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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第四章 僕らにとってのハッピーエンド
132/163

そんな火曜日

 いつも通りではない日の翌朝はどんなものなのだろうかと不安にさいなまれていたところ、当然のようにいつもの朝がやってきた。


「グッドモーニング」


 寝ぼけた頭やら疲れた体やら押しつぶされた心やらでぽけぇとお弁当を作っていたところ、アメリカナイズな姉がいつもよりも早く起きてきた。

 珍しいね、アメリカナイズだねと、なんてことはない朝の会話を試みた僕に対して姉はこう言った。


「私が早く起きることは特に珍しい事ではないし、英語であいさつをしただけでアメリカナイズというのはどうなのかなと苦言を呈してみる私。そもそも英語は英国の物だからアメリカナイズではなくない? そもそもそもそも、所詮ジャパニングリッシュなんだからやっぱり私はジャパニーズなんだよ。分かる優大君? と弟に説明する私」


 ジャパニングリッシュなんて言葉初めて聞いたけれど、恐らく日本人の話す英語の事なのだろう。教養は無いけれど想像力は豊富なので、知識の無さはそれでカバーしよう。

 とりあえず、それもそうだねごめんね、と姉に謝った。

 姉は怒ることなく早く起きた理由を教えてくれる。


「それに、優大君の元気がないっていうのに呑気に寝てらんないよ。こんな時に呑気に寝ていられるのは他人かカマキリくらいだよ」


 元気はあるよと否定する気も起きない。だって僕は元気ないもん。

 ……カマキリ云々には触れないようにしよう。


「で、私は誰を暗殺すればいいの?」


 どこから仕入れたのか分からないが大量の爆竹を持っていた。まあ買ったのだろうけれど。無駄遣いはやめようよ。


「姉ちゃん物騒」


 祈君が横から手を伸ばし爆竹を奪い取った。武器を奪い取られても怒らない姉に少し驚きもしたけれど眠いからなのだろうと適当に納得しておいた。


「駄目な弟の為にヒットマンになった私」


 姉がシュピッとお箸を祈君に突き付ける。


「優大君の為に生きている私格好いい。なんて格好のいい私」


 ありがたいけれどありがとうとは言えないし、褒めることもできないよ。


「ヒットマンになるよりまず大人になってもらいたいよ」


「うわー。祈君いやらしいんだー」


「そういう意味じゃなくて」


 祈君がちらちらとこちらを見ているけれど僕には何のことだかわからないよ。そういうことにしておいてよ。


「落ち込んでいるんだからそっとしておいてあげようよ」


 あれ。いつもは話を聞いてくれるのに、今回は聞いてくれないんだね。気まずそうにしていることと何か関係しているのだろうか。多分関係しているのだろう。


「弟の成長に積極的に関わって行く私」


 姉は相変わらずだ。ありがたいことだけれども。


「鬱陶しいだけだからそれ。って言うか、さっきから何その喋り方」


 同じように気になっていた僕。

 特別変わった言い方ではないけれどこれだけ繰り返されれば気にもなる。


「真似したければ真似すればいいよ。それを受け入れることも上に立つものとして大切な素養だからね。やっぱり帝王学を学んでいる私は違うね。心の広さが違うね。蟻から見た十畳一間くらい広いよ。すげー」


 どのくらいの広さなのか想像できるような出来ないような。

 というか、別に――


「別に真似なんかしたくないけど」


 ――僕の気持ちを祈君が代弁してくれた。ありがとう。


「別に真似なんかしたくないけどぉ」


 悔しかったのか姉が弟の真似をする。


「……」


「……」


「……」


「……何か言ってよ」


「……」


「……ちっ」


 何かを言えばそれを真似されると分かっているので祈君は何も言わない。さすが姉の扱いナンバーワンの称号を持つ弟。ちょっと見習いたい。

 姉との会話を切り上げ僕に笑顔を投げかけてくれる姉使いの弟。


「まあ、兄ちゃんだって本当に困ったら相談するよね」


「まぁ兄ちゃんだって本当に困ったら相談するよねぇえれろれろれろ」


 そこまでして真似しなくても。最早真似でもないし。


「……それに、きっと、その、ねえ。あの人と喧嘩した……とかだよね?」


 やっぱり勘違いしていらっしゃる。


「誰?」


「……えと、彼女?」


「あ?」


 姉が鬼になった。……韻を踏もうと思ったけれど姉と鬼はあまり似ていなかった。

 とりあえず鬼が降臨することになったのだ。

 節分はまだ遠いので鬼様としばらく付き合うことになりそう。


「あの金髪? ありえない。あんな日本人としての魅力を捨てたような金色芋虫と付き合うとか私許さないから。あいつこそアメリカナイズじゃない! あれ?! これ別に貶せてない! 畜生! これもあいつが金色芋虫のせいだ! 北が寒いのも南が寒いのもあいつのせいだ! 私はグローバルだからね! 地球規模で考えているよ! うわ、アメリカナイズとか北極とか南極とか朝から話し合っている私達ってば絶対にノアの方舟に乗れちゃうよね! 金色芋虫は無理だけど!」


 ………………うん。



「反応が鈍い! 金色芋虫のせいだ! 弟を渡すものか! 行くよ祈君!」


「どこへ」


「とりあえず今日は火曜日だし学校へ行かなくちゃ」


 意外と冷静だった。

 やっぱり寝ぼけていたのかもしれない。

 ……いや、お姉ちゃんはいつもこんな感じだった。




「おっす佐藤。今日は一段とダウナーだな。ダウナーな女の子は好きだけどダウナーな男は鬱陶しいな。佐藤鬱陶しい」


 ここはどこかと問われれば、とある学校の一教室の角席と答える。

 まあ、誰にも問われてはいないのだけれども。


「小嶋君……。おはよう……」


 清々しくないおはようを受け取った小嶋君が怪訝な顔を作った。


「なんだよどうしたよ。何故か十二話と最終話が連続で放送されてうまく録画出来てなかったのか?」


「確かに録画出来てなかったけど、そんなことじゃないよ……」


 レコーダーを確認してみて驚いたけれどその程度だったよ。


「そんなことってお前失礼なこと言うな。アニメ一話作るのがどれだけ大変かお前は知ってんのか?」


「……あまり詳しくは知らないけど、すごく大変だよね……。失礼なこと言ったね、ごめん」


「いや冗談だけど。マジにとんなよ」


「……ごめん」


 なんだか余裕が無いかも。


「おいおいおいおい。どうしたマジで。健気だった佐藤が陰気になってるじゃねえか」


 健気ではなかったけれど……。あと陰気だったのはずっとそうだから、正確には陰気だった僕がより一層陰気になってしまった、だ。


「……実は昨日、とうとう言ったんだ……」


 言葉を隠しつつ、小嶋君に報告をする。


「何を?」


 あまり言いたくなかったので察してほしかったけれど、超能力者じゃないんだから無理だよね……。


「……何を言ったのかというと、その……盗み聞きしてたこと……」


 あぁ、改めて声に出すことによってまた気が滅入っちゃった。

 気が滅入ることによって嫌な思い出が色々と蘇ってくる。関係ない事まで鮮明に思い出してしまう。

 負が負を呼んでその負がまた負を呼ぶ。

 どうして嫌な思い出というものは忘れられないのだろう。覚えておくより忘れてしまえた方がプラスになると思うにどうして人はそんなふうに進化しなかったのだろうか。……人間の進化に文句をつけてたところで何一つスッキリしない。もうやめよう。


「……で、怒られたのか。ざまあみろ」


 ざまあみろと言われるのは想定外だったけれどフォローされることよりも救われる。


「うん……。本当にこの様だよ……」


 今ならなんだってできる気がする。幸せを感じた時以上になんだってできる気がする。ただの無茶な人間になっただけだけれどもこれを何かに活かせればきっと僕は凄い人間になれるのだろう。


「そんなに怒られたのか? 別にわざとじゃねえんだからそこまで怒らないと思ったんだけど」


 ざまあみろとは言ったものの、自分の想像以上に落ち込んでいる僕を見て小嶋君が意外そうにしていた。


「盗み聞きのことは、あまり言われなかったけど、その、色々知った上でイベントごとに誘ったことについてすごく怒られた……」


「あぁ。まあ、だろうな」


 だろうな、と言うことは雛ちゃんが怒ると想像がついていたようだ。つまりそれは気持ちがわかると言うことで、そこから導き出される答えは……。


「……小嶋君も嫌だった……?」


 そういうことだろう。

 恐る恐る聞く僕と、そんなのお構いなしに答える小嶋君。


「嫌に決まってんだろう」


 嫌だったようだ。

 いや、分かっていた。初めから嫌そうにしていたではないか。知らない振りなんてさせやしない。


「でも、それと同時に感謝もしてる」


 意外な言葉。


「……怒らないの?」


「怒るなら佐藤が提案したときに怒るわ。あの時に俺は了解しただろ、何言ってんだよお前」


 確かに、そうだ。感謝もしてくれているなんて思ってもいなかった。ちょっとだけ救われた。


「……ありがとう」


 本当にありがとう。


「で、怒らせたまんまか?」


「あ、ううん……。一応、許してはくれたみたいだけど……」


 水には流せない。そう言っていた。


「まあ、すっきりとはいかねえわな。ざまあみやがれ」


 繰り返されるその言葉は、冗談だと分かっていても重くのしかかる。僕のしたことはざまあないことなんだ。


「僕は間違っていたんだね。本当にゴメン」


 むしろ、正しい事をしてきたことがあるのかと自分に問いたい。


「間違いは誰にでもあるし、許してもらったんだから別に気にするほどでもねえだろ」


 ぽんぽんと肩を叩いてくれる小嶋君。グーからパー。柔らかい手だ。


「うん……。気にはするけど、出来るだけ引きずらないようにする」


「それがいいそれがいい。振られた俺よりは全然ダメージねえんだから落ち込むなよ」


「……」


 そうだねと首を縦に振るのもなんだか小嶋君に悪いような気がしたので、何とも言えなかった。


「……はぁ……。そうそううまく行くもんじゃないよね……」


「んなの当たり前じゃねーか」


「……そうだよね」


 こんなことは当然の事だと言う。僕はその当然の事を知らなかった。普通や当然や当たり前なんて言葉を使いたがる僕だけれど、僕はそれを何一つ知らなかった。

 僕は異常だ。

 平和に対して異常な認識を持っていたんだ。

 そこらへんにあって、簡単に手にすることが出来る。

 そんなに安いものではないのだと、みんなは知っていた。

 水と平和はタダだと言われているこの国で、唯一僕だけが平和ボケをかましていたらしい。

 タダより怖いものはない。

 そんな言葉が浮かんだけれど、ちょっとここでは意味が違うけれど、僕はそれを身を持って体験したのだった。


「有野に確認しておけばこんなことにはならなかったのにな。すべては佐藤がちんたらしてるから悪いんだぞ」


「うん……」


 早く盗み聞きしたと告白できていれば。

 雛ちゃんに色々話をしておけば。

 後悔先に立たず。後に立たずだっけ? 多分先に立たずだったはず。でも正確にどっちなのか分からない。けどいいや。どうでも。


「つーかさ、佐藤急ぎ過ぎじゃね?」


「え……? 急ぎすぎ……?」


 ちんたらしていたからこうなったのに急ぎ過ぎとはどういうことだろう。最強の盾とか最強の矛とかそういう話なのだろうか。


「言うべきことは言わないで、急がなくてもいい事は急ぐ。そりゃうまく行くわけねえよ。お前はダメだなぁ」


「うう……。何も言い返せない……」


 言い返せたところで、認めたくないことがあったところで、僕がそれを否定するために喉を震わせることは無かっただろうけれど。

 僕は超能力が無くて、普通の能力が無くて、鈍くて、馬鹿で、鈍間で、そして勇気が無い物語の一端を担うことのない邪魔者なのだから。




 

 そして、一週間がたった。





 雛ちゃんとの関係はこれと言ってこじれるわけでもなく、しかしうまくいっているというわけでもなく。

 今の状況を正確に表現するとすれば、ぎくしゃくしたままだけれどもそれを意識しないようにいつも通りを演じている、という感じ。

 小嶋君と雛ちゃんの関係も修復されることも無く、僕の考えが間違っていたのだということを日に日に実感させられている。

 普通に、何の疑いようも無く、僕は間違っていたようだ。

 あの日から僕ら、『動画研究会』のメンバーは色々とおかしな関係になりつつあった。

 まずは小嶋君と雛ちゃんと僕。

 先に紹介したとおりぎくしゃくしている。自業自得だけれどもついつい神様を恨みたくなる。もっと僕を出来のいい子に作って欲しかった……と思ったけれどこれは生んでくれた親に対して失礼な気がするからこの先こんなことを考えるのはやめよう。

 次は沼田君と市丸さん。

 この二人は僕らとは逆になんだか仲が良い。沼田君がバスケ部で頑張っているのはよく分かるのだけれども、何故だか市丸さんもバスケ部で頑張っているらしい。ここ一週間動画研究会の部室に顔を出していない。そのおかげでとはあまり言いたくないけれど、楠さんの機嫌がかなり良い。偶然かもしれないけれど、二人の関係を見ている感じ偶然機嫌が良いと言うことはなさそうだ。

 そしてその機嫌が良い楠さん。

 楠さんのクラスでの人気は徐々に降下していた。それは市丸さんの想定通りなのか僕の様に失敗してしまっているのかは平和ボケした人間には判断できないけれど、クラスの空気が不穏な事は感じ取れる。この状況から真の楠さんを好きになってくれる真の友達が現れるのだろうかと首を傾げ続けた一週間。一学期のあれを前例として考えるのならば嫌われてしまうのだろうけれど、あの時の状況と違うと言えば若干違う。何よりも中心に立っている人物が全然違う。もしかしたらこのまま不穏な状態を我慢してそれを乗り越えた時、楠さんは自分を偽ることなくクラスのみんなと楽しく修了式を迎えることが出来るのかもしれない。未来なんて分かる人はいないだろうけれど、市丸さんの言うことは今のところ正しいのだから今していることも正しいのだろう。

 夏休み前のあの時、僕がうまく立ち回ることが出来たのなら、楠さんは幸せになれていたのかな。僕や雛ちゃんのような人がたくさん増えていたのかな。

 後悔は先にも後にも立たないんだ。後悔なんてどこに立つスペースも無いらしい。いや唯一『今』という場所に立つことが出来るけれど、それが一体何を意味するのか僕にはよく分からない。そもそも意味があるのかどうかもよく分からない。

 ……。そんなことよりも。

 僕らの関係についての報告をば。

 ここからは部員なのかどうなのか分からない準部員の状況を説明しようと思う。

 とりあえず前橋さん。

 前橋さんは裏でこそこそ何かをしているらしい。それ以上は知らない。知りたくもない。きわめて短い報告だけれども、それが僕と前橋さんの距離を測る物差しなのだろう。短い報告遠い距離。報告を長くすることも距離を近づけることも今後出来ないだろう。

 最後の報告にもう一人。

 三田さん。三田美月さん。

 唯一最近いい事だと思えること。

 三田さんがちょくちょく部活に参加してくれるようになった。

 拒絶されていたけれど保健室で話してからは心を溶かし始めてくれていた。

 何故だろう、などと白々しい事は言わない。かといって理由を言う気も無いけれど。

 そういう訳で……。

 と、まとめるのに便利な言葉を使い僕の置かれている現状をまとめるとするならば。

 僕は疲れてしまった。

 傍観者であることが許されるのならば、傍観者でありたい。

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