表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キョーハク少女  作者: ヒロセ
第四章 僕らにとってのハッピーエンド
140/163

ぼくらしさ

 ほんの少しの間楠さんと話せたあと。土曜日の後半戦。午後ではなく後半。正確には十一月の二十六日、十五時三十二分からの残りの土曜日。

 図書館から帰ってきた姉に『僕らしさ』とやらの答えを教えてもらうことは無かった。

 何気なく聞いたこの質問は当たり障りのないものだと思っていたけれどどうやらこれの答えは僕の悩みの全てらしい。

 ああ、答え聞きたかった。

 お姉ちゃんから答えを聞けなかっただけではなく、土曜後半戦はほとんどと言っていいほど何もなかった。まともに話すことも少なかったと思う。どこかへ出かける用事もなかったし、誰からの連絡もなかったし、暗くなるまでみんな帰ってこなかったし。

 自分から行けばいいのだろうけれど、この静かな時間は色々と考えるいい時間だと思い自分の部屋に引きこもることにした。

 台風一過なのか嵐の前の静けさなのか。

 まあ、とにかく僕は色々と考えた。

 僕は何をすべきなのか。そもそもすべきなのか。

 僕は僕だから僕らしい事をしたいけれど、『僕らしいこと』がよく分からない。

 すべきことが多いのに何をすればいいのかさっぱり分からない。

 土曜日が終わるまでの約八時間半、答えは出なかった。

 結局悩み事は日曜日まで引っ張ることに。

 そんな日曜日の朝。正確には十一月二十七日、九時二十七分。

 僕は祈君の部屋にいた。


「僕らしさって、何かわかる?」


「兄ちゃんらしさ?」


 姉だけではなく弟にも聞こうと言うのだ。なんて情けない兄なのだろうか。


「うーん」


 ベッドの上に座り携帯ゲーム機をいじっていた祈君はちらりと僕の方を見て少しだけ声のトーンを落として答えてくれた。


「大人、かなぁ……」


 ちょっとだけ照れているように見える。これはあれだ。勘違いのせいだ。

 いい機会なので、誤解を解こう。


「あの、祈君。今さらなんだけど、というか前にも言ったけど、祈君の考えていることは勘違いだからね?」


 祈君は楠さんと僕の関係を勘違いしている。勘違いしてしまうような現場を見られてしまったので仕方がないのだろうけれど。


「勘違い、ねぇ……」


 若干顔を赤くしながらちらりちらりと僕に視線を送る。そのせいで注意力が散漫になってしまったのか、ゲーム機から自機が撃破されてしまった音が鳴りその後ゲームオーバー感満載の音楽が流れてきた。


「あー。死んじゃった」


 少しだけ悔しそうに顔をゆがめ、小さく太ももを打った。


「あ、ごめん」


 僕が話しかけてしまったことによるわき見運転でやられてしまったんだ。申し訳ない。


「兄ちゃんのせいじゃないよ。集中できなかったって言うんなら、スタートボタンを押せばよかったんだから。ゲームはいくらでも止められるしやり直しがきくから」


「でも……」


「それに、丁度飽きたところだし」


 祈君がゲーム機の電源を切りベッドの上にそっと置いた。


「で、質問の答えだけどさ」


 祈君が僕を見る。怒っている訳ではなさそうだけれども、笑顔はない。


「俺が兄ちゃんの部屋で見たものが勘違いだったとしても、俺は兄ちゃんの事大人だと思うよ。姉ちゃんなんかよりもよっぽど大人だよ」


「僕が、大人? そんなことは絶対にないよ。だって、僕はこれまで初対面の人に高校生ですかと言われたことが無いもん。背も低いし、顔つきも情けないから子供に見られちゃうんだよ。だから僕は大人じゃないよ」


「兄ちゃん何言ってるの」


 祈君が優しく笑う。それこそ大人っぽく。


「見た目の問題じゃないでしょ」


「それは、そうかもしれないけど。でも大人っぽいとか言われたことないし」


 漫画好きと言う趣味も相まって、子供っぽいと言われたことしかない。


「うーん」


 祈君が悩んだ声を出しながら僕から机の上に視線を移し、再び僕に目を向ける。


「兄ちゃんなら多分知っていると思うけど、四つの窓って聞いたことない?」


「……四つの窓?」


 一体何のことなのだろうか。さっぱり分からない。


「学校の教科書に書いてあったんだけど、覚えてない?」


「……うん」


 全く記憶にない。何の教科かも分からない。


「まあ、高校生まで行けば覚えることはたくさんあるもんね」


 と僕をフォローしてくれた後、祈君が僕に説明をしてくれた。


「四つの窓って言うのは、自分についての四つの領域の事」


「自分についての、領域?」


「そう。人は、四つの領域を持っているんだって」


 よく分からないよ。


「どんな領域があるの?」


 それを聞けば分かるような気がする。


「ええと、一つ目は、自分が知っていて他の人も知っている『開かれた窓』。兄ちゃんで言えば、優しい、とか」


「僕は優しくなんかないよ。優しければ僕は今悩んでなんかいないよ」


「優しいから悩むんだよ」


「……そんなこと、ない」


「兄ちゃんが認めたくない気持ちも分かるよ。誰かに褒められるの苦手だもんね。でも優しくありたいと思っているでしょ? それは間違いないでしょ?」


「……それは、意地悪よりは優しい方が、いいから……当然のことだと思う」


 みんなだってそうなはず。ならその程度のことで優しいと言ってはダメなのではないかな。『僕は息を吸う生き物』と同じことで、みんながみんなそうならばそれは特徴とは言えないよ。誰かの為に命を投げ出したりする人が本当に優しいと言えるのではないかな。

 今僕が聞いていることとは関係ないから言わないけどね。

 祈君は僕が納得したのだと思ったのか、話を進める。


「俺も兄ちゃんが優しいと思っているから二人とも兄ちゃんが優しいって知っている。これが開かれた窓。自分も相手も知っている領域」


「へー」


 なるほど。つまりは、自他ともに認める事だ。


「二つ目は、『隠された窓』。自分だけが知っている、自分だけの領域。兄ちゃんで言えば、何なのかな。俺は知らないよ。隠されているからね」


 僕には秘密が一杯だ。下らない秘密で僕は出来ているんだよ。


「三つ目は『盲目の窓』。兄ちゃんが知らないけど、他の人が知っている兄ちゃんの事。自分が言われてもピンとこないことだよ」


「たくさんあるよ」


 ほとんどがそれだ。さっきの『優しい』だってこれのような気がする。


「で最後。ここまでくれば想像がついているとは思うけど、最後の一つは『未知の窓』。誰も知らない兄ちゃんの事」


「誰も知らないんだね」


 そんなの無いのと同じなような気がするけれど。


「で」


 祈君が僕に向けて指を四本立てた。


「兄ちゃんはどの『自分らしさ』が知りたいの?」


 それを聞いて僕は思った。

 やっぱり、祈君の方が断然大人だ。




「えー? 優大タンらしさー?」


 もう気温もずいぶん低いと言うのに薄着な國人君が、ディスプレイにへばりつきながら僕に言った。もしかしたらディスプレイの熱で暖をとっているのかもしれない。


「オタクっぽいのが優大タンっしょ」


「オタク……」


 大人の次はオタク。

 僕程度の知識ではオタクの称号を得られないような気がするけれど。


「でも突然どうしたんだ優大タン。自分探しの旅に出るのは夏休みって相場が決まってるのに今更どうしたよ」


 という訳で。

 僕は國人君に話を聞きに来ていた。

『僕らしさ』を雛ちゃんに聞くわけにもいかないし、楠さんに聞くわけにもいかないし。

 だから僕は祈君に聞いた後すぐに國人君に聞きに来ていた。

 雛ちゃんはいない。事前に確認している。どこにいるかは知らない。きっと、何か頑張っているんだ。


「僕って、どういう人間なのか気になって」


 僕も自分のすべきことを見つけよう。何ができるのかを見つけよう。


「優大タンはオタクっしょ」


 質問しておいてなんだけど、答えてもらったのはありがたいけれど、その答えはなんだか求めているものと違う気がする。


「僕は國人君みたいに詳しい訳じゃないから、オタクだと言われるのは申し訳ないよ。僕は所詮にわかだから」


「何言ってんだ優大タン。にわかオタクだとか真のオタクだとかそんなもん関係ない。オタクであることがステイタス! みたいなやつがいて、そいつらをにわかオタクだと馬鹿にするやつがたくさんいるだろうが、一般人から見たらオタクはオタクなんだよ。大して変わらない。雛タンから見れば俺も優大タンも充分オタクだ。そうだろ?」


「そうかもしれないけど……」


「オタクに認定される基準は『一般人目線』なのか『オタク目線』なのか。俺だってライトなオタクだからよく分かんないけど、オタクってのは侮蔑の意味が込められているはずだ。だからこそ隠れオタクってのがいるわけで、そいつらはばれたら迫害されるからそうならないために隠れてヒッソリやっている訳だ。ってことはだ。オタク認定されるのは『一般人目線』から見てオタクな奴だろう。デブな奴はデブにデブとは言わないだろ? だから、むしろ俺はライトなオタクをにわかオタクと呼ぶのではなく、ヘビーなオタクの方の呼び方を変えるべきだと思うね。オタクの王、『王タク』ってな」


「……」


 その、今はオタクの話はいいかな……。またいつかしてもらおう。


「そうだね。ところで、僕の内面は、どうかな。僕って、どんな性格?」


「内面? 女っぽいかな」


「……女っぽい……」


 そうなのかもしれないけれど、なんだかちょっとだけがっかりしている。


「女っぽいと言うよりも男らしいの反対って言った方がピッタリかもにゃー」


「あ、なるほど」


 それは、すごく納得できた。

 少しだけニュアンスが違う二つの言葉。

 男らしくはないけれど女らしくだってないもんね。


「別に貶している訳じゃあないぞ。可愛いって言っているんだからな」


 全然嬉しくないよ。むしろ貶してほしいよ。


「優大タン」


「え?」


 突然、國人君の声が変わった。

 まるで怒っているかのような一言だった。

 僕は今、すごく怯えている。


「それよ、その質問はよ、雛タンが本調子でないのと関係があるのかい?」


 ディスプレイを見つめてはいるが、手は一切動いていない。それどころか、ピクリとも動いていない。それが何だか怖かった。


「……うん。雛ちゃんにも、関係がある、よ」


「……そうかよ」


 國人君がまげていた背骨を伸ばし、椅子を回す。


「妹を泣かせたら許さないからな。ぷんぷん」


「……うん」


 これは、本気だ。





 結局はっきりとした答えが見つからないまま僕は國人君の部屋から逃げ出し、そのまま帰る気分でも無かったので街をぶらつくことにした。

 目的も無く彷徨い安住の地を探す。

 結局僕は図書館に来ていた。

 日曜日も開いている図書館。とっても親切だ。

 誰かに出会わないかなと考えながら図書館の自動ドアを開けたけれど、誰にも出会いたくないと思っている僕もいた。自動ドアに挟まれて半分こになればちょうどいいのかもしれない。

 暖かい館内を巡る。

 一通り見て回った結果、僕は偶然にも二階にある本棚の前で楠さんと出会うことになった。

 それも、お兄さんの方に。


「あ、佐藤君じゃないか」


「あ、おはようございます」


 お兄さんが本を片手に僕に近づいてきた。


「奇遇だね」


「え、あ、はい」


 親しげに声をかけてくれるお兄さん。けれど、僕はお兄さんの顔をまともに見ることが出来なかった。

 眩しい笑顔や眩暈がするほどのオーラにやられたわけではない。

 お兄さんだけならよかったのだけれども、彼女と思しき女の人がお兄さんの隣にいたのだ。

 僕は知らない人と話ができるような社交性を持っていない。さらに年上の人ともなるとそれは大変なことになってしまうんだ。

 女の人が僕を指さす。


「誰これ? 従弟か何かぁ?」


 何故従弟と思ったのだろう。


「違うよ。妹の友達の佐藤優大君」


「へぇ。ってことはぁ……高校一年生かぁー。えー。全然見えなぁい。小学生かと思っちゃったぁ」


「よく、言われます……」


 なんだか、苦手かも。


「女の子みたいな顔してるぅ」


「そ、そうですか?」


 女の人が僕の頭に手を置きワシャワシャと撫でてきた。

 抵抗したかったけれど失礼かと思いされるがままになる僕。うう、早く逃げたい。


「髪サラサラぁ。将来禿そー」


 ……。


「本当に女の子みたぁい」


「は、はぁ……」


「女性用の服がにあいそぉ」


「……」


 トラウマが蘇る。

 僕は何とか逃げ出せないものかと色々と策を練ってみたけれど、何も思いつかなかった。


「ほら、やめなよ。佐藤君が嫌そうな顔をしているよ」


「えー? まじぃ?」


 お兄さんが止めてくれたおかげでワシャワシャが止まった。よかった。けれど逃げたい気持ちは変わらない。


「ゴメンね佐藤君。迷惑をかけたね」


「え、あ、いえ、僕の顔がネガティブだったのは、その、悩み事があったからで、頭をワシャワシャされたせいじゃないです」


「えー? 悩み事ぉ?」


 あ、しまった。ここで言うべきではなかったような気がする。どうしよう相談に乗られたら。……なんだか、これ失礼な悩みだよね。相談に乗ってもらって困るって。話を聞いてくれるだけでもありがたいのに。


「私も悩みがあってさぁ」


「え? あ、そうなんですか?」


「聞いてくれるぅ?」


「は、はぁ」


 僕の心配は無用の物だった。杞の国から人が降ってくることは無い。


「私ぃ、今年で三十なんだけどぉ」


 えー。全然見えなぁい。


「もっとしっかりしたほうがいいのかなぁって」


「そうだね、しっかりしたほうがいいよ。まずはしゃべり方からかな」


「だよねぇ」


 お悩み解決だ。


「じゃあ、僕は佐藤君の悩み事を聞くから、この辺で失礼するね」


「えー? まぁしょうがないかぁ。じゃあまたねぇ」


「え?!」


 なんだか申し訳ないよ!

 せっかくのデートを僕なんかの悩みで無くしてしまうのは申し訳ないよ!

 手を振り去って行く女の人を引き止めようとする。僕が帰るので気にしないでくださいと、言おうと思った。


「あ、その――」


「私ならぁ、人に相談なんかしないけどなぁ。自分で決めたことの後押はしてもらうかもだけどぉ」


「――」


 結局僕は、引き止める事も出来ずに女の人を見送ってしまった。


「……いやぁ」


 お兄さんが、僕と同じように彼女の背中を眺めながら言った。


「あれ誰だったんだろう……」


「えっ、彼女じゃないんですか?」


「俺もさっき話しかけられたばかりでさ。ずっとついてくるから一体何なんだろうって思っていたところだったんだよ」


「……」


 初めて会った人だけれども、その人『らしい』と思った。


「じゃあ、佐藤君の悩み、聞いてみようかな」




 あの後、楠さんのお兄さんに僕らしさとは一体なんですかと聞いたところ「変わり者」と言う答えが返ってきた。

 よく分からなかったけれど、楠さんと仲良くしている時点で相当な変わり者だとお兄さんは言っていた。

 初めて言われたことだったので少しだけ驚いたけれど、楠さんのお兄さんが言うのであればそうなのだろう。

 大人で、オタクで、男らしさとは反対で、変わり者で。

 僕の知らない僕らしさが一杯だった。

 けれど、どれの答えも僕はしっくりきていない。

 僕は一体何と言われれば満足するのだろうか。

 自分の部屋に戻り考えているうちに、僕は眠っていた。

 

 

 一時間ほど眠っていて、もうお昼だ。

 僕は寝転がったまま伸びをした。


「……眠い……。けど起きよう」


 お昼ご飯を作らなくちゃ。もしかしたら、もうお母さんが作っているかもしれない。どちらにせよ、起きなくちゃ。

 僕は体を起こし目をこする。


「夜眠れなくなっちゃう……」


 眠れない夜は嫌いだ。

 嫌な事しか頭に浮かばない。

 それを分かっているのについつい昼に寝てしまう。

 誰かと遊んだり、部活をしていればそんなことも無くなるのだろうけれど。

 眉毛のあたりをこすりながら僕はベッドから降り立ち上がった。

 その瞬間僕の目に馬が飛び込んできた。馬を被った人が目に飛び込んできた。

 目の前に馬が立っていた。


「えっ、楠さん?!」


「誰が楠さんや!」


 馬がへにょっとツッコミを入れてくる。

 これはお姉ちゃんだ。こんなことをするのはお姉ちゃんだ。


「一体何しているのお姉ちゃん」


「違うし。私馬だし」


 直立不動で言う馬。少し奇妙だ。

 馬だろうがなんだろうがこれは姉に変わりないので話を続ける。


「僕のクローゼットから勝手にお面を持ち出さないでよ」


 昨日きちんと片づけたのに。寝ている間に物色されたのだろう。もしかして、僕が寝ている間ずっとここで待っていたのだろうか。


「なんでやねん!」


 またへにょっとツッコミを入れてきた。


「お姉ちゃん……」


 ちょっとだけ面倒くさい。

 そんなことを思っていたところ、姉は馬を深くかぶるような感じで被り口に手をかけ面倒くさいことを言い始めた。


「優大君。私がお姉ちゃんかどうかはこの被り物を脱ぐまで分からないよ。五十パーセントだよ」


「どこかで聞いたような話だね」


 何とかのネコ。

 深くは知らないし、どうやら意味も違うらしいけれど。

 馬を被った姉がグイッと顔を近づけてきた。


「優大君にとってお姉ちゃんの定義は何?」


「え? えっと、自分より先に生まれた女の子が、お姉ちゃん」


 いつかそう言われた。僕もそう思う。

 しかし姉は僕の答えに満足しない。


「馬を被っているのにどうして私が可愛い女の子だって決めつけているの? もしかしたら男かもしれないよ?」


 可愛いは言ってないけど……。


「スカート履いているし……」


「キルトかもしれないよ?」


「キルトを着た人が目の前にいるわけないよ」


「なんで言い切れるの?」


 馬の鼻で僕の頬を往復びんたする姉。


「お姉ちゃんだし、男の人なわけがないよ」


「違うかもしれないって言っているでしょ。だから私の性別を知りたければ私の部屋に来て。真実を見せてあげる」


「お姉ちゃん何言ってるの?!」


 痴女だ!


「優大君どんな想像してるの? いやらしいんだー」


「え!」


 はめられた!

 確かに何を見せるのか言っていなかった。しかし一体どんな証拠を見せようとしていたのだろう。


「私はただおっぱいを――」


「お姉ちゃんちょっとおかしいよ!?」


 はめられてなんかいなかった!

 僕が馬鹿にしたのが気に入らなかったのか馬がぷりぷりと怒り始めた。


「おかしいかどうかは私が決める!」


「傍若無人だよ……」


 はっきりとさせておくけど、お姉ちゃんおかしいよ。

 おかしいかどうかはもういいのか話を戻す姉。


「そもそも私がお姉ちゃんかどうかわからないって言っているでしょ。もしかしたらウマウーマンかもしれないよ。……。ウマウーマン、どやぁ」


「ドヤ顔をしているのかもしれないけど中の人の表情変化は分からないよ」


「誰が馬面や!」


 へにょっ。


「誰もそんなこと言ってないよ。もういいから馬返してよお姉ちゃん」


 僕の言葉に再び声を荒げるお姉ちゃん。


「どうして私が私だって決めつけてるの!」


 誰でも分かる。


「こんな変なことするのお姉ちゃんくらいだから……」


 祈君はしないし、両親だってしない。楠さんは被るかもしれないけれど、明らかに楠さんではない。可能性があるのはお姉ちゃんだけだ。


「それが証拠になるとでも思っているの?」


「証拠って……。だって、声もお姉ちゃんだし……」


 体格だって、着ている服だって、いい香りだって、お姉ちゃんだ。

 それでも姉は認めない。


「声がそっくりな人かもしれないでしょ」


「そんな人が偶然僕の目の前にいるわけないよ」


「いるわけないとか、本当にかっこ笑いなんですけどー。声がそっくりな人がここにいる可能性はゼロじゃないでしょー」


「……そうかもしれないけど……」


 そんな低い確率が僕の目の前で起きている訳がないよ。

 しかし姉は続ける。話の終わり方を決めているようで、そこに向かって話を進める。


「声だけじゃないよ。もし仮にこの馬を脱いだ時、そこに立っているのが顔も性格もそっくりの他人だったらどうするの? 明らかにお姉ちゃんではないという証拠を突きつけてきてもなお、優大君はその人のことを可愛いお姉ちゃんだっていうの?」


「えっと……」


 それは姉ではないけれど、お姉ちゃんと呼んでしまいそうだ。


「優大君にとってお姉ちゃんの定義は何? 姉って言う言葉じゃなくて、優大君のお姉ちゃんとしての私の定義だよ。それは一体何?」


「えっと……」


「えっとえっと言っているだけじゃあ答えなんて出ないよ。まあもともと答えなんてないんだけど」


 答えはあるはずだ。無い訳がない。だって、お姉ちゃんはお姉ちゃんだから。他の人とは違う。


「……僕を守ってくれる優しいお姉さんがお姉ちゃんだよ」


 そうだよ。お姉ちゃんでなければ僕らを守ってくれないよ。

 僕らを守ってくれるお姉ちゃんこそがお姉ちゃんだ。

 しかし、目の前の人は僕の答えを正解だとは言ってくれない。


「他人が他人を定義できたとしても、それが真実であるかどうかを証明するのは本人しかできないことなんだよ。だからいくら優大君が私のことを大好きなお姉ちゃんだって言っても私が認めない限りそれは真実になり得ないんだよ」


「……。いや、でもこんなことをするのはお姉ちゃんくらいしかいないし……」


 難しそうなことを言ったところでお姉ちゃんである事実は変わらない。

 しかし姉は認めない。まだまだ認めたがらない。


「違うって言っているでしょ!」


 へにょっ。


「じゃあ誰?」


 僕はちょっと疲れてきたよ。


「ウマーマンだって言ってるじゃん!」


「言ってないよ」


 さっきはウマウーマンだったよ。

 お姉ちゃんが一歩下がり僕に問いかける。物わかりの悪い弟に言い聞かせるように。


「こんなことをするのは私らしい? 他の人はやらない?」


「……するかもしれないけど、でも……」


「さっき祈君から聞いて思い出したんだけど、優大君、昨日のお昼私に言ったよね」


「え?」


「『僕らしさっていったいなんだろう』って。そんなの知らないよ」


「……」


「自分が何をしたいのか、自分がどんな人間なのか。それを知っているのは自分だけなんだよ」


「……うん」


「私の中の優大君らしさを教えてあげることはできるけど、優大君はきっと納得しない。私が思う優大君らしさはね、お姉ちゃんのことが大好きで、怖い人が嫌いで、可愛くて、臆病で、優しくて、要領が悪くて、優しくて、優しくて、そんな子供っぽいのが優大君らしいと思う。でも私の言う優大君らしさって言うのは、所詮客観的にみた優大君でしかないんだよ。本当の意味のらしさっていうのは自分自身にしか分からない。私は優大君のことたくさん知っているけどね、優大君の全部が分かるわけじゃないからね。人に何を言われても、優大君らしさは優大君でなければ決められないんだよ」


「うん」


「四つの窓って知ってる?」


「……。うん」


 丁度今朝、聞いたところだ。


「なら、話が早い。ねえ優大君。未知の窓っていう誰も知らない領域がある限り、何をしてもそれは自分だって言えると思わない?」


「……」


 自分も他人も知らないのはそこに無いのと同じ、と思っていたけれど、自分も他人も知らないのだからそこにはどんなものでも存在する可能性があるんだ。


「だからね、今日はコロッケが食べたい」


「さすがお姉ちゃん。全部台無し」


「なにおう?! 私は姉じゃなくてウマンだと言っているでしょ!」


 へにょっとツッコんできた。


「お姉ちゃん一体何がしたいの?」


 呆れながら僕は言った。

 けれど。

 どうやら、僕はお姉ちゃんにこの言葉を引き出されてしまったらしい。


「それは私のセリフだよ」


 お姉ちゃんが馬を脱ぎ真剣な目で僕を見てきた。

 馬ではなく、姉が僕に言う。


「優大君は何がしたいの?」


「……」


 僕は、何がしたいのだろう。

 僕は、僕らしいことがしたい。

 気弱で臆病で後ろ向きで。格好悪くて要領も悪い。

 でも友達といたい。

 友達とずっと一緒にいたいことが望みで、それに必死ですがるのが僕らしさだ。

 気弱だから友達が必要で、臆病だから友達が必要で、後ろ向きだから友達が必要で、格好が悪いから友達が必要で、要領が悪いから友達が必要で。

 友達を必要とすることが僕らしさだ。

 友達に飢えているのが今の僕らしさだ。

 その為になんだってするのが、僕らしさなんだ。

 誰かにそれは違うと言われてもそんなことは知らない。

 誰も知らない僕があるのだから、そんな僕だっているはずだ。

 誰も知らない僕がいるのだから、何をしたってそれは僕らしいんだ。

 僕のしたいことは僕が決める。

 僕らしさは僕が決める。


「だって、僕はわがままだから」


 いままでだってわがままを通してきたのだから、今更それをやめるのはおかしい事だよ。


「優大君」


「何? お姉ちゃん」


「今日はコロッケね」


「……。うん」


 僕は、姉に背中を押してもらった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ