題ではない。誰が犯人か見つければ終わる問題でもない。誰かを傷つければ終わる話であるはずもない。

 本当に市丸さんが噂を流しているのかどうか分からないけれど、この問題の根っこは楠さんと市丸さんの関係だ。

 楠さんが親友と喧嘩して、その親友と親友だった市丸さんが楠さんと喧嘩して。

 当事者が三年もかけて解決できていないのに、僕らが短時間で解決させることが出来るのだろうか。


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