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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第四章 僕らにとってのハッピーエンド
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なやみごと

 楠さんの秘密を前橋さんにばらしてしまった後は、なんだか僕の予想とは違う感じに進んで行った。

 僕の足りない脳みそがどのような想像をしていたのかと言えばつまらないもので、中学生の時楠さんは周りから拒絶されたらしいので今回も同じように拒絶されるのではないかと思っていた。けれどそんなことはない……こともないけれど特に目立った対応をされることも無く表面上のみんなは普通だった。

 ここ最近と変わらない扱い。

 少し前から楠さんの扱いが若干悪かった。なのでより悪くなってしまうのではないかと思っていたけれど、今回の一件でそんな事態にはならなかったので一安心……なんてわけにはいかなかった。

 驚くことに、楠さんの方からみんなを拒絶し始めたのだ。

 分かりやすい拒絶。

 休み時間になる度に教室から出て行ったり、話しかけられても淡白な返ししかしなかったり、とにかく一人になりたがっていた。更に極めつけは、とは言っても僕にとっての極めつけなのだけれども、とにかく極めつけは、


「楠さん……」


「……ふんっ」


 僕に対しては睨み付けて舌打ちをしたあとドンと僕の体を押しさらにローキックをお見舞いして最後にもう一睨みするという豪華なメニュー。

 当然だけれども、恨まれているようだ。

 何もしていないのに、とは口が裂けても言えない。命が引き裂かれようとそんなこと言えない。

 僕は何かをしたのだ。

 何かをしでかしてしまったのだ。

 何か、なんて言葉を濁しているけれどなにもわかっていないふりをすることも難しい。

 みんなだって、僕のしたことを知っているし、何よりも楠さん本人が一番よく知っているのだから。


「優大」


 もちろん雛ちゃんだって知っている。


「ちょっと聞きたいことがあんだけど。中庭に来てくれねえか」


 表情には出ていないけれど、態度には出ている。


「……うん」


 きっと、怒られる。

 怒ってくれる。

 雛ちゃんはいつだって僕の為に僕を叱ってくれる。

 雛ちゃんは優しいから。

 何となく、という訳ではなく、はっきりした理由をもって前橋さんの様子を見てみる。

 きっと僕を見てざまあみろとでも思っているのだろうと予想していたけれど、意外にもしょんぼりしていた。それもすごくしょんぼりだった。

 僕はそれについて深く考えることはせずお弁当箱を持って立ち上がり、先に教室の出口へ向かっている雛ちゃんを追った。

 教室を出る際、横目で一人でご飯を食べている楠さんと、沼田君とご飯を食べている市丸さんを確認してみた。

 誰も僕なんて見ていなかった。



 秋空の下、緑に囲まれながら僕らはベンチに座って並ぶ。

 雛ちゃんはパンの袋を開けていない。僕もお弁当を開けていない。

 無言が続いた後、雛ちゃんが話しはじめる。


「未穂から聞いた」


「……」


「優大。私優大の考えていることが分からねえわ。どうして若菜の過去の話を未穂に教えたんだ? マジで何考えているのか分からねえ。なんか嫌なことされたのか? どうして若菜を陥れようとしているんだ?」


「……その……」


 実は前橋さんに嵌められたんだ、そう言おうと思ったけれど、


「……」


 なるほど。

 僕には本当のことを言う度胸が無い。

 いや、度胸云々ではなく本当の事だからこそ何も言えないんだ。


「色々あって……その……。でも別に陥れるつもりはなくて……」


「陥れるつもりはなくても人が隠してたことを言いふらすのはよくねえだろ。優大が悪意全開でそういうことするとは思わねえけど、何も考えないでばらすのだって悪意とそう変わらねえよ」


「……うん……」


 そうだよ。僕のすることは悪意と変わらないんだ。


「どうしてだ? 若菜にいじめられたのか?」


「いじめられてなんかいないよ……」


「だよな。お前ら仲良いもんな」


「……」


 僕らは、仲が良かったんだ。


「でも今はどうなんだ? 仲良いのか?」


 仲が良かったんだ。


「……僕は、楠さんに対して嫌だとか、憎いだとかそんなことを感じている訳ではないけれど、きっと楠さんは僕のことが大嫌いになったと思う」


 楠さんは優しくて素晴らしい性格だと知っているけれど。僕はそれ以上にくだらない人間だから。


「もしかしたら嫌がらせされちゃうのかもな。あいつ、そんなことをしたんだろ? 親友にありえないことをしたんだろ?」


「…………」


 僕は知らない。


「それが嫌だったのか? それが気にくわなかったから言いふらしたのか?」


「いい事だとは思わないけど、悪い事だとも思わないよ。それに、いいふらしたわけじゃあ、無いし……」


「言いふらしてるじゃねえか。例え優大が数人にしか話していないとしてもさ、これだけ広まったらもう優大のせいだろ」


「そ、そんなに広まっているの……?」


「みんな知ってたよ」


 みんなと言うのは、当然クラスのみんなだ。動画研究会のみんなだとかそんな狭い範囲ではない。もうそこまで広まってしまっているんだ。

 結果的に広まっているのであれば、悪いのは最初に人に話した僕だ。


「申し訳ない……。本当に申し訳ないよ……」


 死んだ方がいいし死にたいくらい罪悪感があるけれど、このままでは死んでも死にきれない。


「優大は誰に聞いたんだ? って、まあ百合なんだろうけど」


「……うん」


 綺麗な髪を掻きむしり、「あぁもう」と怒ったような声を出した後小さくつぶやいた。


「余計なことしやがって……」


 余計たこと。

 余計な事とはいったいなんだろう。

 多分、僕に楠さんの昔話をしたことなのだろう。

 そのことがすぐにわかる僕はすごく嫌な奴だ。


「私、若菜のこと嫌いだけど、百合の方が嫌いだわ」


「……」


 何とも言えない。僕は何にも言えない。きっと僕はそれ以上に嫌われているだろうから何も言えない。


「まあ、だからと言って百合を責めるわけにはいかねえけど」


「……うん」


 良かった。このことで市丸さんが責められてしまっては申し訳なさが限界を超えてしまい本当に死に方を考えてしまうところだった。

 雛ちゃんは疲れたように言う。


「悪意満々で言いふらそうとしていた未穂は怒ることが出来たけどさ、優大にはなんて言えばいいんだ? そんなことはやめろって言えばいいのか? 優大のしていることは間違っているって言えばいいのか?」


「……間違っていたことは、分かっているよ。それに、もう誰にも言わない」


 あまりにも安易に行動しすぎた。もっとよく考えればよかった。考えていれば、後悔なんてしなくて済んだのに。

 楠さんを傷つけて、雛ちゃんも怒らせて。

 僕は一体何の為に生きているのか分からない。

 ここでようやく雛ちゃんがパンの袋を開けた。

 おいしそうなサンドイッチ。

 しかし開けただけでまだ口には運ばない。

 その代わりと言ってはなんだけれども、僕の方を見て重く口を開いた。


「今後若菜とはどう接するんだよ。こんなことして若菜は今まで通りにしてくれるのか?」


 僕のする事は一つ。


「きっと今まで通りに接してくれはしないだろうけれど、許してもらう。許してもらうまで謝る」


「でも前の学校では、あいつ親友を許さなかったんだろ。優大だって許されないかもしれないぜ」


「それでも僕は謝るよ」


「どれだけ謝っても許してくれなくてもか?」


「うん」


「……そうかよ」


 雛ちゃんがハァとため息をつき太ももの上にあるサンドイッチに目を落とした。


「だったら初めからそんなことしなければよかったのに」


「……やりたくて、やったわけじゃなくて……」


 いや、何を言っても言い訳だ。黙ろう。


「まあ」


 先ほどよりも少しだけ明るい声で言い、寄り添うように肩を組んできた。


「色々事情があったんだろ。初めから分かってたけど、そういうわけなら私はお前に説教はしない。説教する理由がねえよ」


「う、うん」


 説教された方がいいのに、ホッとしている僕。やはり嫌なことから逃げ出す臆病者だ。


「でも怒る。個人的な意見をお前に押し付ける」


 明るくなったと思った声が先ほどと同じ声に戻る。


「え……?」


「優大。私はもう一回お前に言うぞ」


 肩を組んでいた状態から僕の後頭部に手を添え顔をグイッと近づけてきた。

 そして、胸を締め付ける重い声を作り僕に言った。


「『何もするな』」


「……」


 重たい声が心に沈み込んでいく。

 沈んでいくそれが以前言われたセリフを鮮明に思い出させる。

 何もするな。

 少し前に言われたことだ。

 まだ覚えていたのにやってしまった。なんて頭の悪い人間なのだろう。


「みんなを不幸にする」


「……」


 同じことを言わされた雛ちゃんは僕を突き放し僕に独り言のようにつぶやく。


「若菜のことは嫌いだ。性格悪いし、私に喧嘩を売ってくるし、優大をいじめるし。あいつは相当やな奴だ。頼まれたって仲良くしてやるもんか。あんな奴と仲良くしている優大の気がしれない。そんな奴は不幸になって当然だとすら思うぜ」


 そんなことは言わないでほしい。

 だから、僕は言おうとした。


「……でも――」


「でも」


 僕が言おうとした言葉を雛ちゃんが遮り、そして、雛ちゃんが僕の言葉の続きを言った。


「若菜は友達だ」


 とても嬉しい雛ちゃんの言葉。

 落ち込んでいる今でさえこの言葉を聞けてすごく良かったと思う。

 僕らは黙っていろんなことを考える。

 本当に、いろんなことを。


「だから、まあなんだ」


 しばらく無言が続いたあとでてきた雛ちゃんの声は妙に明るかった。若干上ずっているような気もする。友達だって言ったことが、少し恥ずかしかったのかも。


「これ以上優大が誰かを傷つけないように、私が傍で見張るわ。お前は放っておけないからな」


 雛ちゃんが次に出したその言葉はさらに上ずっていた。


「……え、あ、うん……」


「……何とも思わないのか?」


 不思議そうに僕を見る雛ちゃん。素直に見張られることを受け入れた僕が信じがたいのだろうか。


「むしろ、お願いしたいくらいだよ」


 僕はいけないことをしたのだから、見張ってくれると言うのであれば大歓迎だ。ありがとうだよ。


「……はぁぁぁぁ……」


 魂が抜けてしまっているのではないかと思うほどの大きなため息。


「どうしたの?」


 と聞かざるを得ない。雛ちゃんのみに何が起きているのだろう。

 呆れきった顔で僕を見て、呆れきった声で僕に言う。


「優大の事だから理解していないんだろうけど、これはどうしようもなくこれ以上ないってくらいポジティブな意味で言ってるんだからな」


「えっと……?」


 よく分からない。

 よく分かっていない僕に、雛ちゃんが懇切丁寧に教えてくれる。


「私が一番望むことだよ。優大は、それが一体どんなことなら嬉しい?」


「……」


 えーっと。


「友――」


 答えを言おうと思った僕の頭に、雛ちゃんが手を置いた。


「バーカ」


「――え?」


「お前さ、そろそろ気づけよ」


 僕の頭をなでながら、雛ちゃんが笑った。

 鈍い僕はその意味も聞かなければはっきりと理解することが出来ないけれど、どうしようもなくこれ以上ない程ポジティブな意味なのだとしたら。僕がネガティブではなくポジティブだったとしたら。

 これはどう受け取るのだろう。

 今の僕は前向きではないので雛ちゃんの真意が分からないけれど、きっとこれはすごくうれしい事で、ちょっとだけ悲しい事なのだろう。

 何故悲しいのかといえば、僕が優柔不断だからだ。

 僕には好きな人が二人いるからだ。

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