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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第四章 僕らにとってのハッピーエンド
135/163

前置き

 最近あまりうまく行っていないので楽しくない。僕の人生でうまくいっていたことなんてあるのかどうか疑問なのだけれども、とにかくここ最近うまく行っていない。

 これはきっと誰かが望んでいるのだろう。誰が望んでいるのか分からないし、果たして本当に誰かが望んでいるのかどうかも分からないけれど何となくそんな気がした。

 失礼な話、これは市丸さんの思惑通りに事が進んでいるような気がする。何の確証もないただの言いがかりだ。そうかもしれないというだけで疑うのはよくないものことだと思うので、できる事ならば誰も疑いたくないのだけれども、このうまく行かなさ具合は誰かが何かを仕掛けていると疑わずにはいられない。

 その疑いをより強固に実感する出来事が起きるのは、いや、そう思いたいほど自分にとって凄惨な事が起きたのは十一月二十三日勤労感謝の二日後、金曜日のことであった。





 楠さんのばらされたくない秘密を市丸さんがばらしているから楠さんは困っているのだと思った僕は、特に何をするという訳ではないけれど出来るという訳ではないけれど、一昨日の明日、十一月二十四日の一日中市丸さんを監視していた。監視というのはなんだか嫌かもしれないので観察と言い換えよう。ちょうど僕の趣味は人間観察だし。丁度の意味が分からないけれど。

 僕が観察している中、市丸さんはまるでそれを知っているのだと言わんばかりに僕の目の届くところに居続けていた。気付いている訳がないのだけれどもそう思ってしまうほどにとても観察がしやすかった。

 そして、観察してみて分かった。

 僕が観察している間も変わらず楠さんの秘密が広がっていく様子の中、市丸さんは特に何もしていなかった。

 普通に過ごしていた。

 いつも通り笑って、いつも通り楽しそうに、最近見慣れはじめた沼田君と一緒にいる光景もいつも通りだった。

 僕の観察が完璧だったとは言えないし、すべての時間すべての場所で市丸さんを見ていたわけでもなく、もはや言いふらすまでも無く楠さんの秘密が浸透してしまっているだけなのかもしれないけれど、少なくとも昨日は市丸さんがばらしている様子はなかった。それでも噂は広まっていた。

 もしかしたら噂の発信源は市丸さんではないのかもしれない。楠さんの秘密を三田さんには教えたけれど、それ以外の他の人には一切ばらしていないのかもしれない。

 綺麗で完璧で頭が良くて運動もできて一見人当たりの良い楠さん。その楠さんの悪い噂を信じさせるにはある程度の説得力が必要だと思う。市丸さんならば昔からの親友であるので説得力がある。だから市丸さんがみんなに言いふらしているので、あっという間に噂が広まったのだと思っていた。

 しかし何もしていなかった。何もしていないのに噂が広がっていた。

 これは証拠にはならないけれど、何も証明することはできないけれど、僕の心には強烈な違和感と罪悪感が生まれた。

 市丸さんは誰にも何も言っていないのではないか。

 そう思い始めたら僕の様に心の弱い人間は早い。あっという間に考えを翻す。

 勝手に疑って勝手に観察をしていた僕が恥ずかしい。これは謝った方がいいのかもしれない。直接何もしてはいないけれど観察されていて気分の良い人間なんていないはずだ。ばれていないとかそういう問題ではない。自分が納得できない。言い方を変えれば自己満足の為に謝りたいということだ。


「佐藤君」


 昨日の夜からあふれ出し続ける罪悪感を早めに処分したかった僕が真っ直ぐに学校へ向かっていたところ、通学路の途中にあるコンビニにいたらしい市丸さんが僕を見つけて追って来てくれた。

 偶然ではない。

 市丸さんの家はこの近所ではない。電車通学のはずだ。ここのコンビニが駅から近いという訳でもないので、恐らく僕を待ってくれていたのだろう。


「市丸さん……。その……」


 僕は相手の用事も考えずに自分の用事を優先させようとした。嫌なことを早く終わらせたかった。そんな気持ちで謝られても迷惑だろうに。

 当然相手としては気分がよくない。


「待って待って。まずは私の話を聞いてほしいなぁ。そのために待っていたんだし」


「あ、うん……。そうだよね」


 急いで謝ったところで何も変わらないのだから、少しくらい待てばいいのに。僕は一体何をやっているのだろう。


「ありがと。で、さっとく本題なんだけどね、佐藤君どーして私を監視してたのかな?」


「え、あ」


 ばれていないと思っていたことが普通にばれていた。バレバレだった。きっと心のどこかでばれているのだと分かっていたんだ。だから何か言われる前に謝ろうとしたんだ。なんてしょうも無い人間なのだろう僕は。


「その……ごめん……」


 頭を下げる以外に正解は無いだろう。

 市丸さんの手に握られたコンビニの袋をじっと見ている僕に、意外にも市丸さんは明るい声をかけてくれた。


「謝らなくってもいいよ。何となく想像つくからね。若菜ちゃんの為でしょ? 私が本当の若菜ちゃんのことを言いふらすのに反対だった佐藤君としては、色々と気になるところだもんね。みんなの若菜ちゃんに対する態度もなんだかよくないし、私が悪い噂を言いふらしていると思ったんだよね?」


「……うん……」


 頭を上げようかどうか迷ったけれど、結局僕は頭を上げた。市丸さんは僕を見て苦笑いをしていた。


「でも私は何も言いふらしていないよ。と言っても、信じてくれないのだろうけどねー……」


「いや、その、信じるよ……」


 だから謝ろうと思ったんだ。


「嘘でしょ」


 市丸さんは信じない。当然信じない。


「嘘じゃないよ……。昨日ずっと見ていて、市丸さんは何もしていなかったから……」


「でも噂を言い出したのが私かもしれないでしょ? すでに噂が私の手を離れて一人で成長しているのかもしれないよ?」


「でも、噂を信じるのって説得力とか信憑性とかいると思うから、突然誰かに言われても、信じられないと思う……。それに、そもそも本当の楠さんについてクラスの中では決着がついているから、説得力のない人がそれを言っても誰も相手にしないと思う」


「だから、昨日何もしていなかった私は無実だって言ってくれるの?」


「……。……うん」


 僕はそう思う。自分で疑っておきながらこんなことを言うのもおかしな話だけれども。


「でも実際には噂が広がり続けているよね。私じゃないとしたら、一体誰が噂を広めているのかなぁ」


「それは、分からないけど、とにかく昨日市丸さんが何もしていなかったのは事実で、それでも噂が広まっているのだから市丸さんを疑った僕は間違っていたと思う。だからゴメン」


 もう一度謝る。今度はすぐに頭を上げた。


「……私を信じてくれるのはほんっとうに嬉しい。嬉しいけどね、佐藤君。佐藤君は二つ間違っているよ。一体何か分かるかな?」


「二つ、間違い?」


 今の話に何か間違えてしまうような要素があっただろうか。


「その様子だと全く分からないらしいね。教えてほしい?」


「う、うん」


 想像もつかない。僕の存在自体が間違いなのだと言われれば間違いだけれどもそれだとそれ一つだけになってしまう。だからそういうことが言いたいのではないのだろう。

 コンビニの袋をクルリと振ったあと、市丸さんが一つ一つ答えを教えてくれる。


「じゃあ、まずは一つ目。佐藤君は噂を信じるためには説得力とか信憑性が必要で、若菜ちゃんの性格が本当は悪いんだっていう話はクラスの中で終っているから、誰もそんな噂相手にしないというのが間違っているね」


 答えを教えてもらっても全く分からない。僕の頭の問題か、考え方の問題か。


「どう間違っているの?」


 この答えを導いた理由を教えてもらおう。


「噂って言うのは、たとえそれがどんなものでも信じちゃう人はいるんだよ。それも驚くほど大勢ね。噂に踊らされる人がこの世にいないのであれば、とっっっっっっっても、住み辛い世界になっていることだろうねー」


 少しだけ引っかかった。どうやら僕が間違っているというのは、僕と市丸さんの考え方の違いからくるものらしい。


「みんながみんな噂を信じないのであれば素敵な世界になるんじゃないの……?」


 現に、僕の回りがそういう世界だったのであれば楠さんは困っていないはずだ。

 市丸さんがそれに気付いていないとは思えない。それでもそう言うということは何かあるのだろう。


「噂の流れない世界なんて絶対にぜーったいに面白くないよ。人が生まれてから死ぬまでで得る知識の七割は噂で全く確証の無い情報なんだって」


「へぇー。そうなんだ。全然知らなかった」


「そういう噂があったら面白いよね?」


「え、あ、うん」


 嘘らしい。たしかに、ついつい噂を信じてしまうかも。


「そういうのを信じてしまうのが人の悪いところで、良いところなんだよねきっと。幽霊UFO超能力。私の回りには素敵な噂でいーっぱい」


「そう言われてみたら、そうなのかも」


 確かに世界には色々な噂が流れていて、人はそれを咀嚼し嚥下している。飲み込まれた噂は体に留まり体の一部となっているのかもしれない。噂という存在が消えてしまったとき大きな喪失感が生まれそうだ。個人的な意見だけれども、幽霊はいてほしいし。

 でも人を傷つける噂を簡単に信じてしまうのはどうなのかと思う。僕らは赤ちゃんではないのだから、口にしたものを全て飲み込むのはいかがなものか。

 しかし悪いのはそれを信じる人ではなく流す人だ。

 悪いのは一人だけだ。


「二つ目、言ってもいーい?」


「あ、うん。お願いします」


 色々とモヤモヤするけれど、今は市丸さんの話を聞こう。


「二つ目の勘違いは、ちょっと佐藤君にはつらい事実かもね、なんて前置きをしても、聞きたい?」


「……うん」


 聞く気が減って恐怖が増えたけれど、聞かなければ。


「じゃあ教えてあげよう」


 市丸さんがコンビニの袋の中から飴を取り出し僕に差し出す。もらえる物はもらうのが僕だ。僕がお礼を言い受け取ると、市丸さんが「ここから少し長くなるからお菓子でも食べながら聞いてね」なんて言い、自分も一つ取り出しそれを口の中にいれた。僕もそれを見て包装を破り口の中に放り込んだ。

 コロコロと飴を転がしながら、市丸さんが言った。


「どうして佐藤君は若菜ちゃんの噂をあのことだって決めつけているのかなー?」


「……え……? 違うの……?」


 てっきりそうだと思っていた。楠さんについて流れる噂なんてそれくらいだと思っていた。


「違うかどうかは実際に噂を知る人、もしくは噂を流している人から聞いてみないと分からないよ? なのにどうして佐藤君は勝手に噂の内容を決めつけているのかな?」


 確かに、そうだ。


「……それは、その……」


 簡単な話だ。噂を流しているのは市丸さんで、本当の楠さんのことをみんなにばらすと言っていたからそれをばらしているのだと思ったんだ。

 でも、噂を言いふらしているのが市丸さんではないのであれば。

 噂を流している人が分からなければどんな噂が流れているのかも分からない。想像もつかない。

 当たり前のことを突きつけられ思考が停止してしまった僕に、市丸さんがニコリと笑いかけ歩きはじめた。どこへ行くのかと不思議に思ったけれど、そうだ、僕らは学校へ向かっているのだった。


「可愛くて可哀想な佐藤君に、一つ退屈で悲しい昔話を聞かせてあげようかな」


「え?」


 学校へ向かう市丸さんと並ぶ。


「聞きたくないのなら先に学校へ向かった方がいいよ。もし恐れを知らずに聞きたいというのであれば、私の隣で御静聴」


「……」


 無言で頷く僕。

 市丸さんがそれを見てもう一度笑い、飴をコロコロ鳴らした。

 そして話し出す。退屈で悲しいらしい昔話を。


「じゃあ、さっきまでしていた話を踏まえて聞いてね」


「……?」


 過去の話を聞いたところで何の意味も無いのかもしれないけれど。

 未来よりも真実である過去は今を変えるのに何らかの役に立つはずだ。

 だから僕は聞いたんだ。

 そんな言い訳を用意してから、僕は市丸さんの話に耳を傾けた。


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